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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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来る朝① 帰りを望まれる場所

 トントン、雑なノックが響く。


「お二人さーん、そろそろ起きてくださいよおー」

「とっくに起きてるっての、もーいつまで寝てればいいのかと思ったよ」


 私もザコルもとうに身支度は済んで、昨日のうちに部屋に持ち込んでいた林檎や干し肉などををかじっていた。


「コマさんからの伝言なんで別に聞かなくていーんすけど、ミリナ様の護衛をしろだそうすよ。聞かなくていーんすけど!」

 エビーはぶー垂れた様子でそう報告する。

「護衛? そう、分かった。じゃあ行きましょうザコル」

「聞かなくていいと言われたじゃないですか」

「私がミリナ様と魔獣達に会いたいんです」

 にこ、と笑えばザコルは渋々とソファから腰を上げた。



「あの、タイさんは」

「何か知らないけど規則を破って夜更かししたようだからねえ、三時間寝てこいって部屋に押し込めといたよ。そろそろ起きるんじゃないかな」


 私達が寝た後、タイタとエビーはアメリアの部屋に報告に行き、どういうわけかタイタはそのまま部屋に残ったらしい。そしてなぜか明け方近くまで編み物をしていたらしい。


「ふふっ、随分と仲良くなったよね。やっぱり趣味サーって仲が深まりやすいんだねえ」


 婚活や友達探しなどの目的で、パン作り教室やランニングなどの集まりに参加する人がいるとは聞いたことがあった。

 私の趣味は読書なので人と集まる必要がなく、また料理や手芸はそこそこできるので習う必要がなく、スポーツには興味がなく、ついでに婚活にも興味がなかったので無縁なジャンルではあった。


「何話してたか気になんねーんすか」

「詮索したら内緒話にならないでしょ」


 トントン、同じ階のミリナの部屋を軽くノックする。中から返事があり、勢いよく開いたと思ったらイリヤが顔を出した。


「おはようございます! 母さま、ミカ様と先生とエビーです! やったあ」


 私達の訪問を嬉しそうに報告するイリヤにほっこりとする。


「おはようございます、皆様」


 ミリナがソファから立ち上がり、しっかりとした足取りでカーテシーを披露する。今日の彼女はバッチリ身支度していた。


「おはようございます、ミリナ様、イリヤくん。それから魔獣のみんなも」


 ミイミイ! ガウガウ。

 白リス型魔獣のミイが早速肩に乗ってくる。黒狐型のゴウも足元にやってきた。

 魔獣の中でも頭脳派らしい二匹はそれぞれ報告を上げてくれる。


「ああそう、門の外にね」

 ガウガウガウ…。

 ミカの慈悲を乞う者達が集結しつつある。某らと同じ、長年、あの土地に搾取されてきた民だ。あの者達にも魔力を分けてやるのか?

「うーん、それで解決するならいいんだけど、相当数いるんだよね。人間は魔力だけじゃなくて衣食住を必要とする生き物だからさ、今この町にそれだけの難民を受け入れる余裕はないはずで」

 ミイミイ。

 焼き払う?

「や…っ、焼き払わないよ! ナラもその気にならないで!」

 ナラは火を操る鹿型魔獣だ。

「もー、物騒なんだから。無辜の民でしょ?」

 ガウガウ。

 混じり物もあるぞ。

「ああ、まあそうだよね…。ねえ、もしかしてゴウって曲者かどうかの見分けがつくの?」

 ガウ。ガウガウガウ。

 いや。だが王都にいた者とそうでない者は判る。魔力の形に搾取の跡がついている。言い分に矛盾があればそれは混じり物だ。

「なるほど」


 ふふ、と楚々とした笑い声。

「魔獣使いなどという過ぎたる肩書きは、もはやミカ様にお譲りするべきですわね」

「ちょ、ミリナ様」

 ミイミイミイ!

 ガウガウガウ!

