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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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挨拶のやり直し① ああ、なんだ抜け殻か

 カズを部屋まで送り、一階に戻ったところで、入浴を終えたらしいアメリアと侍女達に出くわす。


「ミカお姉様。今日もお湯をご用意くださり、ありがとうございました」

「いえいえ。今日も冷えますから、湯冷めには気をつけてくださいね」

 淑女の礼から顔を上げたアメリアが私の顔をじっと見る。

「どうかしましたかアメリア。もしや、何か吐き出したいことでも?」

 カズの言動にはさぞヤキモキした事だろう。私でよければ捌け口になってあげたい。


「…お姉様はずるのですわ」

「え、私が? ずるい?」

 プイ。可愛らしくそっぽを向かれる。

「そうは思いませんこと? ザコル」

「まあ、そうですね。僕の悩みの大半はお嬢様がおっしゃるようなことかと」

 影のように後をついて来ていたザコルが急に頷き出す。

「何、何何、何ですか。ていうか最近二人仲良しじゃないですか!? 何通じ合ってるんですか! 私にも話してくださいよ!」


 じと…。ザコルとアメリアから睨まれたので私も睨み返してみる。ぐう、どっちも可愛い。


「タイタ、あなたもきっと解ってくれますわね」

「は、お二人のお気持ち全てを察する事は叶いませんが、口惜しいお気持ちの一端ならば少し」

「タイタまで!? 何なの!?」


 アメリアの侍女ハイナがスススとやってきて私の耳元に顔を近づける。

「お嬢様は、ミカ様とカズ様の遠慮忌憚ない間柄に嫉妬なさっておいでです」

「ハイナ! あなた」

「嫉妬? 私とカズに? ザッシュお兄様とじゃなくて?」

「なっ、何をおっしゃるの!? ザッシュ様は関係な」

「ええ、もちろんザッシュ様のこともありますが、カズ様はザッシュ様よりもミカ様の方がよほど大事と見受けられます。そんなカズ様を、ミカ様がまるで本当の姉妹のように気遣われるからお嬢様もお心を乱されて」

「わたくしを無視するのはおやめなさいハイナ!」

 すっ、ハイナが一礼して下がる。だが口角は上がっている。確信犯だな。エビーの幼馴染だけある。


「…うーん、前も言いましたけど、彼女は手のかかる後輩の一人ってだけで、それ以上でもそれ以下でもないですよ」

 アメリアはふるふると横に首を振る。

「カズ様は絶対にそうは思われておりませんわ! 行方しれずとなったお姉様を思うあまり、命を投げ打とうとまでなさったそうではないですか。それにお姉様とて、カズ様とお会いになるためにはるばるこちらまでいらしたのでしょう?」

「ええ、確かにそれもここに来た理由の一つではありますけど、あれはただザコルの手を汚したくなかったからですよ。どう見ても始末する気満々にしか見えませんでしたから」


 それが、まさかここまで打ち解けるとは思ってなかった。…思い出すとモヤモヤする。


「それにカズ…中田は、そういうんじゃなくて戦友みたいなものっていうか…。大体、酒飲んで死ぬつもりとか言ってましたけど、あの子かなりの酒豪ですし、ガード下の安酒何十杯飲んだところで…いや、まあ、それは置いといて。確かに彼女、衝動で突っ走るとこもありますが、必ず立ち止まって振り返ったはず。私なんかがいなくたって、きっと強かに生きていったはずなんです。現に、ここでも立派に生き抜いてるでしょう。カリューの人達や騎士団の人達ともちゃんと絆育んでますし」


 召喚されてきたのは夏の間と聞いている。それから四、五ヶ月という短期間で『みんなのカズ』という立ち位置をしっかり確立し、新兵ながら騎士団長直属の部隊員にまでのしあがっている。あのいい意味での遠慮のなさというか、コミュ強ぶりはとても真似できない。


「でもあの子、私が思うよりずっと、情に厚く責任感の強いところがあったんですねえ。もっとちゃっかりした奴かと思ってました。…って、何でそんな顔してるんですか、みんな…」


