ニンジャから見たあの日③ 私はまた変な扉を叩いてしまったのだろうか
「ヒュン」
「ヒュン、だな」
「ああ、ヒュンだ」
ドングリを三つ投げつける。
一応全弾命中したが、エビーとカッツォとコタが反省している様子はない。
サゴシは結局姿を消したが、天井にいるのは判っている。気配を消していないので本気で忍ぶ気はないようだ。
「ひゅん…?」
「ああ、起きたかイリヤ。あの騒々しい中でよく寝ていたな」
ねむたそうに目をこすったイリヤは、ぼんやりとした顔で周りを見回した。
「……っ、ふぇ」
「どうした」
「ここ、やさしいまち? ゆめじゃない…?」
「そうだ、ここはサカシータ領のシータイだ。お前に優しい町だ。夢ではないぞ」
イリヤはザッシュに縋り付いて泣き出した。
ミイ!
タイタの上にいたミイが跳び、イリヤの肩に乗り移って頬にすりすりと体を寄せた。
「ふ、ふふっ、くすぐったいよ、ミイ」
涙目のまま笑い出したイリヤに、ザッシュも周りもホッと息を吐く。
イリヤはしばらく笑っていたが、ふと何かに思い至ったようで顔色をなくした。
「母さまは…」
ザコルがハンカチを彼に差し出す。
「イリヤ。母君はまだ三階の部屋で休んでいます。アップルパイを見せるのでしょう」
「…あっ、先生、は、はい! アップルパイ、見せに行きたいです」
イリヤの瞳に正気が戻る。やっとしっかり目が覚めたようだ。
「じゃあ俺、先触れ出してきますわ」
エビーが席を立つと、カッツォ達三人もアメリアの様子を見てくると言い、四人で連れ立って部屋を出ていった。
「イリヤくん。温かい牛乳どうぞ」
「ミカさま……ありがとう、ございます」
ぬるめに調整した牛乳をテーブルに出してやると、イリヤはザッシュの膝に入ったままちびちびと飲んだ。
「ミカ様、ザッシュ様、ザコル様、息子を預かってくださりありがとうございます。度重なるご迷惑をなんとお詫び申し上げたら」
ミリナがベッドの上で半身を起こしつつペコペコと頭を下げる。寝ていていいと言ったのに…。
ミリナに当てがわれた部屋は、かつて重傷患者が複数人寝ていた部屋で他よりも広いはずなのだが、魔獣達がベッドを囲むように陣取っているせいでで少々手狭にさえ感じる。
「いい、謝るのはこちらだ義姉上。気づかず無理をさせてすまなかった」
「いいえいいえとんでもございません」
ここでも謝罪合戦が始まってしまった。
「コマさん、ここにいたんですね」
ふと見れば、診療所に行ったはずのコマがソファーにふんぞりかえっていた。
「ふん、今この奥方に死なれちゃ困るんでな」
「私の事は放っておいていいのよコマちゃん。ほらもう元気に」
「うるせえ、目え離すとすぐ起き出そうとすっから監視してんだボケ」
彼にとってミリナは余程大事な人なのかもしれない。
私はアップルパイの皿を持ったイリヤの背中を押した。
「母さま、みなさんといっしょに、アップルパイをつくりました。僕はこのパイのきじをくるくるまわるカッターで切ったの。りんごもむいたんだよ」
「まあ。イリヤもお手伝いをさせていただいたの?」
「そう! とっても楽しくて、しかもおいしかったんです! エビーはてんさいだったの!」
「そう、そう。よくしていただいたのね…。なんて美しいパイかしら…」
ミリナは、フォークの先にほんの少しだけアップルパイをすくって味見し、顔をほころばせた。
イリヤは私とザコルが湯を沸かし、エビーとサゴシと一緒にお風呂に入った事や、皆で雪だるまを作った事、パイを作って皆で食べた事をミリナに楽しく語って聞かせた。
「ミカ様がイリヤについて浴室に行ってくださったのを不思議に思っていたのですが、まさか魔法でお湯をご用意いただいていたなんて」
「ミリナ様も、体調が回復次第、ぜひお風呂を用意させてくださいね」
「そ、そそそんな滅相もない! 私に湯だなんて贅沢ですので!!」
