前夜② エコとか言うやつだ
ガシャーン。
「雪に埋めてやろうかこんのクッソゴミ野郎ども!!」
「はっ、相変わらず第二の者どもの野蛮さには恐れ入る。こんな素行の悪い者が同じ騎士を名乗っているとは」
ジャリ、相手は割れたマグカップの破片を踏みつけてふんぞりかえる。
「全くです。もはや若さくらいしか取り柄のない者達など、高貴なアメリア様に相応しくない」
「やはり我ら第三騎士団が心身共にお守りするべきです」
「お前ら元・第三騎士団だろが、第三騎士団は不要で無用で害悪だからって解散いたしたんですけどお!?」
「落ち着けエビー」
ハコネが俺を後ろから羽交締めにする。
「話にならんな。第二騎士団長殿、そちらの隊が野良犬の集まりなのは相変わらずか」
「口に気をつけろ。『犬』はサカシータの戦士達が用いる誇称だ」
「はっ、戦士だと。辺境のゴロツキも言いようだな」
そう馬鹿にしたように嗤うのは、元・第三騎士団長モブジだ。残り二人の名なんぞは忘れた。
モブジは一応男爵だか準男爵だかの家の出身らしく、姿勢と所作だけはそこそこ洗練されている。
「アメリア様もお可哀想に。不便な思いをなさっているのではないか? こんな何もない田舎町では、高貴なお方をもてなす術も持っていまい」
「そんなことねーよ、サカシータの屋敷付きは全員エリートだ。お前らよりよっぽどマシな礼すっかんな」
「フン、言葉遣いもままならぬお前の評価など何の価値も持たん」
「何だとお!?」
シータイの町長屋敷の使用人の所作は、生粋の王族であるサーマルも褒めていたほどだ。
てか、こいつら所作だけはそこそこだと思ってたけど、タイタやイーリアの所作を見慣れると粗が目立つな…。
「しかし、お前達も一応は映えあるテイラー騎士だというのに。こんなボロ屋に押し込められて随分な扱いを受けているようじゃないか」
「この素行ではサカシータの者にも疎まれているのでは?」
「門の者達も我々のことは随分と丁重に迎え入れたぞ。やはり、田舎者にも格の違いは解るのだろう」
はあ、とハコネが溜め息をつく。
「いいか。何度でも言うぞ。我々テイラーの者が遇されるのは、それだけホッター殿がこの地に貢献したからに他ならん。この一軒家を借り受けていられるのだって」
「あのモドキの話は控えてくれるか、不愉快だ。主家に取り入って縁者を名乗っているだけでも烏滸がましいというのに、どうして聖女などと大それたことを」
「聖女を名乗る資格があるのはエレノア様が祖たるテイラー一族だけでしょうな」
「まさに我らがアメリア様に相応しい呼称だ! かの方を差し置いて名乗るなど恥ずかしくはないのでしょうか」
「あまり無理を言ってやるな、異界の者に常識を説いても無意味だろう」
スラリ、と剣を抜いた音がする。
「やめろクマノ」
「もう我慢できません団長」
「平民が。私は貴族の血を引くものだ。刃を向けるなど不敬だぞ」
「俺は平民階級だがテイラー家の遠縁でな。お前らのような下級貴族の有象無象とはさして血筋は変わらん」
え、初耳なんですけど…。
「遠縁、だと…?」
「それに、主への侮辱に怒らぬなど騎士の名折れ。そもそも聖女とはサカシータの民が自然に呼ぶようになったと聞いている。あの方は慈愛に満ち、献身的で、知力や行動力に優れた、聖女の名に誰よりも相応しいお方だ。今すぐに訂正しろ!」
「フン、どうせ縁にも数えられぬほど市井に馴染んだ生まれなのだろう。血筋や弁で敵わないからと負け惜しみか? 有象無象はどちらだか…。ククッ、訂正など必要ない。私はな、憐れで未熟なお前達のためを思って言ってやっているのだ。いい加減に目を覚ましては…ああ、お前達は寝ても覚めても卑しい生まれだったな。道理で人かどうかも判らぬモノに惑わされるはずだ」
ははは! とモブジ達三人は嘲笑する。
「…………もう、許さねえ…」
ぶわ。
全身の毛が逆立つような感覚。同時に、一軒家の中の空気が急激に密度を増す。
元・第三の三人は僅かに腰を引かせた。
「…はっ、結局お前達は数の暴力に訴えるしか能がないようだな、やはり野蛮な」
「ふざっけんな、お前らなんざ俺一人で充分だボケカス!」
「やっちまえエビー!!」
「待て待て待て」
「止めんなよ団長! ここまで言われて黙ってられっかよ!!」
「いいか、お嬢様のお言葉を忘れるなこれはアレだ」
「アレって何だよ!?」
「アレはアレだ。エコとかいうやつだ」
エコ…?
