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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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復活③ タヌキはタヌキでも親切なタヌキさんなんだよ

「今日から鍛錬を再開したのでしたかな。目眩や立ちくらみなどはありませんか」


 立ち合い人数が多いので、今日も診察は待合スペースで行われている。


「はい。特には。体力の衰えは感じましたが」

「それは当然でしょう、一週間も養生していたのですからな。普通、そんな病み上がりでいきなり雪上を走り込んだり、弓を何十回も引いたりする婦女子などおりません。全く、どこぞの戦いしか能のない一族でもあるまいに」

「先生って勇気ありますよね」

「はっ、私のような臆病者に何をおっしゃる。目が節穴にでもなられましたかな?」


 臆病者はこの場に天下のサカシータ一族を三人も招いて揶揄したりしないと思う。


「どうしてもくびり殺されたいらしいわねえ…」

「同感です」

 ロットの言葉にザコルが頷いている。


「お前達は結託するな、手に負えんくなるだろうが。シシも煽るな。タイタ殿とエビーはその殺気を引っ込めろ、どこにいるか判らんがサゴシもだ!」

 ザッシュだけは他のメンバーを止めている。


 ぷふ、と可愛らしく吹き出す声がする。カズだ。

「ウケる。あのタヌキジジイ、この状況で何強がってんの?」


 精一杯の虚勢、というわけではないだろう。結局のところ、この医者がいなくなって困るのは私達の方なので、シシが下手に出る必要が無いだけだ。


「先生は私が病み上がりに無茶したから怒ってるんだよ。あと他の人を基準にしないようにって、こちらのためを思ってご忠告くださってるだけ」

「そこまで解っていてどうして無茶などするのですか。医者を困らせるのも大概にしていただきたい」


 シシは私とザコルの全身をジロジロと見る。魔力の色や流れを視ているのだ。


「昨夜も『やりとり』はしていないのですかな」

「いえ、昨夜はリハビリ兼ねて軽くしました。ですが、翌朝あげた分は返してもらいました。スケートリンクの整備のために」


 やりとり、というのは私とザコルの間で行われる魔力移譲のことである。


「スケート…ああ、あの屋敷前に作られた、凍った湖のような場のことですか。雪を溶かして一瞬のうちに再凍結するとは…。いやはや、いかにも魔力を食いそうなことを思い付かれましたな」

「ええ、てきめんに消費できましたよ。やってみて気づいたことですが、魔力過多の状態で本気出すと平時よりも出力が強くなるみたいなんです。魔法の届く範囲も広がりますから、あの広さを一気に整備するなら補給してもらった方が効率がいいかなと」

「まさか意図的に魔力過多の状態を作り出したということですか、はあー…」


 シシは盛大に眉を寄せ、心底呆れたように溜め息をつく。


「相変わらず発想が過激でいらっしゃる。緊急事態でもないのに、身体に負荷をかけるような真似は感心しませんな」

「はい。気をつけますね。明日は補給なしで、柵と手すりを氷で作ろうかなと思ってます」

「はあ、そんな悠長なことを言っている場合ですか」


 おや。


「明日何かありましたっけ?」

「さあ。神のみぞ知ることです」

 怪しい。これは何か知ってるな。


「ミカ。訊き出しますか」

「俺もご協力いたしましょう」

 尋問コンビが一歩前に出る。

「そんなことしなくていいですよ、ザコル、タイタ」

「おや、よろしいのですかな。気になるのでしょう」

「先生がお売りになりたいならご自由になさってください」


 買うとは言わない。シシは山の民トップとオースト王家のダブルスパイである。どこにおもねる情報か分からないものを、あえて買ってやる義理などない。


「相変わらず可愛くな……いえ、別に戦が起ころうというわけではないでしょうから、あなた様はいつも通りお過ごしになればいい」

「そうですか。いつもご親切にありがとうございます」

「いいえ」


 嫌味でなく本心でお礼を言ったのに、フンと鼻を鳴らされてしまった。


「最近はこちらに来ていただくことが多いですが、従…いや、使用人達は元気にしておりますかな」


 最近ずっと、みたいな言い方をしているが、私が自力での通院を再開してまだ三日である。


「気になるなら遊びに来たらいいじゃないですか。町長屋敷は町民の出入りは自由なんですし」


 シシが『町民』に数えられているかは知らないが。

 む、と睨んでくるシシに私は笑う。


「今朝は使用人の若い子達も鍛錬に加わってました。見習いの子達に猟犬ブートキャンプは過酷でしょうから、私と一緒に柔軟体操と走り込みをしました。途中でバテてはしまいましたけど、頑張ってましたよ。憧れの猟犬殿に近づくのだと言って」


