まるで王者の考えだ
「まあまあ。どこか痛むところはありませんかコリー坊っちゃま」
ようやく屋敷に戻ってきたらしいマージがザコルの頭部や胴体を診ようとしている。
「僕はあの程度で負傷などしません。…というかもう治りました」
「そんなのに構うなマージ。ミカ、アメリア嬢。ミリナとイリヤの相手を任せてしまったな。礼を言おう」
「いえ、私達も楽しかったですから。ね、アメリア」
「ええ。それにイリヤさんのお世話はザッシュ様がなさっておられましたわ。とっても微笑ましい光景で」
アメリアがにこにこと頬を染めながら話す。
「ザッシュ殿、ザコル殿はもう治ったとかおっしゃってますけど、サカシータ一族って傷の治りも早いんですか? 伝説の戦闘民族ってやっぱすごいですね」
サゴシがしれっとザッシュに話しかけている。先程見捨てられたというのに、彼こそ真の鋼メンタルの持ち主だ。あのカファを超えるかもしれない。
ザコルの傷については、おそらくサカシータ一族だからではなく、私の魔力を移譲していたせいで自己治癒能力が発動したのだろう。
ザコルが滅多に怪我をしないせいで検証できていなかったが、思わぬタイミングで効果が実証された形となった。ちなみに自分で小指を折るのは絶対禁止にした。
「そいつは傷を傷とも思ってないだけだ。尋問は済んだのか」
「はい。物足りませんでした。欲を言えば、もっとなじって追い詰めて欲しかったです」
「……おい、こんな奴だったか?」
ザッシュが私に説明を求めてくる。
「こんな奴だったらしいですよ。サゴちゃん、必要な事さえ聞ければ充分だよ。でも、また何かあったら質問させてもらうからね」
「はい。楽しみにしてます。気になった事はどんどん問い詰めちゃってください」
鍛錬を見る限り、サゴシの実力は決して常人離れするようなレベルではなかったと思うのだが、この肝の据わり用は一体何なんだろう。特殊部隊にいるのは分かったが、腕っぷしだけならばハコネの方がよっぽど強いはずだ。それを気軽に『処します?』などと言えるだけの切り札をどこに隠し持っているんだろうか。
「楽しみにされても困るんだけど…まあ、サゴシがその、最奥を担う隠密とやらに選ばれた理由はちょっと気になるかな」
「あー、それは俺もよく知らないんですよね。オリヴァー様が腹黒カワイイって毎日呟いてたせいですかね」
はぐらかされたか…。
一筋縄ではいかなさそうだ。というか、なじって追い詰めないと吐かないつもりか。
「へー。腹黒ショタも管轄内なんだね」
「腹にイチモツ抱えた合法ロリも管轄内です」
「合法ロリ言うな」
合法ロリ…が正確に訳されて聴こえるってことは、この国でも子供に手出しするのは違法、もしくは倫理的よくないという認識があるという事だ。
この世界では私がどうにも若く見えるばかりに、連れているザコルが少女趣味か人拐い扱いされていたことからも伺えるが…。この中世から近代風の世界に、合法ロリとかいうスラングにピッタリ相当する言葉が存在するのは本当に解せない。
「ミカさん、サゴシは尋常じゃないレベルの面食いなんですよ。普段は隠してますけど」
「テイラー一族の『顔』を守るためなら何でもするヤツです」
「こうなったらしつこいですよ。はは」
幼馴染騎士トリオがのほほんと語る。
ふとサゴシの方を見たら、イーリアとその隣にくっつくイリヤをじっと見つめていた。
そして順番に、アメリアを見つめ、マージを見つめ、ザコルやザッシュの事までも見つめ、私に視線が帰ってきた。目が合うとにんまり笑われた。
「やー、ここはほんといい所ですね。毎日バカンスみしかない」
「……ううーん、幼顔だけでなく美形なら全部管轄内って事かあ…。何で私を数に入れちゃったのか…」
サゴシの視線に気づいたザッシュが、まさかおれまで数に入れたか? と怪訝な顔をしているが、アメリアが全肯定するように首を縦に振っている。ザッシュお兄様は普通にカッコいいから管轄内で納得だ。
