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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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復活① ちょ、たんま

 ようやく再開した朝の鍛錬は、肩慣らし程度にしておいた。


 というか、庭を五周走ったところで止められたし、基礎というか柔軟体操も軽いものに変更されたし、弓も三十回引いたところで止められた。

 どこからともなく現れたコマが手合わせしてくれたが、当然思ったようには動けなかった。勘を取り戻すために果敢にアタックしていたが、すぐ息が切れてコマにも止められてしまった。


「いや三日以上寝込んでたような人の動きじゃねえんだわ全然」

「でも、コマさんにキレがねえって言われちゃったよ」

「弓とナイフは全部ど真ん中だろ」

「それはまあ、手や身体が覚えてるってやつだね。」


 弓兵エビーと一緒に的や矢を片付けようとしたら、一緒に鍛錬していたユキ達若いメイド衆がすっ飛んできて何もさせてもらえなかった。じゃあ、と同志村スタッフの方を見たら、もう既に入浴小屋周りの雪かきや朝食の用意など、目ぼしい仕事は全て終わっていた。


「うわああんもっと体動かしたいよおおおお」

「ミカお姉様。玄関の前の畑で子供達が呼んでいるそうですわ」


 玄関前といえば昨日、イリヤと一緒に畑、もといスケートリンクに細工をしてあった。きっと、他の子はそれぞれの父親から『明日いいもんが見られるぞ』と教えてもらったに違いない。



 護衛達を伴って玄関を出れば、幼児達の歓声が耳に入ってきた。保護者も一緒に来たらしく、子供と一緒になってすごいすごいとはしゃいでいる。

 枯れ葉を使った素朴なアートだ。しかし、雪に閉ざされる地方の冬は娯楽がとにかく少ない。白一色の中に咲いた大輪の花は、思いのほか人々の感動を誘ったようだった。


「あれ、凍らせたのはミカ様だろうけれど、あの花の形を作ったのはイリヤ様なんだって。まるで紋様みたいね」

「イリヤ様はセンスがあるんですねえ」


 ママ友軍団からの褒め言葉に、くふふ、とイリヤが照れくさそうに笑う。


「父さまやサンドおじさまがつかう、まほーじんみたくしたかったのです」

「そりゃ将来有望だなあ!」

「サカシータ領の未来は明るいぜ!」


 イリヤは血筋などから言って、サカシータ一族の跡取り候補筆頭だ。

 父親のイアンは何か劇的に改心でもしない限り自由の身になることはないかもしれないが、あのイーリアなら、父親の行いが悪いからといって孫から将来の選択肢を奪うようなことはしないだろう。


 孫といえば、ザハリの子達も中央に集めて教育すると言っていた。であれば一族の血をひいた子にはすべからく資質を見極める機会を設けるつもりかもしれない。そう考えると、イリヤが将来領主を継ぐとはまだ決まっていないのか…。


