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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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153/565

前夜① 推しの話はいつだって心の糧さ

「だーんちょ」

 ぶりっ子した甘ったるい声が夜道にひびく。


「カズ、おはよう。って、まだ夜よ。朝まで寝てていいのよ?」

「あのね、タヌキジジイが言ってたんだけどぉ、ウチって寝すぎると『魔力過多』とかいうやつになるかもなんだって。ウチももうちょっと寝とこーかと思ったけど、頭痛してきたからヤバいと思って起きた」

「…そう。医者って色んなコト知ってんのね。生まれてこのかた一度もかかったことないから知らなかったわ」

「あは、怪我もビョーキもしたコトないってコトぉ? やっぱ鎧いらなくね」

「鎧は友達なのよっ」

「よろいはともだち」

「おい爆乳娘」

「わ、男の娘ちゃん」

「そこの鎧カマ野郎に頼まれた薬だ。全部、ひと舐めくらいから始めて様子見ろ。そこまで強い作用のもんは入れてねえが、この国で一般的に使われる薬は大体網羅してある。いいか、不調は本人にしか分からねえ。些細な変化でも気になることがあれば中断して、必ず医者に相談しろ」

 突然現れたコマは早口でそう言い切った。

「まあ、仕事が早いわね」

「ありがとー、めっちゃ親切ー」

「親切じゃねーっての」

「あ、ちょっ、支払いは!?」

「女帝にもらった」

 コマはふくらんだ布袋をカズに押し付けると闇に消えた。


「なによ母様ったら、あたしが払いたかったのにっ」

 俺は、プンスカと怒るサカシータ騎士団団長の肩を叩く。

「声落としてくださいよ」

「エビー。アンタ、ミカの部屋の護衛はいいの」

「あそこは鉄壁すよ。のぞき目的で監視してる人らもいますし」

「のぞきって…」


 少なくともサゴシとマージの手の者、あと多分だがメリーもいる。どいつもこいつも隠密スキルが高すぎて俺にゃ感知できねえけどな。


「タイタはどうしたのよ」

「タイさんはお嬢と編み物してますよ」

「編み物ォ? 何、アメリア様ったらまだ休んでないわけ?」

「まあ、考えときたいことでもあるんでしょ」


 タイタは付き合うという言葉通り、アメリアの部屋に残った。そしてアメリアと侍女ハイナと三人で編み物を始めた。

 その他は何となく気を遣って退室することになった。


「俺も何となく出てきてしまったが、大丈夫だろうか」

 ハコネが心配そうに呟く。

「ハイナもいるんすから大丈夫すよ。カッツォ達だって扉の外にはいますし」

 部屋をあぶれた侍女三人は、俺とタイタが使っていた部屋に案内した。


「てかさ、タイくんとアメリアちゃんって、そーいう雰囲気?」

「あまり勘繰らないでやってくれるかカズ殿。そういうのではない、はずだな、エビー」

「まあ、そうすね。タイさんって誰とでもそーいう雰囲気みたいなとこあるっつーか、魔性の紳士っつーか…」

「魔性の紳士って何なのよ」

「ぐふふふ我らが執行人殿は猟犬様の第二夫人になる予定ですから!」

「出たな秘密結社」

「マネジって言ったわよね。アンタ、その格好だとザコルにホント似てるわね。ザハリよりも似てる気がするわ」

「おおおお恐れ多い! ここっこの服をお借りしているだけでも毎秒心神喪失しそうだというのにっ!」

「だから声落とせって」


 マネジは洗濯済みのザコルの団服を一着借り、深緑色のローブを肩にかけるようにして着ていた。

 カズはいつもの騎士団服にハンテンという上着を着込み、頭にはアメリアが刺繍した深緑色のスカーフを巻いている。

 ロットはいつもザッシュが着ているような、サカシータ領の騎士団服を適当に着崩している。

 ちなみにさっき一瞬現れたコマもハンテンに深緑色の三角頭巾を着けていた。

 俺はといえば同志に借りた白装束を着込んでいる。


「俺も何か変装すべきか?」

「いや、ハコネ団長はいいすよそのままで」

「そうか…」

「何で残念そうにしてんすか」

 俺達はザクザクと暗い雪道をランプも持たずに歩いていた。向かうのは集会所だ。




 誰もいないはずの集会所の中に、小さな灯りが見える。

 俺達は気配を断ち、扉に耳をそば立てる。中からはコソコソと声が聴こえる。


「今日こそ決着をつけようじゃないの」

「ああ望むところさ」


 女性の声だ。どういう空気なのか、バチバチと殺気めいたものがここまで伝わってくる。


「誰が相応しいかってことよね。そんなの、アメリ様に決まってるじゃない!」

 ざわっ。

「今日のダンスも見ただろ、優雅で、隙のない、夢のようなあのお姿! やっぱり生粋のお嬢様しか勝たん!」

 そうよそうよ!

「異議あり! あたしはやっぱりミカ様を推すわ!」

「そんなの絶対叶うわけ」

「叶わなくたっていいのよ! 想うだけなら自由だもの…!」

「切ないっ、切ないけど、そうよねそうよね」

「だったらザコル様だって」

「何言ってんだ、それこそあり得ないじゃないか!」

「多少の垣根なんか易々と超える愛だってあるのよ!」

「ザコル様ならどんな壁だってぶち壊してくれるわよ!」

「大体、ザコル様の側にいる時が一番動揺してるじゃない!」

「そんなの同志なら皆そうでしょ!」

「はいはいはいあたしはエビー様を推すわ!」

「エビー様がアリならマネジさんだってアリよ、あの方にだけよ、めんどくさいって顔するのは!」

「エビー様相手にだってたまにしてるわよ!」


 …………何の話してんだ…?


