表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

123/567

挨拶のやり直し② こおおおの豆腐メンタル!!

 いつの間に運び込まれたのか、集会所のど真ん中にソファセットが用意されており、着席を促されたので二人がけソファにザコルと座る。というか当然のように隣に座ってきた。

 エビーとタイタは私の後ろに立ち、ザッシュとイーリアは私達のソファを囲むように置かれた一人がけソファにそれぞれ座った。


 大勢いた部隊員達は邪魔だとか言って外に出された。彼ら完全にとばっちりでは…。大方、ロットが勝手に飛び出したのを止められず大勢で追いかけたのに違いない。


「重ね重ね、うちの愚かなる愚息が申し訳ない」

 愚かなる愚息…。頭痛が痛いみたいな。

「お顔をお上げくださいイーリア様。丁寧な挨拶はしていただきましたからそれで充分ですよ。こちらも性格が悪い自覚はありますし」

 わざと仰々しい挨拶をすることによって相手の非を強調したのだ。これを性格が悪いと言わずしてなんと言おう。

「ミカの魂の清らかさに及ぶ者など他にあるものか」

「またまたー、私なんて清らかどころかお腹真っ黒ですよ?」

「黒こそ至上だ。あなたを彩る漆黒こそ、この世の何より尊い色に決まっている。どれ、その髪を一房」


 ぐい、ザコルに肩を抱き寄せられる。隣の一人がけのソファから手を伸ばしたイーリアがムッと眉間に皺を寄せる。


「いちいちがっつくな。お前もロットのことは言えんぞ」

「自覚はありますが、僕が遠慮するとかえってミカを悩ませるようなのでこれでいいんです。……いいんですよね?」

「ふふっ、そんな不安そうな顔しなくたって大丈夫ですよ。あなたが私を理解しようと努力してくれている、それだけで私は幸せですから」

「ミカ…」


 コホン。ザッシュが注意でもするように咳払いをする。

 そして苛立ちを隠しもせず、行儀悪く貧乏ゆすりをしている人を目線で指し示した。


「……ふん、ザコルのくせにさっきからベラベラ喋るじゃない。何よアンタ達、本当にそういう関係なわけ? あたしに見せつけるためのフリだったら要らないわよ。全くいやらしいわね」


 ロットは、二人がけソファの向かいに置かれた簡素なスツールに腰掛けている。というかまた床に座らされそうになったので、私がタイタに言って椅子を持ってこさせたのだ。

 タイタは恭しく一礼して取りに行ったものの、物置の隅にあって埃をかぶった古く粗末な椅子をわざわざ持ってきた。彼なりの意思表示なのだろう。


「この二人はこれで普段通りだ。何なら、いつもはこれ以上にザコルが暴走しているぞ」

「ぼうそう?」

 む、とザコルが眉を寄せる。

「暴走とは何ですかシュウ兄様」

「暴走は暴走だ。それ以外に言い表しようがない。人目も憚らずな。そうだろう、エビー」

 ザッシュはなぜかエビーに同意を求めた。というか、ついにエビーを呼び捨てにすることにしたんだろうか。

「ええ、そうすね、さっきもまた椅子ごと持って走り回ってましたんで。暴走としか言えねっす」


「椅子ごと、ねえ…」

 ロットは冗談か誇張とでも思ったのだろう。追求するのも面倒くさいとばかりに長い脚を組んだ。


「はあ、よりによってザコルが笑ったとか泣いたとか冗談みたいなことばっかり聞かされてきたけれど、テイラーの騎士にまで変人扱いされてるだなんて。武のサカシータ一族が舐められたものね。英雄や最終兵器って言ったって所詮は雇われのくせに、何護衛対象に手ぇ出してんのよアンタ。頭のオカシイ片割れに続いて、ついに気でも触れたのかしら?」


