ギャルとオネエ① 焼肉の味
「タイくぅん、あの人達いつもああなん? 風呂の素材なんかどーでもよくね」
「何かお考えがあるのでしょう。ミカ殿はいつも先を見て行動なさいますから」
「温泉入りたいだけっしょゼッタイ」
「はは、そうかもしれません。水害直後からずっと避難民の入浴にもこだわっておられましたから。それがきっかけで湯を沸かす魔法を発現なさったのですよ」
「あは、先輩らしーね」
ふあ、とカズがあくびをする。
「お疲れのご様子ですね。お部屋までお送りいたしましょうか」
「んーん、もうお昼だし、午後は先輩が肉じゃが作るって言ってたし、そこまでは頑張ろっかなぁ」
そう言って彼女はぐいーっと伸びをした。
「ミカ、部屋に入って髪を拭きましょう。そのままでは身体を冷やします」
「そうですね、じゃあよろしくお願いします」
ザコルが私の髪を手拭いで軽く包む。
カズの方は歯軋りするロットの視線をまるっと無視し、ユキが持ってきた手拭いで軽く髪をまとめ上げて屋敷の中へと入っていった。
ロットとカズを加えたメンバーのまま、一階の食堂に場を設けてもらって昼食を摂った。
穴熊達も一緒に食べられればよかったのだが固辞されてしまった。すぐにでも姿を消そうとする彼らに、私は何とか猪ジャーキーのお礼を言った、というか、去り行く背中に叫んだというか。
料理長宛にお芋を分けて欲しいと伝言を頼んだら、昼食後に料理長とユキ、そしてサモンとグレイ兄弟の従僕見習いトリオが芋と鹿肉、そして角煮の余ったタレなどを持って部屋に現れた。
あとはこちらでやっておく、と伝えて持ち場に戻ってもらおうとしたが、
「そんな訳にいきますか!!」
と料理長に目を剥かれた。料理長の後ろではユキと従僕見習いトリオまで頷いている。
「まあ、そうなりますよね…。ていうか、サモンくん達まで残る気なんですかね」
「見くびるなよ黒水晶殿! これでも毎日調理を手伝っているのだ! です!」
「殿…いえ、サモン様、やはり芋の皮剥きは危ないのでおやめくださいませんか、せめて林檎か何かで」
「何を言うか、せっかく慣れてきたところだというのに! 今日こそ五個、いや十個は剥いてみせる!」
確かに、芋はボコボコとして凹凸もあるし、また芽を取り除く必要もあるので、林檎などに比べたら断然剥きにくい。王子に怪我でもされたらたまったものではないと、グレイ兄弟も気が気でないようだ。
「はっは、やらねば上達はしませんからなあ!」
「そうだぞ、料理長殿の言う通りだ! これも私が立派な従僕になるための試練、乗り越えねばなるまい!」
「ですから芋の皮剥きは従僕の仕事ではないと……駄目だ、聞いておられない」
あれから、グレイ兄弟は少しずつサモン相手に意見するようになっている。サモンもそれを咎める様子はない。聞き入れるかどうかはまた別問題のようだが。
「サモンの面倒は僕が見ましょう」
『えっ』
「刃を滑らせそうになったら都度止めます」
「お気遣い傷み入りますザコル・サカシータ様どうぞよろしくお願いいたします!!」
ザコルの発言に、当のサモンのみならず色んな人が驚きの声を上げた。そしてグレイ兄弟は平伏せんばかりに頭を下げた。
「君達双子も作業するならこちらにきなさい。タイタ、君もですよ」
「は、はい!」
かくして、手元のあやしい調理初心者はドングリ先生の元に集められた。
「さーて、俺は料理長に勝負挑みましょっかねえ」
皮剥きならば誰にも負けないうちの最強シェフが立ち上がった。
「望むところですエビー様ァァッ!」
元騎士団員の料理長が暑苦しく拳を握る。
「肉じゃが作るだけなのに、みんな気合い入りすぎじゃないの」
「仕方ありません。気合いでも入れませんと、ミカ様がみな作ってしまわれるんですもの」
私が調理道具を下ろそうとワゴンに近づいたら、サッとやってきたユキによって阻まれた。
「ミカ様はあらで準備が整うのをお待ちください。今、お茶をお淹れしますので」
「ええーっ、私も皮剥きしたいのに!?」
「いいえ。せっかくカズ様がお戻りなのですから。ぜひご歓談くださいませ」
むう。
私は渋々とソファに移動した。
「あ、そーだ。ザコルの髪切らなきゃだった」
本当は肉じゃが作りの前に済ませたかったのだが、料理長達が来てくれてしまったのでこの後に急いでするしかない。私は天井にいるサゴシに声をかけ、床屋の倅コタにもう少し後になりそうだと伝えてもらうことにした。
そしてカバンからかぎ針と毛糸玉を取り出す。
「もー、落ち着きなさいよミカ。少しはゆっくりしようって気はないわけ」
