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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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地下牢③ 生まれ変わってやり直せたらと、一度は思うものなのかもしれないです

 何が気に障ったか、教えてくれますかザコル。


 ザハリや周りが何か言っているような気もするがちっとも頭に入ってこない。

 ミカは僕を背に庇うようにザハリの前に立った。その華奢な背中は、僕が何か言うのをじっと待っている。


 どうして、ミカはザハリに、いや、僕の『家族』にこだわっているのだろう。彼女自身が家族に恵まれなかったからか。


 …違う、逆だ。ミカは、自分が家族に恵まれたと、本気で思っているからだ。


 ミカは強い。脆い部分もあるが、それを制するだけの強さがある。その強さを育んだのは紛れもなく、十歳から数年の間、彼女の面倒をみた祖母君だ。その後、弱った祖母君の世話を一人ですることになっても、叔母にその役を引き継いだ後も、彼女は決して祖母君の教えを忘れなかった。


 自分を憐れむな、守られるより守る側になれ。


 どんな状況であっても、ミカは誰かを守り続けて生きてきたんだろう。目の前の相手を、その心を、立場を、未来を。


 そんな滅多に人を頼らない性分だったらしいミカだが、僕のことは素直に頼ることができた、らしい。

 どうして僕だったのかは未だによく分からない。一目惚れだというが、見目に惹かれたのであれば、それこそ心まで預けてくれる理由が分からない。人形だの、意志薄弱とまで言われていた僕の、一体何が彼女の目に頼もしく映ったのだろう。


 だが、そんな察しの悪い僕にもこれだけは判る。

 ミカは今、僕の人生そのものを守ろうとしているのだ。



「…僕は、ザハリがファンを、慕ってくる民を大事にしているのを尊敬していた。僕にはできないことだった」



 少年時代の僕は、自分から何か話を持ちかけることも、上手に笑うことさえもできず、ただ目の前の相手が困惑するのを見ていることしかできない、まさしく『人形』そのものだった。


 できることならザハリのように、民を喜ばせられる人間になりたかった。しかし現実の僕はただ力が強いだけの化け物で、寄ってくる者はそれをも理解せずただ情欲をぶつけにくる輩ばかりだった。



「…ザハリが『露払い』してくれたから、僕は鍛錬や勉学に打ち込めた。それを気楽にも思い、甘えていたんだ」



 僕ら双子に王都行きの話が出た時、正直ザハリには酷だと思った。

 鍛錬する時間や勉学の課題のほとんどを僕に譲ってくれた弟が、真っ当に働いている姿など全く想像できなかった。王都の人間が辺境の人間をどう扱うかも分からない。そんな場所でただただ可愛いだけのザハリがどんな目に遭うか。だったら、僕が行った方がマシだと思った。



「ザハリのファン達も、感情任せに当たりにくる者もいたが、ザハリの現状を理解し、真剣に心配して頼み込む者もいた。そうした優しい者が悲しまなくて済むなら、強さだけが取り柄の僕が行けばいいと、そう思った。それに、僕の姿が見えなくなれば、お前だって、きっと解放されると…」



 もしかしたら、ザハリは僕を追ってくるかもしれない。そう思っていた時期もある。

 だがそれは考えすぎというか、自惚れだったようだし、ザハリのファン達のためにもそれで良かったと思う。僕が頻繁に帰ったりしたら彼女らも不安がるのではと、僕は、親達に金を渡す以外の私的な帰郷はしないことに決めた。


 どのみちこんな僕では、この故郷に光をもたらすことはできない。

 昔から、他の兄弟に勝てることといえば戦闘勘と膂力くらいだった。勉学も嫌いではなかったが、こんな性分では領政に関われるとも思わなかったし、領民に怖がられている以上、大人になればここを出ていくしかないとずっと考えていた。いつかは僕自身を必要としてくれる、仕えるべき主が見つかるはずだなどとも夢見て…。


 それでも、美しい山々に囲まれ、こんな僕をも気にかけてくれた家族や使用人の住むこの故郷は、僕にとって一番大事にするべき宝物だった。怖がられ疎まれても、故郷とそこを形作る善良なる人々は全て、僕の守るべき聖域だった。



