表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

140/579

病み上がり① 幸せ過ぎて怖い、って話ですよ

 タイタが尋問後のザコルに『浄化浄化』と言い募るのにはそれなりに理由があったらしい。


 果たして、タイタ本人がその理由をはっきり自覚しているのか、しかも水や湯を浴びるくらいで浄化できるのかは謎だが…。



「まあ、気分の切り替えくらいにはなっているってことかな」


 私は、エビーと共にザコル達を追い、ついでに小屋の外から差し湯用の樽を加熱しなおしてやった。

 私が後で魔法をかけやすいようにと、差し湯用の樽のあたりにはスリットが入れられている。おかげで狙いがつけやすい。


 廊下の壁にもたれ、雪のこびりついた窓から入浴小屋を眺める。もう日が沈んで辺りは薄暗くなり始める時間だ。風呂に並ぶ民も今はいない。


「姐さん、怖くないんすか、アレ」

「私は別にいいんだよ。都合が悪いのはどっちかといえばあっちでしょ」


 これだけあちこちから見張られ、釘を刺されているとなれば、何かあって悪者になるのは完全にあっちだ。


「まーたそういう強がりを…。ちょっと魔力返してもらったくらいでボーッとしてたくせによお」

「いや、単純に気になってるんだよねえ…」

「何が」

「そりゃ当然、何が起きるのかが」


 口付けで魔力をやりとりできる私達が、それ以上のことをしたらどうなるか。気にならない訳がないだろう。


 気になることといえば他にもある。


 渡り人の子孫らしい人はたくさんいる。特に貴族階級にそれらしいのが多いことも判っている。


 テイラー家やサカシータ家のようにほぼ確実とも言える伝承を持つ家もあれば、魔力の多さや身分などからそうであろうと推察できる人も多い。

 単純に考えれば、渡り人の血を受け入れること自体、身分の高い層から喜ばしいと受け入れられていた時代があったとするのが自然だ。その理由は何だろう。


 その理由は、かつて大正時代の日本からやってきて、秘境、魔の森に身を隠すしかなかった六人の事情にも繋がるのかもしれない。


 私もカズと同様に複雑な家庭環境に育っているので、結婚願望や出産願望は希薄な方だ。というか精神的な問題もあって考える余地さえなかった。だが…。


「王弟殿下は私を妃かなにかにしたいんでしょ、邪教も私を魔獣と番わせたい。私が持つ知識や魔法能力云々というより、ただ、渡り人の生殖能力を当てにされているように思える」

