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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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来る朝⑥ 利害は一致したようですな

 どこに行っていたのか、白装束の同志数人がぞろぞろと集会所に向かって歩いてくる。

 彼らが堂々と道の真ん中を歩いているのは珍しい。どこかに潜んでいて急に現れるのが常だ。


「おお、やはりアメリア様御一行ですぞ! もう駆けつけてくださった!」

「ほら、ご挨拶なさるのでは」

 白装束のうち二人をドーシャ達がグイグイと押す。

「ちょ、ま、この格好じゃ」

「…………あら?」


 わたくしはその二人のうち、一人の顔に見覚えがあった。ハコネがわたくしに顔を寄せる。


「お嬢様、お知り合いですか。背格好の特徴からして、彼らはカリューに屯留していた同志です。サギラ領にて貿易商を営むご一家の当主殿とそのご子息だとタイタからは聞いておりますが」

「貿易商ですって? まさか」


 わたくしはそこで言葉を切り、コートの端をつまんでカーテシーをする。ハコネも察したように頭を下げ、背後の騎士や侍女達もそれに倣った。

 白装束の頭巾を慌てて取った男性が軽く手を上げる。


「や。やあ、テイラー伯爵令嬢。いつぶりかな」

「お久しぶりにございます、サギラ侯爵令息様。一年以上前にはなりますが、ジーク伯爵家の茶会でお会いして以来かと。またお会いできて嬉しゅうございますわ」

「こちらこそ。変わらずお美しいね、息災で何よりだよ」

「ありがとう存じます」

「……こうしゃく、れいそく?」


 四つん這いになっていたサーマルがむくりと起き上がる。


「これはこれはサーマル第二王子殿下。お目もじ叶いまして恐悦至極」

「お、お前、フィリオ・サギラ侯爵令息ではないか! その顔、王宮の夜会で見たことがあるぞ!?」

「ええ。王家の皆様には何度かご挨拶させていただいているかと。…父上、父上? 殿下とご令嬢にご挨拶を」

「…オリヴァー会長の姉君オリヴァー会長の姉君オリヴァー会長の」

「新キャラ登場に尻込みしておりますな」

「息子殿の方が冷静ですぞ」

「あの、恐れながらサギラ侯爵様でいらっしゃいますかしら。ご挨拶申し上げても」

「ひゃい」


 息子の後ろでサギラ侯爵が飛び上がる。

 サギラ侯爵は領地から出てこないことで有名な大貴族だ。王宮で行われるパーティなどには、いつも長男フィリオが名代として出席していた。サーマルも会うのは初めてだろう。


「テイラー伯爵セオドアが長子、アメリア・テイラーにございます。お会いできて光栄にございますわ。こちらにおわしますのはオースト国第二王子殿下、サーマル・オースト様でございます」

「アメリそなた、もう一つの名は名乗らないのか」

 サーマルがコソッと訊いてくる。

「まだわたくしは伯爵家の娘なのです。公式に名乗ることは許されておりません。できるのは事情をお話しすることだけですわ」

「そうか。よく分からんが不敬か不適切ということだな」

「その通りですわ」


 まだ公的に認められていないにも関わらず勝手に王家の姓を名乗るのは、王家にはもちろん目の前の侯爵にも不敬で不適切だ。

 伯爵令嬢の分際で、目上にあたる侯爵や侯爵令息相手に『だから敬え』などとは口が裂けても言えない。身に王家の血を秘めていたとしても、今与えられている身分に則した振る舞いは変わらない。


 サギラ侯爵は観念したように息子の後ろから出てきて白頭巾を取った。歳の頃は四十代後半というところだろうか。


「わ、我が名はパードレ・サギラ。サギラ侯爵領を治める領主にして、オースト国の辺境を預かる一人。サーマル第二王子殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう」


 サギラ侯爵も身分等の形式にのっとり、まずは目上のサーマルに頭を下げた。


「そなたがサギラ侯爵か。まさか息子ともども同志の一員だったとは」

「サーマル殿下、いえ、サモン殿も執行人殿から会員の一人として認められたとか」

「ああ、タイタ殿には同志になるにあたり、様々な心得を教授してもらった。まだ全ては聞けていないが、私は感動した! どれもこれもザコル殿を陰ながら支えるために不可欠な規律だ! 彼は私の何万歩も先を歩いている。いつになるか分からんが、私もあの執行人殿と同じ境地に辿り着きたい…!」