「ミカ殿だってお綺麗ですよ」
「ただ幼く見えるだけでしょ。…そっか、私が綺麗なお姉さん達を舐め回すように見てる時って、客観的に見るとこんな感じなのかな。うん、気持ち悪いね」
「気持ち悪い!?」
「うん。反省してるだけだから気にしないで」
「なんだ、なじってくれるつもりじゃないんですか? 俺の事もっと知りたくないんですか? ほら知りたいですよね?」
ぐいぐいくる…。
「知りたくないわけじゃないけど、無理に聞き出す程でもないかなって」
「冷静! ここで焦らされる!! しびれるわあ…!」
別に焦らしたわけではなく、ここでテイラーの闇だか機密だかに関わる事をベラベラ喋られても周りが困ると言いたかったのだが、果たして通じているのかどうか。
それに、サゴシの個人的嗜好や経歴や実力云々は私の召喚事件やらとあまり関係ない気がする。それこそ今聞かなくてもいい。
というかさっきから頑張って塩対応しているつもりなのだが、サゴシはどこか嬉しそうだ。多分そういうタイプの変態なんだろう。
「お姉様の変態への耐性が高すぎますわ…」
「アメリアお嬢様もその変態の一員になりかけているご自覚がおありで?」
「何度でも言わせていただくけれど、あなたにだけは言われたくありませんわザコル!」
ぎゅむ。アメリアが私の左腕に回した手に力を込める。それと同時に右隣の人からも距離を詰められる。
ソファー上で両隣から強めに挟まれているので身動きが取れない。
「ふふ、お三方は本当に仲良しですわねえ。コリー坊っちゃまにお友達が増えて嬉しいわ、よろしくお願いしますねサゴシ様」
「はい。俺、ザコル殿の顔好きです。なんていうか、優しくしたくなります」
「見どころのあるお方ね」
あの変態、マージお姉様から一目置かれよった…。
先日行われたマージと同志達のお茶会は盛況だった。盛況すぎて二時間の予定が朝まで続いてしまった。
私も一緒に夜を徹して猟犬殿について語り明かしたかったのだが、いい所でザコルに「もう寝ますよ」と言われ無理やり部屋に下がらせられてしまった。
「イリヤは眠たそうだな」
「まだ、ねむくないです…」
ごしごし、と目をこすりながらイリヤが返事をする。
ハコネが発言の許可を申し出ると、イーリアがにこやかに頷いた。
「イリヤ様、今日はうちの騎士達とよく遊んでくれたそうですね。彼らの団長としてお礼申し上げます。明日もどうか彼らと遊んでやってくれませんか。喜びますから」
ハコネパパの言葉にイリヤはパッと瞳を輝かせる。
「あ、あそぶ、遊びます! 明日もエビーたちと遊んでいいの!?」
「もちろんすよお。鍛錬はすげー朝早くからやってるんで、早く寝ないと起きられないすよ」
「ねる! 僕もうねますおばあさま!」
「そうかそうか。おばあさまはあと少しだけ仕事の話があるのだ。ほら、メイド長が寝る支度をしていてくれる。言う事を聞けるか?」
「はい! 僕、おりこうにできます!」
部屋の隅に控えていたメイド長が一礼して歩み寄ってくる。彼女は、母君様の横にベッドを用意しましたからと丁寧に説明しながら、イリヤを連れて退室して行った。
「イリヤは寝相など大丈夫だろうか…」
「別に壊したら壊したでかまわん。ここのメイド長もかつてお前達の世話をしていた一人だしな。対策もしているだろうし、後始末にも慣れているだろう」
心配するザッシュにイーリアが鷹揚に答える。
…対策って何だろう。とんでもなく丈夫なベッドを用意しているとか、床に鉄板でも仕込んでいるとか…? サカシータ一族の子は寝相だけで周りを破壊する可能性があるらしいので大変だ。
「おやすみなさい天使様…」
「サゴちゃんはそのたるみ切った顔引っ込めてくれるかな」
私のジト目を見てイーリアがくすりと笑う。