「ザッシュ様だってオイシイだろ、何てったって身長差が」

「身長差なんかより身分差だよ」

「大穴、テイラーの騎士団長様じゃない」

「でもねえ、私やっぱり、婚約解消したのに文通続けてるっていうお嬢様と結ばれて欲しいわあ。幸せになっていただきたいのよぉ」

『…っ』

 そうよねええええ。


 ………………。


 マジで何の話だ…?



「やっぱ捗るね、タイ様の話は」

 タイ様?

「まさに魔性の紳士だわタイタ様!」

「タイさんの話かよ!」

 バァン、俺は思わず扉を押し開けた。


「あらエビー様」

 中にいたサカシータ領民女性達が一斉にこっちを見た。




「マジで何の話してんすか、もー」

「だってさ、ウチらタイ様の隠れファンなんだよ」

 タイ様…。何なんだよその呼び方。


「どなたとそういう雰囲気になってるのかって、毎晩集まって議論してんだけどねえ」

「そう思って見ると、誰とでも怪しいような気がしてきて」

 うんうん、女性達は一斉に頷いた。 


「騎士とご令嬢っていうのは外せないよ。あの氷上のエスコート見た!? スマートすぎてもうもうもう!」

「ダンスも素敵すぎて毎回目眩がするわあ! 都会って怖いわね、あんなのがウヨウヨいるのかしら」

「何言ってんのウヨウヨいるわけないわ、タイ様は特別なんだから!」

 そうよそうよ!

「ミカ様とニコニコしあってるのも微笑ましいのよぉ、ミカ様がタイ様をちょっぴり子供扱いしてるのもキュンってくるじゃない」

「ザコル様が他の男を構うとムスッとなさるの、見たことある?」

「そうそう、嘘だろと思って鍛錬の間観察してたら、ホントだったわ! ホントにムスッとしてたの! あのタイ様が!」

「それをザッシュ様が慰めてんのよ」

「と、思ったらザコル様が取り返しにきたりね!」

 きゃーっ。


「ホント、何の話してんのよアンタ達…」

「ウチの団長はナイわね」

「ええ、ナイわ」

「なっ、何がナイのよっ、最近はあたしにも優しいわよあの子っ」

「フン、優しくされたからって勘違いしてんじゃないわよ」

「タイ様にとってミカ様の敵は全員ゴミよゴミ」

「ミカの敵でもゴミでもないわよあたし!!」

 むきーっ。あははは。


「いや、緊張感なさすぎだろ…」

「ははっ、いいじゃないかエビー殿。推しの話はいつだって心の糧さ」

「やっぱ同志様は解ってるねえ! というかマネジさんったら随分男前になっちまって」

「マネジさんもザコル様に愛とかささやかれてなかった?」

「ちょ…っ」

「そうそうタイ様がよく嫉妬なさってるものぉ」

「推しの服の着心地はどうなの、え?」

「ちょちょちょやめてやめてやめて本当に心神喪失してしまいますからあああ」

「はいはーい! ウチ実はぁ、タイくんにお姫様抱っこしてもらったことありまーす」

「は!?」

「本当なのカズちゃん!」

「とんだダークホースが現れたね!」

「ホントなのカズ!? どういうことなのカズ!?」

「落ち着いてくださいよもー。てか、ミカさんもミリナ様もユキちゃんもお姫様抱っこされてましたって。ロット様だって頼めばしてくれますよお」

「あたしが抱っこされて何の意味があんのよ!?」

「…えっ、それって、もしかして、私達も、頼めばしてくれる、ってこと!?」

 きゃああああああーっ。



「お前達は一体何の話をしている…」

「あっ、身長差様だ!!」

「は?」

 女性率が高いからか、集会所の入り口からこちらに入ってこようとしないザッシュが眉を寄せる。

「いいか、屋敷の警備が手薄になるのでさっさと済ますぞ。用意は済んでいるか」

「もちろんさ!」

 サカシータの女達は、一斉に深緑色の布を広げた。



 ◇ ◇ ◇



 ザッシュは確認が済むとさっさと屋敷に戻っていき、ロットとカズ、そしてマネジは揃って門の方角に消えた。サッとセージとリュウらしき影が合流したのも見えた。


「エビー、第三の者に会っておくか?」

「え、こんな時間にすか。てかどこにいんすか、そいつら」

 時刻は真夜中だ。

「氷姫護衛隊が寝泊まりしている空き家だ。喧嘩になっていなければいいが」

「ぜってえ喧嘩になってんじゃんそれえ」


 雪道を進めば、案の定その空き家から騒がしい声が聴こえてくる。

 というか真夜中だというのに煌々と灯りが点いている。灯油の無駄遣いもいいとこだ。


「あの空き家、借りモンなんすからね? 壊したらどうすんすか」

「仕方ないだろう。あいつらだぞ? サカシータの人々に世話などさせられるか。お嬢様にも有効活用せよと命じられてしまったしな。少なくとも明日の朝までは俺達が面倒を見るしかない」

「世話とかいらねーだろ…。自活は災害支援の基本ってタイさんが言ってましたよ」

「食料さえ充分に持ってきていないものを外に放り出すわけにもいくまい」


 水害があって避難民を受け入れ、しかも戦まであったにも関わらず冬支度は整っているシータイではあるが、それでも一応は準・被災地だ。自活のための準備を何もせずにノコノコ入ってきていい場所ではない。


「タイさんいたら即尋問始まるとこだったよ、っぶねー」

「お前も冷静にな」


 冷静? 冷静に決まってんだろ。

 俺はあの一級尋問官候補の風紀番長やニンジャとは違って穏健派だかんな。




つづく

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