猛吹雪④ キモいと言わせようとするのはやめろ
入浴の準備が整ったとユキが迎えに来て、脱衣所に抱えられて行けば、メイド長含む使用人マダム三人組が待ち構えていた。
「ようやくお世話をさせていただけますわね」
「皆さん、申し訳」
「何もおっしゃらないで。さあさあザコル様、お預かりいたしますから」
「ミカをよろしくお願いします」
マダム達は流石の落ち着きようで、適当な雑談を交えつつにこやかに入浴介助を始めた。
「昨日今日はよく降りましたわねえ」
「雲が晴れておりませんから、まだ降るんじゃないかしら」
まだ降るのか…。今でさえ外はすごい積雪だというのに、明日にはどんなになってしまうだろう。
同志村は一応町の中へ移動していたが彼らはテント暮らしだ。今どうしているかとマダム達に訊いたら、昨夜吹雪の前兆があった時点で町の人達が避難を呼びかけてくれたらしい。恐らく集会所や避難所で過ごしているそうだ。同志村女子達は元々防犯上の理由でこの屋敷にいる。皆無事そうで一安心だ。
「ミカ様、井戸の周りの雪を退けていただいてありがとうございます。今のうちにと水を汲ませております」
「それはよかったです。あの、適当に溶かしてしまいましたが、再凍結したら滑って危ないでしょうか」
「ふふ、ここらの者は雪にも氷にも慣れておりますから。滑って転ぶ方が間抜けですよ」
テイラーの騎士達は転ぶ者もいそうだな…。
「ミカ様、先に申しておきますが、井戸が使えなければ雪を溶かして使いますからね、毎朝井戸の周りを除雪せねばなどとはお考えにならないよう」
釘を刺された。まさに今そう考えていたところだった。
もちろん井戸水の方が綺麗で美味しいようだが、この世界の雪だって現代日本で降る雪よりは綺麗なのだろう。そういえば、メリー…今は従僕メリタになっているが、彼女は雪を牛乳に入れてフラッペ風にして飲みたいなどと言っていた。
「む、メリタって今どうしてます?」
「そちらもご心配なさらないで。きちんと縛…いえ見張っておりますから」
あの衝動的なメリーのことだ。私が害されたなどと噂にでも知ったら、ザハリを討つとか心中するとか言いかねない。彼女は元ザハリファンだが、私に寝返ってからの言動を見る限りそれくらいはしそうな気がする。
…はて。今メイド長、縛って、と言いかけたような…
「血の気の多い怪我人にも見張りをつけておりますし、料理長も調理室につないでおりますからね。何もご心配は」
「えっ!? 料理長もつながれてるんですか!?」
メイド長がしまった、とばかりに口を押さえる。
「…ほほ、言葉のあやでございます。とにかく、ミカ様は何もご心配なさりませんよう。しっかり静養なさってくださいませ」
濁された…!
どうやら、私に会っても何も詮索しないで済ませられるくらい『落ち着いた』人間だけが屋敷を自由に歩けているらしい…と判ってしまったが、私にはもはやどうすることもできない。迂闊に姿を見せて刺激するのも悪手なのだろう。いつぞやの暴動未遂を思い出す。
思ったよりも私が地下牢で害されたと周知されているようで動揺する。いや、もしそうなら、こうして私の介助をし『傷がないのに貧血』であることを知ってしまったマダム達は…。
「どうか私達を信じてくださいませ、ミカ様。あなた様が、神に遣わされた特別なお人なのだろうということは、ここにいる私達、あらかじめ存じております」
バッと顔を上げる。水飛沫が彼女のエプロンに飛んでしまった。
神に遣わされた特別な人、それは、単に渡り人で魔法士という意味ではないように聴こえる。
「どうして」
「もちろん、何も聞かされておりませんよ。ですがもう、こちらにいらしてから随分と経ちますからね。自ずと」
「さあさ、そんなお顔をしないで。女帝様もまさか私達をみいんな処分だなんていたしませんよ」
「ふえ、なんで考えてること解るんですかぁ…!」
