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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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お仕置き⑤ 君は、実にいい声で啼きそうだ

 バァン、ザッシュが勢いよく部屋を飛び出していく。


 …この様子では、ザッシュが本気を出さないと三十分以内に戻ってこられないような場所に連れて行かれているのか。もっと早くに言い出すべきだった。


「少年、一応生きてはいんのか…はあ、よかった…」

「申し訳ありません、俺達では彼の無事を確かめられず」


 エビー達が、マージやザッシュ、屋敷の使用人にペータの居所を訊いても『心配するな』との答えしか返ってこなかったらしい。

 かくいう私も、何度かイーリアに尋ねたが『心配するな』としか答えてくれなかった。


「…アンタ、従僕にまで」

「従僕だからこそですよ。彼には先の戦の功労者ですし、個人的にお世話にもなってますからね」


 いくら功労者でも、身分を持たない、組織の末端とは無力なものだ。


「ザコルの膝でふんぞり返ってても格好はつかないわね」

「あ、そうでした。そろそろ降ろしてくださいよ」

「嫌です」

「嫌かあ…」



 三十分、いや、体感的には四、五十分くらいが経過した頃。

 息を切らしたザッシュが、何故か煤のような汚れをあちこちにつけたペータを抱えて帰ってきた。


 言い渋るペータから半ば強引に聴き出した話によると、三日前に雪玉の的にされたあと、目隠しに耳栓をされて簀巻きにされ、全く知らない場所に連れて行かれたのだという。


「目隠しなどを取ると、そこは農業や畜産などで使われていたらしい古小屋でした。僕はそこで、黒く湿った土塊を粘土のように捏ねて細かな豆状にし、網に広げるという作業をひたすらしておりました。晴れた日には日光に当てて」

「あー…天日干しか。つまり、アレの処理をさせられてたってことね」

「アレ…ですか? あの、妙な匂いのする土塊のことでしょうか」

「一緒に水浸しにしたでしょ、アレ」

「…え、あっ、アレ…? まさかアレなのですか!?」


 ペータは戦の終盤、地下牢でイアンが火をつけるぞと騒いだために、皆で水の入った樽を地下牢に投げ込んだことを思い出したようだ。

 つまりペータの扱っている土塊は黒色火薬。それを地道に乾かす作業をさせられていたということだ。


「多分アレだね。ペータくん、その小屋に一人でいたの」

「は、はい。顔を隠した見張りはおりましたが、作業などは僕一人で」


 ちら、私はザッシュを見上げる。


「…………分かった、分かったから。作業が終わっても無事で済むように取り計らう」

「この子に一生こんな生活をさせるつもりですか」

「ほとぼりが冷めるまでだ」


 ほとぼりっていつ冷めるんだろう。私がテイラー領に帰る頃だろうか。


「今すぐ対処していただけないなら、アメリアに頼…いえ、私がこの子を買い上げます。いくらですか」

「正気か、おいそれと金で解決できるような問題じゃないぞ」

「じゃあ、どうしろと? 大体、私がここにずっと居座っているから巻き込まれたようなものですよ。それに、どうしてこの子だけ…」

「ミ、ミカ様、どうかお怒りにならないでください」

「ペータくん」

「僕が一人隔離されているのは、年長者に比べて心身ともに未熟だからに他なりません。僕には尋問などを受けた経験がなく、もちろんそれに耐えた実績もないのです。アレを乾燥させるだけの仕事に何の不満もありませんから…」

「ペータくん…」


 ペータを含む若い従僕やメイド見習いの少年少女達は、イアンが叫んだ火薬という単語に怯えていたようだった。おそらく、火薬の取り扱いに関する知識を少しも持っていなかったのだろう。

