ギャルとオネエ② 何を頑張るのあたし!?
味見を終えた肉じゃがの鍋は、今日の夕飯に出してもらうことにして引き取ってもらった。
一度冷ますと味はより染み込む。夕飯の支度時に温め直して出せば完璧だ。
「出来立てよりもさらに美味しくなるとは…。ミカの調理はまるで魔法だ」
「ふふ、どんだけ甘じょっぱい味付けが気に入ったんですかねえ」
醤油が見つかったら照り焼きやみたらしも食べさせてあげたい。甘い卵焼きなんかも好きだろうか。
料理長についてユキとサモン達も退室していった。コタは今屋敷外の警備に出てしまったようなので、しばし待機だ。
私とザコルは揃ってソファに座り、かぎ針と毛糸玉を取り出した。今日は町民主催の編み物クラブは開催されないらしい。たまには羊以外にも作ってみようか。
ザッシュはタイタ相手にトンネル講座をし始めた。昔、耳にタコができるほど聴かされたザコルは眉を寄せたが、タイタはニコニコと興味深そうに聴いている。
ロットとエビーはテーブルの方でカードゲームに興じている。二人とも考えが顔や動きに出やすいタイプなのでいい勝負である。
ふあ、と向かいのソファに座ったカズがあくびをする。
「もしかして、三日三晩不眠不休でオーレン様と追いかけっこしてたとか?」
「あたりぃ。先輩エスパーなんですかぁ」
「ふふっ、どんだけ」
どんだけ、オーレンは私に会いたくないんだろうか。
「ミカに会いたくないわけではないと思います。その、ギャル? に追いかけられて反射で逃げただけかと」
「ふふっ、どんだけ」
「そのうち冷静になって自分から会いにきますよ」
ザコルも野生人気味だが、その父オーレンも相当野生寄りの人らしい。
「押すと逃げるとこそっくりじゃね」
「…ナカタ、どうして僕を見て言うんですか」
「いーえ。引いた方が追っかけてくるかもって思っただけですぅ」
そう言ってカズは立ち上がった。
エビーに逆転負けしたらしいロットが大袈裟な仕草で頭を抱えている。
カズはその横に椅子を寄せて座った。
「えっ、カ、カズ? ど、どどどうし」
カズにベッタリ執着していたはずのロットは、なぜか椅子ごと後ずさった。
「だーんちょ、楽しそうですねぇ。もう寂しくないですか」
「さみし…? そ、そんなこと」
「ウチと鎧がなくても、寂しくなくなったみたい」
「…………あ……」
ふあ、とカズはまたあくびをしてテーブルに首をこてんともたげた。
ロットは今までの記憶を辿るように視線を彷徨わせている。
「……そうだった、あたし、随分と病んでた気がするわ。カズは気づいてたのね」
「そりゃ、ウチと団長、似た者同士だもん。寂しくって束縛しちゃう系っていうかぁ」
カズは私の方をチラッと見た。
「でも、もう間違えないって決めたの」
「カズ…」
「ウチがいなくなって団長が壊れちゃうの、イヤだもん」
一瞬目を見開いたロットは、カズの視線の先に私がいるのに気づき、目を伏せた。
「…そう。カズは、ミカがいなくなって、寂しかったのね」
「うん、壊れちゃいそうだった。でも、この領に来てからはずっと、寂しくなかったと思う。カリューの人も、サカシータ家の人も、タムじい達もみんな優しくて、誰も寄生虫とか言ってこないし、ほんと」
「なっ、寄生虫ですって!? カズが!? どうしてそんなこと」
「ウチね、放置子って呼ばれてたんですよぉ」
カズは淡々と、自分が親にネグレクトを受けて近所の合気道道場に入り浸るようになり、その道場主が親の代わりに世話をしてくれるようになったと語った。
「フツー、ヨソの子供なんて誰も世話しないよね。警察か役所に連絡しとけばどっかで保護してもらえるし、何も会長がウチの世話しなくてもよかった。ウチの母親マジあり得なくてさあ、子供が家に帰ってこなくなったのに、道場に顔出すわけでもなく、こども合気道教室の月謝分だけポストに突っ込んでたらしーんだよね。月に三千円。足りるわけねーっての。シングルだから手当とか色々貰ってたはずなのに、セコケチすぎてネタかよって。…ネタだったらよかったのに」
