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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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お仕置き④ 非常に腑に落ちたのちゃんと休んで太りたいと思います

 メイド長に代わり、メイドのユキが一階の部屋を案内してくれる。

 暖炉には既に火が入れられていて暖かい。冷えていた手が急激に温まって痒いほどだ。ソファに座ると、ユキが私の膝にブランケットをかけてくれた。



「穴熊達からの差し入れだ」


 落ち着いたところでザッシュから何かの紙包みを渡される。


「遅くなってすまない、と伝言を預かっている」

「そんなお気遣いを…。ありがたくいただきますとお伝えください。で、何ですかねこれは」

「干し肉ではないか。秋に捕らえたものを加工していたはずだ」


 ガサガサと紙包みを開ければ、大きなジャーキーが顔を出した。


「わあ、立派! 何でしょう、猪肉とかですか?」


 牛肉や鹿肉などより若干獣臭い気がする。


「ああ猪だ。よく判ったな。少し臭いがきついかもしれないが…」

「これくらい全然気になりませんよ。わーい、大きいから細かく切ってもらおうかな、大事に食べさせていただきます!」


 日本にいた頃からジャーキーは好きな食べ物の一つだ。最近甘いおやつばかり食べていたので、塩気のあるおやつが嬉しい。


「脂を丁寧に削いで作ってありますね。きっと貧血にも効くでしょう」


 ザコルが私の手元を見て言った。


「そっかあ、脂が多いお肉だとそういう手間も必要になるんですね。ご馳走じゃないですか」

「野獣の干し肉を馳走だと言ってくれる令嬢はなかなかおらんだろうな。あいつらも喜ぶ」


 令嬢じゃありません、と言おうとしたが、つい三日前に謎の令嬢ムーヴをかましたところだったので飲み込んだ。



「改めて、三日ぶりだな、ミカ殿」

「はい。お元気でしたか」

「それは、おれよりあなただろう」

「私はイーリア様に手取り足取りお世話いただいてましたから。おかげさまでかなり回復しました」


 ただ事実を述べただけだったが、ザッシュは嫌味にとったか、少々苦い顔をした。


「…まずは謝罪を。あなたの部屋に居座って無理をさせたのもそうだが、結局、義母に直談判までさせてしまったな。騒ぎになるのを止められず、申し訳なかった」

「そんな…」


 立ったまま頭を下げるザッシュに、私はソファから腰を浮かせかける。


「どうか座っていてくれ。また立ちくらみなど起こしてはいけない」


 どうどう、と両手で制される。


「もう元気ですよ」

「あなたの元気は信用してはならない。これは今回の教訓だ」


 後ろを見れば、エビーもタイタも頷いている。


「むう、信用をなくしてしまったか…」


「そんな風に言ってくれるな。ただ、今後はあなたが気遣い屋で無理をしがちな性分だと念頭に置き、なるべく大事を取らせようと皆でも話した。コマ殿には鍛錬のしすぎも指摘されたそうだな。彼は以前から、走り込みすぎるミカ殿を止めに入っていたとも聞いている。我々もつい忘れがちになるが、いくら才に恵まれようともあなたは女性なのだ。医者の言うことは聞くものだぞ」


 男性達全員が生理不順の話まで聞いているかは定かではないが、鍛えすぎによって止まったというなら改善の努力はしていかなければならない。

 実を言えば鍛え始める以前、もっと言えば召喚される以前から不順ではあったのだが、それは過労とストレスによるものだろう。


 女とは面倒な生き物だ。


 黙っていたら、ザッシュが困った顔になった。うーん、困らせたいわけじゃないのに…


「らしくないですね、ミカ」


 ザコルがソファの隣に腰かけながら割って入ってくる。


「らしくない?」

「ええ。あなたは、女である以前に渡り人で、未だ能力の全容が解明しきれていない魔法士で、並外れた強大な魔力に悩まされる稀有な存在でしょう。今更、性別ごときに配慮するくらい何でもないのでは?」

