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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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131/567

猛吹雪① 当てつけ上手の中田さんは誰の斥候で来たの

 ゴオオオ、という凄まじい音に目を覚ます。


「ミカ…」

「…ザコル?」


 はあ、隣で私を温めるように抱いていた人が安堵の息を漏らす。そして縋るように私を抱き締めた。


「この音…」

「雪ですよ」


 私の髪や肩にすりすりと顔を寄せる人の背中を撫でる。


「そっか…。今日は、鍛錬は無理そうですかねえ」

 すりすりすり。

「ええ。だからミカも観念して今日はベッドから出ないでください」

 すりすりすり。

「ふふ、じゃあザコルも出ないでくださいよう。こうやって一日中ぬくぬくイチャイチャしましょうねー」

 すり…ぴた。

「そっ、そういうことをっ、床の中で言うな!! 無事に起きたと思ったらすぐこれだ!!」

「何で照れるんですか」

「照れてない!!」


 縋りついてもみたが、さっさとベッドから出て行かれてしまった。まあ、これ以上すりすりされたら変な気分になりそうだったのでしょうがない。

 私も少し体を起こしてみる。屋敷を横から叩くような轟音、窓に貼り付いた雪。まだ暗い時間だが、それだけで外が猛吹雪であることが察せられた。


「まだ横になっていてください」

「はい」

 起き上がった際に頭がふらっと揺れるような感覚があったので、私は素直に従った。


 ミイ!

 ミイが枕元に現れる。

「あれ、ミイ。もしかしてついててくれたの」

 ミイミイ、ミイ、ミイミイ。

 ぼくはミカが死にそうになったらコマに報せる係だ。

「ああ、コマさんが診てくれたんだね、お礼言わなきゃ。ミイも私のためにありがとう。昨日のこと少し訊いてもいいかな」


 ミイが昨日の出来事をざっくりと説明してくれている間、ザコルはあっちを見てろと指示して自分の着替えをし、その後は私の体を支え起こしてカーディガンを羽織らせてくれた。そして背にクッションをいくつか挟み、もたれて座れるようにもしてくれる。至れり尽くせりだ。