「イリヤは戦闘能力はもちろん、頭も性格もいい。あれを凌ぐ資質を持った子供など存在するのかどうか」

 叔父バカ発言である。

「それには完全同意だが、だったら暗器を勧めるのはやめろザコル」

 こっちにも叔父バカが…。

「手札が多いに越したことはないでしょう。シュウ兄様がこだわる長剣の方はタイタが教えていますし、まだ何か問題が?」


 暗器を主な獲物としている最強生物が何ら含みのない顔で兄を見上げる。


「い、いや、問題などない。そうだ、タイタ殿が見てくれているのだったな。彼ならば安心だ」


 あまり暗器を否定すると弟の生き方まで否定することに気づいたか、ザッシュが追求をやめた。


「エビーもいっしょにすべろー!」

「ちょい、待てお前ら、うわっ」


 ゴテッ。

 エビーが子供達に引っ張られ、変な体勢で氷に乗り、そして足を盛大に滑らせた。


「〜〜〜〜っ」

 後頭部を氷面に強打し、声にならない悲鳴を上げながら悶えるエビー。


「エビくん、ださーい」

「コンニャロ、ギャルのマネか!? 待ちやがれえ!!」


 何とか体勢を立て直したエビーが子供達を追いかけ始めた。だが、そこは先に氷上に慣れていた子供達だ。今日初めて氷に乗ったエビーよりも当然上手く滑り回る。

 エビーのへっぴり腰からくり出される両手を子供達が器用に避ける。

 最終的に親達も加わって、大人対子供の氷上鬼ごっこみたいな遊びが始まった。


「…………その目で僕を見るのはやめてくれませんか。……わ、分かりましたから! やたらに近くで見るな! 僕が手を引くのでよければ氷に降りてもいいですから!!」


 ただザコルの顔を見つめ、だんだん距離を詰めて目の前にきたところでザコルが折れた。


「ふふっ、何も言ってないのに」

「どうせ押しに弱いと思っているんでしょう。いつもこうだとは思わないでください」

「解ってますよ。うちの師匠はダメなものはダメと叱ってくれる人です」


 滑り止めのついたブーツのまま、慎重に氷に足を降ろしてみる。


「わ」

 早速体勢を崩し、ザコルに支えられた。

 表面の滑らかさにこだわっただけあって、氷上は想像以上によく滑った。こんなコンディションが『良すぎる』リンクを、一度や二度転んだくらいで滑りこなす幼児達に感心してしまった。

 …もちろん、いきなり本気の鬼ごっこを繰り広げるその親達にもだ。


「よろしければ、アメリアお嬢様もいかがでしょうか」

「あらタイタ。わたくし、そんなに物欲しそうな顔をしていたかしら」

「恐れながら。お手を取りますので、この美しい氷を皆様と共に体感いたしましょう」


 すっかり打ち解けた様子のタイタとアメリアが氷上に足をつける。

 タイタは昨日も今日も、何度か試すように足をつけていたので、スッテンコロリと転ばない自信くらいはあったのだろう。アメリアを腕にしっかり掴まらせてなお優雅な立ち居振る舞いで、大事なお嬢様をエスコートする。


「まあ、まあ! 水の上を歩いているみたいよ!」

「素晴らしい透明度ですね。流石は氷姫様の魔法です」


 カッツォ達三人組がハイナ達侍女軍団に蹴られ、その二人のフォローに入る。タイタがついていれば余程のことは起きないだろうが、万が一にもアメリアを転ばせては大変だ。


「さあさあお兄様も」

「何故貴殿らまでおれをお兄様と!?」


 侍女達は、どこか面白くなさそうな顔をして監視員よろしく立っていたザッシュにも迫り始めた。


 彼女ら、ハコネが側にいないと割とやりたい放題である。

 テイラー第二騎士団長はまだ、お嬢様と他所の貴族子息の距離が勝手に縮まるのを良しと思っていない。あの二人を焚き付けようとすると「あまり困らせるんじゃない」と若い子達を叱りにくるのだ。

 鍛錬の後片付けを済ませ、ハコネと残りの護衛隊が外に出てくる頃には、ザッシュにアメリアのエスコートを任せることに成功していた。どちらも動きがギクシャクしていて危なっかしいが…。


 いつの間にか集まった同志達と、その部下達も氷に降り始めた。同志村女子達のフォローにはエビーがすかさず入った。同志達は自分の部下になど構わずはしゃいでいる。


 次第に滑り傷だらけになっていくリンク。楽しそうな声。今日も平和だ。




「ちょっとお! あたし抜きで楽しそうにしてんじゃないわよー!」


 ロットの挨拶とも文句ともつかない叫び声が道の方から聴こえる。衛士の格好なので、パトロール中なのかもしれない。


「あーっ、ザッシュさまのカナヅチでぶっとばされたヘンタイだー」

「ダッピよろいやろう!」

「なんですってええええ」

 幼児の冷やかしにムキーッと本気で怒るサカシータ現騎士団長(謹慎中)である。


「あの悪口、中田…じゃなかったカズの仕込みですかねえ」

「そうでしょうね。ミカが臥せっている間、鍛錬の後に子供達を集めてアイキドーを教えていたそうですから」

「あの子そんなことを…」


 あのギャルが子供好きなのは意外といえば意外だった。よく道場で小さな弟子達の面倒を見ていたという経緯を聞けば納得だが。


 カズがオーレンを取っ捕まえてくるなどと言い、シータイを飛び出して三日だ。意外に時間がかかっている。あのチートギャルのことなので、その日の夕方にはオーレンを引きずってくるくらいのことは予想していたのに。