 なんと意識が高い! と同志達が湧き立つ。


「殿下がお変わりになったとは聞いていたけど、本当にこちら側にいらしたとは…! なんて奇跡だ!」


 貴族然とした気障な態度から一転、侯爵令息が子供のように目を輝かせる。こちらが彼の素なのだろう。


「やはり猟犬様の魅力の前に人は変わらずにはおられないッ」

「サモン殿の『猟犬殿の敵は万物の敵』という名言も次の集まりで発表いたしましょうぞ! サモン殿は鍛錬も極められるので?」

「ああ。こちらの騎士団長殿に鍛え直してもらえることになった。今までの私はあまりにも怠惰だったと思う。何せ、初対面ではザコル殿の実力の数百分の一、いや数千分の一すらも推し量れなかった」


 そうだった。サーマルが渡り人目当てにテイラー邸に押しかけてきた時など、殺気や圧といった類のものが一切効かず、今思えばザコルも少し困惑していたように思う。ある意味大物だと思った覚えがある。


「ご安心をば。私めも猟犬殿という最強で最高の推しに出会う前は素人丸出しでしたぞ」

「私もお前達のように屈強な戦士になれるだろうか」

「鍛錬は裏切りませぬ! ぜひとも高め合ってまいりましょうぞ!」


 オオーッ、と拳を突き上げる同志達。このファンの集いにおいては、王族貴族平民などといった身分は初めから存在していないようだ。

 わたくしを放置していることに気づいたサギラ侯爵令息、フィリオが慌てたように侯爵をつつく。

 サギラ侯爵、パードレはコホンと咳払いをしてこちらに向き直った。


「失礼した、テイラー伯爵令嬢。あなたの母方親戚であるシュライバー侯には、農作物や貿易品の運搬などで大変世話になっている」

「まあ。祖父や伯父と交流がございますのね。無知で申し訳ございません」

「いや、あまり交流を匂わせてくれるなと頼んだのは私の方だ。かの領は我が領、王都、そして王弟殿下の治める王領と隣接している。うちの商品を王都に運んでくれているなどと知られては、どんな迷惑をかけるか分からぬのでな…」


 王弟殿下とサギラ侯爵は同年代で犬猿の仲、というのは有名な話だ。どうして仲を拗らせたのかまでは詳しく知られていないが、一説には女性がらみだと噂されている。


「侯爵様。質問をお許しいただけますでしょうか」

「ああ、答えられることならば」

「侯はどうしてシータイに? そのご様子では、ザコルにもご素性を明かしていらっしゃらないのでしょう」


 タイタは恐らく口止めされていたはずだ。かの集いでは貴族平民に関わらず『推しに認知されたくない』という意志が尊重されている。


「先程明かしてきたところだ」

「危うく持っていかれるところでしたね父上」

「ああ、猟犬様は闇の住人であられながらそのお心は澄みきった清水のように純粋で…。もはや今日が命日と覚悟さえした」

「ええ、死ぬかと思いました」


 ザコルはこの侯爵親子に何をしたのだろう。彼は、ミカから『同志にファンサを』と言われて律儀に取り組んでいる。


「今更だが、サカシータ子爵、オ、オオ、オーレン殿にも屯留と干渉の許可を得てきた…!」

「本当に死ぬかと思いましたね父上!」


 かのアカイシの番犬様と直接お会いに!?とサカシータ一族のファンでもあるらしい同志達がどよめく。


「屯留と、干渉ですか」

 フィリオが一礼し、わたくしに補足する。

「テイラー嬢、君も、王都からの難民が各地で混乱を招いているのは察しているだろう?」


 なるほど。その難民問題に対して、同志としてではなく、貴族としてできることをしようというわけか。サカシータ領内にてその問題に干渉する許可を得たということだ。


「まさか、こんなところまで辿り着く者達がいるとは思わなかったけどさ」

「王都では氷姫様への支持が高まっていたとも聞き及んでおりますわ。縋る者が現れるのは想定の範囲では」


 だからこそ、難民が町に辿り着き始めた昨日より、ミカ達をこの町から出す計画が始まっていたのだ。


「よくぞ辿り着いたって意味さ。王都の軟弱者がこの雪の中をね」

「それはおっしゃる通りですわね…。わたくし達もようやく雪道に慣れたところですのよ」


 彼らの住まうサギラ侯爵領は広大だ。かの領はオースト国の西北に位置し、南北に大きく伸びた形をしている。

 南は、王都の西に隣接するシュライバー侯爵領、東はジーク領などと接し、最北はサカシータ領のカリューと接している。また西側はメイヤー公国と接するとともに、海岸線も有する。

