お仕置き① ぜったいおおごとになってるううううう
目を覚ましたのは翌日の朝だった。
当然のように抱かれた腕の中は温かく、幾分かすっきりした目覚めに感じる。
風の音は小さい。雪は止んだのだろうか。
「ミカ?」
ザコルが気づいたように声を出す。
「…わ、たし、夕飯、食べずに寝ちゃいました、かね…」
声が掠れてうまく出ない。
外は明るい。明け方の時間はとうに過ぎている。昨日の夕方から寝ていたのなら、少なくとも十二時間以上は寝ていたことになる。喉もカラッカラで当然だ。
「良か…っ、もう、目覚めないかと…」
ぎゅう、強い力で抱き締められる。
「大丈夫、ちょっと、疲れただけ、ですから」
「呼んでも、揺すっても、起きなかった」
「それは、すみません…。きっと、今日は元気ですから、安心し…ぅ、く、くるじい」
ぱ、腕が緩む。私は目の前の人の顔を見上げた。
「おはようございます、ザコル」
「おはよう、ございます、ミカ…すみません…」
ザコルはあまり寝られなかったのだろうか。目の下にうっすら隈ができている。
「心配、させましたね」
「今、水を」
ザコルがパッと起き出していく。急に肌寒く感じた。
そういえば、私に意識がなくても一緒に布団に入ってくれているんだな、と思い至る。恐らく、私の身体を少しでも温めようと考えてのことだろう。
ゆっくりと身体を起こす。今朝は頭のふらつきも少ない。頭は重い気もするが、それは単に寝過ぎたせいだろう。
「ミカ、まだ寝ていてください」
「はい。でも、寝過ぎたせいか、腰や背中が痛くて」
軽く伸びをし、渡されたカップに口をつける。喉から胃へ冷たいものが染み渡った。
「今日こそは、厠以外で部屋から出しません。入浴も控えましょう」
「そうですね…」
こんなに心配させてしまったのだ。今日はなるべく横になっていることにしよう。
外は、吹雪いてはいないものの雪は降り続いているらしい。窓から外を見てみれば、大粒の牡丹雪がどこまでも舞っている光景が広がっていた。今日も外で鍛錬するのは無理そうだ。
ベッドに腰掛けたまま歯磨きや洗面などを一通り済ませた頃、トントン、とノックがあり、訪れたのはマージとメイド長含む使用人マダム三人組、そしてユキだった。
「ミカ様、昨日は当屋敷の者がご体調の芳しくないところに入浴を強いまして、誠に申し訳ありませんでした」
マージを先頭とした五人が深々と頭を下げる。
「え? 何が…ああ、えっと、私が入浴のせいで倒れたと?」
「そうでございますわ。湯に入るのは相応に体力を消耗いたしますから。配慮が及ばず大変なご負担を…」
「い、いえ、確かに提案はしてもらいましたが、私からお願いしたんです。魔法も使いたかったし。配慮が足らなかったのはこっちの方ですから。どうぞ、頭を上げてください」
「いいえ、相応の処罰を検討し」
「いりませんから!! 私のためにこれ以上処罰する人増やさないでください!」
「ミカ、大声を出すとまた…っ!」
『ミカ様!』
思わず立ち上がった格好のまま、ガクンと膝を折りそうになった私をザコルが受け止める。マージ達も一斉に駆け寄ってきた。
「こんなに、こんなに消耗して…っ、どうして気丈に振る舞えますの、人のことばかり心配なさって…!」
マージが涙を溜めて私の頬に手を当てる。メイド長達も心配そうな顔で頷く。
「違っ、これ、寝起きで、空腹なだけで」
「違うものですか! こんな顔色で…! あなたはあの怪我で」
「違う!!」
私が叫んだせいでマージが押し黙る。
「…………ごめんなさい、違う。私は。怪我なんかしてません。原因不明の貧血、そうでしょう?」
「そんな、この後に及んで」
「では、証明できますか。何もないはずです。地下牢では何もなかった。やっぱりそうですよ。ね、そうでしょう?」
トントン、ザコルが私の背中を叩く。