「ミカのその目はいいな。私も向けられてみたい」
「義母上まで変態発言をしないでください。収拾がつかなくなります」
「うるさい変態愚息。その席を私に譲れ。いつまでミカとアメリア嬢を独占している気だ」
「僕もお嬢様もミカを渡したくないだけです」
「その通りですわイーリア様。ザコルとはミカお姉様を争う間柄で、それ以上でもそれ以下でもありませんの」
そんな事を言うが、私から見てもザコルとアメリアは随分と仲良しになったと思う。嬉しいような切ないような、変な気分だ。
「む、姐さんが可愛い事を考えている気配がする…!」
「うるさいよエビー。イリヤく…いえ、イリヤ様の入浴をお手伝いした時の所見をお話しして」
イーリアの方を視線で示すと、エビーは真面目な顔に戻って頷いた。
「まず、イリヤ様もそれなりに痩せてらっしゃいましたけど、体つきは不健康って程じゃありませんでした。普段何食べてんのかって訊いたら、屋敷で出される食事の他、敷地内で採れる食べられる木の実や草について嬉々として語ってくれましたんで、まあ、ミリナ様程には飢えてはなかったのかと。たまに三男のサンド様が差し入れをしてくれる他、どうしてもお腹が空いた時にと知識をつけてくださったそうすよ」
ふむ、とイーリアが相槌を打つ。サゴシも挙手する。
「俺からも。主に胴体に、古いものから新しいものまで鞭打ちのような傷が散見されました。傷自体はそう深くもなさそうでしたし、ご本人も、あんまりいたくないとは言ってましたが、怒られるのは怖くて悲しい、ともおっしゃってました。…正直、彼の実力なら反抗もしようと思えばできたんでしょうが、ミリナ様を人質に取られていたのが大きいのかと」
エビーとサゴシ報告を皮切りに、ミリナが体を壊しても医者が来ずイリヤが看病していたらしい事や、食事をした時の反応、当初使用人に萎縮する反応があった事などをテイラー勢の皆で細かく報告していく。
「わたくしはミリナ様から少しだけ話を聞いております。推測も交えてお話しいたしますが、どうやらご実家のお父様が八年前の粛清の対象になった事がきっかけとなり、屋敷内でのミリナ様への当たりが厳しくなったようですわね。ただ粛清当時はまだミリナ様も妊娠中で、ご長男を出産、そして乳児期を終えるまでは食事を減らされたりするような事はなかったようですわ。ここ数年はミリナ様とイリヤ様のお二人分として食事が供されていたような事も伺えました」
二人分として出した食事が足らなければ、愛情深いミリナは当然我が子を優先し自分の分を与えてしまうだろう。決して食事を出さないのではなく、ミリナが勝手に食べなかった、と後で言い訳もできそうなやり口だ。つまり、母子への虐待というより、ミリナ一人を徐々に弱らせ、いずれ病とでも偽って亡き者にするつもりだった意図が見えてくる。
…そこまでされるような理由が、あの優しく押しに弱いミリナのどこにあるというのだろう。
「それと、王宮へご出仕なさっていたようですが、お屋敷の馬車で魔獣の宿舎の入り口まで直接乗り入れられ、宿舎やご夫君の執務室以外の場所に行くのは禁止されていたようです。どこへ行くにも護衛がついてきていたそうですが、監視の目的が強かったのでしょう。ミリナ様は大人しくご夫君の言いつけ通りになさっていた。ミリナ様がご出仕なさっている間、イリヤ様はお部屋を出る事が叶わなかったそうですから、互いを人質に取られていたという見方もできるかと思いますわ」
流石はアメリアだ。私達が席を外した短い時間にそこまで聞き出していたとは。
「ミカ、アメリア嬢、騎士方、ご協力に感謝する。ミリナは、私達がイアンの親兄弟だからと、あいつの悪口につながりそうな事は遠慮してしまうようだ。第三者である貴君らになら話せることも多いだろう。どうか、今しばらく共に見守ってくれないだろうか」