 幼児達の親は自分の子供に「そんなこと言ってっと変な鎧着せられちまうぞ」などと咎めている。

 いや、あれは咎めてない。煽っているだけだ。


「そこのアンタ! 昔中央の学舎で一緒だったバットでしょ!? 子供に変なこと吹き込んで! 覚えてなさいよ!!」

「かーっ、忘れちまいましたねえー。謎に鎧着た無駄イケオネエのことなんざ」


 ガットの父親、いやバットが鼻をほじりながらうそぶく。あそこは幼馴染なのか。

 バットは、なんですってええええと余計に憤るロットを尻目に、口笛まじりにくるくると氷を滑っている。器用だ。


「あーあ、ザッシュの旦那も、ザコル様もめーっちゃいい人なのになあー、なんでだろーなあー」

 えっ、とザコルの表情が変わる。

「うるさいわねっ、厄介な性格だってことくらい自分でも解ってるわよっ、でもこの歳でそう簡単に変われるわけないでしょ!?」

「ザコル様は日々努力なさってんのになあー、ずいぶんと変わられたよなあー」

「何言ってんのよっ、ザコルは昔っからイイコちゃんだったわよっ!! イイコすぎてあたしみたいなバカには何考えてんのか分かんないのよっ!!」


 ぶはっとバットと周りの親達が吹き出す。


「いやいや、仮にも騎士団長サマが自分をバカとか言うなよ」

「そっかそっか、ザコル様は昔っからイイコだったんか。意外にいい兄ちゃんだったんだな騎士団長」

「何よ何よ揶揄うんじゃないわよ!!」

 ロットはキーキーと騒いでいるが、どことなくほっこりとした空気が流れる。


「あんまイジメてっとミカ様が悲しんじまうからな」

 本気でイジメる気はないらしい。


「ザコル、踊りましょう」

「え」


 私が急に後ろへ体を傾けたので、少しぼうっとしていたザコルがつられて滑り出す。


「ちゃららららーん、ちゃちゃん、ちゃちゃん」

「…またそのワルツですか」

「はい。ドナウ河が青いだか美しいだかというヤツです。あっちの世界のワルツはこれくらいしか覚えてないので」


 氷が滑らかすぎるせいで、滑り止め付きのブーツでも工夫次第で充分にスケートっぽく滑れる。

 ザコルの手を取ったままくるくると回ったり、人と人の間をすり抜けたり。片手を離してみせると、ザコルがすかさず自分の方に引っ張る。その勢いで私の体がくるっと回転し、ザコルの懐にすっぽり収まった。


「私の世界では、フィギュアスケートと言って、踊りながら滑ってその出来を競うスポーツがあるんですよ。ソロでも滑りますが、こうして二人で滑る種目もあるんです」

「それは、社交ダンスのようなものですか」

「社交ダンスっぽい雰囲気はありますが、動きはもっとアクロバティックですよ。例えば男性がポーズをとった女性を頭上に持ち上げたまま滑ったり、女性をスピンさせながら放り投げたり」