「ミカ、落ち着いてください。メイド達の世話を受けて風呂に入れと言ったのは僕です。彼女達に非は一つもありません。誰も処罰されませんし、させませんから、落ち着いてください」
「うっ……ううー…」
多分、私は本当に消耗しているんだろう。いつもならもう少し理性的に考えられると思うのだが、もはや言葉も出てこない。
出てくるのは涙だけだ。
「マージ。僕が彼女達に命じました。咎は僕に」
「坊っちゃま…。申し訳ありません。騒ぎ立てるような真似を」
「…いえ。これは序の口ですね」
ザコルはそう言うと、なぜか外の音でも伺うように辺りを見回した。
「いいですかマージ、ミカはこの通りです。大事にすればするほど心労を溜め、余計に消耗します。分かりますね?」
「はい、坊っちゃま。すぐにお止めして参ります」
マージが踵を返すと、メイド長達も一礼してその後を追う。ユキはメイド長に命じられ、私の世話をするために残った。
「ユキ、ユキ、外で何が起きてるの、教えて」
「落ち着いてくださいませ、何でもありませんから」
「何でもないわけないでしょ!?」
「ミカ、まずは何か食べてください。空腹でふらついているのは本当でしょう、ほら、エビーが作ったケーキも」
「何言ってるんですか、それこそケーキなんか食べてる場合じゃないでしょ!? そのエビーも顔見にこないし!!」
外から何やら怒号と轟音が聴こえてくる。音が鳴るたびに窓ガラスがビリビリとし、窓枠などに積もっていた雪がドサドサと落ちてくる。
「いやああああ絶対大事になってるううううう」
「落ち着いてください!」
バァン、ノックもなく扉が開く。
「うるせえ落ち着け何か食え!!」
「はひ…」
突然現れたコマに、私は間抜けな返事しかできなかった。
「いいか、アレを止められんのはお前だけだ。止めたいんなら食え、冷静になりやがれ」
「は、はい!!」
ガツガツ。パンをちぎって口に放り込み、スープで流し込む。
「ミカ、そんなに勢いよく食べては」
「はあふひはひほははい…!」
早くしないとヤバい。行儀なども気にしている場合ではない。
「ミカ様、喉に詰まらせますわ、もっとゆっくり」
「ほんはほほひっへふははひは」
「食べながら喋んじゃねえ。…はっ、姫よう、そんな食べ方もできたんだな。お上品な食い方より似合ってんぜ」
コマが変なところを褒めてくる。ザコルが胡乱な顔でそれを睨み、ユキはアワアワと私を心配している。
よく見ればコマの肩にはミイがいる。実はずっとこの部屋にいて、コマを呼びに行ってくれたんだろうか。
すう、急に視界が冴え、周りの様子がよく見えるようになってくる。
「もぐもぐ…ごくん。よーし、血糖値上がってきたぁ!」
「フン、大分回復したじゃねえか。やっぱ食いモンと睡眠に勝る薬はねーな」
「真理ですね!」
ぐっぐっ、腕や首をストレッチする。
「ミカ、まさかとは思いますが、自分の足で行くつもりですか。許しませんよ」
「別に移動手段は問いませんよ。ではお願いします」
さっきは外に出さないと言っていたザコルだが、止めても無駄だと悟ったのだろう。私を抱き上げようと手を差し出した。
「ミカ様、まずはお着替えを。冷えますから」
「ううん、とりあえずマフラーとブーツ、あと外套貸してくれるかな。すぐ戻ってくると思う」
「すぐ、ですか」
「うん。すぐに片をつけて戻ってくる」
それ以上は皆が心配する。何かあればまた処分だなんだとも言い出しかねない。
「では、私も共に。お側にと命じられております」
ザコルに、一階へ降りてくれるよう頼む。
私達の後をユキと、そしてコマとミイもついてきた。
三階の廊下はほとんど気配が感じられない。唯一ミリナの部屋でだけ二、三人と魔獣の気配がするのみだ。
あっちは私と比べものにならないくらいの重症患者だ。間違っても部屋から出してもらえないだろう。
「ミリナ様のお加減は」
「ようやく、人の半分くらいの食事を人の倍くらいかけて食えるようになったとこだ」