カズは乾いたような笑いを浮かべ、やがてテーブルに突っ伏した。
「バカ親もウチもあちこちで迷惑かけてたから、大人の弟子とか、学校の奴らとか、近所の人の中には寄生虫って呼んでくるヤツもいたの。でも、会長には言えなかった。会長はずっとここにいていいって、ランドセルとか服とかも買ってくれて、ホントのホンットーに大事にしてくれてたもん。ただ言われっぱなしとかあり得ねーから、とにかく誰にも負けないようにガチで修行して、家事も手伝って、小っちゃい門下生の面倒も一生懸命見た。短大卒業したら働いて金入れながら、指導者資格もらえる四段以上目指そーと思ってたの。そんで、いつかは道場継ぐ気でいたのに…」
カズが二十歳になる年、どこまでも人の好い会長は、真冬の川に落ちた子供を助けようと飛び込み、そのまま帰らぬ人になったのだという。
「そのガキだけ助かったのが救いっちゃ救いかなぁ。会長独身で、親とかも死んでて身寄りなくてさ、ウチと養子縁組したかったみたいだけど、バカ親が手当でもアテにしてたのか成人ギリギリまで親権手放さなくて、ウチ、最後まで会長の娘になれなかった。特別縁故者? とかいうのになれば相続できたっぽいけど、財産持ったらバカ親がタカリに来るの目に見えてたし、学生に相続税とか払えるわけなかったし、しかも借金まで出てきちゃって、結局、何もできないまま道場は無くなっちゃった」
カズは顔を隠したまま、はあ、と物憂げな溜め息をつく。
「やっぱ日雇いバイトとあの道場の月謝くらいじゃ学費払い切れるわけなかったんじゃんね、ウチ、基本バカだから会長が口癖みたいに言ってた『ダイジョーブイブイ』って言葉、信じてたの。ふざけたオヤジだったよ」
カズはその後、既に内定をもらっていた会社に就職した。最初は社員寮に入れたので、何とか実親の世話にならず社会人生活をスタートできたらしい。
「せっかく成人してバカ親と縁切って就職できたのに、いきなりの一人暮らしが寂しすぎて死にそーだった。仕事以外やることなくて、服とかコスメとか爆買いしたり、ゲームにハマってメチャクチャ課金したりしてた。そんでウチってホンットバカだからぁ、ちょっと優しくされると嬉しくなってその人しか見えなくなっちゃうクセあってぇ…。そんでメチャクチャ依存して拒否られると何で何でって付き纏っちゃう。最初の会社はそれで居らんなくなった」
その後彼女は、どういう因果か『アットホームな職場です』という謳い文句に騙されて私のいた会社に入社してきた。新型ウィルスの感染が広がってもリモートワークのリの字もなく、熱のある社員を強制的に出社させるようなうちの会社に。
「ウチの教育係になった堀田先輩はぁ、優しいけど厳しくて、どんなに失敗してもちゃんと叱ってフォローしてくれんの。こいつダメだって顔、一度もしなかった。ほら、ウチって結構カワイイじゃん? だから、あんま仕事とかできなくても男にはチヤホヤされるから、女にはスッゴイ嫌われんだよね。でも、堀田先輩は違った。言い寄られて困ったら言いなよって、会長以外で、しかも女の人に心配してもらったの初めてだった」
実は、若い新人には男女問わず同じことを言ってセクハラ防止に努めていただけなのだが、カズにはそれが新鮮だったらしい。
「マジ神かと思った。教育期間終わってもずーっとウチだけの先輩でいてほしくて、営業行って、時間ばっか食いそーな仕事取ってきて巻き込んだ。毎回メチャ怒られたけど、そんでも見捨てず付き合ってくれるから幸せだった。…後から知ったんだけど、そーやって困らせて付き合わせるのって、里子がよくやる試し行動? とかいうヤツなんだって。マジで自分にドン引きした。ウチ、お腹空かせて道場駆け込んだ時から精神年齢いっこも変わってねーのかよって」
試し行動…。ザコルが呟く。覚えでもあるのだろうか。