その場にいた騎士が全員疑問符を浮かべる。モブジ達でさえ顔を見合わせた。
「…あーそうだ、エコだった。じゃ、ハコネ団長、説明お願いします」
コホン。ハコネが姿勢を正す。
「お嬢様から貴殿らに伝言だ」
「伝言? 我々はアメリア様への直接の面通しを」
「今は非常事態でな。要人を匿っているということもあって、来たばかりの者をあの屋敷に入れるわけにはいかんのだ。そこに身分や出身云々は関係ないし、サカシータ側の意向でもある。解ってくれ」
モブジを始めとした三人は訝しげな顔をする。
「それに時間も時間だ。お嬢様ももうお休みだからな。どうしてもお嬢様から直接聞きたいのであれば、明日先触れを出して、お嬢様と屋敷の許可をそれぞれ得てからになる。一日以上待たされる可能性もあるが、どうする」
いや、よー言うわ。屋敷側がアメリアの行動制限などするわけがない。お嬢さえその気ならすぐ会えるに決まってんだろ。
「……時間がかかるのでは致し方ない。して、アメリア様からの伝言とは?」
疑いつつも一旦引いてみせたモブジに、ハコネはもったいぶるようにまた咳払いをした。
「アメリアお嬢様は、できれば元・第三騎士団全員の話を聞きたいとおおせだ」
「なっ、全員!? 私は代表だ! 団長で貴族たる私がお話させていただけば充分だろう!」
「お嬢様は公平なお方だ。世話になった者達に優劣をつけるのは好まれない。貴殿ら三人の話だけを参考にしたのでは、他の隊員の望みを蔑ろにするのではとお考えのようだ。…まあ、考えてみれば解ることと思うが、元の身分や役職が何であれ、主家の一員たる彼女からすれば俺達など全員『有象無象』だ」
俺は吹き出しそうになって何とか耐える。確かに、伯爵長子のご令嬢から見たら、平民も遠縁も男爵家の何某もみな等しく下々の者達だ。
「私が、有象無象の一人だと…!」
「モブジ殿、貴殿は第三騎士団の復活と、アメリアお嬢様の側付きへの復帰を望んでいるので相違ないか」
「…っ、いかにも。我々は、あの王妃殿下が下賜した希少なる魔法士にして、国の宝たる聖女の末裔、アメリアお嬢様を庇護を任されたばあや殿が直々に選んだ精鋭なのだ。あの異界のモノの扱いを瑕疵として解散を余儀なくされたが、本来お嬢様の身辺を護るのにこれ以上ない身分と振る舞いを兼ね備えた一団であったのだ!」
「そうか、であれば尚更、第三騎士団の者達全員でアメリアお嬢様に懇願するといい。他ならぬお嬢様が団の再結成を望むのであれば、セオドア様もきっとご一考くださる」
「ぐ…。全員…はともかく、なるべく人数を御前に揃えられるよう努力はしよう。それが本当にアメリア様のご意向かどうか確認してからだがな!」
恐らくだが、第三騎士団も一枚岩じゃない。このモブジの下でもう一度働きたいと思うヤツばっかりじゃないんだろう。…つーかこの三人だけで盛り上がってんじゃねーだろな。
「ああそうしてくれ。つい最近、第二騎士団の中でも間者を取り締まったばかりでな。アメリアお嬢様も、側に置く者に関しては随分と慎重になられているのだ」
それを聞いたモブジはニヤァ、と嫌な笑みを浮かべた。
「間者だと? 第二騎士団にはそのような混じり物があったのか。やはり育ちとは侮れぬ。アメリア様を不安にさせるとは、貴殿こそ責任を取るべきじゃないのか、ハコネ殿」