まさに、私の能力の情報をもみ消すために、イーリアが何人手にかけるかと想像してしまったところだった。
「ですから、こうして長くお付き合いさせていただいていれば、人の好いあなた様がどんなお考えをするかなんてお見通しなのでございますよ。ねえ」
「そうね、ミカ様だものねえ」
ほほほ、と上品にマダム達が笑う。
「まあまあ、ミカ様ったら、あまり泣かれますとこの湯を再利用できなくなりますわ」
「ふべえ、一滴でも落ちたら手遅れなんですよう…!」
はっ、とマダムの一人が自分の手を見る。
「…………だめね。ミカ様がお入りになった後の湯は原則捨てることにしましょう。洗濯もダメよ」
あかぎれでもあったのだろうか。彼女は自分の指先をこすっては何度も確認していた。
私がれっきとした治癒能力を有することに気づいている使用人は、ペータ以外ではごく一部の上層部だけのようだ。屋敷で療養中の怪我人はもちろん知らないという。
以前大衆に向けて、有り余る魔力を垂れ流しているために、周りに『元気を与えている』と説明したことはある。その時に一応は否定したつもりでいたが、いつ確信させてしまったのだろう。
考えうる限りではペータから上司等に相談があったとするのが妥当だが、彼には同僚はもちろん家族にさえ言うなと厳しく命じてあった。ペータは今回私の事情を知っている側の人間として動いてくれている。それをこの彼女達が把握していないとも思えない。
もしかしたら、今回のトラブル後にペータが目をつけられたか、探りを入れられた可能性もある。それか、以前から彼女達に話していたわけではないが、今回特別に目こぼしされている可能性も…
「あのっ、彼…」
「はあ、以前も思ったことですけれど、ミカ様は相変わらずお痩せになっているわねえ、引き締まっているとも言えはするけれど…」
「こんな貧血のところに月の物でも来たら、またお倒れになってしまうんじゃないかしら」
私の髪を拭きながらマダム達が嘆息する。
「ミカ様、次の予定はいつ頃か把握していらっしゃる?」
「え、えっと、あの」
「旅に出ていたのだもの、記憶が曖昧でも仕方ありませんわ。大体で良いのですよ」
「…………えっと、三、いや四ヶ月、夏の初めくらいからずっと、来てない、といいますか」
はあ!? とマダム達が素っ頓狂な声を上げ、そこからは質問責めに遭うこととなった。
◇ ◇ ◇
「はあ…。信じてもらえてよかった…」
「……そうですね、僕が彼女達に殺されなくてよかったです」
入浴後、念のため再びトイレに行ってから部屋に戻り、二人でソファに座り込んで嘆息する。
ぶっちゃけ妊娠の可能性を疑われていたのだ。もしそうだったとしたら、妊婦を辺境まで馬で連れてきたことになり、もはや貞操がどうとかいう問題に収まらなくなってしまう。
「テイラー邸では完全に別棟で寝起きしてたって、誰か証人を呼ばないといけないとこでした。ていうかみんな本気で私達が一線越えてると思ってるんですかね?」
「一応、この屋敷内では何もないと思われていますよ」
それをどういう手段で把握されているのか考えたくはないが…ああ、それでバレたのかもしれない。彼女達がマージに仕える影でないとなぜ言い切れる。
「まあ、逆に同室にいて何もないというのが、先程の疑いにつながった可能性もありますね」
「なるほど…」
吐き気はないかとか、腹囲は変わってきてないかとか。それから、どこか情緒不安定なのも貧血も、実はそのせいではないかとか。
「なんか、久しぶりにこういう生々しい勘ぐりをされたような」
「何を言っているんですか、ずっとされているではないですか。あなたが乱暴でもされないようにと、ずっと」
ずっと…。ずっとこの人疑われてるってこと? 同室になったその日から今日に至るまで、ずーっと盗み聞きか監視でもされてるってこと…? え、三週間強ずっと…?
