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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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お仕置き③ リハビリから、始めても?

 シーン…。


 イーリアがアメリアとカズを伴って退出していき、エビーとタイタがザコルを部屋に押し込んで十分ほどが経った。


 護衛達とは、トイレと入浴小屋の往復以外では顔を合わせていなかった上、その間すらイーリアに命じられて言葉を交わすことを禁じられていた。私を抱いて階段を降りるのはエビーとタイタが交代でと決められており、ザコルはその後ろを三歩下がってついてくるのみであった。

 つまり、特にザコルとは、顔を合わせてはいても交流は無きに等しかったのだ。


 もちろん、その待遇に不満などはない。ザコルもそうだろう。

 正直、しでかしたことに対してぬるすぎるとは思うが、この三日間はザコルと私に対する『お仕置き』でもあった。


「…あの、今、魔力過多でつらかったりします?」

「…いえ、あの…」


 しばらく触れ合っていなかったせいか、お互いに手を伸ばすのも躊躇った結果、私達はソファに向かい合って座っている。


 うーん。これは一から距離を縮めるしかないか。


「ご趣味は」

「何の話ですか…」


 がく、ザコルが脱力する。何のというか、お見合いあたりから始めてみようかと思っただけだ。


「えっと、じゃあ、毎日廊下で何してたんですか」


 ザコルはこの部屋での会話や物音を聴いていただろうが、私の方は護衛達が何をし何を話していたのか全く知らない。


「何…、ええと、羊のようで羊でないものを編んでいました」


 まさかの編み物だった。

 護衛任務中に編みぐるみを作る伝説の工作員…。仕込んでおいてなんだが、シュール極まりない絵面だったことだろう。


「そうですか。それはかなりの数になったでしょうね」

「はい。もう馬車に積みきれないとルーシやティスに文句を言われました」


 あの歪な羊っぽいものが馬車いっぱいに…。その光景は見てみたかった気がする。


「しかし編み物はいい。精神を整えるのにはもってこいですね」


 ザコルは若干わざとらしく明るい調子で言った。どうやら、彼もまずは趣味の話で盛り上がってみることにしたようだ。


「分かります。手芸は時間を溶かすにももってこいの趣味ですよね」

「生産性の高い趣味でもあります。老後、万が一戦えなくなったら、編み物をして暮らすのも悪くないと思いました」


 窓際で揺り椅子に座りながら編み物をするおじいちゃんザコルの様子が頭に浮かぶ。


「ふふっ、かわっ。じゃあ私もその隣で編もうかな。楽しみですね」

 ふ、ザコルが口元をゆるめる。

「…ええ、きっと静かな生活になるでしょう。楽しみです」


 ガコッ。

「うわっ」

 急に天井に穴が開いてびっくりする。


「お二人とも!! やっと話し出したかと思えば老後の話ですか!? もっと大事な……あっ」


 ……………………。


 数秒間、私達は天井の忍者と見つめあった。



「……覗き見はよくないなあ、サゴちゃん。ていうか、今まで何してたの? 三日前から気配も何もなくなって、どこいっちゃったのかと思ってたよ」

「にっ、任務には当たってましたよ。そう、この部屋の廊下側の天井にいました」

「へー、私に飽きてザコルを見つめることにしたんだぁー」

「違いますから!! 流石に、女性ばかりがくつろぐ部屋をずっと覗くわけにいかないかと!!」


 はあ、とザコルが溜め息をつく。


「……ミカ、さっさと終わらせましょうか」

「はい」

「えっ、はっ!?」


 おもむろに立ち上がって私の方に移動するザコルにサゴシが焦り出す。


「ちょっ、お、俺! 俺はどう」

「久しぶりなので、僕が羽目を外さないようそこで見ていてもらえますか」


 くい、ザコルがソファに座る私の顎を持ち上げる。


「まっ、待って待って待っっって!!」

