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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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ギャルとオネエ③ いーっぱい困ってくださいね!

 ノックが鳴り、エビーと同じくアメリアの幼馴染である騎士コタが「遅れてすみません」と言って入ってきた。


「…何ですかこの状況」


 食堂の長机に添えられた椅子の半分以上が倒れ、しかも一つは壊れている。そして、長机の隅っこで髪をいじられながら顔を両手で覆っているマッチョオネエと、その髪を嬉々として三つ編みにしているギャル。カオスだ。


 しかもソファ席ではボードゲーム決勝戦、ザコル対私の戦いが幕を開けたところだった。


「お、めずらしー。ミカさんがフツーに遊んでる」

「だろ、めっちゃ強えんだぜ」

「それ、紳士の遊びだろ。ウチの姫様はホント何でもできるんだなあ」


 コタはギャルとオネエのことは一旦スルーすることにしたらしく、その辺に倒れている椅子を適当に直しながら私達の方へやってきた。


「ミカさん。ザコル殿の髪、今回どうしましょうか」


 私は手前にあった木製の駒を前に進める。駒の形もルールもほぼチェスなのですぐに覚えられた。


「そーだねえ、あっ、そうだ。タイちゃんとオソロにするのはどうかな」

「えっ、お、俺とお揃いに!?」

「お、イメチェンすか。タイさん結構刈り込んでっし、印象めちゃ変わりますよお」


 タイタは真面目な騎士らしく、サイドをきっちり刈り上げたいわゆるスポーツ刈りだ。テイラー騎士達の髪はコタが定期的に切ってやっている。


「うーん、刈り上げは初心者には難しいかもしれません」

「そっかー、確かに。バリカンとかないからハサミ一本でやらないといけないもんね」

「ええ、バリカンまでは俺も持ってきてませんから」

 コタが言っているのはおそらく手動のバリカンのことだ。電動バリカンのことではない。


 バァン、ノックもなしに扉が開いた。


「あらコマさん」

「姫、駄犬の髪いじるならこいつも同じようにしろ」

「ひぇ、何、何ですか何で」

 何でか知らないが、コマは深緑の猟犬ファンの集い、辺境エリア統括者マネジを引きずってきていた。


「床屋、リュウの髪を染めろ。染粉はある」

 床屋呼ばわりされたコタは特に気を悪くした様子もなく、ふむ、と頷く。


「リュウさんって銀髪でしたよね、何色に」

「赤だ」

「赤。タイさんみたいな赤毛ってことか。染粉はホナですか」

「ああ。一応やり方は知ってっが、お前がやった方がマシに仕上がんだろ」

「分かりました。ムラなく完璧に染めてみせますよ!」

 床屋の倅はヤル気に満ちた表情でそう宣言した。


「ミカ、こちらに集中してください。チェックメイトです」

「あーっ! …と見せかけてこう逃げます。チェックメイト」

「む」

 結局、勝負がつかず長引きそうだったので、また夜にでも続きをすることにした。



 ◇ ◇ ◇



 むう。タイタが仏頂面だ。

「ふふっ、タイちゃんはマネジさんが絡むと急に大人げなくなるんだから」

「ち、違います! どうしてマネジ殿と同じ髪型にするのか、疑問というだけで」

「仮装大会でもするんでしょ、明日」

「明日、ですか」


 そう、明日だ。コマがこんなタイミングでヘアチェンジを申し入れてくるのだから、そうなのだろう。


「私はどんな髪型にしとけばいいですか」

「お前はこの帽子でもかぶってろ」


 ペシッ、コマは自分がかぶっていたニット帽を私に投げつけた。


「返品されちゃった」

「後で返せよ」


 ふ、と笑えば、ツン、と睨まれた。このニット帽は私がコマに編んだものだ。


「じゃあ、コマさんにはこの頭巾を貸しときます」

 私は自分がかぶっていた山の民の三角頭巾を外して差し出す。コマは黙ってパシッと受け取った。




 浴室の前にはメイド長が待ち受けていた。

