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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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どうやら僕は、またやりすぎたらしい

 失神に近い形で寝入ってしまったミカを前に、僕はどうしていいものかと床に座り込んだ。


「呼吸は穏やかですよね。しばらくはあまり動かさず、様子を見てベッドに運んだらいいと思うんですが」

「だが、医師を呼んだ方が」

「今からシシ殿をお呼びしたのでは『大事』になりかねません。ミカ殿は、ご自身が諍いのもとになるのをご懸念でしょうから」


 サゴシとハコネ、タイタの三人は冷静に話し合っている。サゴシは今回初めてミカの治癒能力を目の当たりにしたはずだが、全く動揺を見せないのは流石だ。ハコネから少しは聞いていたのだろうか。


「姉貴…」

 僕の隣で同じように座り込むのはエビーだ。

 この後に及んで僕が動揺し続けていてどうする。ミカがここまでしてくれたのは僕のためだ。


「コマを呼ぶ」

「え」

 僕が小声で囁くと、エビーが弾かれたように顔を上げる。


「ちょっと、正気すか」

 エビーも声を落とす。ハコネに聴かれると大袈裟に反対するであろうことは分かりきっているからだ。

「この屋敷内で、奴以上に医学に精通した者はいない。それに、奴はサカシータの者でもテイラーの者でもまして山の民でもない。この件に関しては不干渉を貫くはずだ。…それに、奴は感づいている」

「それって、能力的なことすか」

「ああ。だが、奴にとって、ミカがどんな能力を持っているかはどうでもいいんだ。というか立場上、余計なことは知らぬふりをしている」


 奴といえど、サカシータとテイラーを敵に回してはやりづらくなる。ジーク伯にとっても不利益だ。


「…それ、巻き込んじまって大丈夫なんすか。二重の意味で」

 エビーが言うのは、ミカの不利益にならないかというのが一つ、そしてコマの立場が悪くならないかというのが一つだろう。


「コマの立場に忖度する義理はない。それに、ミカは奴の弱みを握っている」

「なんだそれ…。いや、流石は姐さんだな。いつどこでコマさんの弱みなんか握ったんだ」

 エビーはブツブツ言いながらも立ち上がった。


「じゃ、ちょっくら行ってきます」

「は? どこへだ、おい!」

 ハコネの制止も無視し、エビーはさっさと部屋を出て行った。



「お前らよう、マジで番犬の自覚あんのか? 駄犬共が雁首揃えて恥ずかしくねーのかオラ」


 部屋を訪れたコマは、開口一番に僕達をなじった。

 …ついにミカに大怪我を負わせたのだ。しかも目の前で。僕はもちろん、ここにいる誰もが言い返せない。


 コマはなぜか、その肩にリス型魔獣のミイを乗せて来ていた。ミイは昏睡状態のミカを見るとコマの肩から飛び降り、すぐにミカの側へとすり寄った。

 ミイミイ。

「…おい、俺には何言ってっか解んねーぞミイ。だが、深刻ってわけじゃねーんだな?」

 ミイ!

 ミイはいかにも明るい声で返事をし、ミカの側にやってきたコマの肩に再び飛び乗った。


「…おい、ザコル殿。貴殿が呼んだのか。彼はジークの工作員だろう、何を考えて」

「他に適任者がいませんでしたので」


 言い募ろうとするハコネを一蹴する。またサゴシに睨まれているような気もするが知らぬふりをした。


 コマはエビーにランプを持って近くに立つよう指示すると、ミカを手首や首筋を触って脈を測り、下瞼をめくって覗き込むように見たのち、こちらを振り向いた。


「ミイの反応からして魔力に乱れはねーな。脈は少し速えが…まあ、正常の範囲だろ。おい犬、こいつ飲み食いは」

「蜂蜜牛乳を二杯、スープの野菜とソーセージ半分は食べた」

「何だよ、しっかり食ってんじゃねーか。呑気に寝こけやがって。ミリナの方がよっぽど重篤だぜ」


 ふん、と鼻を鳴らしつつも、コマはミカのブーツを脱がすよう僕に指示し、脚にむくみがないかなどを調べた。


「明日は鍛錬になんぞ絶対に行かせるな。階段も極力登らせるな。体を冷やさず、肉や牛乳、卵あたりの血になりそうなモンと林檎でも擦って食わしとけ。関係ねえヤツには月の物だとでも説明しろ。貧血の言い訳になる」