「何ですか。焦らせと?」

「違うそうじゃないっ、あっ、マージ様ずるい、置いていかないで…! しっ、失礼します!!」


 ガポッ。

 しゅたたたたたたた…



「…行きましたね。マージも追い払えたようです」


 いや、どうして逃げる必要があるんだろう。彼らといえど、情事を覗いているとは思われたくないんだろうか。


「マージお姉様はいつから影専門になってしまわれたんですかねえ…」

「同志達に触発されたのでは。よく解りませんが、彼らは壁になりたいのでしょう」


 マージにも以前からその気はあったように思うが、ますますいつ町長の執務をしているんだろうと思ってしまう。


 ザコルはスッと、私の顎から手を離す。そして気まずげに顔を逸らした。


「…ミカ、すみません。ええと、あの………………リ、リハビリから、始めても?」

「はい、ザコルの好きなように」


 二人掛けソファの隣を空ける。大人しく隣に座ったザコルは、ぎゅっと私を抱き寄せるところから始めた。



 ◇ ◇ ◇



 ザコルに手を引かれ、やってきたのは町長屋敷の目の前にあった畑である。

 エビーにタイタ、そしてたまたま屋敷を訪ねてきた幼児軍団も一緒だ。


「姐さん…。大丈夫すか。ちょっと心神喪失気味じゃねーすか?」

 エビーの声に我に返る。ブンブンと首を横に振る。

「だ、だいじょぶ。さーて、行きますよぉー」


 畑には三日の間に降った手付かずの新雪が積もっている。正直、雪が深すぎてどこからどこまでが道で畦なのかよく分からないが、大体のところに立って手をかざす。積もった雪を数十センチの深さまで一度溶かし、一瞬で再凍結させるイメージを練り上げる。


 …まずは四畳半くらいの広さから。


 集中するあまり、声も出さずに念じれば、一瞬のうちに雪が陥没し、底に小さな氷のステージが出現した。


「…は、で、できた! どう!?」


 タイタが氷面に慎重に降り、確認してくれる。


「これは、静かな湖面に張った氷そのものだ…! 強度も充分ではないでしょうか。お見事です!」

「ふぇ…っ、ありがと…でもっ、全然足りない、えいっ、えいっ、えーいっ」


 私は魔法を連発しながら畦を移動し、ステージの範囲を拡大させていく。ちょっと魔法の出来を褒められただけで決壊しそうだった涙腺が、徐々に落ち着きを取り戻していく。


「ミカ、その辺りで…」


 ザコルに止められる頃には、畑二反分がいわゆる『スケートリンク』に生まれ変わっていた。

 表面を僅かに溶かし、少しの段差もなくなるよう平らにならしていく。昔、一度か二度行ったことのあるスケート場より、ずっとコンディションの良さそうなリンクが出来上がった。


 わあ、と背後で歓声が上がる。


「ぴかぴかでつるつるだぁ!!」

「きれーい!!」

「ミカさま、もうのっていい!?」

「いーよ、すごい滑ると思うから、気をつけて乗ってみてね」


 わーっ! 子供達が勢いよく氷面に飛び出していく。つるり、ゴテッ。


「いたあ…」

「ミワ! 大丈夫?」

「だいじょぶ…。ぼうしに、わた、はいってるから…」


 彼女のニット帽は綿入りのようだ。他の子供達も同様に、雪道で転倒した時に頭を守れるよう綿入りの帽子をかぶっているらしい。温かくて安全、雪国ならではの親心が垣間見えるアイテムだ。


 早くも要領を得た子供達は、氷の上を器用に滑って遊び始めた。


「慣れるの早っ。さっすが、サカシータの子達は運動神経抜群ですねえ」


 楽しそうな様子の子供達に目を細める。私も仲間に入りたいが、ザコルにコートの端を持たれているので踏み出せない。


「ただの畑に凍った湖を再現するなどよく思いつきましたね、ミカ」

「日本に、というか私の世界には、こんな風に大きな氷を張ったスケート専用の施設があったんですよ。そこからの着想です。魔法を一度に使いたいだけとはいえ、雪をただ溶かすだけじゃ洪水か何かを引き起こすかもしれないでしょう。であれば、一瞬で蒸気になるまで加熱するか、または即再凍結しちゃえば問題ないかと思いまして。ここなら人や荷車なども通りませんし、春になったら自然に溶けるでしょうし」