「貴族で客人で体調の悪いミリナ様が贅沢しなくて誰がするんですか。この地は水が豊富ですし、どうせ魔力も有り余ってますから。私、お風呂くらいの湯量を沸かすとてきめんに体調が整うんです。なのでここは機会を与えると思ってぜひ」
「そんな、魔法をお使いになったミカ様の体調が整うだなんて…。ミカ様ったら、お気を使っていただかなくとも」
「方便ではないですよ義姉上。使わないとそれこそてきめんに体調を崩しますし、魔力の回復スピードもなぜか日に日に増しているようで」
ザコルに言葉に、え? とキョロキョロするミリナ。目が合ったザッシュにも頷かれてさらに挙動不振になる。
「で、でしたら他の客人のお方々優先でお入りいただいて私はその残り湯を」
「そうおっしゃられましても、ミリナ様のご体調では人の残り湯を使わせるのは衛生面の心配もありますので…。シシ先生やコマさんやメイド長に私が叱られてしまいます…」
しくしく。
「あああ…、どうかお泣きにならないで」
「はい泣きません」
サッと顔を上げる。
「それに、毎日客人貴人に避難民や町民同志村スタッフ合わせて二百から多い時は四百人くらいは入れていると思いますから、一人二人に入れ直したとしてももはや誤差。どうぞご安心を!」
たまに隣町パズータの人も入りにきているのを見かける。水害支援で世話になったしとシータイ町民が連れてきているのだ。ただ、その度に薪やソーセージをたんまり差し入れてくれているらしいので、適当な入湯料でも決めて払ってもらった方がお互いのためかとも思い始めている。
「二百人から四百人ですって!? そんな量のお湯を沸かして本当に大丈夫なのですか!?」
「おい奥方。そいつの心配なんざするだけ無駄だ。あのミリューに同族扱いされるようなバケモンだぞ。湯くらいありがたくもらっとけ」
「そんなバケモンだなんて、コマちゃんたら可愛らしいお嬢さんに何てことを言うの!」
「俺の分も風呂沸かしとけよ姫。あとそのアップルパイとやら、もう一人分ここに届けさせろ」
「ふふっ、もちろんですよコマさん。あ、私がミリナ様のお世話もしていいですか。洗髪には自信がありますよ」
「洗髪!? ミカ様が!? はっ、ちょっ、ええっ!? 恐れ多すぎます!?」
祖母がまだ自力で風呂に入れた頃は、たまに髪を洗う手伝いもしていた。祖母も気持ちよさそうにしてくれていたし、そこそこ上手にできると思う。
「ミカ、義姉上が混乱するのであまり振り回しては」
「そうですね、申し訳ありませんミリナ様。どうも私、ミリナ様のお世話がしたくてしたくてたまらないんですよねえ」
ガウガウ、ガウガウ。
「えっ、はっ、そうですよね、すみません。調子に乗りました」
私は黒狐風魔獣のゴウにペコリと頭を下げる。
「おい、ゴウ殿は何と?」
「ミリナ様の機嫌を取りたいなら順番を守れと。私は新人で下っ端なので」
「一体何を言っているのゴウ…!?」
ぶは、とザッシュが吹き出した。
「はははははっ、ミカ殿は本当に魔獣として義姉上の配下に入るつもりか?」
「魔獣じゃないですけど、ミリナ様の配下に入れていただくのは魅力的ですね。何せ最終兵器のお一人ですし、世界も狙えそうです」
「さいしゅーへーきって何ですか!? ミカさまがなかまになって、せかいをねらうの!? 母さまかっこいい!」
「はは、イリヤも楽しそうだな。では部下の『穴熊』達にも話をしておこう」
「ひいいいいいまたそのようなご冗談ばかり!! ザコル様もミカ様と兄君様に何かおっしゃってくださいませ!」
「僕は、ミカの専属護衛という役目が全うできればそれで構いません。世界でも異世界でもついていきます」
「僕も! 僕もいきたい!」
「イリヤ、ちょっと、落ち着きましょ…」
「ええ、君は即戦力ですからね。当然一緒に来てもらいますよイリヤ」
わあい、と跳び上がったイリヤをザコルが素早く空中でキャッチした。