私もアメリアも頷く。役に立てるのなら嬉しい。こちらとしても気になる事が多いし…。
「ミリナの実家が取り潰しになってすぐの頃、こちらとしてはミリナを放逐するような気はないとイアンにも、ミリナにも手紙を出していた。…届いていたかは疑問だが。サンドに任せきりにしていた私が言う事ではないが、サンドめ、あいつは何年もの間一体何をしていたのだ。コマ殿の話の通りなら、さっさと助け出してしまうか私達に助力を願えばよかったというのに」
イーリアは先にコマからも話を聞いているようだ。
「義母上。サンドにさえ会うなと厳しく言われていたらしい事は、イリヤの言葉の端々にも感じたぞ。普段は義姉上と二人で『景色のいいお部屋』で寝泊まりしていたそうだ。サンドはいつも壁を蜘蛛のようによじ登って来たのだと言っていたし、つまり、建物の最上階か塔の上のような、助けが及びにくい場所に収容されていたのではと推測している。もし何か事を起こせば、彼らが無事で済まないかもしれない状況が続いていたという事では?」
ザッシュがサンドを擁護する。性格が合わずに喧嘩ばかりしていたらしいが、根っこの部分には信頼関係があるのだろう。
「義母上は、僕と同じく正面から堂々突入するタイプですからね。…しかし、僕の事くらい、あてにしてくれてもよかったのに。義姉はもちろん、実の甥の無事さえも願えない人間だと思われていたのなら、僕の日頃の行いが悪かったとしか言えませんが…」
「ザコル…」
隣に寄り添う人の顔を見上げる。
ザッシュも同じようにザコルの方をチラリと見た。
「サンドの中で、お前はまだ幼い弟だったのだろう。そういう線引きはする奴だ。上の兄弟の問題にお前を巻き込みたくなかったのかもしれないし、仮にも役職持ちで社交を積極的にしていた長兄に手出しさせて、英雄たるお前の評判を落とす事も恐れたのかもしれない」
「はっ、僕の評判なんて僕自身が落として回っているようなものでしたよ。僕は家のために出稼ぎに行ったんです。決して英雄なんかになるためじゃない。家の者の役にすら立てないのなら、この力にはいよいよ何の存在意義も…」
ザコルがじっと自分の手の平を見つめる。
「その力は、お前自身のものだザコル。もしサンドがお前をよく理解しているならば、尚更お前に自分のために生きて欲しかったはずだ。だからこそ長兄の件でこれ以上お前を煩わせたくなかったのだろう。兄の代わりに戦に行っていたようなお前には特に…」
ザコルは首を横に振った。
「いいえ、恐らくそうではありません。あの義姉上が僕を責めるとは思いませんし、だからこそ許しを乞うつもりもないですが、粛清にあたって先陣切って取り締まりに動いたのは暗部だ。僕は、義姉上のお父上であったカーマ男爵、いえカーマ元王宮騎士団長の懐刀達を相当数手にかけた。…義姉上もサンド兄様も知っていたはずです」
「ザコル、それは…」
「カーマ元騎士団長は、自ら縄についたと聞いています。いえ、そうせざるを得ない状況を作りました。彼は現王政に疑問を持っていた。王弟殿下の横暴にも。だからこそホムセン侯爵一派と共闘の姿勢を取っていた。ただそれだけの、義に厚い人だった」
ぎゅ、ザコルは見つめていた手を強く握った。
「ミリナ様のお父様を悼んでいるんですね、ザコル」
私は彼の拳に手を添えた。
ザコルがこちらを見て、茶色と榛色のグラデーションの瞳が私の姿を映す。
「あなたの抱える気持ちはあなたにしか解りません。でも、サンド様のお考えもサンド様にしか分からないのでは。あなたに声をかけなかった理由は他にあるかもしれませんよ」
私が彼の立場でもきっと自分を責めただろう。
職務のせいとはいえ、ミリナの帰る場所や、イリヤの祖父の一人を奪ったのは自分なのだと…。
ザコルとしてはそういう負い目を抱えつつも、ミリナ達を自分の懺悔に付き合わせるのはエゴだと考えているようだ。ミリナが謝罪を求めるのであれば話は別だろうが、彼からは彼女ら相手に言い訳や謝罪などは一切しない、それもまた誠意の形なのだろう。