 領内でも東西南北で気候が大きく違うのが大きな特徴で、南の豊かさも、北の厳しさも、山や海との付き合い方もよく知る稀有な領と言えた。


「質問を返すようだが、あなたはどうするおつもりかな、テイラー伯爵令嬢」

 サギラ侯爵は試すようにこちらを見下ろす。

「わたくしは、希望する者を連れて王都奪還を目指すつもりですわ」


 …ゴクリ、と誰かが喉を鳴らす。


「王都奪還か。その手勢で?」

 ちら、と侯爵は騎士達に視線をやった。

「あまりに無勢なのは承知しておりますわ。ようやく覚悟を決めたところですの」

「テイラー伯爵令嬢、あなたが正義を背負う理由をお聞かせ願いたい」

「わたくしは、王宮にて生母の胎に宿りました。このことは、テイラーの父母はもちろん、王妃殿下と第一王子殿下もご存じのことでございます」

「…………なるほど」

 侯爵は静かに頷いた。



「パードレと呼んでいいか、サギラ侯爵」

 話に入ってきたのはサーマルだった。

「ええ、もちろん殿下のお好きに」

「ではパードレ。この者は確かに私の血縁だ。どうせバレているだろうから言ってしまうのだが、私には人の魔力が持つ色や輝きを見ることのできる特殊能力がある。私も今回、このアメリ…いや、アメリア・テイラーから生い立ちについて明かされたのだが、そう言われてみれば納得の色と輝きだ。この者の生まれに関しては私が保証しよう」


 パードレはそこを疑うつもりはないようで、ふむと軽く頷く。


「…殿下は、その能力が、元はツルギ王朝の王家筋に伝わるものだというのはご存知で?」

「実は、最近まで知らなかった。しかし、黒水晶殿から高祖父の功績を語られて以来、自分の先祖について勉強し直したのだ。ここへ来てからも、彼女や町長殿に様々なことを教わった。三代前の王、つまり高祖父の代の王妃はツルギ王朝の姫だ。すなわち、今もツルギ山に住まう山の民と同じ血を私達はひいている」


 サーマルは同じ能力持ちで世話係だったシシについては言及しなかった。


「私はこの国の王族の一人でありながら、山の民や辺境を護る山派貴族についてあまりにも無知だった。もちろん、それ以外のことについてもだが…。パードレ。お前も西部の海を護る辺境貴族の一人だ。今の王家には思うこともあるだろう」

「………………」


 サギラ侯爵パードレはその問いに無言で返した。王族を目の前に思うことがあるなどとは言えまい。


「私は王子としては何の期待もされぬ者だ。あまり賢くない自覚もある。読み書き計算は兄上と世話係が教えてくれたが、メイヤー公国に留学にやられる前はろくに教師と関わった覚えもない。恐らく匙を投げられたのだろう。今は父母はもちろん叔父にも疎まれ、従者二人とともにこの地に捨て置かれた。だが、ザコル殿も、黒水晶殿も、町長殿も、子爵夫人も。この地にいた者達は、愚かな私をただのサモンとして置き、見守ってくれた。ただのサモンでいた間、私は人として大事で当たり前のことをたくさん教わったと思う」


 気づけば、その場の人間はサーマルの言葉に聞き入っていた。


「アメリアは多分、私達王族が頼りないから伯爵令嬢をやめる覚悟をしてくれたのだ。氷姫の慈悲に縋るあの者達は、このままでは厄介者に成り果ててしまう。それでも長年王都を賑わせてくれた民だ。どうにかして矜持を取り戻してほしいと思っている」


 王族らしく民を想うサーマルは、やはり以前とは別人だ。


「だからこそ私は、この賢く慈悲深いきょうだいを得たことを神に感謝したい。愚かな私は彼女の目となり盾となろう。そうして、二人で兄上に文句を言ってやるのだ」

「兄上様に、ですか。王弟殿下や陛下ではなく、王太子殿下に文句を?」

「ああ。どう考えても黒幕っぽい兄上にだ!」

 くっ、とパードレは笑った。


「黒幕っぽいとは確かに。王太子殿下は謎多き方ですからな。テイラー伯爵令嬢、いえ、アメリア嬢とお呼びしても?」

「侯のお好きに」

「では、アメリア嬢。あなたの味方はいかほどおられますか」

「わたくしには富のテイラー、そして尊敬する姉が一人味方についておりますわ。姉は行動力のある人で、いつの間にかサカシータ一族、モナ男爵、ジーク伯爵、そして山の民の長老様にまで交流を広げて味方につけてしまいましたの。その姉は、妹であるわたくしを溺愛しておりますのよ」

「その姉上殿は一緒に参られないのですかな」

「ええ。姉は最終兵器の世話で日々忙しいのです。このような些事、妹たるわたくしがいいように収めておかなければなりません。これ以上、愛する姉とその伴侶になる者に粉などかけさせませんわ」

「……ふむ。利害は一致したようですな」


 深緑の猟犬ファンの集いの中でも古参メンバーだという男は右手を差し出した。わたくしはその手をしっかりと握った。



つづく

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