 声を潜める様子もなく、コマは僕を含む男達に淡々と言ってのけた。


「おい、それだと僕が、いや僕らが世話をするとは言いづらいのだが…?」

 エビーとタイタがブンブンと首を縦に振る。

「金髪と赤毛はともかく、お前はとっくの昔に一線越えてっと思われてんだろ。だったら」

「断じて越えていない。だが、月の物で寝込むミカの世話するなどと言うのは越えたと匂わせるようなものでは?」

「うるせーな、だったら自分で考えろボケ」

「考えつかないから相談してるんだ」


 はー、とコマは面倒臭そうに溜め息をついた。


「つーか今までどうしてんだ、テイラーを発ったのが秋口なら、最低一回くらい来てんだろ」

「来てない」


 ………………。

 一瞬の沈黙。


「……いや、訊いといて何だが、お前、何で断言できんだよ……やっぱ」

「越えてない! 断じて!」

 ジト…。コマ以外の目線まで突き刺さる。僕は一応世話係でもあるんだ、体調を把握していて何が悪いと…。

「まあ、明らかに蓄えが足りねえナリしてっからな。不順でもおかしくはねえ」

 コマは再びミカの手首を取り、その細さを確認して離した。

「以前よりはかなりマシになった。少なくとも筋肉は増えたはず」

「いや、むしろ鍛えすぎだ。女はやりすぎると月の物が止まる」

「なんだと…」


 初耳だ。確かに、ミカは無茶を無茶とも思わないタチだ。加えて自己治癒能力があるので筋肉疲労なども起こさない。僕も鍛錬に没頭するのはいいことだと思っていた……しまった、そんな弊害が。


「…なあなあ、月の…ってさあ、姉ちゃんがたまに腹痛くなったり服が汚れたとかどーとか言ってるやつっしょ、来なきゃいいのにってグチグチ言ってたし、来なきゃ来ないでいいもんなんじゃ…」

 エビーがコソコソとタイタとサゴシに話しかけている。タイタもサゴシもあまり知識がないのだろう、どう反応していいものかと明らかに困惑している。


「おいそこのアホ金髪。姉がいるくせにその無知か? 月のが止まると少なくとも子は望めなくなるぞ。それに、女の体には自然にあるべき生理現象だ。金髪てめえ、もし平気だからって夜に寝ねえ生活をしばらく続けたらどうなるか分かるか」


 急に意見を求められたエビーは顎に手をやって考えた。


「えっ、昼間、めっちゃ眠くなる…?」

「てめえ考えてそれか…? そんな即日的なモンじゃねえ、大体その女は寝不足と過労で一回死にかけてんだぞ」


 そっか…と呟くエビーの頭をサゴシがはたく。


「フン。月の物が止まるっつうのは、つまりそういうことだ。すぐには死なねえまでも、いずれ罹る大病の予兆や原因になりうる」


 妻帯者のハコネは一応何がしかの知識があるのだろう、コマの話を訳知り顔で頷きながら聞いている。…この男、さっきはコマの登場で眉を寄せていたくせに…。


「いいか、今回は疲れが出たとか何とか言って一週間くらい休ませろ。その間になるべく食わせて太らせろ。月の物は同じ女の方が詳しい。誰でもいいからそいつに説教させろ。…俺からは、そういうのを整える生薬と、貧血に効く薬くらいなら出せる」


