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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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復活④ 次の課題はエコですね

「ちょっとぉ先輩、ムネ大っきくなってないですかぁ?」

「あー、太ったからかなー。ひゃっ、もー、あんまり触んないでよ」

「よいではないかよいではないか」

「何そのキャラ。こうしてやるっ」

「きゃあ、やめっ、何そのエロい触り方っ、や、やめっ、マジで!」


 キャーキャーと僕の耳に突き刺さる嬌声。何の拷問だろうか。


「ああああ何の拷問なのコレェ!」

「同感です。聴こえているのが僕だけでなくてよかったです」

「安心してください。俺らにもばっちり聴こえてるっす」

「俺には何も聴こえておりません」

「嘘だぁ」

「何も聴こえない何も聴こえない何も聴こえない何も聴こえな」


 四兄は完全に耳を塞いで蹲っている。穴熊達は何を思ったか庭を走り込み始めた。


「絶対わざとよわざと! もー性格悪いんだから!」

「だんちょー、聴こえてんですけどぉー」

「ウチら性格悪いもんねえー」

 ねーっ、とナカタとミカの間延びした声が飛んでくる。



 僕達は無防備な彼女達を放ってその場を離れるわけにもいかず、薪ボイラー風呂用の小屋のすぐ外で待つ羽目になった。

 小屋と言っても、壁は竹を並べて束ねただけの粗末なものだ。隙間風が入らないように側面には雪を塗りつけてあるが、中の音など基本的に丸聞こえである。


「兄貴はどーせ聴き慣れてんだろ」

「ああ、ザコルは耳がいいものね」

「それはそうですが、あちらから意図的に聴かせようとしてくるのは初めてです」


 ミカは僕に風呂場で歌っているのを聴かれて以来、風呂場や厠で立てる音には細心の注意を払っている。僕もあまり聴かないようにはしているつもりだが……


「最近のミカはまるで影のように音を立てなくなったので」

 鍛錬のおかげだろう。ミカの身のこなしが洗練されてきたのだ。


「それはそれでどうなんだよ…」

「流石は僕のミカ。隠密の才能も十二分に秘めている」

「あはは、ありがとうございます師匠ー」

「ミカ! 入浴しながら普通に返事をするのはやめてください!」

「私が真っ裸で清拭してる時にカーテン越しとはいえフツーに話しかけてきた師匠が言いますかねえー」


 六兄が信じられないものでも見るような顔を向けてくる。


「アンタ…。やっぱどっかオカシイんじゃないの。あんな好き好き言ってくれる子と二人旅して、今も同じ部屋で寝てるってのに、それに昨日はまた『やりとり』したんでしょ!? 何で何もないワケ!?」

「あまり騒がないでください。民も近くにいますから」


 そう伝えると、六兄はコホン、と咳払いをして黙ってくれた。

 相手を尊重すれば、相手もこちらの立場を尊重してくれる。そんな当たり前のことに気付かされる毎日だ。もちろん相手によるのだろうが、六兄はどうやら僕を悪く思っていないらしいので、僕も彼を邪険に扱うのはやめた。

 ミカはあんな形の対面でも最初から六兄を尊重していた。僕の兄であり、ナカタの庇護者であり、そしてサカシータ領に必要な人間だと解っていたからだろう。


「営んでねえってだけで、あのやりたい放題を何もねえと表現するのはいかがなものか」

「黙れエビー」


 彼女は僕が四兄を邪険にした時も叱ってくれた。ザハリのことでさえ罪と功績は分けて評価している。

 ミカはいつも正しい。だが正しくなかったと思った時は、すぐに反省して謝ってもくれる。謝った上に自分を責めて思い詰めてしまうのは心配だが…。


「ザコル、どど、どうしてミカ殿は男の入った湯に無理矢理入ったのだ、彼女なら薪で沸かさずとも湯の張り替えくらいできるのに! おれが悪いからか!?」

「ミカはもったいないと言っていました。言葉通りの意味では?」

「水のことか!? お前やおれ達が手を貸せば一瞬で湯船を満たせるだろう!」

「ですから、彼女は人の手間を惜しむ性格ということです。あの湯は、穴熊達が汲み、薪をくべて沸かしたものなのでしょう」


 あ、と四兄は雪の上に座り込んだまま、呆けたように僕を見上げた。




 最後までキャアキャアと騒ぎながらミカとナカタが小屋を出てくる。


「もー、やりすぎだよカズは」

「えーもっと聴かせてやればいーじゃーん」

「あっちで気まずそうに並んでる民の皆さんが目に入んないの。完全にとばっちりだよ」


 僕達にわざと聴かせていたのは間違いないようだ。


「ユキ、急だったのに手拭いとか色々用意してくれてありがとう」

「いいえ。エビー様のご指示に従っただけですので。新しいお風呂はいかがでしたか」

「ピカピカで素敵だったよ! 昔住んでた家もお風呂がタイルでね、その豪華版って感じでね」

「新しいレトロ風呂、ウケる」

 二人は満足したようだ。


「建築家ザッシュの新作、きっと皆も喜ぶね」

「建築、家? おれが?」

「ザッシュお兄様はただ土木工事が得意というより、建築を愛してるって感じですよね。穴熊の皆さんもそうです。こうして人々のくつろぎや生活のために手間を惜しまず、とことんこだわれるんですから。その技と心意気、尊敬しかありません」