 シシはザコルの方を睨んだ。


「僕が同志の一員になれと言ったわけではないのですが」


 ザコルがそう言えば、シシはタイタの方に視線を移した。


「かの方はただ尊きものを尊いとおっしゃっておられるだけにございます」


 やっぱりかの方を完全に同志脳に染めたのは執行人か…? それとも……


「あの礼儀知らずのことかしら? 神が膝を折る相手がただの人間のわけないとか言ってミカに傅いてたわねえ」

「最近は料理長と仲良くなってパウンドケーキ焼いてますよお。まあ、俺が作り方教えたんすけど」


 ぎり、とシシが顔を歪め、何か言おうと口を開きかけたところでザッシュが手で制した。


「先に喧嘩を売ったのはそちらだろう、シシ。気になるなら、義姉上の診察を口実に訪ねるがいい」

「あちら様はコマの患者でしょう」

「そのコマ殿が、一人の医者にかかり続けるのもいいが、たまには他の医者の意見も聞くべきだと言っていたのだ。その方が患者のためになると。全く謙虚な御仁だな、ザコル」

「なぜ僕に向かって言うんですかシュウ兄様」


 コマはセカンドオピニオンの考えも持っているのか。なんて先進的な異世界人だろう。

 はあ、とシシが何度目かの溜め息をつく。


「コマとは随分と語らっていない。彼とはもっと有意義な話ができるのに」

「私達とじゃ話にならないみたいな」

 大人気だな、コマ。


「先にコマに見せたかったのですが、致し方ありませんな。これを」

 シシは私に、中身の入った薬包紙包みを三つ手渡してきた。


「例の薬、ニタギの毒を精製しなおしたものです」

「え、先生が手を加えたってことですか」

「正確には、私が個人的に所有していたニタギを使って新たに調薬いたしました。中毒性は他の薬剤と合わせることでできるだけ中和しましたから、副作用は少々気分が高揚する程度で済むかと。これを飲めば『魔封じの香』による一連の症状が緩和いたします。完全にとは言えませんが」

「すごい!」


 例の薬とは邪教徒が持っていたもので、『魔封じの香』によって魔力を抑制した後に服用すると、魔力を解放するとともに強い麻薬を摂取したような効能を得られるというものだ。

 単体でも口にすれば中毒症状を引き起こす毒草ニタギを使っている、というのはコマとシシ、同志で天才医師のリュウ三人共通の見解である。


「事前に飲んで効いている間なら、香の影響を受けずに済むかもしれません。そのあたりはまだ検証不十分ですがね、何せ手持ちの材料も限られて」

「すごーい! これさえあれば邪教のアジトでも遠慮なく突っ込めるってことですね!」


 バッ、その場の全員の視線が私とシシに集まった。


「話を聞きなされ。検証不十分と聴こえませんでしたかな。あなた様を敵陣に突っ込ませようとして渡すわけがないでしょう。護衛と護衛気取りの皆様も私を睨まないでいただけますかな」


 やれやれ、とシシが両手の平を上に向けてみせる。


「買います! お代はいかほどですか!?」

「お代は、テイラーのご令嬢からいただいた珍しい茶葉と相殺とさせていただきます」

「はあっ!? これと緑茶を相殺!?」


 どういう太っ腹だ。いや、それくらい緑茶が希少なのか? 作り方さえ知っていれば紅茶と同じ茶葉で作れるものなのに。


「あれを『リョクチャ』と呼ぶことを、あなた様はご存知なのですな」

「む」

 しまった、つい口を滑らせてしまった。


「え、緑茶とかあんの、この世界」

 しまった、もう一人日本人いたんだった。


「……えっと、黙っといてください。私は別にいいんですが、産地にもご事情というものがありますので」

「まあいいでしょう。ああ、その代わり、口止め料と言ってはなんですが」

 ぎく、何を要求するつもりだろうか。

「そう警戒なされるな。あの茶の美味い淹れ方をご存知なら知りたいと思ったまでですよ」

「そんなことなら喜んで!!」



 ◇ ◇ ◇



 私はシシ相手にみっちりと緑茶の美味しい淹れ方講座をし、緑茶は紅茶よりも風味の劣化が早いので、密閉容器に入れて冷暗所で保存し、なるべく早く飲むよう伝えて診療所を後にした。