「……には…………ません」

「はっ、聴こえないわね。あんた、どうせ弟相手にだって言い返せやしないんだもの、そこの口の達者そうな性悪女にでも代わってもらったらどーお?」

「ちょ…っむぐ! んーんー!!」

 私は鼻で笑うロットに何か言ってやろうとしたが口を塞がれた。


 すううう、ザコルはたっぷりと息を吸う。


「…頭がオカシイとか、護衛対象に手を出したとか、ロット兄様にだけは言われたくありません!!」


 集会所にザコルの大声がこだました。




「うるっさいわねえ! 何よ急に! ヒッ、剣を抜き身で投げつけないでよ母様!」

「うるさいのはお前だ。少しは黙れ。本気で討つぞ」

 イーリアが投げた剣を側近が回収してくる。


「あっははは、ふぶうっ、ひい」

「ぶははは、ぶはっ、ゲホゴホ」

「ミカもエビーも、そんなに笑うことはないでしょう。全く、僕が言い返さないと怒るくせに」

 タイタが仕方ないとばかりに咳き込んだエビーの背中をさすり始めた。やさしい。


「はー…」

 手で涙を拭う前にハンカチを当てられる。

「笑ってごめんなさい、ちょっと、嬉しくて…ふへへ」


 自分でも分かるくらいだらしない笑顔を向ければ、ザコルもつられるようにほのかに笑う。これは多分、愛しいと思ってくれている時の顔なのだ。


「好き。あ、すみませんつい」

「……全く、人目を憚らないのはミカも一緒でしょう」

「だからすみませんってば」

「眉間を揉もうとするな」

 イチャイチャイチャイチャイチャ。


 ミシッ、バキッ。

 物音に顔を向けると、ロットが座っていた椅子が壊れたようでバラバラになっていた。

 床に膝をついたロットは、手を縛られたまま綺麗な金髪を思い切り掻きむしった。


「だああああああああっ、アンタ達っ、これ以上あたしの前でイチャつくんじゃないわよ!! 何だっていうのよ、当てつけなのお!?」

「あ、はい。当てつけです。言っときますが先に惚れ込んだのは私ですから。今や私達こーんなに仲良いんですよ。羨ましいでしょう」

「うっさいわよ性悪女!! あたしがカズに拒絶されたとこ見てたクセに! アンタ何なの!? カズにあんなに想われてるクセして男も女も魔獣まで大勢侍らせて!! 戦場以外であーんな密度の濃い殺気に囲まれたのなんか久しぶりよ!! 大体この鉄面皮の弟が微笑んでるとこなんて生まれてこのかた初めて見たわよ!?」

「そうなんですねえ、最近はたまに大笑いもするんですよ。笑顔も可愛いので困ります」

「また僕を可愛いなどと…」

「うがああああああああああ」


 ロットは床に転がって唸ったり叫んだりもんどり打ったりし始めた。感情豊かだ。光のイケメンが台無しである。


「何か、会ったばかりのコマさんに揶揄われたザッシュお兄様を思い出しますねえ…」

 当人であるザッシュも頷く。

「ああ、コマ殿こそはミカ殿以上にタチの悪い輩だ」

 私、コマほどではないまでもタチの悪い輩だと思われてる…?


「あの時までは、ザコルくらいはおれの気持ちを解ってくれるだろうと希望を持っていたからな。納得できず取り乱してしまった」

「それが今となっちゃモッテモテ、ハーレムすよハーレム」

 エビーが茶化す。

「またお前は…。いい加減にしろ。おれの見た目を忌避しないというだけで気があるように言っては、親切な者達に失礼だろう。それに、おれは女見知りを克服はしたいが、不誠実な振る舞いをしたいわけではない」

「へへっ、俺、旦那のそーいうとこ好きっす」

「お前に好かれたとて嬉しくないぞエビー」

「じゃあ誰に好かれたら嬉しいんすか、言ってみてくださいよお」

「うるさい、じゃれつくな」


 何か仲良くなってる…。


「タイタも遠慮せずに絡んできなよ」

 疎外感でも感じているのか、微妙な顔をしているタイタに声をかける。

「は、し、しかし…」

「タイさあん、俺はタイさんが最愛っすよお」

「任務中だぞ、あまりしがみつくと支障が」

 タイタが鬱陶しそうにエビーを引き剥がそうとする。



「アンタ達っ、あたしを無視してゴチャゴチャやってんじゃないわよ!! 何よシュウ兄様まで調子に乗って、仲良しゴッコしちゃって! 年甲斐無さすぎるんじゃないの!?」

 ロットは矛先をザッシュに変えてがなり立てる。

「ああ、おれもそう思って見守りに徹する気でいたのだがな。以前、カズ殿がおれも一緒に遊べと声をかけてくれたのだ」

「カ、カズがですって…!?」


 ピシャーン、と雷にでも打たれたようなリアクションだ。

 何となく、彼の周りだけ一昔前の少女漫画風に見える。おそろしい子…!