「信用なさすぎじゃ…あっ、そうだ、そんなことより彼ですよ彼」
「彼、ですね。僕も彼の状況は気になります。サゴシ、そこにマージはいますか」
ガコッ。
シュタッ。
忍者が降りてきた。
「今、逃げられました。去り際に心配するなとおっしゃっていましたが」
マージはなぜ逃げた…。人の情事を覗いている自覚でもあったんだろうか。
「…ねえ、サゴちゃん」
「よ、浴室や厠は覗いてませんよ!?」
シュバ、サゴシが謎の構えをとる。こっちには自覚がありそうだ。
「うん、それもちょっと気になってたことだけどね。君が本気出すと私ごときじゃ気配感知できなくなるから、信用のしようがないっていうか」
「なんでそれをっ、いや違っ、し、信じてくださいよおお…!!」
わざとらしい…。泣きそうな顔をする忍者に目をすがめてみせる。
「まあいいんだけどね、そんなことは」
「そんなこと!?」
忍者の目が丸くなった。
「ミカ、それでは覗いていいと言っているようなものでは?」
「ザコルが見逃すはずありませんので」
ふむ、とザコルが頷く。
「さて、君にも訊きたいことがあったんだよ。君はどこまで把握してたのかな。ハコネ兄さんに聞いた?」
「いいえ、今回初めて知りました。魔力譲渡についてはあの町医者との話を聴くうちに知りましたが」
「…へーえ?」
「本当ですって!!」
「それにしては落ち着いてない?」
「あ、あなた様に、どんな奇跡が起きても今さら驚きません。護るべき対象というのは変わりありませんし」
「ええー…本当かなあ…って、あの、ザコル?」
うんうん、と何やら満足げに頷いている人がいて思わず声をかける。
「サゴシ、やはり君はブレませんね。僕もこうありたいものだ。精神を強くする秘訣でもあれば教えてくれませんか」
いや、何言ってるんだろう…。
「いや、何言ってんですか…。あ、ちょっ、迫ってこないでくださいよ!」
立ち上がったザコルをあからさまに警戒する忍者。
「どうしてですか。昨日は右手しか愛でられませんでしたから、左手も」
「手は見せませんから!!」
「そうですか、残念です」
しゅん。
「うっ、その顔でっ、その顔で落ち込まないでくれませんか!? 絆されそうになるじゃないですか!」
「僕の顔が何だというんです。今はさして目を引く顔でもないと思うのですが」
「俺の目には毒なんですよ! 大体、あの弟君といいあなたといい狂信的なファンが多すぎる…! やたらに襲われていたとも聞きますし、何か呪いか魅了の加護でも持ってるんじゃないですか!?」
「…さあ? 解毒の加護はあると思いますが、それ以外に思い当たる節は…。ああ、ミカの魔力は貯めていますよ」
忍者は、あああああ、と呻きながら頭巾ごと頭を掻きむしった。
「そんなことじゃ、そんなことじゃないっ、この俺が惑わされるなんてあり得ないんですよおおおおおお…!!」
シュバ、どたんどたん、ガポッ。
…シーン。
「残念、行ってしまいましたね」
「今、何か重要そうなこと叫んでませんでした?」
あそこまで乱心する彼は初めて見たかもしれない。
「呪いや魅了の加護というくだりですか? あまり広く知られていないというだけで、呪いも加護も、魔法等の専門知識を持つ者ならば知っていてもおかしくはありません。彼は勉強家なんですね」
そういうことを言いたいのではないのだが…。
「勉強家かどうか、そのあたり私は知見が少ないので何とも言えませんが。双子に変なチート能力がある可能性が…? ていうか彼、その魅了だか呪いだかに耐性がありそうな言い方もしてたじゃないですか。ていうかザコル、迫ったんですか?」
ザコルはふるふると首を横に振る。
「迫ったなどと人聞きの悪い。ミカやタイタも彼に興奮していたでしょう。僕も彼の狂気に魅せられて素直な感想を述べただけですよ。彼の手の平、よく見たことはありますか。何の癖も、得意な武器さえ判らないまっさらな手なんです。あの美しい手にどんな謎が秘められているかと思うと…ああ、ゾクゾクしませんか、しますよね」
「………………」
恍惚と他所の男の手について語る彼氏を眺めるこの気持ち、一体何に例えたらいいんだろう。
マージもサゴシもどこかへ行ったようだし、滅茶苦茶にしてやろうかと久しぶりに思った。
ベッドでクッションにもたれ、同志の一人であるジョーとその妹ティスが用意してくれた薬草図鑑を広げていると、コンコン、とノックが響いた。エビーとタイタだった。
エビーが微妙な顔でこっちを見てくる。
「何よう」
「何であの人心神喪失してんすか」
「だって、なんかサゴシに魅せられたとか美しいとかゾクゾクするとか言うから…」
はああ、と溜め息をつかれる。
「元気かよ」
「元気ですう」
エビーは、ぼんやりと床に正座しているザコルを指先でツンツンし始めた。
「ミカ殿、今のお言葉は本当で?」
「え、ザコルがサゴシに魅せられたってとこ?」
「あ、いえ、それもそうですが、お元気なのですか」