「あのタヌキジジイ、先輩のこと大好きじゃね?」

「タヌキはタヌキでも親切なタヌキさんなんだよ」


 ぶふっ、とエビーが吹く。


「親切なタヌキさんってか。姐さん、その薬の安全性どうやって確かめるつもりだよ」

「コマさんに見てもらえば万事解決」

「そのコマさんだって他領の工作員だろがっていうツッコミは横に置くとしても、その薬、元は毒だろ。効能も魔力解放? とかだし、今までの薬よりよっぽど慎重に試さねえと何が起きるか分かんねえぞ」

「はっ、確かに」


 テンション上がりすぎて起こりうる副反応のことなどすっかり忘れていた。


「そうそう、カズも、こっちの世界の薬には気をつけなよ。ちゃんと試してから使うんだよ」

「えー何でですかぁ? 毒かもだからってことぉ?」

「そうじゃなくて」


 かくかくしかじか。カズにアレルギーとかアナフィラキシーについて説明する。


「やば。アレルギーとか何も考えてなかった」

「本当は未知の食べ物にも気をつけるべきなんだろうけどね、薬は特にあっちとは違うと思うから」


 化学的に精製されアレルギーテストもバッチリ済んだような薬剤とは訳が違う。こっちの薬は基本的に植物や動物の肝などをそのまま使っているものばかりだ。普段口にしないものの方が多いだろうし、効き目が強いものほど合わなかった時の副反応が怖い。


「そーいえば前に薬って言われて飲まされたことあるよーな」


 カズは最後列に続くロットの方を振り返った。私も振り返る。彼の両隣はさりげなくザッシュとタイタが固めている。


 だらだらだら…。ロットはそんな効果音が似合う顔色で冷や汗をかいていた。


「…熱冷ましの薬草、カズに煎じて飲ませちゃったわ」

「あー…」


 前に、カズが『風邪とかは普通にひく』と言っていた気がする。こっちの世界に来てから風邪をひいたことがあったということだ。


「どどどどどどうしたらいいの!? カズが、カズがそのあなふぃらきしい? ってのになったら…!!」

「いえ、飲ませて何事もなかったんですよね? だったらもう大丈夫です。もし体に合わなければ飲んだ直後に症状が出てると思うので。次から気をつけましょう」


 ロットがへにゃ、とその場に崩れ落ちる。


「よ、よかった……」

「びっくりさせちゃってすみません」

「いいのよ、教えてくれてありがとうミカ。本当に、あたしときたら…」


 カズの方を見たら、どこか気まずそうに頬を掻いていた。


「ふふっ、反抗期の中学生みたいな顔して」

「うるさいなー」

 プイ、カズがそっぽを向く。


「ロット兄様、ミカは既にいくつかの薬を少量ずつ試しています。ナカタにも処方してもらってはどうですか」

「そうね、ザコルの言う通りよ。カズ、聴こえてるわよね、どの医者でもいいわ、後で相談に行くわよ!」


 余計なお世話、と突っぱねるかと思ったが、カズは目を逸らしたまま小さく頷いた。





 町長屋敷に戻ったら、すぐさま入浴小屋に呼ばれた。もちろん湯の温め直しのためである。


「薪ボイラー風呂はどうなりましたか」

「そっちも試しに何人か入ってんぞ」


 男湯に並んでいたおじさん達が隣の小屋を指し示す。

 試運転が成功したばかりだが、早速入浴に来た人を受け入れているようだ。


「いい感じそうですねえ」

「ああ、労ってやってくれ」

 ザッシュが誇らしげに頷く。

「もちろんです。猪ジャーキーのお礼もちゃんと言えてませんし」


 穴熊達が丹精込めて作ってくれたという野良猪の干し肉はまだ半分ほど残っていた。毎日少しずつ、大事に大事に食べている。


「そうだ、鹿肉が余ったらジャーキーも作ってみよう」


 要は塩を塗り込んで乾燥するまで加熱すればいいのだろう。薪の乾燥と同じだ。魔法を使えば風味は物足りなくなるかもしれないが、一瞬でできるという手軽さの前では味の差などさしたる問題ではない。