 明らかに呆れを含む視線を注がれて動揺する。


「ミカお姉様、それはあんまりですわ…。あれほどまで寄り添って差し上げておいて、カズ様だってあんなにも…っ、タイタ、タイタ、あなたもそうは思いませんこと!?」

「ええ、カズ殿がこの場におられなくて良かった、と言う他ございません。…ああ、少しでも警戒していた自分を恥じる思いです」


 うんうん、ザコルまでもが頷く。


「そうですね、ナカタの方はどうにかミカに報いようとしてきたはずなのに、当のミカはこの調子です。…僕は、ミカに我が儘を聞いてもらった身です。しかしナカタは…。ああまで焦がれていたはずのミカに再会しておきながら、それでもミカのためにと身を引いてくれた彼女に、僕は、後ろめたい気持ちが全くないとは言えません…」

「解りますわザコル…! わたくし、カズ様を差し置いて妹を名乗っていいものかしら!?」

「僕も、ミカと婚約するつもりだなどと彼女に堂々とのたまっていいのでしょうか!?」


「ちょっ、どうして二人が中田に忖度する必要があるんですか、お二人はちゃんと私の妹だし恋人ですけど!? ちょっと執行人君も何か言ってやって!」


「ええ、ええ。お二人は確かにミカ殿の『最愛』にございましょう。しかしただの騎士である俺の立場では、カズ殿のお気持ちや絆の強さを知るほどに、身の程知らずを痛感するばかりで…」


 ……………………。


 ザコルとアメリアとタイタの三人がハッとしたようにこちらを見る。


「…ふーん、みんな、私にそこまでこだわってるわけじゃないんですねえ。中田のものになっちゃえばいいってことですか?」


『ちがっ』

 三人の声がハモる。何が違うと言うんだろう。


「いいでしょうかお三方。私は既に、こっちで前を向いて生きていく覚悟を決めています。ザコルの隣にこだわりつつ、アメリアの姉妹として、テイラー家とテイラー家に仕える人達のために身を捧げるつもりでいます。私の家族はもう既にあなた達だと思っていたのですが、その私に後ろを振り返れとおっしゃるわけですね?」


 ひゅ、三人が何かを飲み込む。


「ちちち違う違う違う違う、振り返らなくていい!! 僕は、ナカタを同じ志を持った者として尊重するつもりでいるだけです!! ですがあなたの隣は決して譲りませんから!!」

「わたくしだって今更お姉様の妹でなくなるだなんて考えただけで身が千切れそうですわ!! もう弱気なことは申しませんからどうかこちらを向いてくださいませ!!」

「もっ、申し訳ございません!! あれ程までに大事にしていただきながら、そのお気持ちに見合う自分であったかと自信をなくしただけでございます! どうか、末永く我が主家のご一員であらせられますよう…!!」


 土下座でもしそうな勢いで三人が取り縋ってくる。


「…ねえ、三人とも、大事にしてもらってるのは私の方だって、忘れないでくださいよ。まだ信じてもらえないのは私の力不足でしょうけど、でも、私が本当に必要なくなったらすぐに言ってくださいね。渡り人だって何も私一人じゃないんだし、ちゃんと身を引きますから…」