 そして顔を拭くためのおしぼりと、薬と水の入ったカップを渡される。私はそれを自分で加熱して飲む…苦い。


 トントン。ノックの主はエビーとタイタだ。


「おはようございます、ミカ殿。お加減はいかがでしょうか」

「うん、まだ少し眩暈はするけど、気分は悪くないよ。よく寝たし、元気だと思う」

「それはようございました」


 タイタの穏やかな笑顔に癒される。

 ミイは定位置とばかりにタイタの頭上に登って腰をおろした。

 エビーが廊下から誰か引き入れる。かしこまった様子のペータだった。


「姐さん、俺らと一緒に朝食どうすか」

「えっ、本当? 嬉しい!」

「へへっ、昨日は寂しい思いさせちまいましたからね。少年が気ぃ利かせてくれたんすよ」

 少し照れたような顔をするペータの背をエビーがパシッと叩く。

「よろしければ、すぐにでもご用意を始めさせていただきます」

「ありがとう、ペータくん。昨日は驚かせちゃったよね、ごめんね…」

「ぼ、僕に謝られないでください! お倒れになったと聞いて心配はいたしましたが…」

 ペータは頬に貼られた新しい湿布を指先で触ってみせる。

「お力になれることは、遠慮なくお申し付けください」

 私は笑顔で彼に頷いてみせた。

「早速なんだけど……えっと」

「何でしょう、どうぞ何でもおっしゃってください」

 期待の眼差し。護衛三人も私の言葉を待っている。


「………………………………お、おトイレに、行きたいな…」


 皆を固まらせてしまった。申し訳ない気持ちでいっぱいである。




 当然のようにザコルが私をブランケットに包んで抱え、エビーとタイタを伴って部屋を出る。ちなみにトイレは一階にしかない。

 こんな格好ではすれ違った人をもれなく心配させてしまう。支えてくれれば普通に歩くのに。

 と、グダグダ言っていたら、ペータが協力するからと前を歩いてくれることになった。

 つまり、ペータを斥候に出し、姿を見られると面倒な人がいないかを確かめながら進む。何のミッションだ。


「…ミカ、まだ大丈夫ですか」

「あんまりだいじょうぶくは…。昨日、地下に行く前に一度行って以来、ずっと行けてませんし」


 だと言うのに、お風呂上がりに蜂蜜牛乳二杯、その後スープも飲んでいる。血を失ったせいで少しは体液として吸収されているだろうが、それでも我慢の限界だ。

 恐らく、ザコルは私のためにあまり激しく動くのを遠慮してくれている。でも、もう跳んでも跳ねてもいいから早く連れてって……


「…なぁーにやってんのよアンタ達」

 びくー。

「ロット兄様! ミカを驚かせないでください」

 背後から気配を消して寄ってきたロットに、ザコルが小声で文句を言っている。

「何、厠にでもでも行く気?」

「そうすよ、でも、こうして抱えられたとこ見られちゃ変な心配させるってうちの姫が言うもんで…」

「相変わらず気にしいねえ。そんなの堂々とイチャイチャしながら行けばいーじゃない。その方が誰もツッコまないわよ」


 ………………。


『確かに…!』

 エビーとタイタが目から鱗みたいな顔をする。


「いや、何を言っているんです。急にそんなことをしたら余計に怪しまれるでしょう」

「アンタこそ何言ってんの…? 急も何も普段からあんな調子のくせに、お姫様抱っこくらい今更何だって言うのよ」

 …ちょっと、本当に限界になってきた。このままではヤバい。

「皆様、今なら誰もおりませんから、早く!」

 ペータが手招きする。こんな男ばかりの大所帯でトイレに連れて行かれるのも何かと思うのだが、列が進んで心底ホッとした。



「ミカ、一人で行けますか」

「だいじょぶっ」


 バタンッ。勢いよく厠の扉を閉める。多少の眩暈など気にしている場合ではない。ついでに言えばザコルに音を聴かれているとかも気にしている場合ではない。目の前で漏らすよりは百倍、いや千倍マシだ。

 無事いたしたものの、途中から凄まじい眩暈に襲われた。あれだ、もしやこれ、限界まで我慢した後に起こる、排尿失神寸前てやつ…。


「みんな待たせてるのに、こんなとこでぶっ倒れられない…っ」


 何とか下着を持ち上げ、めくれたスカートを払い、乙女の尊厳がギリギリ保てるレベルの格好でトイレの錠前を外す。扉を開けたところでザコルが受け止めてくれた。


「やっぱり介助に入ればよかっった」

「倒れそうになっといてなんですが、それだけは御免被ります」


 ちなみに排尿失神とは。膀胱が限界に達した飲んだくれが飲み屋のトイレなどで倒れている現象を指します。一時的に脳に血が回らなくなって起こるものであって、本当の貧血とは違うとか何とか。