ふ、とザコルが息をつく。
「すみません。つい、僕の話をしてしまって」
「いや、話の腰を折ったのは私だ。ミカの言う通り、サンドにも話を聴かねば判らない事が多すぎる。イアンも肝心なところだけは口を割らんしな…」
肝心なところ、妻の殺害未遂の動機だろうか。新しい女がいるから邪魔者には消えて欲しかったとかそんなところじゃないのか。
「コマは何と?」
「コマ殿は『俺にも奥方をくびきに添えた罪がある、それ以上は言えない』と」
「そうですか…。くびき、どう思いますか」
ザコルが何故かこちらを見る。
「私に聞きます? …うーん、正直判断材料が少なすぎるんですが…。単純に考えるなら、魔獣達を王宮にとどめておくためのくびきとか、彼らに自棄を起こさせないためのくびきとか、そんな感じじゃないんですか? 今更でしょうから話しますが、ミリューは『これ以上王宮に留まっている理由がなくなった、残った魔獣を迎えに行く』みたいな事を言ってここを発ちました。今思えば、ミリナ様を自分達の手で護るのに、一番の障害であったイアン様をザコルが倒し、預かってくれたからかと…」
ミイ。
「ミイ殿?」
タイタが声を上げる。
ぞく、と私の背中に悪寒が走った。振り返れば、タイタの頭にミイがちょこんと座っている。
「……何か、余計な事でも言ったかな、ミイ」
ミイミイ?
誰がそんな事を言った? ぼくは何も聞いてない。
「はあ、なんだ。怒られるのかと思ったよ。怖がらせないでよもう…」
ミイミイミイ。
ミカの方が怖い。お前強い。
「何言ってんの、束になったら君らの方が強いに決まってるでしょ。じゃあ何かな、もしかして話したい事があるのかな」
ミイ!
そうだ!
イーリアの方を見ると、無言で頷かれた。
ミイミイミイミイ!
「ミイは、王宮にいた時の状況について話しています。…えっ、そうなの? あ、すみません。えっと彼は…」
勢いよく喋るミイの言葉を要約しながら会話するのは忙しない。
ミイによれば、魔獣の宿舎には普段は大掛かりな魔法が使えないような仕組みが施されていたらしい。あの魔封じの香でも焚かれていたのかと訊けば、どうやら香ではないらしい。
香以外にも魔法を封じる手段があるのか。コマは何も言っていなかったが…まあ、コマだもんな。
魔獣の彼らから見て、ミリナはいつも体調が悪そうだったという。
飢えや疲れで衰弱していたのもあるだろうが、恐らくミリナも相応の魔力の持ち主なのだろう。男爵家出身なのだから当然貴族の血を引いている。魔獣の宿舎で長時間働いていたのなら魔封じの影響を受けて頭痛などを起こしていてもおかしくない。
「ミリナ様の様子は引き続き見守るね。それで、魔獣達の体調はどうなの。あれをずっと受けていたならつらかったでしょう。私なんて頭痛と吐き気がすごくて」
ミイミイミイ。
痛くもないし、気持ち悪くもない、疲れるだけだ。魔力が減るだけ。
「魔力が減る…? 魔力を封じられてるみたいな事じゃなくて?」
ミイミイ。
そうだ。ずっと魔力を吸われてる。だから大きな魔法、攻撃、使えない。
「吸われてる、そうなんだ…。じゃああの香とは完全に別の仕組みなんだね。魔力をずっと吸われていて大丈夫だったの?」
ミイミイ、ミイミイ。
普段、小さいのには大きいのが魔力分ける。ミリナからももらう。コマもよく来てた。
ミイミイミイ…。
最近、ミリナが来なかったから、あまり大丈夫じゃないのもいる。
「そっか…。ミリナ様って魔力量がかなり豊富な人なんだね」
ミイミイミイ。
他より豊富だ、でも弱ってる。それにザコルの方が魔力持ってる。お前、あいつに魔力分けてるな。
「そうだよ。魔力切れ起こした時のために貯めてもらってるの」
ミイミイ、ミイミイ!