「ああ、うん。落ち着いてるし元気だよ。さっき魔法も使ってきたし、ご飯も食べたし、お風呂にも入れてもらったし」
エビーとタイタが顔を見合わせる。
「風呂に? さっき風呂使ってたのって、姐さんすか」
私が浴室や脱衣所を使っている間、エビーとタイタはザッシュ達について地下牢に入っていたようだ。そして脱衣所に人が入ってきて、しばらく地下から出てこられなくなったらしい。
「介助もいるっぽかったから、てっきり町長様かと」
「ううん、あのね、午後、目覚めた後に魔力過多になって…」
私は午後の出来事をかいつまんで話す。
ザコルが大丈夫だというからマダムに預けられてみたこと、使用人の皆にはとっくの昔に地下牢で害されたことが知れ渡っていて、しかもマダム達には治癒能力を有することさえも知られているようだということも…。
「マジかよ…。それ、ザッシュの旦那も言ってなかったすよ」
「誰に聞いたわけではない、って言ってたよ。こんなに長く付き合ってたらねー、って感じだった。私が貧血で、しかも害されたと知ってるはずなのに、何の傷もない裸を見ても全く動揺してないんだもん。こっちがパニクって泣いちゃった。これから、私の使った湯は洗濯にも使わず全部捨ててくれるらしいよ」
「モロバレじゃねえすか。まさか少年か…?」
「ううん、それも違うと思うんだよね。単に、この寝室が夜中筒抜けなんじゃないかって思う。ザコルはずっとそうだって…」
えっ、とエビーとタイタが周りをキョロキョロする。多分だが、今は誰も聴いていないと思う。
「ここでもあまり決定的な話はしてなかったつもりだけど…。どーしよ、屋敷の人達に何か処分がくだったりしたら…」
じわ、涙がこぼれそうになって慌てて図鑑を閉じ、横にやる。タイタが駆け寄ってきた。
「ああ、お泣きにならないでくださいミカ殿。お嬢様がいいように収めてくださるとおっしゃっていたでしょう。最悪、関係者を全員テイラー邸に召し上げてでも助けてくださいます!」
「わあ、パワープレー」
涙が引っ込んだ。そっか、お金のあるお貴族様はそういうこともできるのか。すごい。
「恐らくですが、アメリアお嬢様は、洗脳班をテイラーの手の者ということにして、ザハリ様の身柄を渡すように要求なさるおつもりでしょう。我らがファンの集いの会長は次期テイラー伯となられるオリヴァー様ですから、そういう解釈も可能なのです」
「ほおおお、なるほど、しゅごい…!」
思わず拍手してしまった。
「姐さん…。語彙がガキンチョ並みになってますけど、大丈夫すか」
「だいじょぶ。図鑑見てても目が滑って全然頭に入ってこないけど、元気は元気」
「それ…っ、めっちゃ疲れてるか体調悪い時になるヤツじゃねえすか! 何が元気だよ! 文字見んのやめろよ!」
「だって暇で…」
「寝ろ!!」
ズカズカとやってきたエビーに背のクッションと図鑑を取り上げられる。
「あーん」
「あ、ミイ殿」
突如、タイタの上にいたミイが私とエビーの間に乱入してきた。
ミイミイ!
お前、ミカに乱暴するな! 死んじゃうだろ!
「ミイ、大丈夫だよ、エビーは乱暴しようとしたわけじゃ」
「なんだよもう、じゃあミイちゃんがこのアホ姉貴を叱ってくれよ! こんな調子じゃ全然回復しねーぞ!」
ミイミイミイ?
そうなの? ミカ、回復しない?
「そうだミイミイミイだってんだ!! ミイミイミイミイミイ!!」
ミイ!? ミイミイ!
何だって、コマ呼んでくる!
「あ、ちょっ」
ふわり、ミイが姿を消す。
「エビー、今なんて言ったの、ミイがコマさん呼びに行っちゃったよ」
「え、適当にミイミイ言っただけすけど。逆に姐さん分かんねえんすか」
「もー適当に言っただけのが翻訳されるわけないでしょ! ……っ」
大声を出したせいかクラっときて頭を押さえる。
「あっ、姐さんごめん、うるさくしちまった。ほら、寝ろ、な?」
エビーに促されて横になる。
タイタが珍しく眉間にシワを寄せた。
「…ミカ殿、お元気でないのにお元気とおっしゃるのはよくありません。俺のように察しの悪い者では見過ごしてしまいます」
「そんなことないでしょ…。最近のタイタ、キレッキレじゃん…」
タイタから、今までいかに私に出し抜かれてヒヤリとしたかなどをこんこんと説教されていたら、バァン、とノックも無しに扉が開いた。
ソファにどっかり座ったコマの口から延々と嫌味が垂れ流されている。
「ミイ、そいつが死にそうになったら報せろって言ったんだぞ、そのクソ女のどこが死にそうなんだこのドアホ」
ミイミイ…
だって、あの金髪が死ぬって言った。
「ミイはエビーの適当ミイ語を真に受けて行っちゃっただけですので」
「金髪…てめえ」
「睨まないでくださいよお、だって、明らかに消耗してるくせにこの人すーぐ編み物とか勉強とかしようとすんですよ!? 寝ろって叱ってたらミイちゃんが乱暴すんなって怒ってくるからさあ」
ミイミイ!