「あら、大人数でございますね」


 私、ザコル、エビー、タイタ、ザッシュ、コタ、コマ、マネジ、そして気配を極限まで消しているリュウ。

 そしてなぜかいるギャルとオネエ。


「ロット様も髪をお切りに?」

「そーなの。ウチがカワイくしてあげるんだぁ」

 メイド長は嬉しそうなカズを見てにっこりとした。

「左様でしたか。ようございましたねえ、ロット坊っちゃま。それはそれとして、椅子を一つ壊されましたね。弁償していただきますよ、騎士団長様」

「むぐう」

 ロットは顔を覆った手をさらにめり込ませた。



 浴室でヘアチェンジを行なったメンバーは、あまり人に見られないようにそそくさと食堂の部屋へと移動した。既に外は暗くなっている。


「ふー、すげー時間かかったけどいい仕事したー」

「完璧赤毛だね! 流石は床屋の倅! さすコタだよ!」

「ええ! どっからどう見ても完璧な赤毛ですね! さす俺です!」

 私はコタと一緒にリュウの周りをくるくると回る。


「ちょ、あ、ああああの、まわ、まわらないでくだくだだだ」

「ミカ、コタ、その辺りで。リュウが困っているでしょう」

 はーい、とよい子の私達はドングリ先生にお返事する。


「問題はその吃りだな。リュウお前、明日からは『御意』以外喋んじゃねえ」

「ぎょ、ぎょぎょぎょぎょぎょ」

「背筋ものばせ。赤毛がそんな猫背でいるところ見たことあんのかオラ」

 コマがリュウの背中をペシコーンとはたく。


「あのー、俺は? 俺は何もねえんすか」

「ありふれた髪色のヤツに細工なんかいらねえ。確かセージだかいうヤツがボヤけた色の金髪だったろ。服だけ交換してこい」

「ほーい」

 エビーも軽く手を上げてお返事した。


「ちょっとアンタ達っ、何でジークの工作員に仕切られてんのよっ、ていうか何であたしまで染める必要があったわけ!?」

「うるせえぞカマ野郎。てめえはせいぜい厚着でもして身体大きく見せろ」

「厚着ぃ? そんなの動きにくくなるじゃないのよ!」

「全身鎧よりは千倍マシだろがボケカス」


 私はコマの帽子をかぶる。

「…よし、コホン。おい犬、早く白装束に着替えやがれっ」

「声が裏返っていますよ、ミカ」

「ほ、ほらっ、さっさと犬の服剥いで着てみやがれマネジさんっ」

「ははは剥ぐ!? この推しを彩る完璧なコスを!? そそそれを、僕が、き、き、着る!?」

「マネジを困らせるのはやめろエセコマ」


 マネジは長かった前髪もボサボサだった癖毛もスッキリと整えられ、丁度ザコルがテイラー伯爵邸を出た時のような髪型になっている。美しい金眼と優男な顔面があらわになり、何というか非常にモテそうな見た目になってしまった。

 ザコルの方は結局、髪にハサミを一つも入れなかった。よって前髪も後頭部もモサついたままだ。


「ていうかコマさん、マネジさんとリュウ先生とセージさん、三人の了承は得てるんですか?」

「どいつも籍はジーク領だ。俺はいくらか権限を与えられてるんでな。領主サマの命令にゃ逆らえねえだろ」

「横暴…。リュウ先生ってジーク領民だったんですね」

「ぎょぎょぎょい」

「御意は明日からで大丈夫ですよ。タイタと並んでみてくれませんか」


 トントン、とノック音が鳴る。

 メイド長が扉の外を確認すると、テイラー第二騎士団団長ハコネだった。


「ほう、見事に印象が変わったな」

 彼は感心したように一同を眺め回した。


「いやあ、染粉の質が良かったんですよ。特に! ロット様の髪色! ホナと藍の配合がバッチリ決まりました!」

 床屋が誇らしげに報告する。


 ホナとは、元の世界ではヘナ、ヘンナと呼ばれている植物とたぶん同じものだ。主にヒンドゥー教圏で何千年も昔から用いられてきた、髪や肌を赤茶色に染める天然染料である。

 日本では粉でも売っているが、使いやすいようにシャンプーやトリートメントに混ぜたものも売られている。カラーバリエーションとして暗色に染まるよう藍がブレンドされたものもあった。なぜ詳しいかといえば、祖母のご近所友達のスミエさんが自宅でできるヘナの白髪染めを祖母に勧めていたからである。