「…っ、あの」


 何を言ったらいいのか、という様子のエビーに笑顔を向ける。


「…君も、私に伴侶が必要だって考えてるみたいだったよね」


 ザコルじゃなければ、タイタでも、ザッシュでもと、彼は次々に相手を充てがおうとしていた。


「あ…………」


 エビーは呆然とした顔をし、そして、血相を変えた。


「ちっ、違う!! 俺はただ、あんたに、幸せになって欲しくて」

「うん、うん。もう解ってるよ。エビーがそんなつもりで言ったんじゃないってことは。ふふっ、女の子まで勧めてたもんねえ」

「…っ、姐さ…っ」


 私に善意を疑われ、勘ぐられていたことを悟ったのだろう、エビーはみるみる顔色をなくした。


「…そうか、だから俺ら三人なら誰でもいいみたいなことを」

「うん。それがテイラー家の意志ならね。君達もセオドア様に認められた男性なんだろうし、せめて、よく知った人の方がいいなと思って…」

「俺が、俺が余計なお節介ばっかしたせいで不安にさせちまった…! 本当に、申し訳ありません…っ」

「大丈夫だよ、私が考えすぎだっただけだからね」


 何度も頭を下げるエビーを宥める。

 本当は、エビーにそういった意図がないと判った時点で忘れるつもりでいた。ここまで告げるつもりはなかった。


 でも、無性にこの不安を分かち合ってほしい気持ちになってしまった。

 それくらい、目の前の青年に私は心開いているのだろう。


「ねえ、エビー。ちょっとだけ、弱音を吐いてもいいかな」

「何、何すか。何でも言ってください」


 純粋に、私を心配してくれる瞳だ。もう疑うまい。頼っていいのだと、やっと心から思える。


「…………あのね、怖い。ちゃんと、怖いよ…」


 どうにか言葉をひねり出し、足元に目線を落とす。


「……人並みの幸せを、目の前にぶら下げられてからは、特に」


 足はしっかり地につけているはずなのに。

 一歩先は闇が広がっているような錯覚さえ覚える。

 冷えた指先をさするように握り込む。


「私、恵まれてるよねえ…」


 恵まれているということは、こんなにも心細いものだったのか。

 無かったはずの感情が、水を求めて口をパクパクしているようだ。


 隣にこだわると決めた。ゆっくりやるとも決めた。

 だがそのこだわりごと、誰かに何らかの方法で奪われたりしたらと、そう考えないわけではない。


「まだ焦ってるんだね、私は…」


 ガッ、エビーが私の握り込んだ手を取った。


「大丈夫、大丈夫だ。ミカさんは、あんたは、幸せになるためにこの世界に来たんだよ、そうに決まってんだよ…!」


 エビーは、私の冷えた両手を泣きそうになりながらさすり、祈るようにして押し抱く。


「焦らなくていいんだ、大事に思っていい、大事に思ってくれよ…自分を。お願いだ…」


 外はまた風が強くなり、ごうごうと大きな音をたてている。

 今夜もまた吹雪くのだろうか。





 バン、勢いよく扉が開いて雪と冷気が舞い込んでくる。

 足についた雪を払うのもそこそこに、私の方へと駆けてくる人がある。


「何が、怖いと…」

「やっと正気に戻ったかよ、ほら」


 エビーはズズっと洟をすすりながら、私の手をザコルの方へと差し出した。

 ザコルはエビーの手から私の手を奪い取るようにして取り、すり、とその温度を確かめるように捏ねた。


「…今日は、ゆっくり休みましょう」

「はい。ザコルも、あまり寝られていなさそうですもんね」


 目の下にうっすらと、また隈ができているように見える。


「ミカ。絶対に、守りますから。もう、絶対に身を差し出させたりなどしません。だからもう、僕に背を向けないでくれ」

「それは約束できかねます。私も、あなたを守りたいので」

「ミカ」

「しばらくは大人しくしてますよ。ほら、私の世話で忙しいんでしょ」


 私が腕を広げてみせれば、彼はお風呂上がりの湿った身体で私を抱き上げた。


「大丈夫。私はあなたを怖がりません」

「…知っています」


 風がガタガタと窓を鳴らす。心細さを悟られたくなくて、私はぎゅむっと彼の頭に抱きついた。



 ◇ ◇ ◇



 ミカがザコルを煽ってまで好意を示すのは、自分がザコルを恐れていないと、分からせ続ける意図もあったようだ。


「エビー、どうした、何があった」


 三階の寝室に向かっていった二人の背中を追うでもなく、その場で動けなくなった俺にタイタが声をかける。

 バタバタと、タイタに続いて着替えもそこそこにした男達が庭から廊下に雪崩れ込んでくる。


「ちょっとアンタ、二人だけで行かせたの!? 大丈夫でしょうね!?」


 ザコルは大丈夫だ。行動を共にするようになって一ヶ月と少し、俺は基本的にあの人を信用している。

 動揺で正気を失うこともあるが、どんな状態でもミカに本当の意味で無体を働くことはしなかった。

 人の気持ちに疎い性分を言い訳にせず、ミカの気持ちの揺らぎだけに集中し、寄り添おうと努力してきたのも知っている。


 しかしあの最終兵器は、ミカがいつか本気で自分を恐れたり離れたがる日が来るのではと、今も怯え続けている。


「ミカ殿も抵抗していたではないか。怖い思いをさせるくらいなら、今夜も義母に」


 ミカは本当の意味で抵抗などしていない。初心な反応をすることはあっても、基本的にザコルの望むようにさせている。


 ザコルの不安を打ち消すため。

 そして、自分の不安を誤魔化すため。


 奪われるくらいなら、差し出してしまえばいいと………………




 俺は心配するサカシータ兄弟二人を何とか宥めて解散させ、使用人にミカの部屋へ二人分の食事を届けてくれるよう頼み、そして先程までいた一階の部屋に戻る。案の定、ミカの忘れ物がローテーブルに置かれたままになっていた。


 俺は『穴熊』達が寄越したという干し肉の包みを手に取る。


「おいエビー、どうして…」


 どうして、泣いている。そんなの、俺が訊きてえよ。


 ザコルを始め、味方を傷つけることは過剰に怖がる人だ。

 逆に、自分自身のことは罵られようが拐われようが殺されかけようが、青ざめた顔一つしない。

 せっかく授かった魔法能力でさえ人への影響ばかり気にしていたし、ザッシュ相手に腰を抜かした時だって、自分よりザッシュの心の傷の方を心配していた。


 男性恐怖症を心の底に抱えながら、子を作ることを求められていると考え、しかもそれを受け入れようとしていただなんて。

 恐怖症のことを言わなかったのも、少しでも俺らの罪悪感を減らすためだったとすれば…。


「どうして」


 どうして、たった数ヶ月世話になっただけの家や人のために、簡単に身を差し出そうと思える?