「そ、そんな風に、思ってくれていたとは…」


 四兄といつの間にか集合した穴熊達が照れくさそうに頬や頭を掻く。


「次の課題はエコですね」

「エコ?」

「人と環境に配慮した持続可能な施設を考えましょう」


 また不思議なことを言い出した。エコとは『物を大事にして偉い』という意味ではなかったのか。持続可能とはどういう概念だろう。


「あは、意識高ぁ。今はSDGsっていうんですよぉ」

「エコのが短くていいじゃん」

「エコ…人と環境…持続可能……」

 四兄はブツブツ言って考えだした。


 ナカタも男性が入った後の湯が気にならない様子だった。聞けば、彼女らがいた日本では大衆浴場なる公共の施設があるらしい。基本的には男湯と女湯に分かれているが、男女混浴のところも存在するのだという。


「前に言っていたセントーという名の施設ですか。山の絵が描いてある」


 魔の森の中にあるフジの里で見た。そういえば、あの時も僕が入った後の湯に構わず入っていたな…。


「銭湯は比較的街中にある大衆浴場のことですね。日本人は毎日湯に浸かる習慣があるので、銭湯や温泉施設があちこちにあるんですよ。そういえば、アカイシ山脈のどこかに硫黄泉が沸いている場所があるそうですね」

「あっ、そーそー、すっごいにおいするけど、温泉あるんですよぉ。タムじいが好きでよく入ってるみたいだからぁ、ウチも入りたいって言ったらダメだって」

「あ、当たり前よ! あそこは完全屋外よ!? あんな場所で裸になんかさせられないわよ!」

「なんでぇ? どーせ団員以外行けないような場所だしー、露天風呂なんてサイコーじゃん」


 …僕はミカに連れて行くと約束してしまった。言われてみれば、屋外で裸にさせるのは問題かもしれない。


「師匠は連れてってくれるんですよねー」

 ぎゅ、とミカが僕の腕に飛びつく。

「い、いや、ロット兄様の言うように」

「楽しみにしてたんですよねー、私、温泉大好きなんです」

「で、ですが」

「ザコルが側で後ろ向いて見張っててくれればいいんですから。ね?」

 ミカがわざとらしく上目遣いを寄越す。

「む、ぐう」

 何も言葉が出てこなくなった。


「おい負けんな兄貴、さっき以上の拷問になんぞ」

「そ、そうです! 屋外で一糸纏わぬお姿を晒すなど、護衛として全く看過できるはずございません!」


 もし連れて行くとしたらエビーとタイタも同じ拷問を味わうことになるだろう。不埒な考えを持った者ならむしろ喜びそうだが、この二人はこの僕よりよほど出来た精神の持ち主だ。ただただ心頭滅却して外敵の警戒だけに集中しようと努力するに違いない。

 イリヤの言った『不憫』という言葉が頭をよぎる。それとサゴシは連れて行けないな…。


 ぽん、と四兄が拳を叩く。


「…そうだ、アカイシの温泉を利用した温浴施設を建てるのはどうだ? 温泉など無限に湧くから持続可能と言えるし、前線で戦う者達にはいい慰みになるはずだ。薪ボイラーの使い所はないが、タイル張りの湯船と排水機構はそのまま応用できる。領を訪れた賓客を案内してもいい。それならば作り込んでも文句は言われまい!」


 穴熊達が四兄に次々に耳打ちする。


「ふむ、そこに至る道の整備か。なるほどそれは急務だな!」

「ちょっとシュウ兄、何勝手に大工事始めようとしてんのよ。そんな余裕あると思ってんの!?」

「はは、何も今日明日いきなり始めようという気はない。せめて雪が溶けねば」

「年明け早々始める気じゃないのよ!!」

「お前だってミカ殿の沸かす風呂を気に入っていただろう。戦闘の合間、いつでも湯に浸かれる施設が欲しくはないのか」

「そっ、それは、欲しい、けれど」


 どうして皆、好んで濡れようとするのだろう。ミカが入れと言うから入っているが、僕は清拭で十分なのに。


「血肉の汚れを洗い流せる場があれば、ミカ殿がよく言う衛生とやらの問題も少しは良くなるだろう。団員達が敵共から度々もらう流行病も予防できるのでは」

「えっ、流行病の予防? そんな効果があるの!? いいじゃない! カズが罹ったのも多分そういう風邪の一つだったわ。団員が里に持ち帰るのも問題だったし、もしそんなことで予防できるのなら山に降りる前に必ず立ち寄るように徹底させるわ」

「決まりだな」

「決まりね!」

 兄達が勝手にその気になっている。


「あの、少しよろしいですかお兄様方」

「何だミカ殿! 何か問題でも!」

「いえ、企画自体は素晴らしいので問題ありません。実現すればメリットも多そうですし。でも、ちゃんとオーレン様、イーリア様、ザラミーア様のお三方にプレゼンして全員の許可を得てから着工しましょう」