 そうした流通製品を用いない施術を見たのは今回が初めてだ。粉にした染料を直接生え際に塗り込んだりする様子は、思ったよりずっと原始的だった。つくづくここは中世っぽい世界なのだと思い知る。

 しかし原始的とはいえ、髪のついでに頭皮まで目立つ色に染めてしまわないようにする工夫や匙加減はさすが床屋の倅という他ない。慣れない者が自分でやったら、間違いなく頭皮も手も色濃く染め上げてしまうことだろうと思った。


「ああ、見間違えたぞ。しかしロット殿、あの髪は切ってもよかったのか。美しい長髪だったのに」

 ロットはぶすっとした顔のまま「別に」と言った。

「どーせ謎に長髪だっただけだからいいのよ」

「謎に」


 ハコネは、ロットの隣で美しい金色のおさげに頬擦りしているカズの方に目を遣った。そのおさげはもちろん、ロットの謎に長かった髪を切って束にしたものだ。


「カズ殿、許してやることにしたのか」

「うん、全部ウチのオモチャにしていいって言うからぁ」

「…そうか」


 ハコネはロットの方に視線を戻した。


「なっ、何よその目はっ、っていうかカズ、人に向かってオモチャとは何よ! あたしそんなこと一言も」

「ロット殿、彼女は貴殿が貴族だからと遠慮していたのだ。結婚する気もないのに貴殿の気を引いていては、貴殿やサカシータ家のためにならないとな。実に常識的で弁えた女性ではないか」


 ハコネは言外に『そんな女性にここまで言わせるなんて、オモチャにしていたのはどっちだ』とにじませている。


「あは、ウチのこと庇わなくっていーですよ。団長とウチ、実は似た者同士なんで」

「似た者、そうなのか?」

「そーなんですよぉ。これでも前はダメ男製造機って呼ばれてましたぁ」

「ダメ男製造機…」

 ちら。

「ハコネ兄さんてば何で私の方を見るんですか」

「僕の方も見ないでください」

 しっしっ。

 ハコネは再びロットとカズの方を向いた。


「では、今後はカズ殿の方が世話をするのか」

「カズ、やっぱり当てつけで言ってるんでしょ、あたしの世話だなんて無理しなくていいのよ? ね、許してくれるなら今まで通り…」

「もー団長てば心配しなくても大事にしてあげますよぉ。おはようからおやすみまでずーっとウチのターンね。そっちは手出し禁止なんでよろしく。メイド長さーん、ウチ今日からロット様の方で寝まーす」

「寝…っ!? 何!? 本気で何言ってんの!?」

「…まあまあカズ様。それはロット様の方が締め上げら……いえ。ロット様は現在リネン室でお休みなんですよ。いくらなんでもカズ様をそのような場所で休ませるわけには」

「貴殿、リネン室で寝ていたのか…」


 子爵子息で現サカシータ騎士団長、まさかの部屋を用意してもらえずリネン室で寝泊まりしていたことが判明した。


「山中よりはマシよ」

「それはそうだろうが、この寒いのに暖炉もない場所で…」


 カズへの接近禁止令が出た時点で町長屋敷に居場所などなかったのだろう。しかし民から反感を買っている以上、外にも居場所はなく、無理矢理屋敷に屯留していたらしい。


「どーせ何度も一緒に野宿してますよぉ。てか、先輩達だって一緒に寝てるじゃないですかぁ」

「いけません。ザコル様はあくまで護衛、しかもあの方はあれでしっかり筋も通してらっしゃるんです。カズ様は騎士団の所属ですから護衛は要りませんし、今はモナ男爵令妹でもいらっしゃるんですからね。カズ様のお申し出とはいえ、それを幇助したとあっては私も叱られてしまいます」


 むう、とカズは口を尖らせたが、

「メイド長さんが怒られるんじゃしょうがないなー。勝手に忍びこも。そうしよ」

 と自己完結した。


「もう!! さっきから何オカシなことばっかり言ってんのこの子は!! ミカ!! どうにかしてちょうだい、アンタの言うことならきっと聞くわ!!」

「あはは、ちょっとした仕事の注意以外で、中田が私の言うことなんて聞くわけないですよ」

「先輩解ってるぅ」

「カズ!! ミカにそんな口聞いていいの!? 大事な先輩って言ってたじゃないのよっ」

「何言ってるんですかぁ、今更そんなことで先輩がウチのこと見限るわけないですよぉ。ウチのせいで過労死しかけたのに、ノコノコとこんなとこまで会いに来てくれるお人好しなんですよぉ? ホント先輩ってアレですよね、アレ」