 あの笑顔の裏で、一体どれだけの恐怖を押し殺してきたと……




「…団長、俺を、氷姫様の護衛から外してください」


 タイタとともに俺のあとをついてきていたハコネにそう声をかける。


「…何があったか知らんが、ホッター殿にそう言われたのか?」

「いいえ。…でも、俺が、余計なこと言ったんです。俺のせいで、あの人を、また追い詰めたんです。あんな『弱音』を吐かせるなんて…!」

「お前のせいだと、あの娘が責めたのか?」

「…………いいえ」

「だったら受け止めろ。あの娘が弱音らしい弱音を吐ける相手など、この世界に何人もいないのだからな」


 …もう、娘なんて歳じゃないですよ。私は大丈夫。いい大人ですから。ほら元気。解ってるからね。


 人を心配させまいと、へらりと笑う姿が目に浮かぶ。


「…っ、なんで、なんで俺が泣いてんだよ、泣きてえのはあっちだろ、どうして、自分のために泣いてやれねえんだよあの人は…っ」

「エビー。お前が代わりに泣き、憤ってくれるだけで充分だとおっしゃるに違いない。あのお二人は似たお考えをなさるからな」


 そう言って俺の肩を叩くタイタは、どこか寂しそうに笑う。その顔にイラッときてしまった。


「…甘えんなよタイさん。どうせ自分には頼ってくれねえとか、弱音を吐いてもらえねえだとか言いてえんだろ。あんたの役目はあの二人の逃げ場になってやることだ。そんなのあんたにしかできねえだろが! 俺みてえに、文句の捌け口や板挟みになるような役じゃあもったいねえんだよ!!」