 いかに勇気のあるペータとて、私から火薬と聞いてしまった以上、これまで通りの平常心で作業ができるとは考えづらい。


 ガコッ、ひらり。

 天井に穴が出現し、マージが舞い降りてきた。


 私はマージにちょいちょいと手招きする。膝から降ろしてもらえないので仕方ない。


「ペータくんの処遇を決めたのはイーリア様ですね」

 コソコソ。

「ええ、そうですわ」

 コソコソ。

「隔離と監視ができればそれでいいんでしょうか」

「ええ。アレの処理はついでですわ。どのみち、冬の間には充分に湿気は取れません。ここは『雪国』ですもの」


 ……ついででやらせる仕事か、と思わずマージを睨む。やはり、長と名のつくものは人をこき使うのが仕事ということか。


「ふーん、では、私がやりましょう」

「…おっしゃると思いましたわ。ダメに決まっています、お分かりでしょう?」

「そうでしょうか、適任でしょう? どうせあと三日は暇してますし、ペータくんよりは予備知識もあります」

「アレの知識までお持ちなのは驚きました。ですが、いけません。アレがどういうものかご存知なら尚更ですわ」

「シケているうちはただの泥団子です。別に、晴れたら干せるよう網に広げるだけの簡単なお仕事じゃないですか。療養にもぴったりです。そもそもアレを水浸しにした首謀者は私ですからね、責任を取らなくては」