 そう言うと、コマはどこからともなく袋を取り出し、中から薬包紙の包みをいくつか取り出した。

 全てを慎重に開け、毒味のつもりか少しずつ舐めてみせる。


「こっちとこっち、朝晩煎じて飲ませろ。最初は三分の一くらいから始めて様子見ろよ、もし体調に変化があれば俺を呼べ」


 コマはそう言い放つと、僕が投げた金を受け取って部屋を出ていった。



 ◇ ◇ ◇



「ミイ殿、貴殿はここに残られるのですか」

 タイタの方を見れば、ミイが彼の頭に乗ってこちらを見下ろしていた。

「目付けのつもりだろう。何かあればコマに報せてくれる」

「なるほど。ではミイ殿、俺はミカ殿にお掛けするものを持ちに参ります」

 ミイ!

 ミイはタイタの頭上で一回転した。ミイに降りる様子がないので、タイタもミイを乗せたまま部屋を出て行った。


 すう、すう。ミカの寝息だけが部屋に響く。パチ、と暖炉の薪が音を立て、何となくその場にいた者同士で視線を絡めた。

 くくっ、と喉を鳴らして笑う者がいる。


「…随分とやりたい放題じゃあないですか、猟犬殿。やっぱ、身内と元同僚には便宜を図っちゃうものなんですかね」


 サゴシが、地下牢で見せたような仄暗い気を発しつつ、僕に凶悪な笑みを向けた。

 恐らく、僕に味方する巨大組織の幹部、つまりタイタが席を外すのを待っていたのだろう。


「おいサゴシ、あのブラコン野郎はともかく、コマさんはミカさんに危害なんざ加えねえよ」

「それってお前の感想だろ? エビー」


 ぐ、とエビーが押し黙る。確かにそんな保証はどこにもない。


「僕は、ザハリにもコマにも便宜を図った覚えはない。どちらも殺そうとしたら、ミカに止められてしまった」

「そーですか。お姫様に頼まれたら、どんな極悪人でも生かして差し上げるんですね、お優しい英雄殿は」


 ニイィ。サゴシが両の口角を吊り上げる。


「サゴシ、気持ちは解るが」

「いいんですよ、ハコネ」

「しかし」


 サゴシは僕にザハリを始末しろと言いたいんだろう。それがケジメだと。僕だって、そうすれば良かったと思っている。


 じわり、じわりと部屋の空気を浸食する狂気。

 ゾク。鳥肌が立つ。


「…この場にそぐわない言葉なのは重々承知の上ですが、今ならミカもタイタも聴いていないので伝えておきましょう。僕は、君のことを非常に好ましく思っています」


 ひく、とサゴシが顔を歪める。

「…は?」


「君は吹き矢を使うんでしたね。ですが、本当の手の内は何ら明かしていません。君の『一番』が誰なのかさえ曖昧なまま、ずっと僕を監視している。姫に相応しいかどうか、裏切る素振りはないか、その飄々とした態度で、堂々と!」


 僕はサゴシの節張った手を取った。


「ちょ」

「何のタコもない、癖も、得意な武器さえも判らないこのまっさらな手。謎だらけだ。ミカの前では敢えて気配を消し切っていませんね。同志もサカシータの者も山の民さえ君には油断している。実に、実に完璧な影だ。この底知れぬ自信に満ちた目、深淵を覗いていると錯覚しそうです」

「ちょ、何、何何…っ」


 サゴシは警戒を強めたのかしきりに手を引っ込めようとしているが、僕は彼の手を離せなかった。


「君が暗部にいてくれたらどんなによかったか。コマなんかよりサゴシと同僚がよかった。君とならもっと分かち合えたはずで」

 サゴシの手は滑らかで、頬に当てても肌触りが良い。

「頬ずりやめ…っ」

「でも、こうしてせっかく同僚になれたんだ。これからもどうか僕に厳しく……サゴシ、サゴシ?」



 ハコネがサゴシの手を僕から取り上げる。エビーが首を横に振る。


 どうやら僕は、またやりすぎたらしい。



つづく

実質浮気ですよね

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