 タイタは緑眼を瞬かせ、ふむ、と思案するように頷いた。


「そうかもしれない。俺では板挟みになったとて上手く立ち回れはしないだろうからな。ミカ殿も能力のない者に期待はなさらない。エビー、お前だからこそ期待なさるのだ」


 その言葉に今度は俺が目を瞬かせることになった。


「お前のお役目はお前だけのものだ。俺は、セーフティゾーンというお役目をしっかり果たしてみせよう」


 ニコニコと微笑む同僚に、スーッと毒気が抜かれていくのが判る。


 …そうだ。ミカがやっとこぼした『不安』で『不満』だ。なのに、直に聞かせてもらった俺が受け止めてやらなくてどうすんだ。


 ぐし、と俺は袖で涙を拭う。


「俺、恵まれてんだなあ…」

「はは、お前もミカ殿のお考えに染まってきたな」



 部屋を出ると、いつの間に先に出ていたのか、廊下でハコネが待っていた。


「解決したか?」

「はい」

「あの強情っ張りを、頼むぞ」


 この世界で、彼女の一番最初の世話係だったその人は、それ以上詮索することもせず、俺達の先を歩き始めた。



 ◇ ◇ ◇



 トントン、この、どこか雑なノックはうちの従者だ。

 私は口に入れていたパンをごくんと飲み下す。


「はーい、入っていいよー」


 ガチャ、エビーとタイタが入室してくる。


「…………は?」

「ご来客中でしたか」


 戸惑いを隠せないエビーと、声だけは動じた様子のないタイタ。

 彼らの視線の先には、アロマ商会スタッフによってとある衣装を着付けられているザコルがいる。


「兄貴、俺に助けろって目線くれてもしょうがないんすけど」


 ぐう…。ザコルが不満そうに唸る。


「ドン・セージはなんでカーテンに隠れてんすか。脚が見えてんすけど」

「推しの生着替えを直視できるとでも!?」

「肌着までしか脱いでねーじゃねえすか」


 エビーは私の方をチラッと見る。


「姐さんは何でベッドと壁の隙間でパンかじってんすか」

「推しの生着替えを直視できるとでも!?」


 はあー、とエビーが溜め息をつく。心配して損したと言わんばかりである。


「タイさんは…ああ」


 タイタはセージと並んでカーテンに入っていた。


「一緒に風呂入ったことあんの忘れたんすか」

「あ、あの時は子供達の世話という任務が…ッ」


 どうやら、仕事だからと先に覚悟していれば心頭滅却も可能らしい。


「あらかた着付け終わりました。ご確認ください」


 アロマ商会男性スタッフ達の声に、私はベッドボードの後ろから顔を出す。セージとタイタもカーテンから出てきた。



『…ふおおおおおおおおおおおおぉぉ…!!』



 私達の視線の先には、不遜な顔をした工作員が一人立っていた。


 上下は深緑色の同じ生地で仕立てられている。

 右前で斜めに重ねられたトップスの合わせを、きっちりと締めて整える幅の狭い帯。

 ボトムは少し膨らんだワイドな形で、その裾をキュッと締めるように脛当てが着けられている。

 足元には黒い地下足袋、頭には銀製と思わしきプレートがついた額当てまで装備されていた。



「にっ、にんっ、ににん…っ」

「これは、何と表現するべきか!! 見慣れぬはずなのに、どうしようもなくしっくりくる…! 何とも不思議なご衣装です!!」

「いかがですかなミカ殿、可能な限り再現を目指したつもりですぞ!!」

「いかがも何も…っ、にに忍者っ、カンッペキ忍者ですよおおおお!! 何であんな口頭説明だけで完全再現できてるんですか!?」

「もちろん、ミカ様の熱意、そして我々の熱意でございましょう!!」


 確かに口頭で事細かに説明はした。したつもりだが、私だってそこまで詳しいわけじゃない。細かなところは間違っている可能性すらあるのに、目の前の人はどこからどう見ても忍者だった。


