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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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どもー、みんなのカズでーす

 トントン、ノックの音が聴こえる。

 扉の外に立っていたカッツォが「カズ殿です」と言った。


 手元に集中しすぎていたようで、わたくしは霞む目元を押さえつつ、侍女に扉を開けるよう指示した。


「どもー、みんなのカズでーす」

「いらっしゃい、カズちゃん!」


 一緒の部屋で編み物をしていた民達、特にカリューから来た避難民が一斉に笑顔になる。


「もう起きて平気なのかい?」

「ロット様に馬車馬のように働かされて、一週間寝てなかったって聞いたよ」

「あは、バシャウマのよーにとかめっちゃオヒレついててウケる。違うってぇ、ロット様が眠った隙に出ようと思ってたら全然寝てくれなくって一週間経っちゃっただけだからー」

「なんだよ、結局ロット様のせいじゃねえか!」

「あの騎士団長様は全く…!」

「いーからいーから。タムじい達が見張っとくって言ってくれたし、心配しないでぇ」


 先程、シータイ町民の一人が来て、騎士団長に文句を言いたい奴はついてこいなどと言い、戦えそうな年代の者を引き連れて行ったところだが、カズには黙っておいた方がいいのだろう。

 カズは隣の席に座っていいかと伺いを立て、どうぞと言えば軽く礼を言って座った。


「カズ様、あまり寝なくても平気とはお聞きしましたが、流石にまだ寝足りないのではございませんか」

「心配してくれてありがと、アメリアちゃん。私の能力的には二時間も寝れば全回復なんだぁ。堀田先輩が今どこに行ってるか知ってるー?」

「ミカお姉様は護衛達とお散歩に行かれておりますわ。今、どのあたりにいらっしゃるかは分かりかねますが」

「…ふーん、いい天気だもんねぇ」


 カズは素直に散歩だとは思っていないようだ。実際のところ、ミカは『ロットの挨拶のやり直し』のために集会所へ行ったはずなのでカズの勘は当たっている。


「あ、やば。アメリアちゃんて伯爵令嬢だよねぇ。私が男爵令妹? てことは、敬語使わないとダメじゃね」

「必要ございませんわ。充分にお気遣いいただいておりますし、まして、わたくしの敬愛するミカお姉様のお友達なのですもの。それに、身分のことはなるべく考えたくありませんの。どうか、気楽に接してくださいませ」

「んー、じゃあそうさせてもらおーかな。ありがと。アメリアちゃんは編み物じゃなくて刺繍してんだね……って、細かっ、うっま、アメリアちゃんも手芸のプロ? 職人? てかめちゃくちゃ作ってあんじゃん、何かのパーツなのコレ」


 カズは、わたくしの前に積まれた布の山の一つを指差した。


「…実は、さるお方に贈る上着のポケットの試作なのですが、刺しても刺しても納得がいかずこのような量に」

「それってザッ…」

 カズの口元に、人差し指をトンと当てる真似事をする。


「ん、内緒なの?」

「内緒なのですわ」


 くすくす、くすくす。民達が笑う。


「…バレてね?」


 かあ、と顔に熱が集まる。


「やば、何この可愛い生き物。何で皆にバレてないと思ってんのぉ?」

「こ、これ見よがしに作るものではないというだけですわ!」


 サカシータの民達は、雪には慣れたかとか、テイラー領の特産は何かとか、そんなたわいもない話はするけれど、わたくしの気持ちを直接詮索したことはこれまでに一度もなかった。かといって根も葉もない噂を流すこともない。その気さくながら客人との距離を弁えた絶妙な振る舞いは、まるで高位貴族の邸宅で長年勤め上げたベテランの使用人のようですらある。

 そんな『大人』な彼らにくすくす笑われたくらいで、照れて拗ねるのも子供っぽくて恥ずかしい。何でもない顔で流さないといけないのだと解ってはいる。解ってはいるのだけれど。


「ハイナ、その藍色の糸を取ってちょうだい」

「かしこまりましたお嬢様」


 ハイナも口角が上がっている。全くうちの侍女ときたら。皆、わたくしのファン行動とやらがそんなに面白いのかしら。

 ミカを敬愛する気持ちに変わりはない。だが、まさかあのようにわたくしの理想を体現したような男性がこの世に存在して、しかも言葉を交わせるようになるだなんて。こうして毎日お姿を見られるのが夢のよう。未だかつて、生身の男性相手にこんなに夢中になったことなんてあったかしら。