金髪! 僕のせいにするな!
「怒んなってミイちゃん、それもこれも素直に休まねえあのミカさんが悪ぃんだ。最終兵器オカンも無力化されちまったしな。元気に見えっけど、ちゃんと休んで回復させねえとマジでやべえぞ」
ミイ!?
マジでやべえ!?
「ああ、だからな、また本とか編み棒とかペンとか持とうとしたらすぐ俺かコマさんに報せろよミイちゃん」
ミイミイ!
そうする!
「よしよし。これで安心すわ」
「またミイを焚き付けて…。ミイ、読書や編み物くらいでどうにもならないから安心して。今はちょっと疲れてるだけだからね。ていうか、君達普通に会話成立してない? まさか本当にミイ語習得したのエビー」
「まさか。こんなんノリで通じるっしょ。な、ミイちゃん」
ミイ!
ノリでつーじる!
魔獣がチャラ男に毒されている…。
「もー…。あ、コマさん、昨日は診察してくださったそうでありがとうございました。それに、皆にも心配ないと伝えてくれたそうですね」
「ケッ、犬が寄越した金が多すぎたんだよ。大金貨を飛礫みてえに投げやがって」
「ふふっ、相変わらず親切ですねえ」
「誰が親切だボケ。お前、三日くらいは文字見んのと細え作業は禁止な」
「ええー!?」
ドクターストップが出てしまった。エビーがニヤニヤしているのが腹立たしい。
「あと、今日何食った」
「えっと、朝は葉物野菜と肉団子のスープにチーズと卵焼きとパンで、昼は根菜と肉団子のシチューとパンで…」
「なんつーか血にはなりそうだが太りそうにねえメニューだな…。おい金髪、厨房行ってなんか甘いモンでも作ってこい。できるだけ小麦と油使って重たく仕上げろよ」
「重たく…? えっと、解りました。重たく、重たくかあ…。あ、バターたっぷり使ったパウンドケーキとかどうすかね。干し林檎刻んで入れてもうまそーだな。カッツォにもいいレシピねーか訊いてみっか。ついでにお嬢に砂糖使う許可ももらってこよ」
エビーはどこかウキウキとした様子で部屋を出て行った。
「あいつ、騎士や従者より料理人のが向いてんじゃねーのか」
「あんまり贅沢なもの作らせないでくださいよう、私が食べるなんて申し訳なくなっちゃう」
ジロリ。コマのエメラルドの瞳がこっちを睨む。相変わらずの美少女ぶりだ。男だけど。
「いいか、お前はちったあ太んねえと月のモンが戻ってこねえぞ。薬だと思って食え」
「えっ、何で私の周期が遅れてるの知って」
あ、タイタがそっと耳を塞いだ。紳士的には勝手に聴いちゃ悪いとでも思ってくれているのか。
「そこの犬がここ一ヶ月以内には来てねえと断言しやがったもんでな。キメえだろ」
「そ、それは…。まあ、この一ヶ月ほぼほぼ一緒に寝起きしてますから、知ってるでしょうね…。キモくはないですよ」
「そういや、お前体型の管理もされてんだったな。キメえな」
「そ、それは…。アメリアの指示もありましたから。正直恥ずかしいですが、キモくはないですよ」
「そいつ、どーせお前の怒った顔も蔑んだ顔もイイとか言ってくんだろ、キメえだろ、キメえって言え」
「き、キモくは…」
ガタタッ。ザコルがそばにあったローテーブルにぶつかりながら立ち上がった。
「コマ。ミカにキモいと言わせようとするのはやめろ」
「うるせえキモ犬。お前はいい加減姫に嫌われろ」
「不吉なことを言うな!!」
ギャイギャイギャイ。
通常運転だな…。
急に瞼が重くなってきた。
タイタが布団を肩まで上げてくれたのを見た直後、私はふっと意識を手放した。
結果から言えば、その日私はパウンドケーキも夕飯も食べられなかった。
つづく