「先輩が失踪しちゃって、もとからオカシイ会社はもっとオカシくなった。堀田さんがいないなら辞めますとか言って女子はゴッソリ抜けちゃって、逆に男どもは堀田がいた時よりも稼いでやるとか言って結束して、空回りしまくって。でも、ウチは先輩潰した犯人みたいなもんだから、どっちの仲間にも入れてもらえなかった」
カズはそれでも一ヶ月くらいは会社に残った。私がひょっこり帰ってくるかもしれないと期待していたそうだ。
「クソ支部長に有給取って探しに行きたいって言ってみたけど、認めるわけない、仕事しろって言われて終わりだった。堀田が消えたのはお前のせいだろって、そりゃそうなんだけど、使い潰したのはお前も一緒だろって叫んで結局辞めてやったの。堀田先輩が実質支部長みたいなもんだったじゃんって、ソッチこそ仕事しろよって……もー、文句ばっかりでウケる。役立たずのクセに何様なのウチって、消えたくなっちゃった」
中田カズキは、根本的に真面目な人間である。
マナーなどをキッチリ守るのは苦手だし、図々しいというか人に依存しがちなところはあるが、それを自覚もしている。仕事のことで注意すればなるべく直そうとしていたのも知っているし、逆風に負けまいとするガムシャラさも持っている。
私を付き合わせるために取ってきた仕事もあるだろうが、中には客に頼まれて断れなかった仕事もあった。しかし中田本人は一度も投げ出すことなく、毎日会社に来てパソコンにかじり付いていた。
彼女は強い。私がいなくても、何だかんだでうまくやっていくだろうと思っていた。
「消えたくなって、堀田先輩のいるトコに行きたくて、血が全部酒になるかってくらい飲んだの。そしたら、神様もウチのことカワイソーだと思ってくれたのかなあ、いきなり魔法陣的なヤツが現れて異世界行けちゃった。目の前にいた酔っぱらいが、地面に沈んでくウチ見てメチャビックリしてた。おっちゃんベロンベロンだったからきっと覚えてないだろーけど」
ふふっ、と笑ってカズは顔を上げた。
「ウチも酔っ払ってたからぁ、いきなり山ん中に放り出されたのにハイキング気分で麓に降りてぇ、そしたらカリューの門があったのね。なんか体もメッチャ軽いし、道場破りでもしてやっかー、って『たのもーっ』て叫んだらさあ、バンニのおっちゃんが出てきてちょこっとだけ手合わせして、そしたらすぐ門開けてくれたんだよ」
バンニはカリューの守衛だ。ザコルに巨大鎚を貸し、城壁破壊を扶けた人でもある。
「みんな素性も分かんない酔っぱらい女にちょー優しくてさー。異世界ってか天国来ちゃったかと思ったぁ。おっちゃん達はコイツは大物になんぞ! とか言って、おばちゃん達もみんな喜んで、可愛がってくれて、若い人とか子供達も懐いてくれて。ぶっちゃけウチが強かったからだってのは解ってるんだけど、あんな大人数に大歓迎されて優しくされたの、生まれて初めてだったから」
彼女はその後、子爵邸のある中央へ行く馬車に乗せられ、騎士団の入団試験を受けることになった。
「荒くれ者みたいな人ばっかりの中で、どー見ても場違いな光のイケメンが白金の鎧着込んで騎士団長ですって出てきたの、今思い出してもホント笑える。鷲の団、いや鷹だっけ? かよって吹いちゃった。その人がさあ、試験終わった直後からずーっとウチにベッタリくっついてくるようになってぇ」
「あー…」
ロットが気まずげに頬を掻く。
「ウチ、依存して付き纏ったことはあっても、付き纏われたことは一度もなかったんですよぉ。初めて自分を客観視? とかしたけど、ヤバいね。あれはフられるわ。今からでも歴代カレピ達に謝りたいくらい」
むぐう……そう唸るロットの豆腐メンタルにグサグサとクリティカルヒットが入っている。
「でもウチとは違うとこもあったの。ウチは完全に自分のために依存してたけどぉ、団長は半分お父さん目線? みたいな。ちょっと会長っぽいとこあるなーって、思って」
こてん、彼女は再び首をテーブルにもたげ、ロットの顔を下から覗き込んだ。