 今刺そうとしているのは、ザッシュに贈るものではなく、ミカに贈るハンカチだ。決してザッシュに相応しいモチーフに悩みあぐねて煮詰まったからではない。ミカの好みは分かりやすいので、図案もすぐに決まった。


「アメリアちゃん、作業しながらでいーんだけど、ちょっと訊いてもい?」

「はい。何でしょうカズ様」


 カズが心なしか小声で話してくるので、わたくしも敢えて手は止めない。民達はこちらに構わず雑談している。おそらく、わたくし達の会話を邪魔しないようにしてくれているのだろう。


「堀田先輩のことだけどぉ、先輩って、元の世界の家族のことってどーいう風に話してる?」

「ご家族…ですか。そうですわね、育ての親でもあるおばあさまのお話ならばよくお聞きしておりますわ。今は使用人や医者のいるお屋敷のような場所で過ごされているとのことですが、流行病のせいで気軽に見舞うことさえできなくなったとも。実の親御様に関しては、失踪なさったという以外には伺っておりません。そうよね、ハコネ」


 わたくしは部屋の隅で黙って立っているハコネに手招きをする。彼は隣にいたラーゲを伴って近くに寄ってきた。部屋に人が多いので、カッツォとコタには廊下側から扉の警護を命じている。


「は。そうですね。ホッター殿の話に出てくる家族は祖母君ばかりです。次に、祖母君の世話を引き受けているという叔母君でしょうか」

「その叔母君には、祖母君の介護の足しにって事で、ミカ殿の給料から仕送りしてたっていうのは最近聴きましたよ」

 ハコネの横に立っていたラーゲが補足する。


「まあ、仕送りですって? ミカお姉様は本当に家族思いでいらっしゃるのね…。そこまで大事にしていたご家族を置いてこちらにいらしたのだもの、心の底ではお寂しい思いをなさっているはずだわ。だというのに、わたくし達を慮ってか、こちらで生きる覚悟を決めたとまでおっしゃってくださった」


 私の家族は既にあなた達だと思っている、テイラー家とテイラー家に仕える人達のために身を捧げるつもりだ、とも。

 あの真摯な言葉に、わたくし達はどこまで報いることができるだろう。


「なる、仕送りね…。その叔母って人なんだけどぉ、先輩が失踪した後、一回旦那と一緒に会社に怒鳴り込んできたことあってぇ。『あの子からの入金が止まった、払われるはずだった給与をよこせ』とか『あの子からの金がないと困る、この会社があの子を潰したなら私達に慰謝料を払え』とかメチャクチャなことばっか言って、結局警察呼ぶハメになったのぉ。あ、警察って、騎士団とか警邏隊みたいなやつね」


 カズが何気ない風を装って話す内容に、わたくしも侍女達も、騎士二人も思わず黙って聞き入る。


「私ぃ、あの叔母さんへの援助も止まったっていうんなら、先輩マジでどっかで倒れて死んじゃったのかもって思ったの。ウチらの世界じゃ、死にかけの社畜が異世界に行く話が流行ってたから、先輩、異世界とか行っちゃったんだーとか妄想したりして。ウチも死にかけたら同じ異世界行けねーかなーってさ。まさか本当に行けるとは思わなかったけどぉ」


 やはり、カズは本気で…。


「気軽に見舞えなくなったみたいな話もさあ、感染症の流行ってヤツで、どこの施設も面会しづらくなってたとは思うけど、全く会えないとかおかしーと思ってたんだよねー。せめてリモートで顔見るくらいはできたはずなんだけどぉ…。どうにもその叔母さんから、都会暮らしはビョーキ感染すから絶対来るなとか、ボケが進んで混乱するから顔見せるなとかって二年くらい前から言われてたっぽくて。私、施設に直接電話っていうか、連絡してみなよってつい言っちゃったのぉ。でも、先輩、いいのって、絶対連絡しよーとしなかった。もしかしたら先輩も、叔母さんに騙されてるかもしれないって、薄々分かってたんじゃないかって思う。たとえ騙されてたとしても、おばーちゃんが生きてるって信じた方が幸せだったから…」