 手を洗わせてもらった後、額に浮かんだ冷や汗を拭かれ、すぐ抱き上げられる。タイタが私にブランケットをかけ直してくれた。

 ありがたいが、やっぱり過保護すぎやしないだろうか…。


「ほら、寒いんだからとっとと部屋に戻りなさい」

 同じく過保護そうなロットおねえが手招きしている。


「…待って、お風呂の残り湯に、魔法を」

「こんな吹雪で洗濯ができるとでも思っているんですか」


 本当だ。窓から見える入浴小屋も真っ白な山にしか見えない。今日は入浴に来る人もいないのだろう。


「全く、ザコルが過保護になる気持ちも解る」

「ザッシュお兄様」


 体調のせいで注意散漫になっているのか、気配感知が全く機能していない。


「ザッシュお兄様、ロット様。改めまして、おはようございます」

「ええ、おはようミカ」

「おはよう。体調は…どう見ても悪そうだな」

 ザッシュは、ブランケットで簀巻きにされ抱えられる私を一瞥して言った。

「ふへへ、情けない姿ですみません」

「そんな顔色で気を遣おうとするんじゃない。大体、あなたは痩せすぎなのだ。少しは蓄えろ」


 コマに言われたらしいことをザッシュにも言われてしまった。

 しかし一理ある。少し血を流したくらいでこうも貧血になっていては、いくら自己治癒能力があっても怪我などできない。


「ミカ、シュウ兄様が言いたいのはそういうことではないかと。そもそもあの失血では貧血にならない者の方が稀です」

「おい、おれは怪我をするために太れと言った覚えはないぞ」

 独り言を拾われた上に怒られた。


「怪我をするために太ると…!? どういう極端なお考えを…ミカ様、恐れながらご自分を粗末になさい過ぎでは?」

「そーだもっと言ってやれ少年」

 新しく過保護軍団に入ってきたペータをエビーが煽る。





「ロットにはあらかた話した。すまない、了解もなく」


 廊下を歩きながらザッシュに謝られる。吹雪の轟音にかき消されるくらいの絶妙な声量だ。

 そもそもまだ朝も早い。ペータを斥候に出すまでもなく、廊下を歩く人は使用人くらいしかいない。メイドも従僕も心得たように会釈して通り過ぎていく。

 …ロットの言う通り、私達が多少変なイチャつき方をしていてもそれが通常運転のように思われているようだった。


「能力のことなら自分でバラしにいったようなものですから。そういえば、イアン様って昨日どうしてたんですか」

 確かザハリの隣の房にいたと聞いた気がする。

「面倒事の予感しかしなかったのでな、先に鳩尾に一発入れて失神させておいた」

「あはは、さっすがザッシュお兄様」


 ならば、昨日の出来事は何も知られていないのか。ほっと息を吐く。


「ミカ? あのバカ兄にだけはホンットーに温情なんか要らないわよ、解ってるわね?」

 こくこく、ロットの忠告に頷いてみせる。

「本当はザハリにだって要らないっていうのに…」

「お前にも要らん施しだったがな、ロット」

「ちょっと、あたしはこれでも反省してんのよ!? でも、テイラー家が望むなら罰くらいいくらでも受けるわよ。もちろん、ミカの見てないとこでね」

 フン、とロットは肩に乗った長髪を払う。悪役令嬢なんだろうか。


「見てないとこでとか、そういうのやめてくださいよ…私なら別に」

「ミカ、アンタはもう気にするのやめなさい。あたしが償いたいだけなの。ね、何も心配いらないわ。ゆっくり寝てなさい」

 ロットが麗しいかんばせでニコリと笑う。


 …何というか、ちょっと心臓に悪い美しさだ。流石はあのイーリアの実子。ロットはキャラが濃いくらいで丁度いいんだなと思う。


「ロット姐さんは昨日一日で随分とうちの姫に絆されましたねえ」

「そうよ、悪い!? ほっとけないじゃないのよ、こんな子!」

 エビーのいじりにロットが噛み付く。ツンデレ悪役令嬢にしか見えなくなってきた。


「騒がんでくださいよ、女帝様に見つかっちゃうっしょ」

「母様なら昨日カリューに行って戻ってないわよ。地下牢で起きたことはきっちりかっちり報告しろって言われてんのに、どうやって伝えたもんかってシュウ兄様と絶賛議論中よ」