 薪ボイラー小屋の外には、炉に薪を入れる穴熊の一人がいた。先程報告に来た人とは別の人だ。


「お疲れ様です。試作が上手くいったと聞いて見学に来ました」

 穴熊の彼はその場で黙って一礼する。


 私はトントン、と小屋の壁を叩く。

「お湯加減はいかがですか」

「おー、ミカ様か。こっちの風呂もいーぞう!」

 ワハハ、と豪快な笑い声がする。りんご箱職人の皆さんの声だ。


「蓋…」

 ボソッと聴こえるか聴こえないかくらいの声量で穴熊の彼がそう言った。

「蓋、ああ、彼らに湯船用の蓋を作ってもらうんですね。採寸ついでに入ってもらっているわけですか」

 コク、と穴熊の彼は頷いた。


 木工が得意なりんご箱職人達は、木の湯船や体を洗い流す用の水路のほか、風呂の湯が冷めにくいよう湯船をぴったり覆える蓋も作ってくれた。穴熊達は、薪ボイラーのレンガ製の湯船にも同じように蓋が必要だと考えたのだろう。


 とはいえ、レンガだけで作った水槽は水染みもするだろうし、そういった意味で衛生を保つのも難しい。魔法を用いない仕組みである以上、いちいち熱湯を沸かして消毒、というわけにもいかない。この試作機をもとに材料を揃えて作り直していく必要はあるはずだ。


「りんご箱職人さん達が出たら中を見せてもらえますかね」

 その問いにはザッシュが頷いた。

「もちろんだ。なかなか立派にできているぞ。加熱用の水槽は鉄で打ってな、その周りには耐火レンガと耐火モルタルを使っている。湯船の内側は掃除もしやすいよう釉薬をかけたタイルで覆った。主に作業したのは穴熊達だが、かなりの自信作だ!」

「えっ、こないだ見た時は全部レンガで作ってたのに? 鉄の釜とかタイルとかいつの間に用意したんですか!?」

「タイルは子爵邸の倉庫に余らせているのを持って来させた。鉄の槽は穴熊達がこの町の鍛冶屋を借りて打った」

「全然試作とかいうレベルじゃないじゃないですか!!」


 いつの間にそんな大工事が行われていたのか。私が臥せっている間か…。


「シュウ兄様、何でも凝りすぎる癖は相変わらずのようですね。後で義母上に叱られませんか」

「民のために作るのだからいいだろう」

「兄様が行う工事はどれも民のためでしょうが、うちが貧乏領であることを忘れないでほしいとザラ母様も言っていましたよ」

「む」

「そうよ、山奥のトンネルにどんだけ手をかけるつもりなの、王族が通る道でもあるまいし!」

「じ、地元の民は喜んでいたからいいだろう!」

 珍しくザッシュが他の兄弟に怒られている。


 りんご箱職人が揚々と小屋を出てきたので、早速中を見せてもらう。


「わあ、完成度たっか」


 予想通りというか何というか、試作とは何なのだろうと首を捻りたくなる出来栄えだった。

 大人五人はゆうに入れる浴槽は全面タイル張り、側面は背を預けやすいようにか傾斜まで付けられている。

 二色のタイルを使って美しく市松模様まであしらわれており、とても余り物で作らせたようには見えない。


「すごい。排水口に金具と専用の栓までつけてある」


 ホームセンターで部品を買って来たというなら別だが、間違いなくこの風呂に合わせて作った特注の部品だろう。洗い場の床にもタイルが貼ってあり、そちらにも大きめの排水口と、ゴミ受けのための金具が取り付けられていた。


「流石はミカ殿、排水口の金具にまで目をつけてくれるとは! 排水の機構は特にこだわったところだ!」


 ザッシュが小屋の入り口で目を輝かせている。その後ろにはいつの間にか穴熊達が勢揃いしていて、うぉううぉうとくぐもった声を上げている。あれは喜んで盛り上がっているところだろうか。