「投げる…」

「あ、ザコルに投げられたら一発で着地を成功させる自信がないので、練習してからにしてくださいね」

「いや、投げませんよ。ミカを投げ飛ばしたりしたら皆に何を言われるか」


 散々小荷物のように振り回されたり担がれたり小脇に抱えられたりもしてきたが…。まあ、学んでいるようで何よりだ。


「じゃあ持ち上げてみてください」


 ザコルは滑りながらどう持ち上げるか悩んだ末、私の腰に手をかけ、高い高いをするように持ち上げた。

 そしてその場で三回転くらいした辺りで手を緩め、スルッと落ちてきた私を自分の胸に抱きとめた。


「楽しい」

 ふ、と耳元で息が漏らされる。

「僕も。ミカが、元気になって良かった」

 ぎゅっと抱きしめられながら、先程の回転の勢いのままゆったりと回り続ける。


 周囲の人々にじっと見守られていたことに気づくのは、それから数十秒くらい経った後だった。



 ◇ ◇ ◇



 スケート場を引き揚げ、集会所を目指している。一緒に滑っていた人々も当然のようにぞろぞろとついてきた。大所帯である。


「はあ、素敵だったわねえ」

「はい、素敵としか言えません! 氷上で手を取り合って踊るなんて。ああ、なんてロマンチック…!」

「流石は公式聖女!! かの方の手札は無限大か!?」

「猟犬様の穏やかな微笑みに射殺されるところでしたな」

「冬がこんなに楽しいなんて、子供の時ぶりよ」

 キャッキャとママ友軍団と同志村女子達とついでに同志が盛り上がっている。


「氷上の方が上手く踊れんじゃねえかザコル様」

「全くだな。伯爵邸や集会所で踊らされている時とは雲泥の差だった」

「うるさいですバットもハコネも」

「はは、肩の力を抜いていらして実にお楽しそうでしたよ」

「もしも舞踏会ってヤツに招待されちまったら、ミカ様に頼んで会場全体に氷張ってもらえよ」

「そんなことできるわけがないでしょう。それに、さっきのはミカが動くから追っていただけで、踊っていたつもりは」

「よーし、今日はミカ様にリードしてもらうってことだな!」

「ミカさんはいつもリードしようとしてますよお。男性パートの方まで覚えてっし」

「情けねえなあ」

「う、うるさいです!」

 男子達はザコルをからかうので忙しい。


「流石はミカお姉様ですわ。あんなスピードで氷上を優雅に移動できるだなんて」

「ザコルなら安心して体を預けられますからねえ。転ぶ心配をしてないから無茶な動きもできるんです。次はアメリアも挑戦してみては?」

「まあ、わたくしにできるかしら」

「おい、アメリア嬢に危ない真似をさせようとするな」

「危ないなんて思ってませんよ。ザッシュお兄様だって、絶対にアメリアを転ばせたりしないでしょ?」

「それは、まあ…。だが動き出す前に一声かけろよアメリア嬢。おれはザコルと違って小回りがきく方ではないからな」

「は、はは、はい、しょしょ、承知いたしましたわ」

 当然アメリアをエスコートさせられる気でいるザッシュに私はニヤリとする。『次』を約束されたアメリアは頬を染めた。背後で侍女達がグッジョブしている気配がする。


 子供達は私達の真似なのか、手を取り合ってくるくる回りながら進んでいる。イリヤも色んな子と手をつないで楽しそうだ。


「ロット姐さんは何でついてきてんすか。仕事は?」

 エビーが振り返って声をかける。

「べ、別にいいじゃないっ。モリヤが、たまには遊んでこいって言うから様子見にきたのよ」

「相変わらず坊ちゃんに甘えなあモリヤ団長はー」

「うるさいわね! アンタだって仕事してないじゃないのよバット!」

「俺ぁ普段農夫やってんだぞ。真冬に仕事なんざあるわけねえだろ。警邏も今日は当番じゃねえしな」

 父親達は、午後から編み物でもすっかー、と風貌に似合わないことを言ってカラカラ笑う。


「皆さんって、騎士団に籍があるんですか?」

「ああ、一応な。だが現役は退いたようなもんで、常駐じゃねえ。気楽なもんさ」

「最近はザコル様とミカ様のおかげでやたらに鍛錬してっからな、現役の奴らにも負けねえぞきっと」

「はは、中央に攻め込んでやっか!?」

 物騒な冗談を言って笑い合う彼らだ。


 なるほどこの人達は、地方で農作や畜産などを兼業とする武士みたいな立場なんだろう。先の戦でも武器を取って掃討に参加していたし。というかこの町、多分そんな人ばっかりだ。シータイと同じ関所であるカリューの住人も同じようなものだろう。


「アンタ達はいいわねえ、常駐抜けられて」

「嫌味かよ、俺らそっちに残りたくても残れなかった組だぞ!」

「人選はそっちだろが!」

 そうだそうだー、と父親達がいきり立つ。


「ふん、関所町に生半可なヤツ送れるわけないじゃない。子孫も残してもらわないと困るしね。悪く思わないでちょうだい!」

 ぱちくり。父親達は目を瞬かせて黙った。


「…えーと、代わりに説明させていただきますとお、ツンデレ姐さんは『前線を退いた後に関所町の配属になる者はそれなりの実力と評価された者である』『結婚して優秀な子を設けることも期待している』とおっしゃりたいんじゃないすかねえ」

「ツンデレってとこが気に食わないけど、大体それで合ってるわ」

 ロットがエビーを軽く睨みながら頷く。


 父親達が顔を見合わせる。

「…なんだよ、俺ら『それなりの実力』だからシータイに寄越されたってのか?」

「単なる左遷かと思ってたぜ」

「全員そう思ってるって」

「ったくよお、おしゃべりなくせに肝心なとこで言葉が足んねえのは女帝の血筋だな」

 コソコソコソ。


「ちょっと、文句なら正面切って言いなさいよ! 大体それくらい察せって話で」

「ロット兄様、いいですか」

「な、何よザコル」

 急に口を開いた弟にロットが身構える。


「左遷と誤解させていては、士気にも関わるのではないですか。察せなどと曖昧なことを告げるのも解せません。今後シータイやカリューに『町民』として配属する者には、しっかりとその意義や目的を説明すべきかと思うのですが」