「堀田先輩じゃないけどぉ、ウチも会長、養い親には申し訳ない気持ちあってぇ。結局、会長も結婚とかできなかったし、ウチのせいで人生棒に振らせたみたいな形にはなったじゃないですかぁ」
「そんな…っ」
「団長だって、フツーに幸せになれるはずの人じゃん? それなのにウチなんかに付き纏ってたら……って思ったら、ちょっとしんどくなっちゃった。ウチ自身、あんなに人に依存とか執着とかしてきたクセに今更、って解ってる。でも、こっちも地雷多すぎて、このまま受け止め続けられるかも分かんなくなってきちゃって」
そんな折、カズはオーレンやイーリアから『ミカ・ホッター』と名乗る渡り人がオースト国内にいることを知らされる。
「あの時、団長の目の前で息も吸えなくなるくらい泣いちゃったの、失敗だったって今でも思ってる。…ごめんね、心配かけて」
「違う、違うのよ!」
ロットは首を横に思い切り振った。
「あ、あたしだって自分のためにアンタに執着してたわ、とびきり強くて、いつだって飄々としてて、故郷に帰りたいとか寂しいとか一言も漏らしたことのないカズが、あんなボロボロ泣くほど心を乱す存在があるのかって、もう、どうしようもなく悔しかったのよ! 半分以上はただのエゴよっ! それからはもう何にも見えなくなって、アンタをがんじがらめに束縛して、構い倒して、ついに結婚の話まで出したせいで追い詰めちゃったんじゃない。カズが、養い親や、実の親に、どんな思いでいたかも知らないで……!」
結婚が地雷、というのは、実親への嫌悪だけでなく、婚期を逃してまでカズの面倒を見てくれた会長への遠慮もあったらしい。
「今から贅沢言うわよ? つまんないかもしれないけど聴いて」
ロットがそう言えば、カズは小さく頷いた。
「あたし、騎士団長になってからずっとつまんなかった。そりゃ、誰でもなれるわけじゃないし、名誉なことよ。団員と仲悪いとか、イジメられてるとかもない。まあ、あたしをイジメられるヤツなんてこの世に何人もいないんだけど。というか、ウチの兄弟全員そうだけど、フツーにしてても強すぎるせいで民はもちろん、一緒に戦う団員からも同じ人間じゃないみたいに思われて一線引かれてんのよ。しかもこんな小心のクセに、下の奴らに示しつけようとして何年も無駄に気ぃ張ってたわ。一年の大半を国境で過ごすってのに、気楽に話せる相手ったらタムラくらいしかいなかったのよね。あと鎧」
「よろい」
ロットは騎士団長として戦いに明け暮れる中で、孤独に苛まれていたらしい。
上に立つ立場ゆえに気を抜けず、素で話せる相手もほとんどいない環境で、ただひたすら団員をまとめ上げ、敵を屠り続けるだけの生活は……確かにしんどいのだろう。
きっと言葉で聴くほど簡単なことではなく、普通に生活する人間には到底理解し得ない苦しみがあるはずだ。何せ鎧に話しかけてたくらいだし。
「入団試験でアンタを見た時、衝撃だった。あたしと同じくらい、いやそれ以上に強いかもしれない女の子が現れたのよ。そんな人間なんて親兄弟とモリヤ以外で初めて見たわ! もう止められなかった、あの子なら同じ目線で話してくれるかもって、隣で戦ってくれるかもって、期待しちゃったの。聞けば身一つでカリューに現れて真っすぐウチに入団しにきたって言うじゃない。だったら、これからはあたしが全部全部世話してやろうって思って、それで」
…っ、はぁー…。と、ロットは息を吐き出した。
「…押し付けだったって、理解してるわよ」
「いーんですよぉ。じゃーねえ、ウチのこと褒めてくれたら許してあげるぅ」
カズがイタズラっぽく笑うと、ロットが目を瞬かせ、そして、ふ、と表情を和らげた。
「そーねえ、たくさんあるわ。まず目がくりくりでしょ、髪がふわふわでしょ」
ロットはまるで幼子に言い聞かせるように、指折り数えてカズの長所を並べていった。