「性別ごとき」

「兄貴、そりゃ俺ら男が言うことじゃ…」


 エビーがたしなめようとしたが、ザコルは首を横に振った。


「…この半年、僕の配慮不足によってあなたに無茶をさせてしまった。それに対し、不平の一つも言わず食らいついて来たあなたの根性は素晴らしいと思います、ですが僕は別に、ミカに早く強くなってほしいわけではありません。それは解りますか」


 私はこくん、と頷く。

 ザコルは元々、ひ弱な私を『一般人レベル』にしたいと話していた。つまり健康促進のためである。彼の考える『一般人レベル』が少々常識からかけ離れていただけで、彼としては私を玄人の戦闘員にするつもりなど毛頭なかったのだ。


「ミカは無茶を無茶とも、不利を不利とも思わない性格です。それは強みでもあるが弱みでもある。持って生まれた体質を無視し、無茶を押し通せばそれなりに負荷もかかる。過度な負荷は戦士を短命にさせます。ミカのその投擲や接近戦の才能は焦って潰していいものではありません。まずは一年先を見据えましょう。できれば、生涯かけて」

「おいザコル」


 ザッシュが眉を寄せながら割り込む。


「お前が期待したい気持ちは解るが、突き詰めさせようとするのはやめないか。ミカ殿とて女性なのだから、普段から無理をさせぬよう配慮しようということで」

「コマだって彼女に期待しています。過保護にしすぎろなどとは一言も言っていません」

「しかし」

「高い向上心さえもが彼女を形づくる一つの『体質』だ。体質を考慮せず負荷をかけ続ければ、いずれ大病の原因になるのでしょう?」

「それは身体的な負荷のことだろう、精神的な負荷など身体の負荷に比べたら……」

「今回のことは、僕らが精神の負荷を放置した結果です」

「…っ」


 ザッシュが言葉に詰まる。無茶を無茶とも、不利を不利とも思わず、自分を差し出し続けてきた双子の片割れの言葉は重い。


「ミカが女か男か、極論、どんな生き物だったとしても同じです。どんな『体質』を持ち合わせようとも、僕はミカがミカであることに配慮する。それだけです」


 どーん。

 そんな効果音でも聴こえてきそうな堂々たる様で、ザコルはそう言い切った。


 気づけば私は彼に拍手を贈っていた。


「…さっすが師匠、納得しました」

「解ってくれますか」

「はい。どこの世界にも、性別や性格を『体質』と言い切れる人はなかなかいないと思います」


 この中世風の世界で、しかも貴族の男性に生まれながら、ここまでジェンダーレス、いやボーダーレスな考えができるなんてある意味才能だ。


「非常に腑に落ちたのちゃんと休んで太りたいと思います」

「それでこそ僕のミカだ。あなたはちゃんと、合理を選べる人です」


 ザコルがいーこいーこと頭を撫でてくれる。ふへへ。


「またコマやシシと相談しましょう。療養はすべきですが、体力を落としすぎてもよくないと僕は思います。義母の言う通り鍛錬はあと三日休むとしても、散歩の許可くらいは出してもらいましょう」


 リハビリ療法にも詳しいとは恐れ入る。やっぱりうちの師匠はすごい。


「…………全く、腑に落ちん」

「なあ、どーします、全然懲りてねーすよ」

「しかしミカ殿は休むとおっしゃってくださった。流石ザコル殿、ミカ殿の性格をよくご存知だ」


 ザコルを除く三人がコソコソと話し合っている。

 私が部屋に軟禁されている間、ザッシュも交え、廊下か他室で今後の話をしていたようだ。ザコルがそれに参加していたかは知らないが、私の軟禁が解けたらザッシュが代表で伝える手筈になっていたのだろう。


「ザッシュお兄様、エビーとタイタも。信用がないのは仕方ないですが、本調子になるまではきちんと休むつもりでいました。さっき、少し雪の上を歩いただけで想像以上に疲れましたしね。回復するまでは決して無茶はしないと約束します。『元気』という言葉も使いません。なるべく具体的に、体調を伝えるようにしていきますね」