ミカは治癒の力、ザコルやあっちの大きいのは解毒の力持ってる。お前達強い! ぼく達にも分けろ!
「いや、君達への分け方は正直よく分かんないんだけど…。何だっけ、認識すると無意識下の譲渡はしちゃうんだっけか。君達には魔力が見えてるんでしょう、ザコルやあっちの大きい人、ザッシュお兄様はともかく、私はどうせ垂れ流してるんだろうから勝手に食べたらいいんじゃないの」
ミイ!
そうだ、この町、お前の魔力だらけ! 食べていい!?
「わざわざ訊くなんて律儀だねえ…」
例のあの人は勝手に寄ってきて食べていたというのに。もちろんコマの事だ。
「ミカ、皆が話についていけていません」
「あ、すみません。魔獣の子達は、王宮で魔力を搾り取られてた? とかで、弱ってる子もいるそうです。で、私の魔力を食べていいかの許可を求められていました。サカシータ一族も魔力が豊富らしいので、分けてもらいたいそうですが…」
「魔力を食べる、分ける、か。何だかよく分からないが必要ならば自由に食え」
ザッシュがドーンと構えて言い放つ。
「お兄様、よく分からないうちに許可するのはやめましょうか…。ミイ、私のはともかく、二人のはくれぐれも食べ尽くさないでと皆に伝えてね」
ミイ!
ふわり、ミイはよいお返事と共に煙のように消えた。
「あ、ちょっと…って、行っちゃった。何なの、あの子、もしや魔力を食べていいか訊きに来ただけ…?」
「そうだろうな。魔獣は律儀というか、嘘や誤魔化しを嫌う。強者へは礼節も尽くすぞ」
強者…。
「ええと、強者って」
「もちろんミカの事ですよ」
「そんなわけないでしょこの最終兵器!」
隣に座るザコルの腿をぺちんと叩く。
「いいえ、僕のミカこそが最強です。彼らを手元に置くために『自分の力を誇示しすぎないよう気を配る』だなんてまるで王者の考えだ」
「王者!? そんな大それた事考えてませんけど!? ただ、勘違いで警戒とかさせないように…」
「はは、勘違いなものか。ミカがその気になれば制圧するくらいわけもなかろう。それをしないのはあなたが奪う側ではなく、与える側だからこそだ。つまりは王者、為政者の考え方だな」
「為政者!? ていうか制圧なんかできませんけど!?」
「ミカお姉様はこの国にいる王族のどなたよりもずっと王族らしいですわ。そうよ、お姉様が玉座に座ればよろしいのよ」
「玉座ぁ!? 何を言っているのか全然分かんないんですけど!?」
この世界に来て一年も経ってない人間を玉座にとか冗談でも笑えない。というか、いかにアメリアといえど反逆罪待ったなしの発言では?
だが、周りは「確かにー」などと言って和やかに笑っていた。なんでよ…!?
つづく