 ど正論である。ロットはむぐう、と黙った。


「おーっ、やっぱりザコル様は団長と違って話の分かるお人だぜ! 流石、普段無口だがシメるとこはきっちりシメてくるだけあんな!」

「いや、別に僕は」

「シメるといや、荒ぶるゴロツキ共見渡して『僕のミカ』発言はもはや伝説だろ」

「ちょっと」

「あーっ、その話、私も混ぜていただけませんか!? あの宣言からすっかりファンになってしまったんですよ!」

「カファさんあんたもかあ。俺もビンビンにシビレたぜ」

「抜け駆けは許さぬぞカファァァァ」

「おっ、来たな同志ども」

「やめてください。兄様への当てつけならもう充分ですから!」


 豆腐メンタルのロットが機能を停止しかけたところで、エビーがフォローに入った。




 集会所に着く前に、チッカへの行商など仕事のある同志村勢とは別れた。

 今日も今日とて、羊のようで羊じゃないちょっと羊っぽい編みぐるみは大量に馬車に積まれていた。空き時間に私とザコルがせっせと作り続けているからだ。


 集会所に着くと、ゴロツキ共…じゃなかった、独身野次三人衆が待ち構えていた。


「やいザコル様! 今日は音がいらねえとか腑抜けたこと言うんじゃねえぞ!!」


 何を隠そう、三人は楽器のできる町民であった。他にも楽器のできる人はいるが、三人はなんと言っても弦楽器をトリオできる。意外かつ貴重なスキル持ちなのだ。

 とはいえ、彼らが持っているのはリュートやマンドリンのような指で弾くタイプの弦楽器である。テイラー伯爵邸のダンスホールにいたような、大小様々なバイオリンっぽい楽器に管楽器類も交えた一楽団とは少々方向性が違う。しかし舞踏会用の曲をとのリクエストにも見事応えてくれていた。


「同じ『町民』配属の負け組がアレだ」

「まっ、負け組だとぉ!? バットてめえ、よく分かんねえがバカにしてんのか!?」

 バットに指差された三人衆が憤る。


「皆さんおはようございます。今日はチッカへの行商に同行しなかったんですね」

「おおミカ様! 今日も可愛いぜ! いやあ、ずーっと俺らが行ってたら、他の独身共が文句言い始めてよう…」


 なるほど。都会で領外の女子とキャッキャできる貴重な機会である。独占していれば文句の一つも出るだろう。

 思うに、彼らは屋台の横で楽器でも弾いていればもっとモテるような気がするのだが、変なところで真面目が彼らが、仮にも町長から命じられた任務に楽器など持ち出すとは思えなかった。


「まあ。どなたか代わりに行ってくださる方が見つかったのですわね。皆さんの演奏はとっても踊りやすいのよ。楽しみですわ」

「うぼおまぶし…っ」

 アメリアの美しさ慈悲深さ神々しさに三人組が比喩でも何でもなく雪に倒れた。


「ロット兄様。言葉足らずのために何年かを腐らせた彼らに、何か言葉を」

「は?」

「誰が腐らせてるってぇ!?」

 ガバッと三人が起き上がる。

「彼らの実力は申し分ありません。その割にゴロツキまがいな態度を取るのが不思議だったのです」

「えっ、お、おう…?」

「ゴロツキ?」


 貶されているのか褒められているのか全く解らない様子の三人衆がはてなマークを飛ばしまくっている。

 要するに、この三人を始めとした『ゴロツキまがい』な男達は、騎士団の常駐を外されたことを左遷と思い込み、グレていたわけだ。ママ友軍団によれば、私達が来る前は出荷や農畜の仕事もサボり気味だったようだし、未来への展望もなく無気力に過ごしていたのだろう。


「さっきから聞いてりゃ、騎士団のことに口出しするなんて何様のつもりよザコル」


 ロットが本気でムッとし始めた。騎士団長側にも色々と事情はあるのだろうし、当然の反応ではある。


「僕は何様でもありません。常日頃から言葉足らずを痛感し、反省している一人というだけです」


 ザコルは何ら含みのない顔で、しかしほんの少しだけ期待するようにロットを見上げた。


「それに、ロット兄様は僕の『いい兄ちゃん』なのでしょう? でしたら、僕の我が儘も聞いてくれるはずです」




 …………ぶわっ



 一呼吸置いて、ロットが怒ったようにも、泣き出しそうにも見える複雑な表情で固まった。

 じわじわと頬も紅潮し、目が泳ぎ始める。



「兄様?」

「ちょ、たんま」


 片手で顔を覆ったロットは皆に背を向け、雪を冠した薮の方にフラフラと近づき、そしてガサガサと分け入って姿を消した。


「……? ロット兄様?」


 私は南無三、と唱えて合掌した。タイタとカファを含む同志達もそれに倣うように合掌する。

 ザッシュとハコネとついでにエビーが眉間を揉み、他のメンバーは何とも言えない顔で気配のしなくなった薮の方を見つめていた。




つづく

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