 さあっと血の気が引く。ハイナがサッとわたくしの肩を支えた。


「そ、そんなことって…! お姉様は二年もの間、おばあさまの生死も分からぬまま心の支えに…!?」

 ミカの孤独を思うと胸が張り裂けそうだ。どうして、という言葉が胸の中をぐるぐると暴れ回る。


「そーね、多分だけど。先輩にとって本当の家族はおばーちゃんだけだったもん。なのに先輩、こっちで生きてくって完全に悟り開いてるじゃん? もし本気でおばーちゃんが生きてるって思ってたら、絶対死に物狂いで帰る方法探してると思う。あの叔母さんに任しとくの不安しかないもん。でもま、先輩はまだ一応、おばーちゃん生きてる説推してんだね。りょ。ウチもそのつもりで話すわー」


 おけまるあざまるー、とカズは軽く手を振り、部屋を出て行った。その確認のためだけに来たらしい。


 彼女は護衛もつけずに動いて大丈夫なのかと、思わず向かいに座っていた民に尋ねると、

「はっは、あのカズちゃんより強えか互角って言ったら、それこそサカシータ一族くらいだろうよ」

 と、笑われてしまった。



「…あいつらには、黙っておいた方がいいと思うのですが。過剰に心痛めた挙句、ミカ殿相手にボロを出しそうです」

 ラーゲの言う『あいつら』とは、エビー、タイタ、サゴシの三人のことだろう。

「俺もラーゲに賛成です。お嬢様、ザコル殿には折をみて俺から話しておきましょう」

「そうね、お願いするわハコネ。あなた達。今聴いたことは自分の胸に秘めなさい。お姉様の信じたいことだけを真実として扱うのよ。いいわね」

『は』

 侍女の四人、ハコネとラーゲが小さく一礼する。


 コト、とわたくしの前に、干し林檎の乗った皿がフォークを添えて置かれた。

「ミカ様は、いいお家に拾ってもらったんだなぁ…」

 呟くような声がどこからか聴こえる。

 その後は、ただ編み棒を繰る微かな音だけが部屋に残った。



 ◇ ◇ ◇



 診療所の扉を叩くと、シシ本人が出迎えた。


「遅くなりました先生。今日もよろしくお願いいたします」

「…どうしてロット様までご一緒にいらしているのですかな」

「何よ、いちゃ悪いのかしら」

「いいえ、町民がこれから一悶着起こそうという様子でしたので。ご無事で何よりです」

 シシとロットは面識があるようだった。

「この町医者の能力と出自は知ってるわ。ザコルはさっさと領を出たから知らなかったかもしれないけれど、魔力視認は山の民の元王族筋に引き継がれる能力として一部には割と知られてんのよ。ね、シュウ兄様」