 魔獣達が一斉に反論しだす。

「ほらあ、みんなもミカは我らの同朋であって主ではないって言って……もう! まだ私のこと魔獣だと思ってんの!? 人間だって言ってるでしょ!!」


 ガウー…。

 ジト目を向けられる。


 彼らに言わせれば、私の魔力量と質は周囲と比べてかけ離れすぎており、とてもではないが同じ人間には見えない、ということらしい。


「しょーがないでしょ、渡り人ってそういう存在らしいんだから。私にだってよく分かんないよ」

「ミカさま、今日はミカさまじゃないんですか?」

 私はイリヤに向かい、頭のニット帽をクイっと動かしてみせる。

「へっ、似合うか?」

「すごい! まるで…」

 コンコン、お上品なノックの主はタイタだった。

「お待たせいたしました。体調は万全でございます」

「うん、ご苦労様。じゃ、行きましょうか、ミリナ様」

「はい、ミカ様」



 私達は屋敷の廊下に揃って出る。

 私とザコルを先頭に、その後ろにミリナとイリヤと魔獣、その後ろをエビーとタイタが固めた。

 玄関ホールではザラミーアとマージを先頭に、町長屋敷で私達の世話をしてくれた使用人達が一斉に頭を下げていた。


「もう、料理長さん、泣くのはまだ早いですって」

「ぶ、分不相応ながらっ、大変、大変に楽しい、時間を過ごさせていただきましたので…っ」

「ふふっ、私達もです。でも、そんなに泣かれたら戻ってきづらいので泣き止んでください」

「ふ、ふはっ、そうでございますね…っ」


 料理長は漢泣きを泣き笑いに変えた。調理メイド達もそんな彼を見て笑う。

 マージとメイド長は、外套と大きめの箱を私に差し出した。


「お約束の一式でございます。どうぞお受け取りくださいませ」


 お約束とは、私がとある事情で血まみれになった服を証拠隠滅のために暖炉に放り込んだせいで、マージが弁償をと言い張っていた件である。『あなた様の格に合うものを』とひれ伏す勢いで言われ、どんな豪華なものが出来上がってきてしまうのかと内心怖かったのだが……。