 がば、ザコルに抱き寄せられる。アメリアに手を握られる、タイタが泣きそうな顔をする。


「渡り人が何人いようとも、僕の最愛はミカ一人だ…!」

 ザコルの悲痛な叫びが廊下の隅々まで響き渡った。



 ◇ ◇ ◇



「おかえり姐さん。あとお嬢と兄貴とタイさんとナーの一族御一行サマ。兄貴は何廊下の中心で愛を叫んでんだ」


 ドングリがヒュンヒュン飛ぶ。

 最近アメリアやその侍女達までドングリを装備し始めたらしい。ハコネと幼馴染騎士トリオが苦笑しながら拾ってやっている。


「ミカ殿、椅子あたためておきました!」

 サゴシが座っていた椅子を立ち、私のためにと引いてくれる。

 …お尻がぬくい。椅子を人肌であたためられてもあまり心地いいものではないということはよく分かった。


「ただいま。二人はいい子で待ってたね」

 金髪の二人は揃ってニカっと笑う。どうにも人懐こいゴールデンレトリバーの幻覚が見えるのは気のせいか。

「ザッシュお兄様は?」

「ザッシュの旦那はイリヤ様をミリナ様の部屋に連れてきました。一緒にメシでも食わすつもりじゃねーすか。コマさんと魔獣達もついて行っちまいましたよ」


 確かに、もう昼食の時間だ。まだ昼食の時間ともいうが。鍛錬の時間が早いせいで午前が長く感じるのだ。


「で、今日は昼食の後何すんすか。夕方にシシ先生んとこ行く以外はフリーすよ。昼寝でもします?」

「いや、今日も入浴小屋の様子を見つつ編み物か勉強、それか散歩でも…あ、刺繍のセット。確かメイド長に預けてあったよね」

「はい、お嬢に貸すんすよね。もうそこに出してもらってありますよ」

 部屋の隅を見れば、確かにカモミにもらった裁縫箱と、ユーカにもらった刺繍糸のセットが揃えて置かれていた。

「うーん、流石はエビー、さすエビ。やっぱりエビーがいないとね」

「ふふん、姐さんは俺がいねえとダメダメっすからねえ」

 エビーは当然、私がカズより自分達を選ぶもの、頼るものと信じて疑っていないようだった。


「何か、負けたような気がいたしますわ…!」

「同感ですお嬢様」

「エビーには学ばされてばかりです」

 ザコルとアメリア、そしてタイタが仲良く渋面を作っている。モヤ。


「また面倒くせー顔してんなあ…」

 エビーが呟く。あの三人と私、どっちに向けた言葉だろうか。


「んで、サゴシは何も悩んでなさそーだな」

「隠密ってのは、基本的にそのご尊顔を陰から見守ってりゃいいだけの役得仕事だ。どなたと一緒におられようが関係ない。しかもミカ殿直々に『逃げるとか離れるとかいう選択肢自体無くなった』とまで言わしめた俺こそは究極の勝ち組!」

「…サゴちゃんは重要参考人ってだけだからね? 勘違いしないでくれるかな」

「相変わらず俺にだけ塩! たまりません!」


 ふわ、急に視界が持ち上がる。私が悲鳴を上げる間もエビーがツッコむ間もなく、私の乗った椅子はジェットコースターのように部屋を駆け巡った。





 昼食後。


 イリヤと領民の子供達が庭で遊ぶ様子を眺めつつ、入浴小屋の湯船の湯を三分の一ほど張り替える。差し湯用の樽を温め直すのも忘れない。

 アメリア達は編み物クラブに参加しているので、ハコネや幼馴染トリオと共に食堂に置いてきた。


「ホッキー、ミール、シジミ、外の警備お疲れ様。井戸の水汲みもありがとう、助かるよ」

「光栄です、氷ひ…いえ、ミカ殿」


 私が心の内で密かに『貝トリオ』と呼んでいる三人が敬礼する。

 彼らも氷姫護衛隊だ。幼馴染組でなかったばかりに尋問の対象となったが、今のところ疑わしいところもないという事で任務に戻っている。

 任務といっても、こうして井戸からの水汲みや、薪割り、雪かきなど、護衛以外の仕事もお願いしている。彼ら護衛隊が集団で寝泊まりしている空き家はタダで貸してもらっているようなものだし、ここもまだまだ被災地だ。やれる事があれば彼らも進んでやってくれている。

 体力と時間に余裕のあるテイラー家の騎士は、同志村のスタッフと共に、シータイ町民やカリューからの避難民達からも頼りにされつつあった。


「今日はカサゴ達と交代でお風呂も入ってね。そういえば、今日の鍛錬凄かった! 野次三人衆とも手合わせしてたでしょ。かなりの接戦だったね」

 三人が微妙な顔になる。

「ただの町民と接戦の時点で騎士失格のような気もしますが…」

「いえ、彼らも武のサカシータ生まれ、好敵手に間違いありません。次こそは俺達が圧勝して見せますよ!」

「ザコル殿、明日も厳しいご指導をお願いします!」

「いい心がけですね。三人とも、明日は僕とも手合わせしましょう」

『は!!』


 この町にいると、私も含め、みんな脳筋というか鍛錬バカになってくる。この三人もかなり仕上がってきた。向上心が高まる事はいいことだ。

 三人はエビーやタイタとも気さくに挨拶をし、仕事に戻っていった。そろそろ昼休憩のタイミングで、カサゴ、マンタ、クマノ、サンゴの四人と町長屋敷の外警備が交代になるはずだ。そっちの四人組は心の内で『熱帯カルテット』と呼んでいる。