「ああ。おれもこの医者が山の民で、訳アリだろうということぐらいは知っていた。詳しい経歴までは知らんかったが」

「なるほど」

 ザコルが短く相槌を打つ。


 魔力視認。今やオースト王家のお家芸みたいになっているが、山の民と交流の深い山派貴族の上層部では常識だったらしい。

 …そうか、それでこの町の人もすんなり受け入れていて、町外というか領外に漏らさないように配慮もしているのか。


「ふーん。シシ先生、どーせザコルが知らないだろうと思って、さも『珍しい能力』みたいな顔でご紹介いただいたんですねえ」


 第一王子が持つ能力について知っているかの探りも入れたかったか。


「折を見てお話しするつもりでしたとも。それにあの時点でお察しいただけなかったとしても、ミカ様はすぐに私が山の民出身だと見抜かれていたではありませんか」

「まあ、状況証拠的に先生しか有り得ませんでしたからね。そういえば、少し前のことになりますが、カオラ様が昔のことについてお話し下さったんですよ」


 カオラ、という名にシシの眉がぴくっと動く。


「ふふ、意地悪はよしましょうか?」

「…何、好きに詮索なさったらよろしいでしょう。今更暴かれて困るような事でもありませんのでな」

「ええ、そうだろうと思って好きにバラしておきました。カオラ様の出方によっては、山犬のおじさまがここへ突撃してくるかもしれませんね」

「…っこの」


 シシは青筋を立てかけたものの、すぐに収めてコホンと咳払いをした。


「ミカはあの町医者に何かされたわけ?」

「あの町医者は僕に冷たいので、ミカが事あるごとにいじめているんです。気の毒でしょう」

「分かりやすく嬉しそうにしてんじゃないわよ。我が弟ながら歪んでるわね」

「ロット兄様には言われたくありません」


 ロットとザコルが仲良しで嬉しい。一時はどうなるかと思ったが、誤解も解けたし、ザコルもロットへの警戒を緩めつつある。


「ふふ、よかった」


 ジト…。視線の主はシシだ。


「…あなた様は、相変わらずこの一族に甘いようですな。とんでもない言いがかりをつけられたそうではないですか」

「一族だからというより、ザコルのご家族だからこそですよ。それに客観的に見て、私が怪しい女なのは事実ですから」

「何をおっしゃられるか。シータイやカリューが、あなた様によって救われたことこそ事実だというのに」

「またまたー。みんなが一丸となって頑張ったからこそ何とかなったんでしょう、私なんてオマケですよオマケ。大体、シシ先生の方こそ多くの命を救ったじゃないですか」

「私は職務でございますから」

「ロット様だって職務ですよ。こんなご時世ですし、外から入ってきた人間は警戒してしかるべきです」

「はあ…。ああ言えばこう言う…」


 シシが眉間を揉み始めた。そしてエビーに向かって手招きする。


「君、この聖女様には後でしっかり言い含めておくように」

「センセーに言われるまでもねーし。てか何でみんな俺に説教させたがんのかね」

「この聖女様に遠慮なく物申せる度胸があって、かつ常識的な感覚を持ち合わせるのが君くらいだからです。いいですね、頼みましたよ」

「へーへー」


 何か仲良くなってる…。

 シシは次に、壁にもたれかかるロットに真剣な顔を向けた。


「よろしいですかな、ロット騎士団長。この聖女様こそは、増水のために命を落としかけていた山の民二人をザコル様と共に助け、帰還困難となった山の民達をここまで先導、いち早くカリューの洪水をも予見して、当時のシータイ町長に代わり完璧な対策を講じさせたお方です」


 完璧な対策…。どうしてそう話を盛るんだろうか。あれは山の民のラーマも居合わせたからこそできたことだし、そもそも、山の民にここまで送られてきたのは私の方だと思うのだが。


「そればかりか自ら走り回って避難所を整え、護衛に命じて怪我人の手当てをさせ、手持ちの食糧や服も人に譲り、さらに山の民から古着を買い取って震える民に配って回り、余った古着を裂いて包帯にし、夜を徹してそれらを煮沸し続けてくださった。いけすかぬところもありますが、それだけは事実でございます。どうかこれ以上の侮辱はお控えいただきますよう」


 いけすかぬ…。悪口が混じったような気もするが、貴族には慇懃な態度をとるシシが、ロット相手に物申してまで私を庇ってくれたのは意外だった。


「分かっているわ。我ながら視野が狭すぎたと反省しているところよ。この子にヤキモキする心中もお察しするわ。…この二人には、言葉より態度で借りを返していくつもりでいるから」

「是非ともそうなさってください。私も一人の医療従事者として、この聖女様を真の意味で軽んじることは一生できませんのでな」


 じっ。


「…何ですかな、ミカ様」

「シシ先生ったら、私のことエセ聖女とか猥褻物を見せようとする女とか散々言っ」

「その減らず口を今すぐ閉じなされ!」



 ◇ ◇ ◇



「ふふっ、シシ先生怒ってたなー」

「ミカ殿、流石にあの医者が気の毒では」

「ザッシュの旦那、あのセンセーはあれくらいで充分すよ。弱み握られまくってイラついてんだろ。いー気味だぜ」

「ああ、まさに自業自得という言葉がお似合いだ」


 ザッシュはシシに同情的だが、エビーとタイタは容赦ない。


「アンタってやっぱ性格悪いわね…。ちなみに、もし私が一族じゃなかったら、というかザコルの兄じゃなかったらどうしてたのよ」

「もし、は無いですよ。ロット様がお身内でなければ、泳がされて私達の前に来ることすらできなかったはずですので」

「泳がされて、ね…」


 私が泣いたせいで、イーリアには心底すまなそうな顔をさせてしまった。私や周りがロットをいい感じに『分からせ』てくれると踏んでいたのではないだろうか。一応、ロットも分かってはくれたが…。


「…何でもスマートにはいかないですね」

「だから何でアンタが気にすんのよ。母様にも文句言っていいのよ?」

「文句なんてありません。充分すぎるほどよくしていただいていますから」


 ロットがザコルに視線を移す。


「ザコル。あたしが許可するからこの強情っ張りを甘やかしなさい。あと母様にはアンタから文句を言いなさいよ」

「では遠慮なく」

「わっ」


 ザコルにサッと抱き上げられて、町長屋敷まで降ろしてもらえなかった。



つづく

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