「間者はホッター殿を狙っていたのだが、もちろん俺の管理不足も含めセオドア様には包み隠さず報告している。その上で、残ったテイラー勢をまとめ、姫様方の護衛を全うするようにとのご命令をいただいている。心苦しい限りだが今は非常事態ゆえ、本邸からの応援も現実的ではないしな…………ああ、貴殿らはもしや応援に来たのか? ならば、俺の指示下に入ってもらうことになるぞ」
「はあ? どうして我々が貴殿の指示下に」
「この町には第二騎士団以外の者も派遣されている。その者らには、第二騎士団長の指示に従うようセオドア様から直命が下されているのだ」
第二騎士団じゃないのは隠密サゴシとザコルだけだけどな。ザコルはまだともかく、サゴシに関してはハコネの指示なんか聞く気ゼロだ。
「…いい加減なことを言うなよ若造、指示を下すとすればむしろ我…」
ガサガサ、ハコネは懐を探り、ペラっと紙を一枚出して見せる。
「セオドア様直筆の命令書だ。サカシータ領に屯留するテイラーの騎士及び隠密は全員第二騎士団長の指示下に入るようにと書いてある」
む、とモブジが目を凝らす。
「読めるか?」
老眼なのか、細かい文字が読みにくいらしいモブジをハコネが気遣う。
「馬鹿にするなこの程度読めるわ! だが私は本来命令されるような立場では」
「心苦しい限りだが、元・第三騎士団長の貴殿も今はいち騎士に過ぎんのでな、心苦しい限りだが」
ハコネはちっとも心苦しくなさそうな顔で同じ言葉を二回繰り返した。
「今の所属は第一になっていたか? ボストン第一騎士団長からはどのような要件でここに来る許可を得た」
「そ、それは貴殿には関係なかろう!」
…勝手に出てきたか、それともボストンもこいつらを扱い兼ねて領を出る許可を出したか。
アメリアに処遇を直談判に行くだなんて個人的な理由で許可を出せたとは思えない。であれば現地騎士の応援または災害支援の一助という事由が妥当なはずだ。てか、どーせ伯爵邸にいても大した戦力にならないから簡単に許可も出たんだろう。
「第一騎士団の意向に口を挟む気はないが、セオドア様の命令は絶対だ。ちなみに俺達の今の仕事は護衛業務だけではない。サカシータ側と連携を取りながらの曲者の掃討や尋問、滞在費代わりに雪かきや水汲みといった雑事も請け負っている。アメリアお嬢様からも、世話になっているサカシータ領民達のためにできる限りのことをしろと命じられていてな。我々も精力的に取り組んではいるが、正直、この人数では手が回らぬこともあるのだ。貴殿らがローテーションに加わってくれるというなら歓迎しよう。町長屋敷の警備や尋問などは任せられないとしても、曲者の掃討や雪かきならば充分戦力に」
「…モブジ様っ」
元・第三のモブ二人がモブジの袖を引く。掃討や雪かきなんぞは絶対にやりたくないんだろう。
「それから、まだ貴殿らが来た話はしていないが、おそらくザコル殿も貴殿らの顔を見たがる」
「は? か、彼はモドキの護衛だろう、関係ない!」
ザコルの名が出て、モブジが明らかに慌て始めた。
「仕事で出入りする場のことを余さず把握しておくのは彼の流儀なのだそうだ。流石は英雄、職務への意識の高さは見習うべきものがある。そんな彼も、かつてお嬢様の側付きとして活躍した第三騎士団や、ばあや殿に関しては情報不足だと漏らしていたのだ。貴殿らにも話せることとそうでないことがあるだろうが、折角の機会だ。同じ家に仕える者同士、交流を深めてみては」
「あっ、暗部上がりの工作員に話すことなど何も」
「ザコル殿はあれで子爵子息だからな。貴族出身という立場からも貴殿とは話が弾むことだろう。…よもや、断れるとは思っていまい」