…今の勢いだと天井につきそうだったな。危ない危ない。
ミリナも同じように予測したらしく、息子が天井を突き破らなくて良かったとベッドに倒れ込んだ。
メイド長から、ミリナは体調が悪いのに何を興奮させているのかと散々叱られた後。
私達は夕食を摂るためにさっきまでいた一階の部屋に向かっていた。
イリヤはメイド長から夕食準備中の厨房を見てみますかと声をかけられ、あっさりメイド長の手を取った。どうやらミリナを親身にいたわるメイド長を見て、自分達の味方なのだと認識できたようだ。ザッシュもイリヤのお守りとして彼らの後ろをついていった。
コマはミリナの部屋に残り、薬師として介抱に当たるようだった。
「全くミカ坊はよ、何はしゃいでんすか。世界狙ってるとか聞いてねえんすけど?」
「反省しております」
エビーとタイタはミリナが寝ている部屋には入らず、廊下で待機してくれていた。
「そのメンツじゃヘタしたらマジに世界征服しちまうだろが! 滅多な事言うんじゃねえ!」
エビーがマジになってツッコんでくる。ほんの冗談なのに。
「ミリナ様にご自身の価値やお立場を解ってもらいたいんだよ。強者には強者らしく堂々としていただかないとね」
ミイ?
「そう、強者だよミイ。ミリナ様はご自分が弱くて偉くないと勘違いなさってるでしょ。全然そんな事ないのに」
ミイミイ! その通り! ママはすごくて偉いんだ!
白いリスにしか見えないミイが、私の肩でぐんと胸を張ってみせる。
「うんうん、そうだよねえ。物理という意味ではないけれど、あの方は強い。どんな状況でも心を壊さず、人を気遣う余裕さえある本当の強者。だからこそ魔獣のみんなも心を預けているんだね。これからも、彼女はきっとたくさんの魂を救う。そう、だからこそ大事にしてる。魔獣は仲間思いだもんね」
ミイ!
「ふふ」
「……ミカ、義姉上の配下が今以上に増える予定がある、という事ですか?」
ザコルが考えるように口元に手をやった。
「はい。以前、マネジさん達と話した時に出た『仮説』ですが、真実である可能性が高いのかもと考えています。彼らは雑談の中で、しきりに『まだ見ぬ同胞』の心配をしています。正確な状況までは察せませんが、酷い目に遭った彼らを癒し宥められるとしたらミリナ様しかいないとも……そうだね? ミイ。私もね、ミリナ様と魔獣達には幸せでいてほしいんだよ。それは本心からの願いだから」
ミイ。
ミイがスッと小さな目を細める。そして煙のようにフワッと浮かんで消えた。
「わ、消えた…!」
エビーとタイタが目を丸くする。
「……いや、なんで姐さんは驚いてねえんすか。相変わらず順応早すぎっしょ」
「別に、さっきも急に現れたから今更驚かないよ。イリヤくんの側に行ったんでしょ。…彼、私が本当にミリナ様の味方をするつもりか様子見もしてるんだよ。どうやら、サカシータ一族や騎士を従える謎勢力の頭だと思われてるっぽくて」
「ああ、それでしきりに服従をアピールしている訳ですか」
「はい」
気配からしてミイは本当にここから離れたようだが、まだ油断はできない。あの子はどうも空間を移動できるらしいし、他にも何か知り得ないスキルを使って私達を監視している魔獣がいないとも限らない。事実、黒狐のゴウは索敵が得意だと話していた。最低でも居場所くらいは常にバレていると考えた方が良さそうだ。
彼らと敵対するつもりなどこれっぽっちもないのだが、それは口で言って「はいそうですか」と通じるものでもない。あちらに警戒されないように振る舞いつつ、母子と彼らを助ける機会などを増やして徐々に信用を勝ち取っていくしかない。
「…はあ、緊張してたからどっと疲れが……」
「ミカ、ぎゅっとしていーこいーこしますか?」
「えっ?」
「えっ?」
……………………。
今、普通にいーこいーことか口に出して言った…?