「ザコル、ザコル、クナイを、あの投げナイフを持ってみてくれませんか!?」


 渋々、ザコルは脇に置いてあったベルトからナイフを引き抜く。


「はあ、これでいいんでしょうか」

「ぎゃあああああ忍者あああああああ」

「あまり興奮すると倒れますよ」


 騒いでいたら、なんだなんだと次々に人が訪ねてきた。

 アメリア御一行に、同志村女子に、イリヤを連れたザッシュとロットまで見物にやってきた。天井からはマージとサゴシも顔を出した。使用人達もちらほらと扉から覗いている。 

 最後にやってきたカズとイーリアには爆笑され、ザコルの口は一層への字に曲がった。


「…っくくくっ、何というか、どこぞの隠れ里にもこんなのがいたな。遙か東方にあるという国の民族衣装もこんな形であったような気がするぞ」


 笑い過ぎて涙を拭うイーリアがそんな感想を述べた。遙か東方に東方っぽい文化を持つ国や地域が存在する可能性が出てきた。


「ガチ忍者過ぎて草超えて森超えてアマゾン超えてマダガスカルなんですけどぉ。異世界の人に何やらせてんの先輩」

「ああああんな説明でこんなガチ忍者再現してくれるなんて思わなかったんだよおおおおおお」

「落ち着けし」


 ギャルにさえ眉を寄せられ、倒れては困るとソファに座らされた。


「…はへえ…もう、明日死んでもいい」

「死ぬにはまだ早いですぞミカ様、このデザインで量産するご許可をいただきたく!」

「もちのろんですドン・セージ。ていうか同志全員で着てほしいです」


 ぐっ、ぐっ、ザコルがその場で屈伸をしている。


「…存外動きやすいです」

「はは、ご満足いただけて何よりです。こちらはサンプルですので、完成品はもっと着心地が良くなるかと」


 真面目そうなアロマ商会男性スタッフがザコルの体格や動きに合わせて幅や丈などの調整を続けている。生地もより耐久性や伸縮性の高いものを探し、厳選するそうだ。


「そうだ、マネジさんに手裏剣とマキビシ作ってもらうまで死ねない!! ザコルに壁を垂直に走ってもらえるまで死んでる場合じゃない…!!」

「その意気ですぞミカ様!! やはりあなた様は推しから供給を引き出す天才だ! いいぞもっとおやりくださいませ!!」

「セージ、僕がいつでもミカの言いなりだと思わないでください」

「いつでも言いくるめられて従わされてんだから実質言いなりだろが」


 忍者は手裏剣やマキビシではなくドングリを放った。




 アロマ商会によるサンプル着付けイベントは無事終わり、集まっていた人々も自分の部屋や持ち場に戻って行った。


「はあああ、私恵まれてる。間違いない」

「そうすねえー」


 気のない返事をするエビーから干し肉の包みを受け取る。私としたことが、せっかくの頂き物をうっかり置き忘れてくるとは。


「夕飯の手配もありがと。やっぱうちの従者はしごできだよ」

「えーえー。俺はしごできのさすエビなんで」


 私とエビーのやり取りを何故かタイタがニコニコと眺めている。


「で、ミカは何が怖いんですか」

「ふふ、幸せ過ぎて怖い、って話ですよ」


 間違ってない。というかまさにそういう話だ。

 いい事がありすぎると人は不安になるものらしい。私はまた一つ学んだ。


「さあさあ、興奮してねえで早く寝やがれください。久々に大勢と話して疲れたっしょ」

「ううん、元気もらったよ。明日も楽しみ」


 ツンと取り澄ました顔だったエビーが、ふ、と表情を弛緩させる。


「…そうすね。明日も面白おかしく楽しもうぜ、姉貴」


 そら寝た寝た、と言いながら、エビーはタイタと共に部屋を出ていった。





「僕は誤魔化されない」


 二人きりになり、寝る支度もしてベッドに腰掛けたザコルはそう口に出す。

 私も諦めて彼の隣に腰掛け、ふ、と息を吐いた。


「…私の早とちりで抱えてた不安を、エビーに打ち明けただけですよ」

「早とちり?」

「はい。早とちりでした。私は方々に『生殖能力』を狙われているようなので。テイラー家にも、そのように望まれているのかと考えていたんです。ほら、エビーは私に伴侶をあてがうことにこだわっていたでしょう?」


 ザコルがわずかに目を見開く。


「だから、私はザコルなら、それがダメでもせめてあの二人のうちならって、そう考えていた時期があるんです。でも、結局エビーにそんな意図はなかったですし、テイラー家が私にそんな選択肢を押し付けるとは思えなくなった。私は『ゆっくり』やってていいんですよね?」

「ミカ…」


 この世界のこの国では、結婚・出産適齢期は日本よりもずっと若く設定されている。高度医療技術など存在しない世界なので、平均寿命が低いことが主な理由に挙げられる。妊娠出産による母子死亡率も高年齢になればなるほど高まるだろう。


 この国における女性の二十六歳は、産むに遅いという程ではないにしろ、既に結婚出産を終えていてもおかしくない年齢でもある。

 もし私の子供をテイラー家が欲しいと考えているのであれば今頃もっと急かされていただろうし、そもそもこんな辺境にやっている場合ではない。

 テイラー邸から出すことで既成事実を作りやすくするためかとも考えたが、これでもし妊娠などしたとしても、こうも曲者に狙われていては無事に妊婦生活を送れるとは思えない。

 それにザコルの子供となればサカシータ一族の子ともなるわけで、保護が必要な血筋としてサカシータ家が囲ってしまう恐れだってある。


 であれば、やはりテイラー家にそんな気はないのだ。私が望むのならまた別だろうが。


「黙ってるつもりだったんです。今はもう絶対違うって判ってるし。でも、怖くないんですか、って訊かれて、つい…」


 手元に目線を落とす。


「差し出すのは平気でも、奪われるのは怖い。あなたとの幸せを考えられるようになってしまってからは、余計に怖いと、甘えたことを彼に言ってしまいました。…エビー、すごく謝ってくれました。それからきっと泣いてくれたんでしょうね。目がちょっと赤かったし…」


 純粋な厚意でお節介を焼いていた彼を、無駄に傷つけた。不安を知って欲しくて、文句をぶつけてしまった。

 エビーはきっと受け止めてくれるだろう。でも、今になって後悔もしている。


「文句くらい、いくらでもぶつけろ」


 ぎゅっと抱き寄せられる。


「他ならぬあなたを追い詰め、悩ませたことを、一生知らないでいる方が怖い。あの従者は恵まれている。それを知る機会を、与えてもらえたのだから」

「………………」

「エビーは、僕にそのままヘタレでいろと言っていましたよ」

「…………ふっ」


 思わず吹き出せば、いーこいーこと後頭部を撫でられる。


 エビーはザコルをよほど信頼しているらしい。私達にどうにかなって欲しいのでないなら、ザコルがこんな状況で私に手を出したりしないと信じているということだ。そしてタイタはエビーの判断を信じている。


「私って、恵まれてますよねえ…」

「そう言って不安を誤魔化すのもやめろ」

「今のは本心からですよ」


 久しぶりにお互いの温もりを堪能し、私達は眠りについた。



つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