「アレを使うと脅した方が責任を取るべきですわ」

「脅した方も大した知識持ってなさそうでしたよ」

「あのー…」


 うちのツッコミ担当が割って入ってくる。


「何、エビー」

「アレって、何すか」


 …そういえば、エビーはイアンが火を持って騒いだ場面に居合わせてなかったか。


「何でもないよ」

「何でもございませんわ」


 にこー。


「うっわ」


 エビーの顔に『ドン引き』と書いてある。


「こりゃ、ぜってー碌でもねえモンだ。マジ災難だな少年」

「気の毒にねえ…アンタ、普段からマージにいじめられるんじゃないでしょうね」

「あ、あの…」


 エビーとロットがペータをいーこいーこと撫で始めた。


「おい、結局この従僕は何を扱わされているのだ」

「深くツッコまねえ方がいいすよ団長。あの姫はマジで何にもでも詳しいすからね。それこそ毒にも薬にも…」

「まあ、黒い妙な匂いのする土塊、天日干しとくれば俺でも想像はつくが…」

「分かってんならいちいち言語化させようとすんのやめろくださいっす」


 ハコネはタイタの方をちらりと伺う。黙っているタイタに狙いを定めたか。


「団長。主が『何でもない』とおっしゃることは『何でもない』のに決まっております」

「ふむ。流石だな、タイタ」


 タイタはもちろんその場に居合わせていたので知っている。



 すりすりすり、すんすんすん。


「ちょっ、黙って背中の匂い嗅ぐのやめてくださいよ」


 私を膝に乗せて離さないザコルに文句を言う。

 この三日間、幾度となく風呂を沸かしはしたが、私自身の入浴は許されず、清拭しかしていない。そんな状況なのであまり嗅がないでほしい。

 ちなみに髪は昨日の夜、タライと湯を持ったメイド長達が現れて洗ってくれた。ありがたいことである。


「久しぶりに嗅ぐのでつい」

「もう、相変わらずですねえ…」


 相変わらずの自由さだ。サモンは『感情をなくしてカラクリ人形のようだった』と言っていたが本当なんだろうか。


「ホッター殿、そいつこそ甘やかすんじゃない」

「そうよそうよ、何なのよそいつ! これみよがしに!」


 騎士団長コンビからクレームが入った。あの二人も見ないうちに随分と打ち解けたようだ。


「何か意見でもあるのか、ザコル」


 同じく眉をひそめつつも弟の奇行に意図を見出そうとする人の好いザッシュお兄様。


「はい。要は、ペータに実績があればいいのでしょう」

『え』


 皆が尋問魔王の方を一斉に見た。


「…僕が相手してもいいのですが、この通りミカの世話で忙しいので」


 ザコルは皆のジト目を気にすることもなく、マージが開けた天井の穴に視線を移した。


 そしてそのまま、じっと無言で見つめ続けた。


 ……………………ドサッ。


 三十秒も経つと、穴から忍者が落ちてきた。


「…俺を埋めてくれエビー」

「死んでねーなら仕事しやがれニンジャ」


 げしげし。エビーに蹴られたサゴシがゆっくりと身を起こした。


「サゴシ、お願いがあるのですが」

「…き、聞きませんよ」

「ダメですか」

 しゅん。

「ああああああ!! やめろくださいその顔!! 精神が、精神がやられる…!!」


 忍者が頭を抱えてのたうち回っている。


「…ねえシュウ兄様、あの隠密、あんな感じの奴だったかしら?」

「いや、人の顔をやたらに愛でる変態ではあるが、割に付き合いやすく冷静な奴だったと思う…が、ハコネ殿」

「申し訳ないが…。サゴシは第二騎士団の俺の部下ではないのだ」


 ザコルはといえば落ち着いたもので、のたうち回るサゴシを凪いだ顔で見つめていた。


「サゴシ。このペータを預かってくれませんか」

「えっ」


 ペータが不安そうな声を上げる。まあ、あの絶賛ご乱心中の隠密に預けられるのは不安しかないだろう。


「な、なんで俺が、しかも、ただの従僕なんかを」


 あっちも不満そうだ。

 ペータはあどけなさを残した可愛らしい少年なのだが、サゴシの美形センサーに引っかかるほどではないらしい。


「サカシータの従僕はただの従僕ではありません。特に、屋敷付きは」


 ザコルは私を膝から降ろして立ち上がり、何となく身構えるペータの側へと歩み寄った。

 一応は水で流してきたのだろうが、爪などに入り込んだ黒ずみが取りきれていない彼の右手をそっと取る。


「へ」

 すりすりすり。

「あ、あの、ザコル様」


 ザコルは片手でペータの手の平を捏ねつつ、もう一方の手でペータの右上腕にも手を伸ばした。


「ひ、ひぇっ」

 さわさわさわ。

「ふむ、いいですね。しなやかで無駄な肉のない身体。王都に出た頃の自分を思い出します。隠密には最も向く年頃だ」

 ぺたぺたぺた。

「ふぇ、ふぁっ」

「コリー坊っちゃま」


 ザコルがペータの身頃を触り始めたところで、マージが止めた。


「何ですかマージ。僕は今ペータの可能性を確かめるのに忙しいんですが」

「いたずらにうちの従僕を堕とそうとなさるのはおやめくださいませ」

「そんなつもりは…」


 ザコルは心神喪失一歩手前のペータの顔を見て、コホン、と咳払いをした。


「兄貴…」


 ツッコミ担当のジト目も無視し、ザコルはサゴシの方に向き直る。


「サゴシ、適当に躾けてやってください。君の『狂気』はきっとこの者にとって勉強になる」


 床に這いつくばるサゴシがザコルを睨み返す。


「…使い物にならなくなっても知りませんよ」

「ペータは自分の心身が他より未熟だと言っていますが、それはあくまでこの屋敷の中では、という話です。干渉してみればすぐに気づくでしょう」


 干渉、という言葉に反応しかけたか、サゴシが急に真顔になる。


「いいでしょう? サゴシ、君にとっても学びがあるはずです」


 タッ。

 ザコルが一瞬でサゴシの前に移動し、跪き、その顎をクイっと持ち上げた。


「う、わ」


 サゴシが目を丸くする。

 そう、その気になれば瞬間移動さながらの速さで間を詰められるのだ、普段はそうしていないだけで。


「それとも、君の可能性を先に確かめましょうか。君は、実にいい声で啼きそうだ」


 ぺろり。


 控えめだが、狂気と色気が隠しきれてない舌なめずりが目に入ってしまって、私は思わず顔を逸らす。


 直撃を喰らったサゴシはもちろん完全に沈黙した。



 ◇ ◇ ◇



「では、お願いしますねサゴシ」

「ハイワカリマシタ」

「ペータも、サゴシと一緒にネズミ探しを頑張ってください」

「ハイワカリマシタ」

「マージ、たまに様子を見てやってください。どうせ同じ目的で天井裏にいるのでしょうから」

「エエワカリマシタ」


 どこかカラクリ人形のようになった三人はヒュンヒュンと天井に吸い込まれていった。



 ……………………。


 沈黙が流れた。


 ザコルが再び私の隣に座ろうとしたので、私はサッと立ってタイタの後ろに移動した。


「ミカ、どうして」

「セーフティゾーン!」


 そのセーフティゾーンもさっきから機能停止している気がするが、壁になってくれるならもう何でもいい。

 にや。ザコルが僅かに口角を上げる。動悸がますます激しくなる。


「その反応、久しぶりですね。最近は僕の方が困らされてばかりでしたから、いっそ新鮮です」

「その色気しまってください」

「…ミカは、こういうのが好きでしたね」


 そういうのが好きだとか一言も言っていないのだが。

 何か、彼を俺様化させるようなきっかけなんてあっただろうか…。

 魔力を返してもらったからか。そういえばあっちからそういうことをするのは久しぶりだった。

 それか、尋問…。


「ふーん。そっちのターンだと思ってるんですねえ?」

「いいじゃないですか、僕を調子付かせたかったのでしょう?」


 おお、開き直っている。これはマズいかもしれない。まさか、この流れで今夜から同衾再開…?