「なるほど」


 通りすがった大人が私を見つけて次々に声をかけてくれる。

 私は差し入れのお礼を人々に伝え、すっかり回復したことを笑顔で話した。


 通りすがりの貝トリオ…ホッキー、ミール、シジミの三人のテイラー騎士に子供達の見守りをお願いし、私達は一足先に屋敷へ戻る。すぐに身体も冷えるし、久々に雪の上を歩いたせいか脚も重い。やはり、まだまだ本調子とは呼べないようだ。




「ザコル殿、黒水晶殿……っザコルどのおおおおお」


 玄関ホールに入ると、忠犬ハチ公ならぬ、従僕見習いサモン…に扮する第二王子サーマルがザコルめがけて飛びついてきた。


「あの、どうして僕に」

「どうしてもこうしてもないっ、部屋から出るなと言われっ、ザコル殿や黒水晶殿を見ても話しかけるなと言われっ、しかしやっと自由に出歩いていいと許可されたのだ…されたのですっ」


 今にも泣きそうな顔でザコルに縋り付く残念王子だ。タイタが笑顔通り越してパーフェクトスマイルなのが怖い。


「へへっ、サモン殿は料理長と一緒に厨房でつながれてましたもんねえー」

「笑い事ではないぞエビー殿っ!! だが共に作ったケーキは美味だったな!!」

「えっ、サモンくんも一緒に作ってくれたの、あのパウンドケーキ」


 王侯貴族は基本的に調理などしないものではないのか。アメリアもここに来るまでは、調理用のナイフなど触ったこともなかったと言っていた。


「そうすよ、俺が厨房借りに行ったら、やってみたいとおっしゃるんで」

「料理長も交えて三人でな。色々な具を試したのだ、です!」


 まさかサモンまでつながれていたとは。しかし楽しい思い出ができたようで何よりだ。


「色々試食したが、あの中ではヨーグルトのものが一番だったな」

「そうなんすよねえ、やっぱカッツォのレシピがダントツ美味くて。負けた気分すわ」


 エビーとサモンは歳も近い。こうしているとまるで仲のいい学生同士のようにも見える。


「ヨーグルトのも美味しかったけど、干し林檎やハーブのも美味しかったよ。個人的には塩とキャラメルが好きだったかな。ありがとう、エビー、サモンくん」

「くるしゅうない!」

「ぶっ、お、俺もくるしゅうないっす、姐さん……ぶふっ」


 エビーは何かを必死で噛み殺しつつ、私の隣にいたザコルの方にも目をやる。


「兄貴は何むくれてんすか」

 エビーの指摘に、サモンもザコルの顔を伺う。


「別に」

 プイ。本当だ、明らかに拗ねている。


「なんだ、何を怒っているのだザコル殿。はっ、私が敬語を忘れているからか…からですか!?」

「そうではありません。……ありませんが、僕も、エビーのケーキ、味見がしたかった、なと」

『えっ』


 きゅーん! 何かボソボソかわいいこと言ってるー!!


 私とエビーが思わず胸を押さえたのと同時に、ザコルにコアラのようにしがみついていたサモンがズルズルと落ちて床に尻をつき、タイタは呻き声を上げながら床に膝をついた。そして天井でバタンと何かが倒れる物音がした。


「すみません、子供っぽいことを」

「い、いいや! 何個でも、何十個でも焼こう、エビー殿っ、厨房に行くぞ!!」

「待ってください、気持ちは解りますけど、あれはですね、姐さんの療養のために特別に砂糖の使用許可もらったんすよ。てか何なんすか、サモン殿まで腰抜かしちまって。アンタこの二人を引き裂きにきたんじゃねーんすか」


 くわっ。サモンが目を見開く。


「何を言っている!! そのような酷いことできるわけなかろう!! この三日間、扉の隙間から覗き見るザコル殿は、全ての感情が消え失せたような顔で、黙りこくったままカラクリ人形のように歩いていて、魔力も何かおかしいし、私はもう心配で心配で…! だがやはりこうして黒水晶殿が側にいると何もかもが違う、この方がずっといいに決まっている。ああよかった、よかったな、ザコル殿…!」