 幼馴染トリオ、貝トリオ、熱帯カルテット。それから残念ながら叛意ありで捕縛に至ったカニタとその他二人。そこにエビーとタイタのコンビを合わせて十五人。氷姫護衛隊はこれで全員だ。




 ピイイ。深緑の猟犬ファンの集い北の辺境エリア統括者であるマネジの笛の音が聴こえる。

 何かあったのかと、ファンの集いで執行人の異名を持つタイタを伺えば、彼は大丈夫、という風に頷いた。


「この音は『召集』ですね。緊急性は低いようですが、俺を呼んでいるようです。領外で活動する者達から連絡があったのかもしれません。少し行ってきてもよろしいでしょうか」


 領外で活動する者達からの連絡。

 過激な同担拒否思考を持つ、ザコルの双子の弟ザハリを改心させるために呼んでいた『洗脳班』か。はたまた、災害救助に関わった深緑の猟犬グッズを、ファンの集い同志達に売って寄付を集めている『臨時物販本部』か。


「ねえ、一緒に行ってもいい? 私も気になるし」

「もちろんでございます。が…」

 タイタは推しである猟犬殿をチラリと伺う。


 洗脳班にしろ物販本部にしろ、もし使者が来ているならばザコルをいきなり同席させるのは不都合だ。なぜなら彼ら同志は、ザコルを目の前にすると必ず心神喪失から入るのがデフォだから。


「まずはタイタ一人に様子を伺ってもらった方がいいでしょう。いちいち心神喪失させていたのではマネジの仕事を滞らせます」

「ふふ、確かにそうですね」

「はは、申し訳ございません。後で必ずご紹介いたしますので」


 ザコルが同志達の生態に慣れきっている…。自分を推しと仰ぐ人間が全国に数えきれないほどいるなんて、どんな気分だろう。


「正直、今も実感はないのですが、同志は同志でしょう。彼らのことは特殊な文化を持った一つの種族だと思って接するよう心がけています」

 ぶふ、エビーが小さく吹き出す。

「種族って…。それはまた斬新な解釈すね」


 いや、このファンの集いほど統制の取れた、いわば訓練されたオタク集団は世界中のどこを探したっていないだろう。特殊な文化を持った種族、というのは的を射た表現かもしれない。


 タイタを見送ったところで、所用のあったザッシュが戻ってきた。

 彼はイーリアからの言付けも預かっていた。どうやら、ロットの挨拶をやり直したいということらしかった。



 ◇ ◇ ◇



 ザッシュから伝えられた場所は何故か集会所だった。


 無礼を働いておきながらこちらを出向かわせるとは何事だと突っかかりそうになるザコルとエビーを抑え、アメリアにはとりあえず私達だけで行ってくるからと連絡し、タイタが戻るのを待ってから外套や防寒具を身につけて外に出る。


 雪は昨夜のうちにかなり降ったようだが、今はよく晴れて新雪が陽光に煌めいている。ときたま風が表面を撫で、雪の粉が舞い上がる様も美しい。


 人払いでもされたのか、シインと静まり返った集会所の中に入ると、入り口近くにフルプレートアーマーがいた。声をかけてみるが返事がない。また無視かと思ってよく見ると、

「ああ、なんだ抜け殻か。中の人はどこへ」

 キョロキョロと会場を見渡す。


「アンタわざとやってんでしょ…アイタッ、何すんのよ母様!」

「うるさい、立場を弁えろこの愚息がッ! 全くどいつもこいつも…」


 床を見れば、手を厳重に縛られ、正座させられたロットが恨めしげな顔でイーリアを見上げている。鎧の下はシンプルなシャツと下穿きに近い細身のパンツのみだったようで、床に座る様は見るからに寒々しい。