「薪ボイラーとは、全く素晴らしい仕組みを教えてもらった。領内の全ての風呂をこれに変えよう。今となってはちまちまと湯を浴室に運んでいたのが馬鹿らしく思えてくるな!」


 そもそもこの世界では毎日湯船に浸かる習慣をもつ人が少ないと聞いているので、風呂を効率的に沸かそうという発想自体がなかったのだろう。偉い人の一人や二人を風呂に入れるだけなら、こんな大掛かりな装置を作る方がもったいない。


 これはあくまで、そこそこの人数を一度に入れるための装置なのだ。


「ザッシュお兄様。盛り上がっているところ申し訳ないのですが」

「何だミカ殿! あなたの助言なら喜んで聞こう!」

「薪をどれくらい消費するのかをお訊きしたいです」


 ぴた、ザッシュと穴熊達が止まる。本当なら、レンガだけを使って試作していた段階で訊いておきたかったことだ。


「……一抱えの束を、三束、くらい」

「それは一日の量ですか?」

「い、いや、一度にくべる薪の量だ」

「一日に何度くべる必要があるんですか」

「に、二回くらいだ」

 後ろで穴熊達が首を横に振っている。


「ふむ、最低でも一日三回以上はくべないと温度の維持はできないってことですね」


 一抱えの束で五キログラムくらいだったか、丁度米袋くらいの重さだったので間違いない。


「一日で薪四十五から五十キロくらい消費するってことか。それを男湯女湯用意したら、一日百キロ…」

 いまいち総量が想像できない。基準が必要だ。


「ザコル、満タンの大樽と、薪にする材木一本ってどちらが重かったですか」

「材木の方が重いです。大樽の倍くらいには」

 ザコルはそんな材木をまるでそこらの枝でも拾うようにヒョイと持ち上げていた。

「大樽の二倍、四百キロ…うちの子は本当にすごいですねえ」


 とはいえあの材木は乾燥させる前のものだ。乾燥の済んだ材木が一本三百キロくらいと仮定すると、その三分の一は一日で消費してしまうということになる。それを領中の風呂でやったら…。


「まあ、予想はしてましたが、領内全部これにするとか、毎日運営するとかは難しそうですね」

「そんな!!」

「山を丸裸にするつもりですか?」


 サカシータ領はそう人口が多くない方とはいえ、町の数は中央、シータイ、カリューとそれ以外にもいくつかある。小さな集落も合わせたら両手の数では収まらない、

 それに、ここより中央の方が人口も多いだろうし、公共の風呂を用意するとしたら、これをいくつも造らないと風呂にありつけない人が出てくる。同じ民の間で生じた不公平は軋轢も生むだろう。


「営利目的でないのなら、被災者支援か関所町の福利厚生みたいな名目でシータイとカリューに作って、一週間か二週間に一度風呂の日を設けるとか、それくらいなら許されるでしょうか。もちろん、全部薪ボイラーだけで賄うと仮定した場合ですが」


 後は、サカシータ家の人々と来客を入れる目的で子爵邸に設置するものアリか。家主が要らないと言えばそれまでだが。


「よ、よかった、カリューにはもう作らせているのだ」

「ふふ、きっと立派なものができてるんでしょうねえ。イーリア様やザラミーア様には一緒に叱られましょう」

「なっ、どっ、どうしてあなたが叱られる必要がある!?」

「薪ボイラーは私の入れ知恵です。それに、あなたは私の手駒ですから」

 うぐ、とザッシュが黙る。


「凝るのは悪いことではありません。素敵なお風呂ができて私は嬉しいです。なので、この後お相伴に預かってもいいですか?」

「それはもちろん、だが男達が入った後だ、湯を張り替えて」

「もったいないのでこのままで構いません」

『は!?』

「ミカ! 流石に」

「ちょっ、姐さ」

「ミカ殿、いけま」

「せんぱーい、一緒に入っていいですかぁ」

「カズ!?」

「うん、頭洗ってあげよっか」

「やば! 先輩ゴットハンドだから嬉しすぎるんですけどぉー」


 あちこちから伸びてくる手をひらりひらりと躱しながらコートを脱ぎ、セーターに手をかけて脱ぎ出したところでみんなドタバタと外に出ていった。



つづく

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