 もしや、この元・勘違いストーカー王子、私の体調は一ミリも心配していないのだろうか。


「僕はサモンにさえ心配されるほど分かりやすい顔を…?」

 気まずそうだったザコルが一転、愕然とした表情になる。


「ああ、サモン殿…! 俺は、あなた様を誤解申し上げておりました! よもや、このお二人をそのように温かい気持ちで見守っていらしたとは。このタイタ、自分の濁った目を恥じ入るばかりです…!」

「おお、私の気持ちを解ってくれるか騎士タイタ殿。お前もこの二人を案じているのだな。もしや、お前も同志とやらなのか?」

「ええ、ええ。俺も深緑の猟犬ファンの集い、同志の一員にございます。サモン殿も、お志は我らと同じとお見受けいたしました」

「ああ、どうか私のことも同志と呼んでくれ。私もお前達と同じように、ザコル殿と黒水晶殿の幸せを見守りたいのだ」

「もちろんでございます!」


 ガシィ、床の上で固い握手が交わされた。




 この日、サモンとタイタが結託、いや、和解した…。




 どうして、あの第二王子がザコルのファンクラブに入会しているんだろう…。

 考えれば考えるほど脳が混乱してくるが、それだけザコルが魅力的だということだ。


「どうしてあの第二…いや、サモンが同志に…? 僕の頭がおかしくなったのか?」

「本人も混乱しちゃってる。おーい、グレイ兄弟もこっちにおいでよ」


 廊下に置かれたこの町唯一であろう柱時計の影から、分かりやすく灰色の頭が二つ覗いている。

 ちなみに、彼らは髪も渋い銀髪である。


「バレてしまったぞ…!」

「どうするどうする」


 まごついている。


「最初っからバレバレだからおいで。サモンくんが腰抜かしちゃったからさ、メリーに見つからないうちに回収してあげて」

 スッ。

「メリーは既にここにおります」

『ヒョエッ』


 私、メリーさん、あなたの後にいるの。

 とかいう都市伝説よろしく、従僕姿のメリーがエビーの後ろから姿を現した。


「ビビるからやめろよメリーちゃん!!」

「マージお姉様!! この子野放しじゃないですか!! 何かあったらどうするんですか!!」


 ガコッ。ひらり。

 天井から貴婦人然とした人が舞い降りてくる。


「例のお方は既にファンの集いに引き渡しておりますわ。まだこの町におられますが、屋敷外の別の牢を使って洗脳…いえ、心療を始めていただいておりますの。ハコネ様とロット様も付き添っておられますのでご安心くださいませ」


 いつの間にか洗脳班の面々は入領していたらしい。とりあえずザハリがこの屋敷にいないなら、罪人として屋敷につながれているメリーは接触できない。私はホッと胸を撫で下ろす。