「そうだ。世代が多少違えど、どうせ皆いい大人なのだからとな。それからはあまり歳のことは考えないことにした。ふざけていることも多いが、このメンツには学ぶことの方が多い。特にミカ殿は土木技術についても語らえる貴重な女子だ。それに、人をまとめる立場としてもハッとするような気づきをもらえることが度々あってな。おれは今、非常に有意義な時間を過ごさせてもらっている」

「ザッシュお兄様ったら。お世話になっているのはこのミカの方ですよ」

「いつもいいように転がしているくせして、何を言う」

 ははは、とザッシュは自然体のまま笑う。

 どこか憑き物が落ちたような顔だ。…転がした覚えはないが。


「ミカ。たった三週間足らずで、ザッシュをここまで変えてくれるとは正直思っていなかった。あなたへの礼のつもりで手駒に付かせたというのに、また新たに礼をすることが増えてしまったな」

 笑っていたザッシュだが、イーリアに礼を言われたのは流石に気恥ずかしかったか顔を逸らした。


「いいえ、お礼をいただくようなことは何も。ザッシュ様が勝手にお気持ちを整理なさっただけですから。それにザッシュ様、シータイに滞在する領外の非戦闘員達に大人気なんですよ。男女ともにです。これは元々ザッシュ様が紳士で、硬派で、親切で、頼りがいのあるお方だからに他なりません。領民の皆さんもザッシュ様が慕われて嬉しそうになさってますよね。人徳の高さが伺えるといいますか」

「ははっ、あまりザッシュを褒めるとそこの八男がヘソを曲げるぞ」

「もう曲げました」

「わっ」


 無理やり持ち上げて膝に乗せられる。そして背中を吸われる。


「ひゃ、やめ」

 くすぐったさに身をよじるがやめてくれない。



 わなわなわなわなわな…


「だからイチャつくんじゃねえって、言ってんだろうがああああああああああ!!!!」


 何度目かも分からない、ロットの叫びが集会所に響き渡った。



 ◇ ◇ ◇



「はー、相変わらず姐さんの精神攻撃はえぐいわー」

「エビーもノリノリだったくせに。うーん、ちょっとした当てつけのつもりだったけどやりすぎたかな」


 ロットは部屋の隅で三角座りし、こちらを見なくなった。カズ、どうして、とブツブツ呟いてもいる。あの人、確かザコルの二つ上とかだった気がする。ということは二十八歳児だ。


 カズによれば、戦場ではフツーにつよーい騎士団長サマらしいが、そんな勇姿はちっとも想像できない。

 カズにフラれたのが相当こたえている様子だが、あの容姿と地位ならば他にいくらでも相手が見つかりそうなものなのに…というのは流石に野暮か。


「ロット様ー。中田…カズとの出会いの話でも聴かせてくださいよー」


 ………………。

 返事はない。ただの屍のようだ。


「じゃあ、どうやったらカズと仲直りできるか私に相談しませんかー」


 ぴく。


「ロット様よりは付き合いも長いですからねえ。あの子の地雷がどこにあるとか、恋愛遍歴とか、そういうのも少しは」


「恋愛遍歴、ですって…!?」

 般若のような顔で睨まれる。


「別におかしなことではないですよ。我が国は基本的には身分制度もなく自由恋愛ですからね。結婚や婚約後の不貞などでなければ、違法だとか責められることも特に」

「だまらっしゃい!! あのかわいいかわいいカズを好きにした男が存在するっていうの!?」

「まあ、そうですね。あの子自身は割と来るもの拒まずって感じでしたから。私の交友関係は勝手に狭めてたくせに…」


 それは先輩が男がニガテって知ってたからですよぉ、ちゃんと仕事に集中できるようにしといてあげましたぁー。

 …とかいう幻聴が聴こえたような気が。あれもどこまで本心なんだか。


「カズもいい大人ですからね。ロット様がどんな幻想を抱いているか知りませんが、小さな女の子ではないんですよ。たくましい子ですが、色々と苦労もしてますからどうしても受け入れられない一線だってあります。そういうの、知りたいですか?」