この世界には点滴などというものは存在しない。どんなに内臓を傷めていようが、口から食べる以外に生きる方法はないのだ。
「少しでも食べられているのなら…」
「ああ。もう少ししたら、風呂に入れてやってくれ」
「はい。もちろん」
ミリナは特別なのかと口に出そうとしたが、コマの真面目な横顔に揶揄う気も失せ、私は素直な返事をするだけにとどめた。
私を抱いたザコルは、町長屋敷の庭ではなく、玄関の方に向かった。一瞬私を降ろし、自分のマントを外して私を頭から包む。外套を着てはいるが、雪も舞っているし、業務用冷凍庫もかくやの寒さだ。彼の心遣いをありがたく受け取ることにした。
「ミカ様!?」
屋敷の玄関先にいた町民が数人振り返る。ザコルに抱き抱えられた私の登場に、一瞬のうちにどよめきが広がる。
「体壊してるって、本当だったんか」
見れば判るだろうが、外套の下は明らかに寝巻きだ。
「ああ、おいたわしいね…外になんか出て大丈夫なの」
「ふへ、ちょっと疲れが出ただけですよ。一昨日と昨日、いっぱい寝させてもらいましたから。今日はもう大丈夫です」
私が笑って手を振れば、皆心配そうにしつつも道を開けてくれる。
玄関の前とその外の道はとっくに雪かきがされ、さらに足跡や荷車の車輪痕でしっかり踏みしめられていた。
「雪の舞いがしたい」
「無駄な体力を使おうとしないでください」
屋敷の目の前は、馬車道を挟んで小規模な畑がいくつかあったはずだ。私が来た時には既に収穫後で何もなかったが、春から秋にかけては屋敷で使われる食材を育てていると聞いた。
ザコルは足早にその畑の方に向かう。人垣に近づけば、皆一様に心配そうに声を上げつつも道を開けてくれた。
「アメリア」
「ミカお姉様!? ど、どうしてここに!?」
雪上でおろおろとしていた金髪の子に声をかければ、勢いよく振り向いた。
「ミカ様!?」
「ミカ殿!? どうして外に…!」
「無理言って連れてきてもらったんだよ」
一緒にいた同志村のスタッフ達、それからアメリアについていた侍女や、エビーとタイタを除く氷姫護衛隊の騎士達も私を囲む。
「うおおおお、ミカ様ご無事で何よりでございますぞおお」
「二日ぶりのお二人の仲睦まじきお姿…! 寿命が二十年は伸びましてございまするぅぅ…!!」
同志達も元気そうだ。
「みんな心配かけてごめんね。ちょっと疲れが出ただけなの。もう回復期に入ってるし、心配しないで」
「ふべええええ心配しないとかできるわけないじゃないですかああああ寒いのになんで外なんか出てきてるんですかあああ」
「わあ、ピッタ落ち着いて、泣かないで。ほら、元気でしょ」
「ミカ様の『元気』ほど信用ならないものはないってエビー様も言ってましたし私も信じませんからあああああ」
「あああ、私がちょっと寝落ちしたばっかりに…」
じろ、ザコルが睨んでくる。呼んでも揺すっても起きなかったくせに、と文句のありそうな顔だ。
「ザコル、どういうことですの! あなたの役目はお姉様をお部屋にとどめることでしょう!」
「医師の許可が得られましたので。短時間で済ませます」
ザコルはアメリアの追求をコマの方にぶん投げた。付き添い医師役のコマはアメリアの方にペコリとお辞儀をした。
同志村の面々には少しだけ離れてもらう。
「アメリア、状況は」
「…では手短に。一応、かの方は我が家の手の者というていで、予定通りファンの集いに預けることを了承していただきました。今は随分と大人しくなさっているようですわ」
大人しくか…。暴れたり、自害しようとする様子もなく、ということだろうか。そうだといいが。
「あの場には、騎士団長も含め我が家の護衛が五人も居合わせておりました。その者達の手落ちもございます。ですから、サカシータの方々だけに非があるなどとは申せませんと、そのように」
確かに、人数だけならサカシータ勢よりテイラー勢の方が多い。ザコルも今はテイラー勢だ。