「そんな!! あの三人全員を納得させようとしたら時間がかかるではないか!!」

「領内で行われる工事に、領主ご夫妻の許可が要るのは当然かと思ってましたが違いましたか?」

「むぐう」

 正論だ。


 四兄は兄弟の中では比較的常識人に見られがちだが、実は必要以上に土木工事や建造物に凝る悪癖がある。しかも『民のため』と言いながら独断で始めてしまう。その費用は領の財政を逼迫させる一因になっていると、何年か前、子爵邸を訪ねた際に実母がぼやくのを聞いたことがある。


「まあ、水害もありましたし、情勢的にも大工事の許可なんて簡単には下りないでしょうね。なので、大掛かりな施設を作る前に簡易的な温泉小屋なりを作って、運用実績を積んでみてはいかがでしょうか。それなら許可も下りやすいのでは。ロット様、場所は戦闘エリアですか?」

「え、ええ、近くまで敵が入り込んで戦闘になったこともあるわ。それもあってカズを止めたのよ」

「じゃあ、賓客を招くとしたら時期を考えないといけませんね。戦闘によって施設が損壊する可能性も考えた方が良さそうです。大掛かりなものを建ててしまうと復旧も大変になりますよ」

「それは全くその通りね。せいぜいこの竹小屋くらいの方がいいかもしれないわ。それなら別に、あたし達みたいな素人でも建てたり直したりできるでしょうし」

「竹小屋はコスト低そうだし、材料の搬入も楽そうでいいですね。湯船の材料というか、硫黄泉を掛け流しにするのに適した材料の選定は必要でしょうか。ザッシュお兄様は木材にも詳しいですか」

「ああ、もちろん…だが、木材で作るのか?」


 どうしても排水機構とやらを備えたタイルの風呂が作りたいのだろう。タイルやレンガで模様を作り込むのは、四兄が好む技法だ。


「ザッシュお兄様、実は、私の国では檜という針葉樹を使ったお風呂が最高級なんですよ」

 ミカは取り澄ました顔でそう告げた。

「何、木製の風呂が最高級だと? 何故だ、陶器や金属を使った風呂の方が見栄えはするだろう」

「もちろん陶器や金属のお風呂もあるんですが、檜は何といっても香り高く、防虫、殺菌、脱臭の効果に優れた木材として昔から重宝されてきました。大事な物をしまう箱や家具にも使われてますし、お風呂にしてもその効果が薄れることはありません。現代においても高級温泉宿といえば檜風呂。これは鉄板なんです」

「ほう…」


 四兄の目つきが変わる。


「木材は反ったりもしますから、精巧に作るのには実は高い技術を要する素材です。職人クラスの高い技と勘も必要なんですよ」


 穴熊達がうぉう、と唸り声を上げた。職人としての矜持を刺激されたらしい。…彼らの本職は工作員では?


「檜以外にも優れた特性を持った木材はあるはずです。サカシータ領には何といっても豊富な森林資源があるんですから。あれら全てをただの薪として消費するのはもったいないと思いませんか」

「香りのいい木材なら心当たりがあるぞ。あの木箱風呂に使われている木よりも硬く、丈夫そうな木材も」

「流石ですねお兄様。ぜひこの冬の間に選定しましょう。きっと素晴らしい木製風呂ができるはずです」


 …まあ、領内の木で作るにしても木材は乾燥が必要だし、本格的な檜風呂なんて年単位で見積もらないと作れない。結果、あの木箱風呂みたいなあり合わせの湯船と竹小屋で仮スタートって話になるだろうな。よしよし。それならばすぐできるだろうしお金もかからず叱られまい。


 ミカが独りごちている。


「ミカは、エコとやらの化身のようですね」

「非常時ですから節約は大事ですよ。でもそれはそれとして、温泉には入りたいんですよね、私」

「…ふはっ」


 しれっとした顔でそうのたまう彼女に、僕は思わず吹き出してしまった。自分が滞在するうちに小屋を建てさせて入ろうという魂胆なのか。

 ミカにしては珍しいその『我が儘』は、穴熊達と盛り上がっている四兄の耳には届いていなかった。


「お兄様。あのサイフォンの原理を利用した、水汲みと洗濯場を兼ねた噴水は非常にエコでしたよ」

「そうか! 確かにあれは燃料も何も食わない仕組みだからな。だが薪ボイラーも画期的な装置だ。ぜひ何かに活用したい」

「例えば、あれで生じる熱を再利用などできればエコになるかもしれませんよ。暖房とか、調理とか」

「なるほどな…。再利用、もったいない、火から得られる熱を無駄にしない。エコとは、そういう概念か」


 得心がいったような顔をして頷く四兄。


「転がされてんな…」

「何か言ったかエビー」

「いんや、何でもねえっす」


 僕は、四兄が薪ボイラー試作の経過報告を怠り、タイル張りの豪勢な風呂をミカの了承を得ず勝手に作ったことを、きっちり義母に報告してやろうと決めた。




つづく

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