「…ふむ、とりあえずはそれでいい。だがあなたは、目的のためには体調を偽ってでも押し通すところがあるだろう。何度でも言うが、おれの、いや男どもの察しの悪さを舐めるなよ。言葉通りにしか受け取れないことの方が多いのだ。今後絶対に無理や我慢はするな。ストレートに言え」


「ザッシュ殿のおっしゃる通りです。ミカ殿に大丈夫だと言われれば信じる他ないのが現状です。どうか、ザコル殿や俺達にだけでもいい、ご体調については正直に申告なさっていただきますよう」


「つか、今回の貧血は女も男もねーかんな。どこぞの強情っ張りの跳ねっ返りが無茶ばっかすっから俺らも対策を余儀なくされてんだぞ。兄貴も何だよ、一人だけ理解のある彼氏ヅラしやがって。アンタはニコォ…とか笑って『監禁します』とか言っときゃいいんだよ!」


 エビーの極論に、ザコルはまた首を横に振った。


「僕は学んだんだ。強要しても素直に言うことなど聞きはしないと、そんな脅しに意味などないと。むしろ……そうだな、考えてもみろ、この体調で僕らを振り切って階段に駆け出されでもされたら…」


 ぞっ、護衛達が一斉に青くなる。


「分かった、分かりましたから! もー、私の方が脅してるみたいじゃないですか」

「まさに脅してんだよ、前はもっと護衛の立場考えてくれてたってのに!」

「…それはそうだね、悪いのは私の方だし、今回は本当にしっかり休むつもりでいるよ。ごめんね…」


 シーン…。一気にお通夜だ。


「…ほらあ、私が素直に謝ったら謝ったでみんな落ち込んじゃうじゃないですか。叱るなら叱るでもっと厳しく叱ってくださいよ!」

「既に反省している者を叱れるわけがないだろうが、できるのはお願いだけだ!」


 わーわーわー。


 護衛達と喧嘩ともつかない言い合いをしていたら、どんどん、とノックが響く。

 ハコネとロットの騎士団長コンビだった。



「謝罪は受け付けませんからね。あと私も謝罪しません」


 プイ。尋問は受け付けませんアピールをしてみる。


「はあ…。分かった分かった、もう問い詰めたりなどしないから安心しろ」

「へへっ、団長はお嬢から領に帰れって言われるとこでしたもんねえ」

「いや、いくらお嬢様のご命令でもそんなわけにいかんだろう。…姫様方を残して帰投などしたら、それこそ物理的に首が飛ぶ。というか主に罰せられる前に妻に殺される」


 ハコネが気まずそうに頭を掻いた。

 ふん、とザコルが鼻を鳴らす。


「ハコネはミカを部下か何かだと勘違いしがちなんですよ。ロット兄様も、ミカを頼ろうとするのはやめてくれますか」

「あ、あたしがいつミカを頼ったって」

「アメリアお嬢様への『挨拶』を取り成させようとしていたでしょうが。兄様は図々しいところがあるので気をつけてください」

「図々しいとは何よっ!!」


 こっちは拳を振ってプンスコしている。同じ騎士団長でもキャラが違いすぎて面白い。


「ザコル、お二人に頼っていただけるのは嫌じゃないですよ」

「ミカがそうやって甘やかすから」

「別に大したこと頼まれてるわけじゃありませんし。騎士団長様にあてにしていただけるなんて光栄でしょ」

「いいですか、長と名のつくものは人をこき使うのが仕事なんです。ミカはミカで、これ以上人の仕事を心配したり自分を売り込んだりしないでください」


 全く一体何人の世話をすれば気が済むんだ、とザコルまでプンスコし始めた。


「ミカ、いいかしら」

「はい、何でしょうロット様」


 ロットがザコルの睨みにもめげず話しかけてくる。豆腐メンタルが揚げ豆腐くらいにまで進化したのか。


「謝罪は受け付けないと言っていたけれど、一言だけ言わせてちょうだい。母様の言う通り、アンタの体調を考えてやれなかったこと、本当に悪かったと思っているの。まさかあの雪の中、母様を直接宥めに来るなんて…。正直、アンタの人の好さを舐めてたわ」