 マージが直々に羽織らせてくれた外套は、意外にも上流階級風のデザインではなかった。むしろこれは…


「動きやすい…! しかも雪国迷彩仕様!!」

 箱に入っていた上着とパンツ、そしてシャツやベストなどのセットも同じように、防寒、収納、機動、色、どれをとっても完璧な戦闘仕様になっていた。


「わああ、ありがとうございますマージお姉様!! ものすごく戦いやすそう!! 着るのが楽しみです!!」

「ほほ、ミカならそう言ってくださると思っておりましたわ。こちらもどうぞ」

 マージはそう言ってさらに革製品を二つ差し出す。もちろん、雪に紛れられるように白っぽい塗装がされている。

「これ、もしかして短刀用のホルダー!? それにこっちは矢筒!? すごーい!!」


 私は肩掛けカバンを下ろし、早速そのホルダーと矢筒を装着し、サッと出てきたユキから弓とサムリングを受け取った。


「よぉーし、百人はヤッてきます!」

「ちょちょちょ」

 ガコッ、天井の蓋が開く。

「戦に行くんじゃないんですよ!?」

「分かってるって。ノリだよノリ」


 エビタイも使用人一同も笑っている。

 私はザラミーアに向かって一礼した。


「さあ、ご命令を」

「まさか、命令などと」

「命令で構いません。……俺は、こちらにご厚意で居候させてもらってるドブネズミに過ぎねえんで。要は滞在費ですよ」

 目元を隠し、ニヤリと口角を上げる。ザラミーアは僅かに目を見開く。


「それに、以前から後ろのご婦人とご子息を『安全な場所』にお連れするよう第一夫人様からも言いつかってます。そうだな、魔獣ども」

 魔獣達が一斉に声を上げる。コマと魔獣達は王都の屋敷からミリナとイリヤを連れ出した、いわば救出班だ。


「同志のマネジ、セージは連れて行かせてもらう。元々ジークの民だ」

 白装束のザコルとエビーが一礼する。


「ええ。もちろんお好きに。第一夫人の側近も一人お連れくださいませ」

 ザラミーアの言葉にイーリア側近の制服を着込んだタイタが一礼する。


「我が屋敷からも二人ほど隠密をつけますわ。必要があればお声がけください」

 シュタッ。マージの言葉に合わせ、無言で天井から降りてきたのは顔馴染みの元従僕だった。

「へっ、いい感じに仕上がってんじゃねえか小僧」

「…は。サゴシ様のお陰でございます」

 そう言ってペータは天井を睨む。

「はっ、お陰って顔じゃねーな。いいだろう、アイツは後でシメといてやる」

「いいえ、お手を煩わせるわけには。自分の手でシメさせていただきます」

 ペータはにこりとともせず、胡乱な目つきのまま一礼した。どうしよう、純朴少年がすっかり闇を背負った厨二仕様に…。


「もう一人は…ああ」

 廊下の奥から静かに向けられていた視線に気づく。従僕の格好をした彼女はその場で深く一礼した。


「ねえマージ、こちらの従僕はまだともかく、アレを付けるのはやはり反対よ」

「ですがザラミーア様、イーリア様のご指名ですわ。いいように使ってくださるはずだと」

 眉を寄せるザラミーアにマージが溜め息をついてみせる。


「…コマも義母上も、押し付け過ぎでは?」

「同感っす。ついでに団長も」

 セージに扮したエビーは天井の穴を睨む。

 そういえば私ってハコネ兄さんからサゴシを押し付けられてたんだっけ。


 ザラミーアは眉間を揉みつつ、コホンと咳払いをした。息子そっくり…。

「恐れ多くも、お任せしたい件は外に用意させた荷馬車ですわ。命令ではございませんが」


 メイド長が目配せすると、年配の女性使用人二人が揃って玄関扉を開ける。

 私は彼女達を使用人マダムと呼んでいた。

「うちの可愛い子達をよろしくお願いしますね」

「ええ。ご心配は要りませんよ。私共がしっかりとお世話いたします」

「新しい外套がよくお似合いですよ。どうぞ、ご無理はなさらないように」


 私とザコルに続き、ミリナとイリヤ、魔獣達、エビーとタイタ、そしてザラミーアが扉をくぐる。

 私達はくるりと後ろを振り返る。



「じゃ、行ってきます!」

『お帰りをお待ち申し上げております』



 決して大きな声ではない。しかしピシッと揃えられたその声は、真っ直ぐに心を貫く。

 帰りを望まれる場所がある。異世界に来てまた一つ、ふるさとと呼べる場所ができた。


 私はきっと、この瞬間を一生忘れないのだろうと思った。



 ◇ ◇ ◇



 集会所はいつぶりにか大量の人が押し寄せていた。室内に入りきれていない人が外に溢れかえっている。

 水害直後も避難所を仕切った女性達が忙しなく動き回り、本来ならば手伝う義理のない同志村スタッフ達までが物資を持って駆けずり回っている。


「あの、氷姫様はどちらに」

「ああ、どうしてもそのお姿にあやかりたくて王都からここまで来たのに」

 この世の不幸を全て背負い込んだような顔で王都民達が項垂れる。


「聖女様はお忙しいんだ。でも寛大なお方でね、あたしらも同じ色をまとう許可をいただいたんだよ」

「いつだって聖女様と猟犬様をお側に感じられるお色よ」

 シータイの女達は揃いでかぶった深緑色の頭巾を自慢してみせる。

 かの聖女は運命の出会いを果たしたという英雄・深緑の猟犬に合わせ、深緑色の頭巾をかぶっているのだという。

「俺らはこのマントよ。いーだろ」

 薪を抱えてきた男達は深緑のマントを肩にかけている。

「でもちっと邪魔くせーよな、無駄に重いんだってこの…」

「文句お言いじゃないよ! せっかく同じ厚さの布取り寄せて縫ってやったってのに!」


 秋に近くの町が大規模な水害に遭い、その支援を一手に引き受けたというシータイ。

 本来ならば冬支度もままならず、物資不足に喘ぎ荒んでいてもおかしくないはずだというのに、全く何事もなかったかのようにシータイの町民達は明るく元気だった。突然押し掛けた王都民の世話でさえ、嫌な顔一つせずしてくれている。

 それはきっと、慈悲深い聖女が彼らに奇跡を施したおかげなのだろうと、王都からの難民達は希望を持った。


「しっかし聖女様も災難だよなあ、こんな雪の中でも曲者はひっきりなしに押し寄せてんだぜ」

「曲者!? そんな、せっかくこんな辺境までお逃げになったのに!?」

「欲かいたヤツに距離なんざ関係ないさ。ほら見なよ、ああして捕まえた曲者を中央に運んでいくんだ」

「今日も大漁だなぁ」


 シータイ町民が指した先には、鉄格子のついた荷馬車が数台並んで進んでいた。中からは世にも恐ろしげな呻き声が漏れ出ている。


「なんてことだ、邪教や王弟はまだ諦めてないっていうのか」

「お可哀想に。お優しい方と聞いているわ、お怪我などされていないかしら」

 シータイの民は王都からきた民を睨む。

「まさか。聖女様には我が領の誇る最強の猟犬がついてんだ。滅多なことお言いじゃないよ」

「俺らだってサカシータ生まれサカシータ育ちの番犬だ。あいつらにゃ、世話になった聖女様の血の一滴、涙の一滴すらくれてやらねえさ」

 その覇気に王都民達は思わず身を竦ませた。


 雪の上をゆったりと進む荷馬車の幌の上に、ヒョコ、と現れた白い影があった。キャメル色のニット帽を目深にかぶったその影は、くるりと辺りを見回し、こちらを向いた。

 その瞬間、影は何かを軽く放つ動きをした。ビシッ、影が投げた何かが王都民の一人に当たる。


「ぁだっ、なっ、なな何…っ」


 額を押さえたのは、先程まで聖女を可哀想にと憐んでいた女だった。

 その女は顔を上げる前に周りの町民達によって速やかに拘束され、どよつく難民達の中をズルズルと引きずられていく。雪の上には割れたドングリが一つ落ちていた。



 その様子を見ていた他の町民や同志村スタッフ達は、幌の上の白い影の方へと注目する。その影はヒラヒラと手を振り、サッと馬車の中へ戻って行った。




つづく

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