 ブンブン、首を振って不安を蹴散らす。

 いやいやいや。散々煽っておいて、相手がその気になりそうだと見るや尻込みするとは。我ながら自分勝手にも程がある。


「…さて」


 私は気持ちを切り替え、他のメンバーの様子を伺う。

 エビーはタイタの前、ザコルの視線から私を遮るようにして立っている。彼も何か危険を感じ取ったのだろう。

 ザッシュとロットとハコネは何やら三人でコソコソ話している。


「…ザハリの専売特許かと思ってたわよ、アレ」

「集いの奴らの心酔ぶりにもっと危機感を持つべきだった」

「今のところ男とホッター殿相手にしかしていないようだが、アレをもし…」


 はあ…。


『恐ろしい』


 アラサー三人組は揃って眉間を揉み始めた。




 ザコルの言葉から察するに、マージとサゴシは天井裏でネズミ探しを頑張っているらしい。


「あのー、ザコル。天井チームは間者に心当たりでもあるんでしょうか」


 タイタの後ろから質問を投げかけてみる。


「先日の騒ぎの際、屋敷の中で噂が広まるのが異様に早かったんです。基本的に、不干渉を貫くのが使用人の基本です。まあ、一部例外はいますが」


 騎士団上がりの熱血料理長、狂信者メリー、ポンコツ従僕見習いサモンとその従者などは例外に入るのだろう。


「療養中の怪我人にまで知られていたことを考えると、ネズミ、もしくは自覚なきネズミがいる可能性があります。捕まえて犬猫の餌にでもするか、躾け直すかは、義母もしくはマージの判断になるでしょう」


 自覚なきネズミとは、口の軽い者ということで合っているだろうか。悪気はないが『ここだけの話』をしたがる人種のことだ。


 顔見知りばかりの使用人達を思い受かべる。どう考えても彼らが無自覚にそういうことをするとは思えない。

 召喚前の元職場はもちろん、テイラー邸に仕えるメンツと比べてさえ、圧倒的にこの屋敷にいる使用人達は優秀で従順で統制も取れている。使用人というより、軍隊や特殊部隊の雰囲気さえある。

 サカシータの『屋敷付き』が領内でも一握りのエリートだというのは伊達ではないのだ。


「ミカ、そろそろ僕の膝に戻ってきませんか」

「遠慮しておきます」

「そうですか」

 しゅん。

「…………っ、むぐうう、そんな顔には屈しないぃ」


 タイタの後ろで胸を押さえて耐える。



「ミカって、割とアレに耐性ある方なのねえ…」

「心酔ぶりでは集いの奴らに引けを取らないが」

「どうして普段、アレを煽るような真似をしているのかは謎だがな」


 エビーが代わりにアラサー組の方を向く。


「あの人はアレでヘタレなんすよ。ミカさんは基本、捨て身で主導権取りに行くタイプなんで」

「身も蓋もないこと言わないでくれる?」

「ミカは僕に積極的なだけですよね」

 ガッ。

「あ」


 いつの間にか背後に回られて腰に腕を回されていた。



 ◇ ◇ ◇



「分かっているな?」

「分かってるわね?」

「分かっているんだろうな? ザコル殿」


 三人からのプレッシャーなど何もないかのように、ザコルは軽く頷いた。


「もちろん、分かっていますよ。僕はヘタレですから」

 すーりすりすりすんすんすん。

「あの、ザコル…」

「おい兄貴、いい加減に」

「はっ、ミ、ミカ殿!?」


 突然タイタが息を吹き返した。

 ツカツカツカ、ベリィッ。


「何をするんです、タイタ」


 私をザコルの膝から引き剥がすように抱き上げたタイタを、ザコルが不満げに見上げる。


「浄化、浄化が必要です! 水浴び、いえ、いっそ雪浴みにでも参りましょう!」

「僕は無駄に水に濡れるのは好みません」

「好みの問題ではございません!! このままでは穢れが、穢れが広がります!! さあさあさあ」


 タイタは私をエビーに預け、ザコルを引っ張り始めた。


「手伝おう」

「あたしも」

「では俺も」


 サカシータ兄弟二人とテイラー第二騎士団長が加わり、何とかザコルをソファから引っぺがす。


 屈強な四人に引っ立てられたザコルは、渋々と入浴小屋へと強制連行されていった。




つづく

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