「大袈裟です。屋敷から目の前の畑に出てきただけじゃないですか。それに私の体調管理は私の責任でもありますから。したいようにしているだけなので気にしないでください」

「もう! そうやってすぐ強がるんだからっ! あたしの売りは過保護なのよ!! あっちの騎士団長がアンタをこき使うなら、あたしがアンタを甘やかしてやるわ!! 覚悟なさい!!」

「ええー、ロット様にはカズが……ぅひゃっ!?」


 ぐい、腰を掴まれて変な声が出る。そして膝に乗せられた。


 ぎゅう。


「ミカを甘やかすのは僕の仕事ですので。ロット兄様はミカの視界に入らないでください。ついでにナカタの視界にも」

「きいい、アンタはアンタでミカを独り占めしてんじゃないわよザコル!! テイラーから来た護衛は他にもたくさんいるってのに、私情挟みすぎじゃないの!?」

「ロット兄様にだけは言われたくありません」


 ギャイギャイギャイ。通常運転だ。

 ハコネがロットの肩を叩く。


「ロット殿、こちらも姫をやたらにこき使うつもりはないぞ」

「ああ、そうよね、ごめんなさい。言葉のあやよ。ただ、あの娘の功績を聴かされるたび、期待してしまう気持ちも解るのよ」


 ハコネは深く頷いた。


「そうだろうそうだろう、うちのホッター殿は少々変わり者だが非常に優秀なのだ。豊富な知識、それを活かす判断力、行動力。一を聞いて十を知るような柔軟な思考力に、鋭い観察力、一癖も二癖もあるような者達を見事に手懐けるカリスマ性。戦闘の資質も申し分ない。その上、文字への執着は凄まじいものがあり、これ以上知ってどうするのだというくらい学びに貪欲だ。一応手紙くらい書けるとは聞いていたが、聞けば様式に則った貴人向けの手紙や正式な報告書さえ用意できるというではないか。そんな者は騎士団にだって一握りしかいないぞ。ああ惜しい、渡り人でなければ副官にでもしたものを!」


「…なるほど、そういうところね。ザコルが警戒するのは」


 ロットがジト目になった。確かに、そのうちテイラーに送る報告書とか丸投げしてきそうだ。


「能力のある者に期待するのは当然ではないか。ザコル殿とて同じだろう。さらに言えば、我が主セオドア様、子爵夫人、ついでにコマ殿やジーク伯兄弟、山犬殿、山の民達とてそうだ。まあ、無茶は容認せんがな。この機会にしっかり休んで太れ。それが今の貴殿に与えられた仕事だ」


 ハコネは私にニカッと笑ってみせる。

 ゲシッ。


「なぜ蹴る、エビー」

「うるせーよ、何上司ヅラしてんだまた出禁にすんぞ団長。サゴシに闇討ちさせっかんな」

「休めと勧めているのだからいいだろう。それにホッター殿はああ言った方が喜んでヤル気を出すタイプだぞ」

「今ヤル気出されちゃ困るから言ってんだよ!」


 ギャイギャイギャイ。


 …騎士団長ってこんなに気軽に蹴られていていい存在なんだろうか。今は護衛の一人にすぎないとは言っていたが、若い部下の一人であるエビーと同レベルで言い合うハコネはどこか楽しそう…にも見える。


 私は、はあー…と溜め息をつくザッシュの方を見た。


「ザッシュお兄様、料理長さんってどうしてます? それから、ペータくんは」


 わずかに肩が上がったのを見逃さなかった。


「さあな、料理長は厨房にいるだろう。ペータとはあの従僕か、俺は知らん…」

「嘘ですねえ」

「嘘などと」


 私はイーリアの真似をして、長くもない脚をわざとらしい所作で組んでみせた。


「今日中、いえ、あと三十分以内に彼の無事な姿を見ないと、私、階段を一気に三階まで駆け上がってしまうかもしれません」

「……それは脅しか」

「はい。脅しです」


 にこー。



つづく

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