「それに何といっても強いわ。カズは本当に強いのよ。並外れた膂力や体力が身体強化能力だって知る前から、その力を生活や戦闘に取り入れてしっかりモノにしてたじゃない? あれって凄いことなのよ? あたし達の子供時代みたいにベッドや壁壊すようなこともなかったし、まるで最初から持ってた力みたいに完璧にコントロールしてたわ。それって、普段から身体の隅々まで鍛えあげて、感覚研ぎ澄ましてないとできないことだと思うのよ。ぶりっ子してるクセに、ちょっとした動きにも無駄も隙もなくって、見るヤツが見れば判る動きって言うのかしら。カリューのヤツらが一目で惚れ込んだのも無理ないわよ。やっぱり、鍛錬バカに悪いヤツはいないって本当よね!」
マッチョに悪い奴はいないみたいな理屈だろうか。つくづくこの領は脳筋の里である。
「いい意味で図々しいのも魅力よね。こっちも変に気負うことなく世話してやれちゃうっていうか。ハッキリ希望言ってくれるとこも好きよ。……でも、そんなアンタに気を遣わせてたあたしって一体……」
ずうん。浮き沈みが激しい。せっかく揚げ豆腐まで進化したメンタルがおぼろ豆腐に逆戻りしている。
「ねー団長。団長って、結婚願望とかある人?」
「ないわよ」
ロットは沈んだまま即答した。
「え、でも」
「ないけど、もしアンタがただの部下ってだけじゃなく、ずっと一緒にいてくれるならそれもって、そう夢見ちゃっただけよ」
馬鹿よね、とロットがぐずぐずのおぼろ豆腐みたいな顔のまま溜め息をつく。
「……えっと、イーリア様とかに、孫の顔見たいとか安心させろとか、そういうの言われないんですかぁ」
「言われたことないわ。母様もあれで拗らせてんのよ、あの人はね、自分の家とかサイカの貴族社会を心底嫌ってるの。そんで、ウチって長男があんなんじゃない? よりによって自分の息子が一番嫌ってた腐った貴族みたいなのになっちゃって、もー本当にストレスなんだと思うわ。もちろんイリヤのことは大事にしていくつもりだろうけど、これ以上、自分の子孫なんていらないと思ってるはずよ。その証拠ってわけじゃないけど、ジロ兄やあたしよりシュウ兄に期待してる節あるでしょ。何だかんだザハリにも甘かったし、アイツが子供作るの止めなかったのも、最終的にはザラ母様の血筋を直系に残すつもりだからじゃないかって、あたしは思ってるの」
「へー…」
「そのザハリも結局問題起こしちゃって。同じく問題起こしたあたしが言うのもなんだけど、何なのかしらね、ウチの家系ってみんなメンタル弱い気がすんのよ。戦闘力抜きにしたらテイラーの騎士達の方がよっぽど頼りになるとさえ思えるわ。もしあたしに娘がいたら絶対あっちの中から選んで欲しいってくらい。ご主人様であるアメリア様もお若いけどあたしなんかより数段大人だし?」
以前ザコルにそう言われたのを根に持っているらしい。
「てゆーか『お前はアカイシの番犬を継げ』って言われた時点でほぼ人生を国境に捧げることが決まってんのよ。一度山に入ったらほとんど里に下りてこられないし、里に下りたって領民の女にはサカシータ一族ってだけで敬遠されるし、領外の女とは会う機会もないし、大体あたしって『あたし』じゃない、母様が期待なんかしてるわけないわ!」
オネエキャラが婚活に不利そうなことは理解しているらしい。現代の日本ならばオネエ男子というか、ジェンダーレス男子と付き合いたい女子も一定数いるのに。
「父様が当主と番犬兼ねてるせいで忙しすぎるからって、次世代からは当主は当主、番犬は番犬、ついでに王都に遣る魔法陣技師も、別々に任命することにしたそうよ。子供たくさん作ったのは適任者を選びやすくするためね。誰かが分家でも作れば血筋も守りやすくなるでしょうし。母様も結局そういうとこ高位貴族っぽいのよね。分かってんのかしら」
サカシータ家の内情を喋りまくっているがいいんだろうか。ザッシュが何も言わないからいいのかもしれない。
「とにかく。イリヤとザハリのガキどもだけで既に孫いっぱいじゃない。あたしなんか使い捨てポイよポイ」