「なるほど、本当にいいように収めてくれたんですね。ありがとうございます、アメリア」
「いいえ、その程度のことでしかお力になれませんもの」
その程度、が他の人には無理だったのだ。アメリアには尻拭いのような真似をさせてしまって本当に申し訳なかったと思う。
「アメリアへのお礼と謝罪はまた改めるとして…。いいように収まったはずなのに、アレはどうなってるんですか…?」
私は畑の向こうに広がる光景を指差す。
「アレでございますわね…。率直に申し上げますと、お姉様が二度も昏睡なさる羽目になった責任を取らされておりますわ。マージ様やメイド長も謝罪にいらしたのでは?」
アメリアがユキの方に視線をやれば、ユキは深々とお辞儀で返した。
「はい、来ましたよ。入浴は私が頼んだことですから、処罰は無しでと訴えて聞き入れてもらいました。泣き落としみたいになっちゃったけど…」
「お姉様、アレをお止めするおつもりでしょう、どのようになさいますの」
「それはもう、方法は一つしかないでしょう。さあ、ザコル。私を連れてってください」
「はい」
ザコルは私に雪が当たらないようにマントをかけ直しつつ、目的の方角へと進みだす。アメリア御一行も、同志村の皆も当然のように続いた。
その背後には集まってざわざわとする領民達がいる。彼らはそれぞれ顔を見合わせ、じりじりと前に進み始めた。
「みんなついてきてる…」
「誰もが、ミカが無理をしないか気が気でないんでしょう。…何でもいい、力になりたいんですよ」
「その通りですわ。私達は、恩に報いる機会をずっと伺っているのです」
ユキもザコルの言葉に同調してみせた。
ここに集まる人は皆、本当に人が好い。
彼らに言わせれば私こそがお人好しということだが、そんな私が『崇高なお考え』でいくら身を粉にし尽くしたとしても、それを当然のように受け取って感謝しない人間は世の中にごまんといる。
私も別に、感謝を期待して何かしているわけではない。ただの自己満足だったり、一方的に世話になりたくないという『強情っ張り』な性分からだったりする。それは祖母の教えである『守られるな、守る側になれ』という考え方にも通じている。
勝手に焼いたお節介に見返りを求めたって、それは単なる押し付けでしかない。私自身はお節介にはお節介で返すタイプだが、相手にもそうであれなどと考えたことは一度もなかった。
だが、どうだこの光景。私の押し付けにさえ律儀に恩を返そうとしてくれる人があんなにたくさんいる。やはり、彼らにこそ『人の好い』という言葉はお似合いではなかろうか。
「イーリア様ぁー」
「ミカ!? まさか」
目の前の男達に雪を投げつけることに夢中だった人が振り返る。大雪のせいで視界も悪く、音も吸収されるために直前まで気づけなかったのだろう。
「ほら…! やっぱりいいらしたわ、これ以上は彼女が気に病まれますから、すぐにおやめくださいませ!」
マージやメイド長達が必死で止めようとしている。
「は、ミカ殿!? どうしてこんなところまで」
「おい!! 何外に出してんだこの馬鹿兄貴!!」
比較的近く立たされていたエビーとタイタの喚き声が耳に届く。奥の方でも各々何か喚いているようだがはっきり聴こえない。
「わあ…みんな雪だるまになっちゃってる…」
雪玉の的になっていたのは、シルエットから察するにザッシュ、ロット、エビー、タイタ、ハコネ、それにペータもだ。
「ミカ、ミカ。どうして起きてきた。どういう事だザコル! こんな雪の中を」
「お帰りなさい、イーリア様」
私がにっこり笑えば、イーリアがうっとたじろぐ。
「困りますねえ、うちの護衛と手駒に、気心知れた従僕くんまで雪だるまにされては」
「何を言う、あなたの顔色も窺わず部屋に押しかけ、疲れさせた罰だ! 聞けば女達は見舞いもそこそこに気を遣ったらしいと言うのに、この者どもは図々しくも長時間居座っていたというではないか!!」