先程貴族の出だと言ってふんぞり返っていた有象無象が黙る。
ザコルが身分を振りかざしたとこなんて一度も見たことはないが、あの人はあれでも王家から褒章を受けている分、普通の子爵子息よりも発言権は上だ。少なくとも男爵家だか準男爵家だかのオッサン子息よりは断然偉い。
「あちらは比較的自由がきく。話せばすぐこちらまで出向いてくれるはずだ」
「そーすね。俺が朝イチでこっちに案内します。氷姫様もたぶん付き合ってくれると思うんで」
「おい、アメリア様は要人として屋敷で守られているのだろうが、どうしてモドキには自由が許されて」
「知らないのか、ホッター殿の実力は今や現役騎士でも苦戦するレベルだぞ。近接戦はもちろん、弓や投擲の腕前も相当だ。あれならばアメリアお嬢様の護衛だとて充分任せられる」
「ちょっとお、上司ヅラでウチの姫をこき使おうとすんなって口酸っぱく言われてんでしょーが」
「はは、有能な者に期待してしまうのは俺の悪い癖だな」
ハコネはモブジ達に笑いかける。先程、お前達には屋敷の警備さえ任せられないと言ったその口をニヤリと持ち上げる。
だが目は一つも笑っていない。
「しかしあの娘に期待するのは俺だけではないだろう? 我らがテイラー伯ご夫妻はもちろん、かのサカシータ一族からも絶大な信頼を勝ち得ているし、名は伏せるが何組かの領主や国家元首クラスの大物も既に彼女の虜だ。あの新聞が出回った時など、かなりの人数がこのシータイに集結し、彼女を害する者をなぶり殺しにしろと暴動が起きかけたそうだな」
「あれはヤバかったすね。イーリア様とミカさんが収めてくんなきゃマジに戦争勃発で今頃王都が焦土だったまであるっす」
「暴動…なぶり殺し…焦土……」
言葉を失うモブどもに、ハコネは今一度作り笑顔を向けた。
「…なのでな、あまり貶める言葉は吐かない方が身のためだ。丁重に迎えてくれた門の守衛殿も、モドキなどと呼ばれていると知れば目の色を変えることだろう。かくいう俺も、あまり心良くは思わん」
チャキ…。ハコネはわざとらしく腰の剣の位置を直した。
◇ ◇ ◇
「あそこまで言っておけば早々に出て行くだろう。朝から吹雪かないことを祈るのみだな」
「団長さすがヤるときゃヤる男っす! てかセオドア様直筆の命令書なんていつの間に用意してたんすか」
「サゴシが来た時点でセオドア様に手紙で願い出ていた。いざという時に出そうと思ってな、まあ無いよりはマシだろう」
「俺らの言うことなんざいっこも聞かねーすもんね!」
「ああ、アレを制御してくれているホッター殿には頭が上がらん」
ざくざく、もと来た道を歩く俺らの後ろを、一つの足音が追ってくる。
「ハコネ団長」
「クマノか」
「はい。ありがとうございました。さっきまで寝床の場所で揉めておりまして、いい加減に収集がつかなくなるところでしたので」
クマノの話によれば、モブジ達三人は後から来ておきながら一人一室ずつ用意しろと無茶を言っていたらしい。
「自称貴族のモブジはともかく残りのモブ二人はどういう神経してんだってのは横に置いとくとして、あの一軒家、そんな部屋数明らかにねーだろ…」
「ああ、二階を開け渡してお前らは一階の居間や台所の床で寝れば万事解決だとこきやがって。寝具借りてきてやっただけでも感謝してほしーぜ」
はあ、とクマノがうんざりした声で言う。
「クマさん、テイラー家の遠縁ってホントすか」
「一応な。モブジの言う通り、縁とか言うのも恥ずかしいくらいの遠縁だ。セオドア様はご存知だが、人に言ったのは初めてだ」