 うぐううううう、ロットが喉の奥から唸り声を漏らす。

 彼は数分の間苦悩したのち、結論が出たのか立ち上がり、こちらを振り返った。


「そういうのは、あたしが、自分で訊くわよ…!」

「ふふっ、百点満点の答えですねえ。あの子の話、ちゃんと聴いてあげてくださいよ。彼女が仲直りしたいって言えばですけど」

「うっさい、何様よアンタッ」

「カズの元同僚様です。それ以上でもそれ以下でもありません」

「何よ、本当に……あたしがバカみたいじゃ…」


 ロットはふと気づいたように顔を上げる。


「…さっきも思ったけれど、アンタどんだけ影引き連れてんのよ。言っとくけれど、天井裏のヤツのことじゃないわ」


 天井裏にはサゴシがいる。彼は場を俯瞰できる天井裏を好む。多分、何人かいる美形を余さず眺められるからだと思う。


「私の影らしい影と言えば天井裏の子だけですよ。他は、そうですねえ。私が把握している範囲ですと、従僕メリタと山の民のお姉さん、それから感知できませんが同志が常に何人か覗いています。あとはマージお姉様かその影がどこかにいるかもしれません。同志とマージお姉様は、私というかザコルを見守ってるだけですよ。ファンとして」

「マージったら、何で町長が影の真似事なんか…いえ、今はそんな人数じゃないわ。さっきから、どうにも嫌な気配が大量に」


 ロットは集会所の窓や壁に目をやる。

 突如、ざわりとしたものが神経を撫でた。


 これまで集会所の周りは雪原の中心にでも放り出されたかのような静けさだったというのに、急に雪を踏む音がザクザクと外で鳴り始める。

 まるで、止まっていた時が動き出したかのように。


 ドンドン、集会所の扉が叩かれる。

 ごくり、思わず喉が鳴る。


 イーリアの目配せで、彼女の側近がかんぬきを抜く。ギイイ、と音を立てて扉が開いた。



「…気付かれちまったら仕方ねえなあ。無事かい、ミカ様」


 いつも放牧場にいる牧畜家のおじさん達だ。ピッチフォークを手にしてニコニコと笑っている。


「ええ、もちろん無事ですよ。ただ初対面の挨拶を交わしていただけですので」

 私は席を立って彼らに一礼する。

「はっは、ミカ様は優しいからなあ。今の本当ですかい、女帝様、ザッシュの旦那、ザコル様……それから、騎士団長様ァ」


 ぶわ。空気が急に重くなる。



 牧畜家のおじさん達に続き、ずかずかと町民達が集会所に入ってきた。カリューからの避難民もいる。男性だけでなく、いつも鍛錬でお世話になっているママ友軍団や元ザハリファンの女性達の姿もある。


 朝の冷気のような殺気を身に纏ったタキが短剣を引き抜くと、他の女性達も一斉に武器を構えた。


「私どもは、ミカ様とザコル様から受けたご恩を決して忘れることはございません」


 窓の外にふと目をやると、見慣れた紫のローブがもぞもぞといくつも動いている。山の民だ。


「フン、民を焚き付けるとは。卑劣な」

 ロットがふざけた口調を引っ込め、手を結んでいた縄を引きちぎって体術の構えをとる。剣は取り上げられたらしく彼の手元にはない。


「…ねえちょっと、どうしましょう。ロット様が本気で殺られちゃいそうなんですけど」

 隣に立ったザコルに訊いてみるが、彼はふるふると首を横に振った。

「今朝、放牧場で散々ミカを侮辱していましたから、それが広まったんでしょう。手遅れですね」

「ええー、中田が泣いちゃいます。どうにかしてくださいよ」

「どうにもなりません。僕も一度彼らに殺されかけたのを忘れたんですか。ああ、ミカとコマのせいでしたね」

「根に持ってる!」

 イーリアもザッシュも、エビーもタイタも当然のように静観の構えだ。


 私は一人、殺気立つ人々の前に手を広げて立った。


「みんな、ストップ、ストップで!!」

「止めねえでくださいよミカ様。あんた様を侵略者や詐欺師だのと言われた日にゃあもう黙ってられませんぜ」

 侵略者や詐欺師…。


 ゴゴゴゴゴ…。直にロットの言葉を聴いたであろう牧畜家のおじさんに続き、皆の殺気がますます強まる。息苦しささえ感じるほどだ。


「ザコル様のことだって何考えてるかわからないとか、まともに会話もできない人形だとか、散々言ってくれたらしいねえ。ご家族とはいえあんまりじゃないか。噂に踊らされてた以前ならまだしも、今や、カリューを丸ごと救いあげてくださった救世主様だってのに」