「よく来てくれた、ミカ。呼び立ててすまない」

 イーリアが美しい騎士の礼で迎えてくれる。

「いえ、午後は散歩でもしようと思っていましたので問題ありません。かえってお待たせしてしまったかと……あの、部隊の方々まで正座しているのはなぜ…」


 人数が多い上に皆大柄なので、そこそこの広さのある集会所がみっちり隅まで埋まっている。なるほど、これでは町長屋敷での面会は無理そうだ。


 ざっ。そんな屈強なサカシータの騎士達が一斉に床に手をつく。

『団長がご迷惑をおかけいたしました聖女様!!』


 聖女様、か…。

 眉間を揉みつつ何か声をかけようと口を開きかけたところで、私の前に大きな影達が立ちはだかる。


「フン、管理不足の落とし前をどうつけるつもりだ。ナカタにも兄を頼まれていたそうだが、一体どのツラを下げてお前達までノコノコと」

「ちょっと、いいですよそういうのは。彼らも謝ってますし…」

 ザコルの深緑マントを引っ張る。びくともしない。


「甘ちゃん姐さんは黙っといてくださいよお。俺ら護衛のメンツにも関わってくるんで」

「ええ、主人への侮辱をこれ以上許したとあってはテイラー騎士の名折れです」

 エビーとタイタも仁王立ちだ。

「ああ、好きなだけ追求しろ。と言ってもまず頭を下げるべきはその鎧の中身の方だがな」

 じろ、ザッシュは渋々床に座るロットを一瞥する。


「…………何よ、だからこうして頭を低くしてやってんじゃない…アタッ!? ザコルあんた、今何投げたわけ!?」

「ドングリです」

「ドングリ!?」


「ああ、お前は優しいなザコル。鉄の飛礫でないだけ感謝しろ、ロット」

 ロットもイーリアには口答えしづらいのか、舌打ちしながら額についた破片をパッパッと軽く払った。見たところ無傷だ。

 ザコルが放ったのは、ドングリというかドングリ砲である。いくら木の実でも普通の人ならばタダでは済まない威力のはず。


「うーん、流石はサカシータ一族。なるほど『鎧とかいらなくね』という結論もやむなし」

 ツンツン、入り口近くに置かれた白金の鎧をつついてみる。バラなどの花や蔦がみっちり彫り込まれ、実用品というよりは美術品に近い一品に見える。

「素手で触るんじゃないわよ! 変色でもしたらどうして…アタッ!?」

「そちら様も攻撃を避けるのはあまり得意じゃなさそうですねえ。まあ、こんな大袈裟なもの着てたら素早い動きはしなくなるか」

「バカにしてん…アタッ、何よザコルっ、どーせ口であたしに敵わないからってアタッ!?」

「ザコル、ドングリがもったいないのでその辺にしておきましょうか」


 ザコルが投げるともれなくドングリが砕け散るので、貴重な残弾が減るのだ。もう地面は雪の下、新しいドングリは拾えない。

 私は四人の肉壁をかき分けつつロットの前に出て、スカートをつまみ、跪く一歩手前の深いカーテシーを披露した。


「お初にお目にかかります。私はミカ・ホッタ。異世界のニホンという国より召喚され、この世界に参りました。テイラー伯爵家の庇護を受ける身ではございますが、訳あってこの冬の間は貴領、サカシータに身を寄せるべくここまで参じた次第でございます。この地、ひいては国境の番人たる騎士団長様に置かれましては、どうぞ、我が庇護者テイラー伯セオドア様に免じこの愚身の滞在をお赦しくださいますよう、何卒よろしくお願い申し上げます」


 よし、噛まなかった! 頭を下げながら思わずニヤリと笑う。ロットの後ろにいる部隊員からは、おお…と感心する声も聴こえた。

 体を鍛えるようになってから、こうした深いお辞儀も全くよろめかずにできるようになった。長々と挨拶して声が震えることもない。一見優雅な淑女の礼も、結局は筋肉がものをいうのだと実感しているところだ。


 チッ、とロットが再び舌打ちし、正座からわずかに腰を上げて膝を立てる。


「…お初にお目にかかる。我が名はロット・サカシータ。サカシータ子爵オーレンが六男にして、ここサカシータの騎士団長を拝命する者だ。このような辺境にはるばるよくお越しになられた。山と雪以外に何もない土地だが、どうぞ、ゆ、ゆ、ゆるりと過ごされよっ」

 最後の一言はどうしても言いたくなかったのか、声が裏返った。


「…ふっ」

「わ、笑うんじゃないわよっ! そんな仰々しい挨拶されたらこっちも返さなきゃいけなくなじゃない!!」

「ええ、ご丁寧にありがとうございます……っ、むふうっ」

「何よ何よ!! 性格悪い女ねっ」


 ゴッ。


 イーリアの剣の鞘がロットの後頭部にめり込んだ。



つづく

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