「そりゃそりゃ…。この分じゃ洗脳班っつー人達も到着は無理そうすね」


 外が明るくなってくると、窓の外はますます白一色にしか見えなくなった。雪を叩きつける強風も止む様子がない。


「洗脳班の件で少し、皆様にご相談が」

 タイタが皆の顔を伺うと、エビーが意を得たりとばかりに頷いた。

「ああ、秘密保持の観点からってやつすね執行人殿。ザッシュの旦那、朝食の後にどっかで集合しません? うちの団長がいると鬱陶しいんで抜きで」

「いいのか、上司だろう」

「俺らは氷姫ファーストなんで、別にいいんすよ」

 エビーがしれっと答える。


「エビー、じゃあ私の部屋でやってよ。仲間はずれもやだし」

「それではミカ殿がくつろげません」

 首を振るタイタにニコリと笑ってみせる。

「ふふ、私の図太さ舐めないでよ。四六時中監視されてたってゴロゴロできるし、眠くなったら勝手に寝るからね」

 ぶはっ、と召喚直後から私の監視に当たらされていた騎士が吹き出す。

「あーそういや、座敷牢を貴族宿のスイートかなんかだと勘違いなさってたお人がいましたわ」

「はあ? 座敷牢?」


 かくかくしかじか。


「はあ、アンタってホンット掴みどころのない女ねえ!」

「よく言われます」

 ロットの目が『ほっとけない子』を見る目から『変な女』を見る目になった。


 結果だけ見れば、マッチョ二人を加えて大所帯も大所帯、誰よりも目立って屋敷をパレードすることになってしまった。トイレに行っただけでどうしてこんな騒ぎに…。



 ◇ ◇ ◇



 部屋に四人分の朝食を運んでもらい、当然のように寝かされたまま食事介助されつつもモーニングを楽しんだ。今日は柔らかい肉団子入りの野菜スープに卵焼き、チーズ、パン、温かい蜂蜜牛乳と、いつもより豪勢だった。


 今日一日ベッドから出ないなら寝巻きのままでいいだろうと主張するザコルを他の二人もろとも部屋から追い出し、クローゼットにかけた服の中からゆったりしたワンピースを出してきて着替える。

 テイラー邸から送られてきたものの、あまり出番のなかった服だ。多分、どこにも出かけない休日を想定して選ばれた部屋着なのだろう。今日のような日にはぴったりだ。


 着替え終わって護衛達を部屋に呼ぶと、ここしばらく見慣れなかったドレス姿をエビーとタイタが褒めてくれた。

 ザコルは何も言わなかったが、私をソファに座らせて髪をいじり始めた。目が何となくキラキラしているので、多分似合うと思ってくれているのだろう。

 細かい三つ編みとゆるく分けた毛束を大きな三つ編みでまとめ、サイドに流した髪型が完成したところで、トントン、とノックが響いた。


 ガチャ。

 エビーやタイタが応じる前に扉が開く。


「どもどもー。うちのだんちょーがお世話になってまーす」

 ずるずるずるずる…

 ロットを物理的に引きずったカズと、眉間を揉むザッシュだった。




「なーにが『あたしが償いたいだけなの。ね、何も心配いらないわ』だよ。マジで首絞めて吹雪ん中放り出してやろーかと思ったんですけどぉー?」

「ゆ、許してカズ! ミカは確かにほっとけない子だけどあたしにとってはアンタが一番よ!」

「ちげーし。団長の一番とかちょーどーでもいーし。てか顔出すなっつったのにフツーにウロついてんのもありえないけどぉ、いっちばんありえねーのは何で団長のクセに堀田先輩のワンコ部隊に仲間入りしてんだってことぉ! 五百万歩譲って順番的にウチが先でしょぉー!?」