「そうだ、ここで反論の一つもしねえようじゃ俺ら、ドングリ先生に懐いてる子らに顔向けできねえ!」


 ドングリ先生とかいう平和なワードに膝が抜けそうになるが、何とか持ち直す。


「今、丁度和解しようってとこだったんです! ロット様を討ったらカズだって悲しみます、今日のところは彼女に免じてどうか」


 人波をかき分け、カリューから避難中の女性が数人前に出てくる。さっきカズを風呂に連れていったご婦人方だ。


「カズちゃんが泣いてたのだって、そこの男が原因なんじゃない。お友達のミカ様に会いたいってささやかな願いすら聞いてやらない、この束縛男の!!」

「ただの上司ってだけで図々しいのよ! あの子が気を遣って断らないからって付きまとって!!」

「働き詰めでかわいそうに、一週間も寝かせなかったらしいじゃないの、可愛い顔にうっすらクマができてたねえ…」

「あの子はああ見えて責任感の強い、しかも思い詰めがちな子だっていうのに…! それを利用して囲い込もうとするなんてあんまりじゃないの!」


 カズは風呂でご婦人方に今回の騒ぎのことや、目の腫れ、寝不足による顔色の悪さなどを指摘されたのだろう。

 焚き付けたわけではないだろうが、カズも全ては黙っていられず、まして出奔のために寝ない対決していたとも言えず『仕事で』と説明したのかもしれない。


「いくら体を張って国境を護ってくださる騎士団長様でも、これ以上あの子の足を引っ張るならあたし達、カリューの民が許さないわッ!」

「この変態鎧野郎め!! カズちゃんを独り占めしたいからって、ミカ様にまでイチャモンつけやがって!! 俺らがこの聖女様に、どんだけ世話になったか…っ」


 罵声がより一層勢いを増してしまった。カズの名を出したのは失敗だったか…。

 サカシータの人達は皆腕に覚えがあるからなのか、一旦正義心に火がついたら相手が貴族だろうが王族だろうが最終兵器だろうが簡単には止まらない。それは先の暴動騒ぎでも痛感している。


「ロット様、ここは私に任せて逃げ…って、何やってるんですかロット様!」


「束縛男…付きまとい…変態鎧野郎…」

 ロットは頭を抱えて蹲っていた。


「こおおおの豆腐メンタル!! ついさっき卑劣な〜とか言ってカッコつけてたじゃないですか!! 大体そんなにショックですか!? 束縛しすぎた自覚くらいあるでしょう!?」

「あたし、カズのためを思って…」

「それは分かりましたから! カズには窮屈だっただけですから! ほら立って!」


 何とかロットを立たせようとシャツを引っ張ってみたがびくともしない。


「ミカ、そんなことをしてやる必要はありません」


 ザコルに手を掴まれる。


「だ、だって! この人カズが好きすぎるだけの変態じゃないですか!」

「それはそうですが、だからといって勢いでシータイに乗り込んで好き放題言っていい理由にはなりません。あなたを侵略者や詐欺師と侮辱することは、このシータイに留まる民全てを侮るのと同義なのですから」


 イーリアにもそっと肩を引かれる。


「ザコルの言う通りだ。彼らとて誇り高きサカシータの犬。自身が心から主や仲間と認めた存在を、その想いを、紛いもののように言われて怒るのは当然だ。大体、部隊の者どもに免じて弁解の機会をくれてやっただけだというのに、そこのバカはそれすらも理解できていないらしい」

「た、確かに彼、ただただ墓穴を掘りまくってましたけど! 今何とか話ができるようになりそうな流れだったじゃないですか! 言葉ではなかなか通じないからってわざわざ茶番までしたのに!」

「変態…バカ…墓穴…言葉通じない…」

「しまった、トドメ刺しちゃった…! ロット様お願いですから立ってくださいよう、中田に顔向けできないじゃないですか! あの子、あなたが私に決定的なことを言わないように自分が悪者になって庇おうとしてたんですよ! 黙ってとか、どこかへ行けとか、顔出すなとか、全部あなたのためだったんですから! 中田を信じず出奔させちゃうくらい束縛したのは反省して欲しいですけど、中田のなけなしの思いやりまで無駄にしないでくださいよおおおお」