 アレってホント何なんだよ…。私は別に中田の世話をしに来たわけではない。ただザコルが完全に敵だと認識していたので、本人かどうかも判らないうちに彼の手を汚させてはいけないと思ってついてきただけだ。


 くね、カズがわざとらしいぶりっ子ポーズをとる。


「団長も図々しいウチが好きだって言ってたじゃないですかぁ。先輩も同じなんですよぉ」


 私は別にカズの図々しさを好んで付き合っていたわけではない。むしろ小言しか言ってない。


「つまりウチがハメ外しても許してくれるしむしろご褒美なんですよねぇ?」


 私は変態だが後輩にハメを外されて快感を覚えるタイプの変態ではない。そこは積極的に訂正していきたい。


「ってことでー、団長も先輩みたいにいーっぱい困ってくださいね!」


 にーっこり!


「ああああああミカああああアンタどうしてこの子を矯正できなかったのよおおおお」


「矯正とか、ロット様が言います?」

「ミカの言う通りです。ロット兄様もこの歳で性格など直らないと嘆いていたではないですか」

「もう諦めてくださいよお、てかいい加減ウチの姫にイチャモンつけんのやめてくれません?」

「エビーの言う通りです。それにカズ殿はミカ殿と同じく『やり返し』ておられるだけかと」

 ぶーぶー。テイラー陣から文句が上がる。


「もう解ってるわよっ、叫びたかっただけよっ、でもカズはモナ家のご令嬢になったっていう立場を思い出しなさいよっ!! 今やアンタの方が期待される立場なんだから、むしろあたしになんかかまけてる場合じゃ」


「ロット、別に義母上は、というか親達はお前に期待していないわけではないぞ。女に興味がなさそうだと思っていただけだ」

「へっ」

 ザッシュの言葉にロットが気の抜けたような声を出した。


「お前は戦いのこと以外では肝の小さいところがあるからな。あまり重圧をかけては病むかもしれないと、余計なことを考えなくて済む役職に就かせたようなことを以前父から聞いたことが」

「そうなの!? いや、でも、だからってアカイシに閉じ込めっぱなしって極端すぎないかしら!? 逆に病んだわよ!!」

「まあ、そこは人見知りを極限まで拗らせた父上のことだからな…。人が孤独で病むなどと考えたこともなどないのだろう」

「…そうね、そこは解るわ」

 ロットが頷く。


「義母上が自分の生家を嫌っているのは事実だ。しかし、あの人は血筋で子供を差別する人ではない、と、おれは思っている。義母上がおれやザハリに構っているように見えたとすれば、彼女がおれ達を通じて領民の意見を吸い上げていたからだろう。おれからは男達の、ザハリからは女達のな。結局、ザハリがもたらした情報にはかなりの偏りがあったようだが」

 ザッシュはちらりとザコルを見た。


「で、でも、見合いさせられてたのはシュウ兄だけじゃない、あれは将来」

「長兄がああなった以上、誰に当主を継がすつもりかは知らんが」


 ロットの言葉を遮るように言葉を被せたザッシュは、コホン、と咳払いをした。


「当主はともかく、領内で分家を作って囲いたい、というのはおそらく親達の総意だろう。しかし、ザハリはあの通りで誰とも結婚はしないと公言していたし、次兄に関してはもはやツルギ山と同化しているまである。そして、お前に強要するのは憚られた。在領している子息の中では、まず見合いの席に座れると判断できたのがおれしかいなかったのだろう」