「んー…それって、口滑らしたってことすか」
「そういうことだ。あー、やっちまった…」
「どーせ第三の奴らはなんも知らされてねーすよ。あとはまあ……サゴシは知ってんすか」
「ああ。処されるから黙っといてくれ」
「…そっちも大変すねえ」
「お前らを気楽だと思っているわけじゃないぞ」
クマノはいわゆる『守りの系譜』の一員なんだろう。
よく勘繰られがちだが、俺達『幼馴染』は守りの系譜には当たらない。純粋にアメリアの遊び相手として集められただけの、もとは何の後ろ盾もないガキだ。大人になっても邸に残ったのは、テイラー家のためではなくアメリア個人を支え続けるためだった。
「へへっ、どっちもお転婆すからねえ」
今は支えるべき姫が二人になった。他ならぬ、俺達の姫が姉と仰ぐ人だ。
「…ああ。俺達の愛し子様方は、全くお転婆でいらっしゃる。苦労するな、お互いに」
守りの系譜。聖女の血と意志を守る者達。
かつて『勇者』とともに世界を救った聖女の末裔で構成され、
いずれ世界を救ける『愛し子』を探し出し、支えることを使命とする者達。
この世界をこよなく愛し、おせっか…いや、献身が過ぎるとまで云われた渡り人エレノア・テイラーが没して数百年。
彼女の『重すぎる愛』はしっかりと末代にまで引き継がれ、今もなおこの国に在り続けている。
◇ ◇ ◇
日も登りきらない早朝、三人の影が逃げるようにして町の門をくぐる。
「ねーエビくん、アイツらが先輩が上司そっくりとか言ってたヤツらぁ?」
「そーだと思いますよお」
「…いや、そんなに似てるぅ…?」
門壁の僅かな隙間から、カズが目を凝らして三人の顔を確認している。
「ホッター殿も混乱していたんだろう。恐怖で幻覚でも見たのでは」
ハコネが神妙な顔をする。
「恐怖っつか過労じゃねーすか。ね、ギャル様」
「もーエビくんてば嫌味ぃ? てか先輩も恨み買ってる自覚あっから幻覚とか見んだし。第三営業支部のラスボスだもん」
「カズ様、そのラスボスとはどのような存在でしょうか!」
「公式聖女の知られざる二つ名ですな! ぜひとも詳しく!」
マネジとセージとリュウが期待に満ちた顔をする。
「んー、魔王みたいなヤツ?」
『まおう』
同志三人が豆鉄砲でも食らったような顔になり、俺は思わず吹き出した。
「ふはっ、よりによって魔王かよ!」
ザコルのことを散々魔王だ何だと揶揄ってたクセに。どんなギャグだ。
「ちょっとーホントだよ? もーガチで魔王か帝王ってカンジだったんだからぁ。男は先輩のことバカにするフリしてビビってるし、女子社員は全員堀田の嫁みたいなカンジでー」
『全員ホッタの嫁…』
「そういえばカズ、ミカがいなくなってカイシャから女がゴッソリ抜けたとか言ってたわね」
「うん。なんか女子だけで独立して起業するとか言ってどっか行きましたー。いつでも堀田サマをお迎えできるように役員のポスト一席空けとくとか何とか…。ウチは目の敵にされてたんで連れてってもらえませんでしたけどぉ」
「……マジで異世界でもミカさんはミカさんだな」
それな、とばかりにその場の全員が頷いた。
「ちょっとカズ、ロクでもない噂広めないでくれる。魔王でも帝王でもないんだよ私は」
ヒュ、バッ。
その場の全員が一瞬息を飲み、ある一点に視線を集中させた。
ぎゅむ。マネジの左腕に巻き付く、ハンテンを羽織り、深緑色の頭巾を被った小柄な女性…じゃない。