 むく、床に蹲っていたロットが身を起こす。すかさずザッシュが私とロットの間に身を滑り込ませる。エビーがイーリアから私を受け取り、タイタが剣を抜いてザコルに並ぶ。


「…この状況で、あたしの味方をするのがツラく当たったアンタだけだなんて、笑えるじゃない」

「まだそんな口をきくか。ミカ殿の温情を無碍にしたのはお前だぞ、ロット。民をこうまで怒らせた以上、一発で済むと思うな」

「ええ」


 ザッシュが鎚を構える。ロットは何かを悟ったように立ち上がり、目を閉じた。


「待って、待って待って待っっっって!! 潰さないで!! え、えーと、も、もったいない!!」


 ……………………。


「…………もったい、ない?」

 ザッシュが気が抜けたような顔で振り返る。


「そっ、そーですよ、もったいない!! ちょっと思い込みが激しいってだけで、この領の貴重な戦力をスクラップにするつもりですか!! ドングリ砲くらっても無傷な人なんてそうそういないんですよ!? 生かして雪玉の的にでもした方が断然有意義ってものです!!」


 ……………………。

 ……………………。


 シイン。


 本格的に静まり返った。


「…あれ、また何か変なこと言っちゃった? う、ううん、いいですか! 資源は大切に! コマさんも言ってたでしょう! いざって時に使える奴が檻の中じゃ意味ねえって! 中田もフツーに強いって言ってたし! ね!?」


「何を言っているんですかミカ…」

 パチクリ、という擬音が似合いそうな顔がずらりと並んでいる。心が折れそうだ。かくなる上は。


「そっ、それにロット様、口が悪いだけで、ザコルのことだってそんなに嫌いそうじゃないもん、話したら解ってくれるもん、だから殺さないでよお…!」


 わああ、言っていて自然に湧いてきた涙と共に声を上げる。

 みっともないのは解っているが、なりふり構っている場合ではない。泣き落としでも何でも、この場が収まるなら何でもいい。


 群衆に明らかな動揺が走る。ザッシュは鎚を振り上げたまま動けなくなった。タイタも剣を持ったままロットと私をオロオロと見比べている。私のすぐ近くにいるエビーはジト目な気もするがスルーだ。


「あの、ミカ、泣かないで」

 ザコルがハンカチを当てにくる。


「何か深刻に考えているようですが、大丈夫ですよ、うちの兄弟は鎚を何度かくらったぐらいでは死にません。ただ鞭で打ったくらいではさしたる罰にならないので、鈍器で打つだけなんです」

「え、そうなんですか。ただのお仕置き?」

「はい。今からするのはただのお仕置きです。皆の気がそれで済めばですが」


 ちら、涙目のまま領民達を見る。

 うっ、最前列の人々がたじろぐ。


 じり、じり、両手を胸の前で組み合わせたまま、彼らとの距離を縮める。


「…はあっ、降参、降参だミカ様! ザッシュの旦那に任せっから、私刑みたいな真似はしねえと約束すっから…!」

「本当ですね!?」

 牧畜家のおじさん達がこくこくと頷く。目線を滑らせれば、その両脇、その後ろの民も頷く。

「…仕方ありませんね、そんなお顔をされてしまっては」

 タキに続き、ママ友軍団が武器を下ろす。

「みんな、ありがとうございます…!」

「他ならぬミカ様のお願いじゃあね。でも、次にお二人に失礼なことしたらタダじゃ置かないよ。ねっ、町長様」


 ガコッ。天井の板が開き、マージがヒラリと舞い降りてくる。続いてサゴシが笑顔でシュタッと降りてきた。あいつお姉様と同じ空間に…。


「ええ。ロット坊っちゃまにはきつういお説教が待っているから安心してちょうだい。屋敷でお待ち申し上げておりますわね」


 にこ。


「…わあ、何されちゃうんだろ」

「いー加減にしとけよ姉貴。あんなののために嘘泣きまでしやがって」 

 エビーにボソッと突っ込まれる。

「涙は自然に出たもん」

「はあ、何だ…」

 嘘泣きなのか、とザコルが息を吐く。


「シュウ兄様。鎚で打つにしても、外の方がいいでしょう。集会所に風穴をあけるわけにはいきません」

「そうだな。何か気が削がれたが、移動するか」


 同じようにどこか毒気が抜かれたような顔の領民達が速やかに道を開け、イーリアの側近に連行されるロットと私達を集会所の外へと通してくれた。



つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