「僕はお前みたいに、自力で民を喜ばせたりはできない。だからせいぜいが金を送るくらいしか無かった。お前にとって、ファンは大事な者達じゃないのか。親切で罪のない民を、どうして傷つけ、切り捨てられる。子供は、その母親は、お前にとって家族じゃないのか。僕達のような双子を作って、また『人形』にする気なのか。僕がお前の相手をしないから、だから、民を犠牲にしたのか。だったらもう、僕はお前の存在を赦してやることができない…!」



「じゃあ君が殺してよ…!! 僕が、コリーしか大事じゃないって、何で分からないの!?」


 急に、ザハリの叫び声が耳に入ってきた。きいん、と大声が耳に響いて痛む。


「僕はこんなに酷い、コリーを不幸せにしかできない弟だよ! だからその手で殺してよ、もう僕は僕を変えられないんだよ! コリーにファンがつくくらいなら僕が目立った方がマシだったからあいつらの相手をしたんだ! コリーがいなくなって鍛錬や勉強も少しはしたよ、領の仕事も引き受けた。民に感謝もされたし、ファンも増えた。でも虚しいだけだった。コリーに捨てられたって、考えたくなかったから追わなかった。悪い噂を流し続けることもやめられなかった。僕の気持ちより、僕のファンなんかを大事にしたコリーを許せなかった。勝手にコリーを行かせたファンのことは絶対に許せるわけがなかった。…僕は、自分のファンに復讐することを決めた。僕のために新しい拠り所を、新しい僕達を作ってもらうことにした。僕は、そうして産まれた双子になって、生まれた時から全部、全部全部、やり直したかったんだ!!」


 わあああ、と狂った男の叫び声が響き渡る。



『皆、生まれ変わってやり直せたらと、一度は思うものなのかもしれないです』



 ミカがかつて何かに想いを馳せるように言った台詞が頭によぎる。転生、という聞き慣れない言葉の説明をしてくれていた時だった。


 ザハリは自分の人生を後悔していたのだろうか。だから僕を挑発するのか。なりふり構わず、聖女ともてはやされるミカを貶し、害そうとし、今も、僕が一番許せないであろう言葉を選んで…。



「お前は、どうして、僕なんかに」



 僕なんかに執着する。ずっと、ずっと。離れても無駄だった。


 ザハリには、大勢から愛される才能があった。それは、武力で恐れられることの方が多いサカシータ一族としては、異色の才能だったはずで…。



「君が良かった。君しか要らなかった。僕と違って、出来のいい、双子の片割れ。みんな勘違いして、バカみたい。優しくて素直で純粋で、決して悪には染まらない君を独り占めしたかった」



 ゆら、ザハリが立ち上がる。

 僕は力が抜けそうになる膝を叱咤してその場に踏ん張った。だが、自分の脚などに一瞬でも意識を割いたのが間違いだった。


 あ、とミカの背中がこちらに倒れ込んでくる。ザハリに押されでもしたのか。


「ミカ、大丈夫で」

「っぐ」

「ザハリ?」

「…っ、ザハリ様…っ!」


 どぽ、とザハリが血を吐き出す。

 ミカは駆け寄ったと思ったらザハリの襟首を強く掴んだ。


「死なせませんよ…!」

 ミカがコートのポケットから何かを出してザハリの口に突っ込む。

 脱力するザハリに引っ張られ、ミカも床に膝をついた。

「ミカ、離れろ!!」

 僕は彼女の胴に腕を回し、無理矢理抱き寄せた。地下牢に血の匂いが充満する。


「舌を噛んだか…!」

「ザコルに相手にされないからってバカね」

 ザッシュとロットが僕達の前に割り込む。続いてマージやペータもランプを持って集まる。


「姉貴!」

「お怪我は」

 エビーとタイタがミカを気遣う。

「………………」

「おい離せ、また息ができていないぞ」


 ハコネの言葉に僕は慌てて腕を緩めた。ミカはペタンと座り込んで背を丸める。僕はそんな彼女の背中をさすろうとして、自分の手や腕が血まみれなのに気づいた。ザハリの吐いた血がミカのコートを汚していたのかもしれない。…こんな出血では、もはや助からないだろう。