「歓談は手を動かしながらでもできますから」
「あは、いつ見ても変な羊ぃ。てか呪物?」
「それは、やはり羊のつもりなのか」
「ええ、羊のつもりなのですが、皆には羊のようで羊じゃないものと呼ばれてます。てか呪物じゃないよっ」
私は調理に加わらなかったロット、カズ、ザッシュと共にお茶を啜っている。
この紅茶の茶葉はマージのとっておきではなく、私が臥せっている間に元ザハリファンの女性達が差し入れてくれたものだ。彼女達はザハリのファンをやめて私とザコルを箱推しすることにしたらしく、私が臥せっている間はもちろん、回復してからも何かと貢物をくれている。
「先輩、あのオレンジ頭のイケメンくんがタヌキジジイの弱みってことぉ?」
こそ、とカズが声を潜めて訊いてくる。
「まあね」
山の民シシが持つ魔力視認の能力は、三代前のオースト王家に嫁いだツルギ王朝の姫、つまり山の民を高祖母に持つ第二王子サーマルにも受け継がれていた。
「シシ先生が逃げたら彼を検証に付き合せる予定だから」
「それはまた気の毒な話だ」
ザッシュが同情を含んだ目でサモンを見遣った。
サモンが第二王子サーマルであることは元より、特殊能力持ちであることは国家機密に相当する……はずなのだが、サモン本人があちこちでやらかしているせいでもはや公然の秘密になっていた。当然アメリア達にも隠しておけるわけもなく、この屋敷に滞在する人間は全員、彼の秘密を共有することになってしまった。
「先生には『可愛い甥に猥褻物を見せようとする女』って呼ばれてます」
ふはっ、とロットが吹き出す。
「アンタってば、ホンット性格悪いわねえ。どーせそんなことさせる気ないんでしょ」
「最終手段ではありますね」
以前に比べれば格段に素直になり、会話もしやすくなったサモンだが、まだまだこちらの秘密を預けるに足る人物とまでは言えない。
今の彼に悪意がないことは承知しているし、なぜか深緑の猟犬ファンの集いの一員になって幹部もといタイタにも認められているが、こればかりは彼の資質の問題だ。自身の秘密さえ満足に守れていないのに、人の秘密などとても背負わせられない。
「せめて精神年齢がイリヤくんを上回ってくれれば…」
ロットは再び茶を吹き出しそうになった。
「ザコルが面倒見てるのは笑えるわ」
「ふふ、ザコルは優しいですからねえ、私と違って」
サモンが危なっかしい角度で刃を入れようとするたび、ザコルが目にも止まらぬ速さで手を出して止めている。もちろんタイタとグレイ兄弟にも同じようにしてやっている。そしてこっちを睨んできた。優しいと言われたことに異存があるようだ。
「アンタ達は似た者同士じゃないの」
「ミカ殿も鍛錬の面倒を見てやっていたではないか」
「そうですね、ザコルとじゃんけんして勝ったので」
どっちがサモン達の面倒を見るかで勝負したのだ。
「あんな反射勝負のような遊びで、よくザコルに勝てたな」
「じゃんけんを反射勝負だと思ってるのはおたくの一族だけですよ」
出す瞬間に相手が何を出そうとしているか見極めて自分の出す手を変えるとか、そんな芸当は理屈が分かっていてもできないものだ。
ちなみに私が勝てたのは、じゃんけんを覚えたばかりのザコルが初手グーで勝負してくるだろうと予想したからである。人はなぜか迷うとグーを出しがちらしい。次は本気の反射勝負になるので勝てないと思う。
「ザコルはミカの世話になるヤツを増やしたくないだけよ」
「お前のことかロット」
「う、うるさいわねえ! ていうか、シュウ兄に言われたかないのよ!!」
カズの方をチラッと見ると、一人がけソファにてろんともたれながら紅茶を啜っていた。
肉じゃが、いや、肉じゃがもどきはそれなりに上手くできたと思う。
芋はゴロゴロ大きめカット、煮込む前に細切れ肉とともに軽く炒めてもらって香ばしさをプラスした。角煮の余ったタレに水を足し、芋と肉に馴染ませながら魔法で一気に火を入れる。量が多いので大鍋をかき混ぜる作業は料理長が担ってくれた。仕上げに塩で味を整えたら完成だ。
美味しくはなった。が、もちろん醤油や出汁などは使ってないし、玉ねぎやニンジンや糸こんにゃくなんかは入ってないし、使ったタレには赤ワインやエシャロットや林檎のすりおろしなども使われているしで、私の知っている肉じゃがとはかけ離れている。
「…カズ、そこまで感動するような味だった? まあまあ食べられる味にはなったとは思うけど、正直別物じゃない?」
その肉じゃがもどきを食べて号泣しているカズに声をかける。