 げしげしげし。


「なっ、あだっ、ちょっ」

「立場弁えろこの脱皮鎧ヤロー!」


 げしげしげし。


「ぶふぉっ、脱皮鎧野郎…っ」

 エビーが吹いている。確かに今朝もロットは鎧を脱いでいるが…。


 げしげしげし。


「カズ、その辺にしてあげてよ。ていうか…」

「あ、いーのいーの、なんか庇ってやるのもバカらしくなっちゃってー。どーせ団長謹慎中でしょー。だったらもー立場とか考えてやる必要もねーかって」


 げしげしげし。


「あだっ、痛いっ、ああんっ、カズが酷いわあ」

「うるせーし」


 げしげしげし。


「あーん」

「ねえ、何か喜んでるけど」


 げし…ぴた。


「は? キモ…」

「なっ、何その目…ッ、立ち直れなくなるからやめて!? お願いよ!!」

「ムリ」

「ムリ!?」

 カズはロットを捨て置くと、スタスタと私の方にやってきて、ソファの隣にポスッと座った。


「ナカタ、そこは僕の席なのですが」

「野生のザコル様、ウチの髪も先輩みたいにして!」


 ザコルが少し困ったように私を見るので、私は彼にお願いと目配せした。

 この世界では本来、プロの髪結師でもない人間が家族や恋人等の間柄でもない異性の髪を触るのはマナー違反のはずだが、カズもそれは解って言っているのに違いない。


「ミカがいいのなら…」

 ザコルは、サイド二つにまとめられていたカズの髪紐を解き、私と同じ三つ編みにすべく櫛を入れ始めた。


「ナカタの髪はミカよりもうねりがありますね。元は黒髪でしょう、この根本以外の色は染髪によるものですか」

「そー、ウチ昔から癖っ毛でー。何度も染めてるからケッコー傷んでるかもー」

「自然な色合いに染まっていますね。流石、ニホンは様々な技術が進んでいる」


 ロットがグヌヌと血涙でも流しそうな顔でこっちを見ているが、ザコルは構わずにカズの髪を編んでいく。

 サラッ、とカズの肩に大きな三つ編みが垂れる。


「わ、すごっ、速っ! ありがとーザコル様! 先輩とお揃いとかちょーアガるー!」

「ふへ、かわいーね、カズ」

「むふ、先輩もかわいー。いーなあ、美容師がピとかマジうらやま」

「ふふっ、美容師じゃないけどね。彼上手でしょ」

「先輩が嫌じゃなかったら、また頼んでもい?」

「うん。またお揃いにしてもらおっか」

 キャッキャッ。

「かわいーすねえ」

「ああ、微笑ましいことだ」

 エビーとタイタがほっこりした顔でこっちを眺めている。


「…そうね、二人ともかわいーわよ、かわいーけど…っ、何なのよ、どーしてザコルばっかり…ッ!!」

「気持ちは解らんでもないがお前は少し落ち着け」

 ザッシュがロットの首根っこを掴みながら嘆息した。




「で、当てつけ上手の中田さんは誰の斥候で来たの」

「バレバレで草。もち、先輩ンチの妹ちゃんですよぉ」

「ああ、アメリアね。カリューの人達かと思った」

 昨日、入浴小屋の前で散々念押ししてきた彼らだ。

「それもありますけどぉ、先輩ってばもーロット様飼い慣らしちゃってるじゃないですかぁ、それはみんな解ってると思うんで」

「飼い慣らされてるって何よ!? あたしは別に」

「視線一つで黙らされた奴が何を言っている」

「シュウ兄様は黙っててちょうだい!!」

 ムキーッ。プンプン。


「アメリア、心配してるかな」

「そりゃそーですよぉ、むしろ心配もさせてくれないのかって悲しそーな顔してたからぁ、乗り込んできちゃいましたー」

「…だよねー」


 もし、自分がアメリアの立場だったら。

 私に何かあったことは確実だというのに、私本人には会えないし、関係者も言い淀むばかりで判らないことだらけ。さぞ不安な夜を過ごしたことだろう。そして朝から簀巻きにされてパレードしていたという噂も聞いたはずだ。同じく話を聞かされていないカズに相談くらいしたくもなるだろう。

 しかし、ありのままを語ったら今度こそ彼女を卒倒させてしまいそうだし、どう伝えるか周りとの調整も必要だ。


「てか、アメリアちゃんだけじゃないし。なんか同志村? の女の子達も心配してたし、イリヤも不安がっててそのおかーさんにまで先輩は無事かって訊かれたし。男の娘ちゃんが心配すんなって宥めて回ってましたけど」


 どうやら思った以上にコマに迷惑を掛けていることが発覚した。


「……でも、思ったより元気そーで、ほんと安心したっていうか」

 はあ、と息をつくカズの肩を撫でる。

「ごめんね、心配かけて。私のせいなんだよ」

「もー、マジで無理とか無茶とかやめてくださいよねー」

「…無茶したのは否定しないけど、あんただけには言われたくないよ中田」

「え、そ、それはまた別ってことで!」


 シュバ、カズが席を立つ。


「ちょっ、待ってよ、もう行くの?」

「え、なんかまだ話ありました? 先輩が元気だったってみんなに言ってこなきゃなんないんですけど」

「あ…そっか、じゃあさ、後でまた寄ってよ。話が」

「その話、急ぎじゃないなら明日にしません? 先輩元気そーだけど顔色めちゃヤバいし、寝た方がよくね」


 そう言われるとそれ以上縋ることもできず、私は部屋を飛び出していくカズの背中を見送った。



つづく

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