「イーリア様ったら。私が私の部屋で食事や会議をしてほしいとお願いしたんですよ。カズやアメリアにもいて欲しかったのに、遠慮されちゃって」
「あなたの体調を思えばそれが正解だ。現に」
「でも私、どうしても寂しくて…そう…」
「だが!」
「そう…。イーリア様がいなくて、寂しかったんです」
「は」
イーリアが一瞬固まった。
私は美の権化のような女騎士様に手を差し出す。
「イーリア様。…いえ、おかあさま」
ザコルが気を利かせたように降ろしてくれた。
ぎゅ、私はイーリアの胸に縋りつく。
「おかあさま。ミカは寂しかったです。つらくて、心細くて、何度も泣きました」
すりすりすりすりすりすり。
「ミ、ミカ…、そんな弱音など吐いて、あなたらしくもない、どうした」
動揺を抑えようとしているのか、イーリアは私の肩を掴む。
「全部この体調のせいです。…おかあさま。この憐れなミカの望みを一つだけ、一つだけでいいのです。聞いていただけませんか」
「望みだと? ああ、いいとも、あいつらを許せというの以外なら何でも聞こう。何だ」
よし、言質は取った。
「では遠慮なく。おかあさまには私に寂しい思いをさせた罰として、今日は一日私の世話をしていただきます。他のお仕事はしてはいけません。早く、私と一緒にお部屋に戻ってくださいな」
にっこり。
「…っ、〜っ、〜〜〜〜っ!!」
イーリアが声にならない叫びを上げて何かと戦っている。
そんなイーリアの肩をポン、と叩く者がある。
「イーリア様ぁ、ウチも先輩のお世話していいですかぁ? 寂しかったらしいんでぇ」
さらにぎゅ、とイーリアの片腕をとる者がある。
「わたくしもご一緒したいですわ。お姉様がお部屋にいて欲しかっただなんて、わたくしとしたことが気が利きませんでした」
はいはい! と手を挙げる者達がいる。
「コマ様がミカ様を太らせろとおっしゃるんです! 私達、菓子を持ってお尋ねしてもよろしいでしょうか!」
肩に魔獣を乗せた仏頂面の者もいる。
「しょーがねーな、金貨分の働きはしなくちゃなんねえ。夕方まではそっちに控えてやらあ」
私を抱き上げようとする者がいる。
「義母上が遠慮するなら、引き続き僕がこの面子と共に世話をしますが」
「っ、ダメだダメだダメだ! 姫はこの私をご指名だぞ! 下がれザコル!!」
「はい。では」
ザコルはあっさりと引き下がった。
「茶番は終了だ! 私は今日一日姫に仕える!! 医師殿、何かあるか!」
名指しされたコマが頭を掻きながら民衆の前に出る。
「あー、そうですね。さっきもあっちの女子も言ってましたが、この姫は肉が足りてません。こうも痩せぎすじゃいつまた倒れてもおかしくねえんで、この機会に太らせようかと思ってんですよ」
「聴いたか皆の衆!! 差し入れは何か太るものを持ってこい!!」
「え、ちょ」
「黙ってろ姫」
コマに制されて思わず口をつぐむ。
ざわざわざわざわ…
「太るものだって。確かにミカ様は痩せすぎだよ」
「というか鍛えすぎじゃあないの」
「働きすぎもよ」
ざわざわざわざわ…。
「ねえ、何持ってく? やっぱりサンドイッチ? 具は?」
ママ友軍団が持ち寄りパーティみたいなノリで議論を始めた。
「お二人の甘ーいご関係に似合うのは砂糖菓子に決まってるわ!」
「どうにかしてチッカまで買い付けに行くわよ、町長様の許可を是が非にでも貰わないと…!」
「店に、いえ街にあるだけ買い占めましょう! きっとザコル様が一粒一粒手ずから食べさせて…ああ、捗る!! 捗るわあ!!」
「実質タダ! 実質タダね!」
現在、私達をカプ推ししている元ザハリファンの女性達が燃えている。どうか財布と相談するところから始めてほしい。
「おお、見どころのある女性方がおられますなあ!」
「我々の虎の子はセージ殿が用意なさった例の衣装ですからな」