「だっ、だって…っ、うちのオヤジってか、会長さあ、何でもかんでも焼肉のタレで味付けするタイプだったのぉ…っ」
「あー、そっか、焼肉のタレ味には近いかもしれないわ。醤油は入ってないけど」
市販の焼肉のタレにも醤油が入っていたと思う。つくづく、日本人というかアジア人の好む味付けには醤油が不可欠なのだ。
会長、というのは彼女の養父で、合気道道場の主だった男性のことだ。道場を経営しつつ日雇いの仕事までして養女のカズを短大までやってくれたらしい。理由は知らないが、カズがやっと卒業というところで急逝してしまったと聞いている。
「これが『まあまあ食べられる味』ですか…」
「姐さんはマジに宮廷料理人でもしてたんすかねえ」
角煮の余ったタレをぶち込んだだけのリメイク芋料理に大袈裟オブ大袈裟だ。
しかし。
この国の料理は、素材を茹でたり焼いたりしたものにせいぜい塩を振ったくらいのシンプルなものが多い。サカシータ領は野獣が多く畜産もしているので、牛乳のミルキーさや肉の出汁を生かした料理もある。が、基本的にはあまり凝った味付けなどはしない。
酒や香味野菜など、複数の食材を使った味付けが新鮮に感じられるのは致し方ないことなのかもしれなかった。
「ああ、なんと繊細かつ洗練された味か! 都の味がいたします…!!」
料理長もまた号泣している。
「都の味? まさか。王都にはこんな美味いものはない。このニクジャカも絶品だが、煮林檎も、エビーのケーキも、料理長殿の作る素朴で温かな食事だって、何もかもが都に勝っている。です!」
「サモンの言う通りです。いつもありがとうございます料理長」
「う、嬉しいことを…!!」
サモンとザコルの言葉に料理長が崩れ落ちた。
「実際、王都の料理人は僕ら田舎者とは比べ物にならない程のバカ舌なのです。塩さえ多く入れれば豪華になると思っているんですから。素材が死んでないだけそこらの草の方がマシなくらいだ」
ザコルは吐き捨てるように言った。
隣領が塩の産地で、伝手もあるサカシータ領民は塩をありがたがらない。しかし王都では砂糖と同じく高級品の一つらしい。社交を重んじる中央貴族達は、貴重な調味料をふんだんに使うことでその豊かさをアピールしてきたのだ。
「ああ、なるほど。母が茶会や夜会の料理は体に悪いので甘味以外口をつけなくていいと言ったのは、そういった理由があったのですね。甘味はともかく、家では父も母も粗食を好んでいたので知りませんでした」
「タイタ、君の両親は賢明ですよ。普通の人間があんなものを食べていたら早死にします」
「シーシも同じことを言ったぞ。王宮の食事は塩を入れ過ぎないよう指導したが、他の貴族家で開かれるパーティでは気をつけろと」
「宮廷医が物申したとは聞いていましたが、シシでしたか。確かに、王宮で出されるものはまだ良かった。しかし王都はそもそも新鮮な食材が乏しい上、全て冷め切っていて決して美味いとは言えませんでしたが」
どうやらザコルは、節約のためというだけでなく、王都で食べる料理がマズすぎたのもあってそこらの草を食んでいたようだ。ある意味究極のグルメ舌なのかもしれない。
「ザコルお前、王宮で食事をしていたのか?」
「第一王子殿下から振られる仕事が終わらない時だけです。嫌がらせかのように食べづらいコース料理ばかり出してきて…。早く帰りたいので立ったままかき込んでいました」
「王太子が用意させた食事を立ったまま…。不敬にも程があるな」
ザッシュは呆れているが笑っている。
「はは、兄上はよほどザコル殿がお気に入りだったのだな」
「まさか。あの方はお一人で宝の整理がしたくないばかりに僕を引き止めていたのですよ。全く、どうして僕が夜を徹してまで文官の真似事などしなければならないんだ。コマはさっさと消えるし、散々でしたよ」
文官のようなもの、と初対面で私に名乗ったのはあながち嘘でもなかったのか。
ぱく、もぐもぐもぐ、ごくん。ザコルは皿に山盛りになった肉じゃがを一人で食べ続けている。
誰も文句を言わないどころか、タイタやサモン、いつの間にか混じっていたサゴシ、ザッシュやエビーまでもが自分の皿からザコルの皿に足している。もちろん私もだ。
「ふぐぇ…焼肉の味…」
「良かったわねえ、カズ。ミカが来てくれて」
ロットはカズの皿に足している。もちろん適切な距離を保ちつつだ。
「へへっ、侵略者扱いしてた人が言ってら」
「もーっ!! いつまでイジる気よそれ!!」
ギャイギャイ、ロットとエビーが言い合う。
「…んふっ、あはは」
カズはそんな二人を見て笑っていた。
つづく