「そういう訳でございます。この手にかけられなかったことは口惜しく思いますが、こうしてミカ様のご健勝なるお姿を拝見できましたこと、誠に誠にお慶び申し上げます」


 そう言ってメリーは跪き、まるで王族か法王にでもするような深いお辞儀をしてみせた。

 …やっぱりザハリを殺して自分も死ぬみたいなこと考えてたか…いや今も考えてるよな多分…。


「町長殿、このメリタは王宮での出仕経験でもあるのか?」

「いいえ。ここは田舎町ではございますがれっきとした関所、領の顔でございます。高貴な方をお迎えする場合もあると想定して仕込んでおりますのよ」

「そうか…。何、どこぞの慇懃ぶった貴族よりずっとマシな礼をすると思ってな。まあ、私に向けられたものではないが」

「お褒めいただき光栄でございますわ」


 サモンが王族みたいなことを言っている。

 そんなサモンは結局メリーに襟首をつかまれて回収されていった。私への礼が足りないとか何とか言われながら…。


「では、わたくしは執務に戻らせていただきます」


 マージは一礼し、再び天井裏へ戻っていった。…なぜ天井に。とツッコんだら負けなのかもしれない。


「いや、フツー、王子様が主人公だよな、物語なら…」

 エビーが呟く。


「ふふっ、『第二王子に生まれたが、追放されて辺境メイドに分からせられてる件」みたいな?」

「何すか、その長えのにしっくりくるタイトルは」

「サモンは追放まではされていないでしょう」

「迎えが来ないなら一緒じゃないですか。もう、うちの子ですよ」

「うちの子って。姐さんも大分絆されてんな」

「そういうエビーだって」


 いつの間にか一緒にケーキ作りするような仲になっていたとは。不思議な縁もあるものだ。


「はは、やはりミカ殿は全てをお見通しでいらっしゃる。あの純粋な魂をお持ちのサモン殿を正しい道に導きなさるため、名を与え、手元に置くとおっしゃったのですね。かの方を敵視することしかできなかった己を恥じたく思います」

「えーと…。流石に同志になるとか言い出すとは思ってなかったよ。あと、彼を保護してるのはあくまでザコルだからね」


 それから同志になるのが『正しい道』かと言われると、その辺りは人の価値観によると思う。

 ダダダ…、屋敷の奥から複数人が駆けてくる音がする。


「先生っ、ミカさまーっ!!」

「待てイリヤ、壁にぶつかりでもしたら…!」

「お待ちくださいませイリヤ様!」


 ザッシュとメイド長の制止も虚しく、物凄いスピードで飛び込んできたイリヤをザコルが危なげなく受け止める。


「今度はイリヤですか」

 イリヤはぐりぐりとザコルの胸に顔を押し付け、そしてパッと顔を上げた。

「先生! ミカさまはもうげんきになりましたか!? おはなししてもいいですか!?」

「ええ、いいと思いますよ」


 イリヤは王子と違って私の容態を心配してくれていたようだ。


「イリヤくん、心配かけちゃったね。今日から少しずつ外にも出られるようになったから、もう大丈夫だよ」

「よかったあ…! あれ? ミカさま、なんだか、まえよりもかわいいです!」

「はわっ、そ、そうかな」

「ほっぺがふかふかです! お花のような色です!」

「ふおおおおそんな純粋な瞳で言われたらおねーさん溶けちゃう」


 この子は天然タラシか。女子を褒めるのに全く躊躇がないとは末恐ろしい。


「病み上がりにすまない、ミカ殿」

「いいえザッシュお兄様。こちらこそ長らくご心配をおかけしました」


 メイド長も頭を下げているので一声かけて顔を上げてもらう。


「コマちゃんがね、だいじょーぶだからシンパイすんなって、まいにち言ってくれました」


 コマちゃん…。ミリナの影響か、イリヤもコマを『ちゃん』付けで呼んでいるらしい。


「そっか、コマさんは凄腕の薬師様だからね。コマさんがくれたお薬のおかげで元気になれたんだよ」

「コマちゃんは、あんなにかわいいのにすごいです! かあさまも、きょうはとってもげんきです。コマちゃんがなおしてくれました」

「そっかそっか、ミリナ様お元気なんだね。私も嬉しいなあ…」


 にこにこ、にこにこ。癒される。


「イリヤ様、ここではミカ様がお身体を冷やしてしまわれます。お部屋に案内してよろしいでしょうか」

「あ、ごめんなさい…」

「謝らずともよろしいのですよ。イリヤ様の優しいお気持ちは、皆、よく解っておりますからね」


 メイド長が手を差し出すと、イリヤはそれをそっと握った。

 自邸の環境が悪すぎたせいで使用人に恐怖心のあったイリヤだが、この屋敷の使用人達には随分と懐いたようだった。


「あ、イリヤくん、屋敷の前の畑に大きな氷を張ったんだ。さっき屋敷に来た子供達も遊んでるよ、良かったら…」

「ほんとう!? ねえ、見にいきたい!」


 苦笑するメイド長を引っ張り、イリヤは外套も持たずに外へ飛び出していった。寒くないのかと思ったが、イリヤはサカシータ一族なので多少のことは平気なのかもしれない。



つづく

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