「ミカ様ならば、あれだけでパンを何個でもいけるはずですぞ」
「猟犬様が着用なさった所を人形で再現などしたら生きる活力となるのでは」
「例の絵もどうにか…」
こっちのガチ勢は財布の使い所が違う。というかよく解っている。
あ、ていうか返礼品を用意するべきでは。差し入れを持ってきた人は平等に配って…。
そんなことを考えていたらザコルに「余計な仕事を増やさないでください、僕が適当に何か渡しておきます」と釘を刺された。
「俺ら、避難させてもらってる身じゃ大したもん持っていかれねえから悪ぃなあ…。そーいや、助けてくれたご令嬢が分けてくれたモンだっつって、リラちゃんからチーズもらったことあるんだ。あの子も避難してたってのに、あんな小さいうちから立派なモンだって泣けちまって…」
「それ、私もよ。干し肉か何かもらったわ。思えばあのカゴ、ミカ様のものだったんじゃないの」
山の民の子リラは、水害の際に私が預けた食糧入りのバスケットを独り占めせず、律儀に避難民達に配って回っていたようだ。
「そうかミカ様、いつもそうやって人に分けてっから栄養が足んなくなっちまったんだろ、絶対そうだ!」
「そりゃマズイよ、あたし達が肥えてミカ様が倒れてたんじゃ、小麦送ってくださったテイラー伯様に顔向けできなくなっちまう!」
私の栄養失調説が浮上してしまった。今は水害直後でもなければミリナでもあるまいし、毎日出されたものをガツガツ食べているというのに。
「小麦か、太らせるならやっぱり小麦だな。よし、練るか!」
マッチョ代表、りんご箱職人がオオーッと拳を上げている。パンか麺でも作るつもりだろうか。あたし達も練る! と避難民達が群がっている。
「あたしらは干し林檎をもっと届けてあげましょうか。おやつにしてもらいましょ」
「あれな、ストーブに乗せて焼くとうめえぞって教えといてやらにゃ」
「あら、それバター落としてもおいしいんだよ、ミカ様にも試してほしいねえ」
何だそれ、ぜひやってみたい。あの人達は先日教会で会った老夫婦達だ。
「ふかし芋を水気切ったヨーグルトで和えてさ、塩ふったやつもどうかしらねえ。羊肉のベーコンも入れてさ、止まんないんだよ」
畜産家の奥さんが話すのはポテトサラダ的なものだろうか。マヨネーズの代替にヨーグルトと塩ってとこか。そっちも気になる。
「俺が昨日作った干し林檎のパウンドケーキもちゃんと食べてくださいよお!! カッツォにも訊いて、ヨーグルトのパウンドケーキも作ったんすから!」
雪だるまの一つが叫ぶ。
「何それー、絶対おいしーやつじゃーん。やばー、美容師だけじゃなくてパティシエもいるとか先輩のワンコ部隊マジ最強」
ちっ、と舌打ちが聴こえる。しばらく姿を見ていなかった野次三人衆だ。確か同志村スタッフの護衛でチッカの行商について行ったはずだ。もしかしたら吹雪で帰還が遅れていたのかもしれない。
「くそ、テイラーの騎士め、洒落たモン作りやがって。田舎モンの意地見せてやろーぜ」
「お前何か作れんのか」
「……意地だ! 意地を見せる!!」
厚意はありがたいが無理はしないでほしい。
「イーリア様、食べ物なんて、私、自分でお芋でもふかして食べておきますから…」
「私の世話になるのだろう。全て毒味の上、手ずから食べさせてやるからな」
ニコォ…。
「わあ、ザコルの魔王の微笑みそっくり」
イーリアがぱちくりとまたたき、そしてふっと笑う。
「そうか、ザコルは私に似ているか」
「ええ。たまに大笑いなさる時や、開き直っちゃうとこなんかもそっくりです。ふふ…っ、失礼、でしょうか…」
あ、やば。寒さがつらくなってきた。
「ああミカ、大丈夫か…やはり、あなたはあなただな。すぐに戻ろう」
震え始めてしまった私の首に、ユキが持参したストールを回してくれた。
イーリアはザコルに私を先に帰すよう命じ、側近達には雪だるま状態の男達を解放するように命じた。
つづく