「ふふ、精進あそばせ」
にこ。彼女…いや彼はわざとらしい作り笑顔を浮かべた。
「やっば、今度こそマジで先輩かと思ったぁ」
「もおおお心臓に悪すぎるんすよおお…!」
その場の全員が詰めた息を吐き出す。
「ケッ、お前らの緊張感が足んねーんだ。金髪、そろそろ戻ってアイツら起こせ。そんでミリナを護衛させろ」
「なあんでウチの姫が人様の護衛を」
「適材適所ってヤツだ。アイツなら魔獣どももうまく使う」
ニヤァ。コマはミカの雰囲気を残したまま、意地悪そうに微笑む。
そして硬直しているマネジを見上げた。
「お前、推しだとかいうなら完璧に駄犬を演じてみせろよ」
「僕が、完璧に、神を…!?」
マネジが宇宙でも見たような顔になる。
「頑張り所ですぞエリア統括者殿! 今こそその恵まれた風貌を生かす時!」
「そそ、その通り、おお推しそっくりって、かか会長からもおお墨付きが」
「そ、それはそうだけれど! そんな理由で統括者に選ばれたのは否定しないけれど!?」
「え、まさか猟犬殿に見た目が似てるからって幹部になったんすか」
「もちろんその異次元な実力や、猟犬様の武器を作る唯一無二の工房跡取りというのも理由ですぞ!」
「お、おお同じ戦闘スタイルっ、まさに2.5次元っ!」
2.5次元って何だ…?
「もう、戦闘スタイルは恥ずかしながら寄せさせていただいているんだよ。これで槍や斧なんか使ってたら君達の期待を裏切るだろ?」
「へー、てことは、実はどんな戦い方もできるってことすか。あの肉弾戦みたいなのだけじゃなくて」
「僕は武器職人ですから。使い方を知らなければ良い物は作れません。なので何でも振れるようには鍛錬しているんですよ。親父も祖父もそうしてきましたし」
この人も相変わらず奥が深えな…。てか武器なら何でも使えるってとこがまさにザコルそっくりだ。
「そうか、では次回の鍛錬では長剣を持ってみてはどうだ、ザコル殿も喜ぶぞ。俺ともぜひ手合わせを」
「えっ、ええ、もちろん」
「いーじゃない、あたしとも手合わせしなさいよ。あとシュウ兄に借りた鎚もあるわよ。ザコルが握った巨大鎚ほどの大きさじゃないけど」
「えっ、鎚! 戦鎚はうちの工房ではまだ取り扱いがないんです! ぜひ一度振らせてください!」
ハコネとロットに迫られて流されかけるマネジをグイッとコマが引っ張った。
「群がんなボケども。コイツはジーク領民、つまりは俺様の所有物だ」
「しょゆうぶつ!?」
「コマ殿、マネジ殿は現在ウチのオリヴァー様の指示下にあるはずだぞ」
「そうよそうよ、独り占めすんじゃないわよどこぞのザコルじゃあるまいし!」
「はいはい、マネジ殿の取り合いはその辺にして!」
俺はパンパンと手を叩く。
「来ましたぞ」
静かに外を伺っていたセージがそう呟いた。
「ていうか早いわよね、今日なのよね? アッチで何か起きるってのは」
ロットはセージに尋ねる。
「ええ、そのはずですな。ただ王都からほとんどの住民が脱したのは、もう十日以上も前のことになりますゆえ」
「そう、じゃあやっと辿り着いたってカンジかしら」
「あれ敵ですかぁ?」
「まだ判んないわ。モリヤが昨日保護した数組は大人しくしてるって話だけど」
雪に慣れてない動きに、少々軽装すぎる格好。しかも子連れの家族らしき集団。
「随分と疲れてますね」
「ああ、子供もいることだし早く保護してやった方がいいな」
外に見える集団は、門の前で何やら叫び出した。
氷姫様、聖女様、お慈悲を、と。
つづく