 次兄の謎情報がサラッと入ってきたが、それ以上広げる気がないようなので突っ込まないでおく。また今度訊こう。


「お前がカズ殿に構うようになって親達も驚いていたのだ。なんだ、アイツも女に興味があったのだな、と」

「べ、別に、女っていうかカズにしか興味ないわよっ」

「まあ、そうだろうな。だから、おれの方で見合い話は潰しておいてやったぞ」

「はあっ!? 見合い話、あたしに!? 潰したってどういうこと!?」

「ああ、どうせまともな令嬢がこの地に嫁いでくる可能性は低い。無駄なことはするべきでないと進言しておいた」


 無駄なこと…と、ロットはつぶやいたのち、ジト目になった。


「いーや、違うわね。シュウ兄、自分が見合いうまくいかなかったからって」

「違う。別にお前のその義母譲りの女好きしそうな顔面に嫉妬などしていない」

「やっぱり邪魔したかっただけじゃないのっ!! 本音がダダ漏れてんのよこのクソ兄!!」


 ザッシュは憤るロットから視線を外し、カズの方を見た。


「…だからな、そのように不安な顔をするな、カズ殿。アイツはどうせカズ殿にしか興味がないのだ。好きなだけオモチャにしてやるがいい」

「え、でも、今、分家とかって…」

「それも、親達は特別こだわっているわけではない。たくさんいる孫の代でできるかもしれんしな。サカシータ領は現在、ここ何代かの間では抜きん出て安泰なのだ。孫世代の後継の候補が何人もいて、その他の人材にも恵まれている。だからおれ達未婚の子息もある程度は自由が許されている。だから心配いらない」


 ザッシュは兄が妹にするように、自然に手を出してカズの頭をポンポンと撫でた。


「おれは、カズ殿が図々しいと思ったことはない。ミカ殿とのことも今は反省しているのだろう。今年、あなたという戦力を得たことは、サカシータ領にとってこれ以上ない僥倖だった。余っている子息の一人や二人、献上するに相応しい功績を残してくれた。そうだな、騎士団長」


「あっ、当たり前よ、団の誰に聞いたってそう言うわ! てか気安くカズに触るんじゃないわよ女見知りっ!! 別にあたしだってカズの我が儘くらいいくらでも聞くわよっ、でもっ、まだあたし混乱してるの! カズはどうしてあたしを許す気になったのよ、なんであたしなんかに」


「…ねー、団長。それ、今言わなきゃだめ?」

 カズは視線を下に落とした。


「ダメとかじゃないわ、でも、中途半端なことして困るのはアンタの方なのよ、さっきも言ったけど、アンタはもうモナ家の令嬢なの。王都が荒れてるから手続きとか進んでないだろうけど、もうそういう話になってるの。モナ家はうちよりずっと裕福だし、アンタにもきっと色んな選択肢をくれるわ。結婚迫ったあたしが言う事じゃないって解ってるけど、こんなのにかまけてたら得られるもんも得られなくなるのよっ」


「…こんなの、じゃないよ」

 ぽつり、カズが呟く。


「いーえ、こんなの、よ! 大体アンタだってシュウ兄のが好みとか言ってたじゃないっ、悔しいけどあたしよりは人間できてるわよ!」

「でも、団長、は」

「どーせあたしは戦うくらいしか能がないもの、民ともまともに交流してないし、思い込みも激しいし、おバカで領外のことだってよく知らないわ! アンタに執着しすぎて部隊のヤツらにまで呆れられて、唯一誇れた肩書きさえ謹慎中で失職寸前よ! ミカにも散々迷惑かけたしっ!」

「あの、ウチね……」

「大体…!」


 ロットが自分を貶めるごとに、カズの方はどんどん俯いていっている。それに気づいていないのか、ロットのおしゃべりは止まらない。


「おいロット」

「何よっ」

「目の前の人を見ろ」

「え」


 ロットの目の前には、言葉を失って俯き、今にも泣き出しそうなか弱い女性が一人立っていた。


「カ、カカカズ、どうしたの、あの、ごめんなさい捲し立てて…」

「違うもん」

 カズは俯いたまま首を横に振った。


「…団長はすごいもん、あのクソ支部長みたいに自分のことばっか考えてないもん、みんなを守るために、みんなの何倍も戦ってたもん。たまに厳しいこと言ったり、叱ったりもするけど、そういう時はちゃんと正しくて、凄いと思ってたもん…」


 ロットは『下に示しをつけるために無駄に気を張っていた』などと表現していたが、カズの目には、騎士団をまとめ上げる長として、上司として、ただあるべき態度を貫き通す姿に映っていたようだ。