「ふーん、じゃあ、ウチが団長、ロット様食っちゃっても別に困んないんだぁ」
「ええそうね食っ………………食っ? は!?」
バキッ、ロットが手をかけていた椅子の背もたれが根本から折れた。
「あー、椅子壊したぁ。いーけないんだーいけないんだー」
「なっ、なななななな何!? 今なんて」
「だからぁ、特に義務もないし、ウチと遊んでてもいーって話でしょ?」
ズズ、カズは椅子をロットの方に近づけた。
「えっ、だっ、はっ!?」
ガタッ、壊れた椅子を押し除けてロットが立ち上がる。
「結婚とか産めとか育てろとか言われるのはヤだけど、遊びなら全然いーよ。これでもウチ、好きな方だし」
「好き!? 何が!?」
「分かってるクセにぃ。団長だってウチとイチャイチャしたかったんでしょぉ? 嫁に来いとか言ってたくらいだし」
「よ、よ、嫁はだからっ、アンタを繋ぎ止める理由になるならと思っただけでっ」
ズズ、バタン、ズズ、バタンバタン。
ロットがどんどん後ずさるせいで進行方向の椅子がどんどん倒れていっている。
「あーっ、負けたあ!! くっそお、姐さん強すぎんだろ…!!」
「素晴らしい。ミカ殿は盤上遊戯もお得意なのですね」
「戦局を読む才能もあるなんて流石は僕のミカだ。策が見事に決まりましたね」
「呑気だな、お前達は」
「ザッシュの旦那あ、仇取ってくださいよお!!」
「おれが頭脳戦でミカ殿に勝てると思うのか」
こっちのいつメンはソファで悠々ボードゲームに興じている。
「ちょっと!! アンタ達っ、カズを止めなさいよっ!! この子いきなりとんでもないこと言い出したわ!?」
「何がですか、カズは前から遊びで付き合うくらいならいいって言ってましたよ」
「前からっていつ…!?」
私の知っている限りでもカズは何人かと『遊び』で付き合っている。しかし彼女が重いのか何なのか、男側から言い寄っておきながら一方的に振られてしまうのがいつものパターンだった。
「中田は遊びって言うけど、全然遊びって軽さじゃないんで頑張ってください」
「何を!? 何を頑張るのあたし!?」
「なーんにも頑張んなくっていいですよぉ。ウチが全部やってあげるぅ。今まで我慢してたんで言ってなかったんですけど、ウチ、世話されるより世話したい系なんで。着替えから食事からお風呂から寝かしつけまでぜーんぶやってあげますからぁ」
「はああああああああ!?」
ロットはついにテーブルの端を超えて壁にびたんと貼り付いた。
「団長あんだけ世話好きなんだし? ウチの気持ち解ってくれますよね」
「ぐう」
「まさかダメとか言いませんよね? ウチのことあんだけ束縛したのに」
「ぐうう」
「その謎に長い髪梳かしてもいーですかそれとも洗ってあげましょーか」
「洗…っ!? お、お風呂はダメよっ!?」
「じゃあ梳かしていーですか」
「えっ、あ、う、うん…それ、くらい、なら」
押しに弱い…。ついつい生温かい目になってしまう。
カズは自分が座っていた椅子を立ち、まだ混乱しているロットを座らせた。そしてロットの髪を一つに結わえていた紐に手をかける。きらめく金髪がさらりとほどけ、ロットの肩に広がった。
「何このサラッサラの髪ストパでもかけてんの?」
癖毛のギャルは若干の殺意をにじませてそう呟いた。
「すとぱ…? 別に、何もしてないわよ。切るのも面倒だからそのままってだけ」
「面倒とかホント…。謎に長髪とは思ってたけど」
「さっきから謎に長髪って何よっ、別に長髪にこだわってるわけじゃないわよっ!」
カズは手櫛でその髪を梳かす。もはや髪紐の痕すらなく、梳かす意味があるのかというサラサラぶりだ。
そして彼女はすり、と彼の後頭部に頬擦りした。
「えっ、何、何してんの!?」
「触り心地よさそーだなと思って。あっちの野生の人もよくやってるじゃないですかぁ。てか団長もウチの髪にやったことありますよねぇ?」
「むぐう」
…何となく既視感のある光景だ。
ザコルの方を見たら眉間の皺を揉んでいた。
つづく