 サゴシが僕を睨んでいる。僕が一瞬でも気を抜いたことを咎めているようだ。


 ザハリの介抱に人々が躍起になる中、ミカは床に座り込んだままその様子を見つめていた。





 人々が違和感に気づくのに、そう時間はかからなかった。


 むくりとザハリが起き上がる。ザハリは血まみれの自分の手を見つめ、そして、おもむろに口の中に手を突っ込んだ。

 ぼたぼたと垂れるほどの血を含んだ布切れが出てきて…………あれは、僕が渡したハンカチだ。


 皆がミカに咎めるような視線を向ける。何も知らないらしいロットだけは、そんな皆の顔を不思議そうに伺った。



「…何なんだよ、お前」

 ザハリも口元を雑に拭いつつ、ミカを見た。


「生まれ変わった気分はどうです?」

「何、ふざけたこと…っ、僕は、確かに」


 ザハリの視線は自分の手と、手の中にある布切れと、ミカの方を忙しなく見比べる。


「死ぬことは許しません。あなたにはご褒美になってしまいそうですからね。それにもったいないので」

「またそれか、ミカ殿」

「ザッシュお兄様、この人は、娯楽の少ない山間の人々に、長年生きる楽しみを与えてきた功労者ですよ」

「は? 功労者…?」


 その言葉に、ザハリ当人も不可解、といった顔をする。


「アイドル業、というのは徹底したプロ意識がなければできない職業ですから。動機はともあれ、長年彼らの夢を守り続けてきたことは紛れもない事実かと。ファンサも楽じゃないって、ザコルは知っているでしょう」


 ミカはそう言うと、血で汚れたらしい濃紺色の上着を脱いで前に抱え、よっこらせ、と立ち上がった。


「ザコルも、もう『僕なんか』とか『こんな僕に』と言わないでくれますね」


 にこ。ミカが微笑う。


 よく見れば彼女は額に汗をかいていた。ザハリを前に緊張でもしていたのだろうか。…この、ミカが?


「ミカ」

「さあ、充分な言質は取れましたから。ザハリ様には猿轡を」


 タイタが懐から大きめの布を取り出して手早く裂く。ザハリが何か言う前にサッと猿轡を噛ませた。


「せいぜい、洗脳されて心も新しく生まれ変わってきてくださいね。あなたに必要なのは片割れではなく心療です。心を整えた後に、どうか思い出してください。あなた自身のために、拠り所とやらを作る手伝いをしてくれた人達のことを。あなたを深く心配して、残忍と噂された貴族子息の前にさえ恐れず立った人達のことを」


 呆然と彼女を見上げるザハリを、ミカはただ穏やかな表情で見つめていた。そしてスッと視線を移す。


「タイタ」

「は」

 タイタは胸に手を当て、視線を下げた。

「お願いしますね」

「もちろんでございます。我らにお任せください、ミカ殿」


 ミカは上着を抱えたまま片手をひらりと外に広げてみせ、優雅に一礼した。


「皆様。今日ここで起きたことは胸にお秘めください。このミカからのお願いです」

「そんなこと、母様に何の報告もしないなんてできるわけ…っ」


 ミカが一瞥するとロットはぐっと口を噤んだ。


「では、テイラー伯爵家のミカが命じます。ここでは何も起きませんでした。元々、自殺願望のあったザハリ様が興奮なさったのをお止めしただけ。そうでしょう、マージ」

「…っ、は、そうで、ございます。ミカ様」


 にこ。

 ミカは再び微笑んだ。


「では、私はこの後に湯浴みをします。水と着替えの手配を。介助の人手は要りません」

 マージは一礼し、速やかに牢から出ていった。

「ペータ。ザハリ様に新しい房を用意してください」

 ペータも一礼し、使っていない独房の鍵を取りに行った。


「姉貴…」

 じろ、ミカがエビーを睨む。

「あ、み、ミカ、さん。体調は」

「問題ありません」


 ミカはこれ以上の詮索は許さないとばかりに、にっこりと笑みを浮かべた。



つづく

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