「強くて、正しくて、でも、本当は寂しがりで、ウチなんかにこだわるのも、フツーに喋れる友達とかいなくって寂しいからなのかなって、そう思ったら苦しくて、悲しくて、気持ち解りすぎて、逃げ出したかった…! ウチ、ちゃんと団長のことソンケーしてたよ、堀田先輩みたいに、部下を絶対守ってくれるタイプの上司じゃん、ウチ、ちゃんとソンケーしてたんだよ…っ」


「カズ、でも」


「ここに来てから、先輩とか、テイラーの人達とかと友達になって、ザコル様とも仲良くなれて楽しそうだったじゃん。よかったなーって思ってた、もう鎧も、ウチも、いらないんだなって…っ」


 カズが嗚咽を混じらせる。ロットは目を見開いた。


「はあ!? いらないわけないじゃない! ていうか自分を鎧と同列にするんじゃないわよおバカっ!」

「…っ」


 カズが思わずといった感じで唇を引き結ぶ。

 すう、はあ。ロットは興奮を抑えるように呼吸を整える。


「いらないとか、そんなこと思うはずないじゃない。でも、アンタにばっか押し付けていいもんじゃなかったって反省したのよ。末の双子のこともあったし、ホントにそう思ったの。アンタがあたしと同類だっていうなら、尚更だわ」


 ふーっ、とロットは息を吐き切った。


「とにかく! 今となっちゃアンタに相応しいとは全然思えないわ、あたしみたいな地雷物件なんか特に!」

「そんなんウチだって地雷物件で…っ」


 くふっ、カズが咳き込むように息を漏らし、口に手を当てた。


「どうしたの…って何よ、もしかして泣きながら笑ってるわけ」

「だって…っ、地雷同士でウチら何やってんの? って。てか鎧と同列って何…っ」

「ちょっ…っ、わ、笑わせるつもりで言ったんじゃないわよ! 真面目に話してんのよこっちは…っぐふっ」

「あはっ、だんちょも笑ってるし」


 ふう、と今度はカズが呼吸を整える。


「山犬のおじさんとカオラ様は、モナ領は儲かってるし、ウチに政治のコマ的な? そういうのは期待しないから好きにやれって言ってました」

「……あの夫婦が言いそうなことね。じゃあ、アンタの事情も話したのね」


 こくん、とカズが頷く。


「基本自由にしてていいけど、もし困ったことがあれば、遠慮なく迷惑かけに来い、何とかしてやる、子供は大人をこき使うもんだぞって……あの二人、オヤジと同じこと言ってくるから、酒呑みながら号泣しちゃった。どーして拾ったばっかのガキにそこまで言ってくれんだろ……てか、ガキって歳でもねー地雷女だったわ」


 彼女はぐしぐしと目元をこする。


「だからね、好きにしよーと思った。ウチの新しい親、多分そーした方が褒めてくれそーだし。誰かが止めてもフツーに先輩に会いに行くし、イヤな時はフツーにイヤって言うし、団長にたくさん友達できてもフツーに迷惑かける。反省したとか言っても、ウチなんかどーせ死ぬまで地雷物件じゃん? 今更矯正とかダルいし」


 あは、とカズはいつものように軽く笑った。


「だから、団長はそういうウチを許してね。あ、寂しくてウチだけしかいないからしょーがなくとか、そーいうのはナシで。あとは団長も好きにしてていーよ。逃げても勝手に追いかけるし。お見合いもすればいーし」

「おおおお見合いなんかするわけないでしょう!? ていうか、あたしなんか対面までしても口開いた瞬間に破談よ!! 大体、許すのはそっちじゃない! 何で急に許したのか訊いてるんだけど!?」


 カズはそう言い募るロットをスルーし、ボドゲに興じる私とザコルの方にやってきた。

 いつの間にか、カズとロットとコマ以外の面々が固唾を飲み、私達の試合の行方を見守っていた。


「せんぱぁい、あの男の娘ちゃんがかぶってる三角巾? みたいなヤツ、もう一個ないんですかぁ」

「ないけど…」


 トントン、ノックが鳴り響き、入ってきたのはテイラー家御息女で我が最愛の妹、アメリアだった。



つづく

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