今朝は私の口調がうつったとか文句を言っていた気もするのだが。
「…あー…正直されたい気分ですけど後でいいです」
「そうですか、残念です」
シュタッ。
階段の踊り場に降り立ったのはテイラーから来た忍者だった。
じと…。
「何ですかサゴシ」
「ヘタレとか嘘でしょ? 嘘ですよね?」
「僕は紛れもなくヘタレです」
「自分で言いますか…」
がく。ここにもどっと疲れている人が。
「もう落ち着いたんですか」
「はい。すみません。動揺すると後に引くタチで」
「そうですか、気持ちは解ります。僕と同じですね」
ほわ。何やら温かい空気が流れる。
「おい何仲良くなってんだニンジャども」
「僕ら闇を生きる者は基本、光の存在には多少の幻想を抱いているものです。僕くらいになると光は必ず濃い闇をも併せ持つ事を知っていますが」
「そうみたいですね。でも、実はその方がこっちも何となく安心するんだって事を今回学びました」
「ええ、あまり綺麗でも近寄りがたいですからね。順応が早くて何よりです」
「何言ってんのか解んねえぞニンジャども」
どうせ私の性格が悪くて良かったという話だろう。私としては可哀想扱いされないなら何でもいい。
何となく振り返ったら、何かすごい顔でサゴシを見ているタイタが目に入った。
私はそっと前に視線を戻した。
◇ ◇ ◇
ダン!!
机に拳が叩きつけられ、並んだ食器が一瞬浮いて一斉に音を立てた。
「あの気っ風のいい子爵夫人から、何をどうしたらあのような下衆が産まれてくるのだ!!」
「まあまあ、団長落ち着いて」
「気持ちは解りますけど」
「解りますけど普通に不敬っす」
長時間に及ぶ説教だか尋問だかから帰ってきたハコネをみんなで宥める。イアンは今回も改心はしなかったようだ。
カッツォ達幼馴染騎士トリオも戻ってきて一緒に食卓を囲んでいる。ザコルが皆で夕食でもと言ったので律儀に戻ってきたらしい。
ザッシュとイリヤは別で食べている。イーリアが可愛い孫と食事がしたいと言ったようだ。あっちもあっちで聞かん坊の長男の相手に疲れて癒しを求めているんだろう。
「ハコネ団長。イーリア様よりワインの差し入れをいただいております。一杯いかがでしょうか」
「ああ…。一杯だけもらおう」
タイタがソムリエよろしくワインをサーブする。私にも一杯注いでくれたが、ザコルにサッとグラスを取られて半分飲まれた。
「ハコネ。我が家の事にまで付き合わせてしまって申し訳ないです」
「…それはいいが、貴殿は何をまたホッター殿を拘束している。食べづらそうにしているだろうがいい加減に離してやれ!」
ザコルの膝に入れられた私を指してハコネが喚く。例によって腰をガッチリホールドされているので私の意思では降りられない。
「すみません。私がうっかり疲れたとか、後で、とか言っちゃったばかりに…」
「ホッター殿を責めた覚えはない。俺はそのやりたい放題の変態に物申している!」
「子供の前では取り繕っていましたよ」
「今も取り繕えと言っているのだ!!」
ギャイギャイギャイ。通常運転だ…。
「ザコル。机の高さが合わないので本当に食べづらくて余計に疲れます。降ろしてください」
むす…。渋々といった様子で隣の椅子に降ろされる。
最近どうも自由さに拍車がかかっている気がする。悟りでも開いたんだろうか。
「ザコル、魔獣達の中で、共闘したことのある子はミリューの他にいます?」
「いますよ。ゴウとミイなどは索敵能力がメインのようなので僕と一緒になる事はほとんどありませんでしたが、あの赤い鹿のようないでたちのナラという魔獣や、猪のようなトツという魔獣ならば数回現場を共にしています。ナラは火を操れます。トツは見た目通り、どんな障害があろうとも真っ直ぐに突き進んで進行方向にあるものを見境なく破壊します」
「ザコルも索敵能力高いですもんね、鹿のナラ、猪のトツ…。覚えました」
相変わらず、訊かないと教えてくれない事も多いが、訊けば教えてくれるザコルだ。
正直、どこまで訊いていいものか判らないんだよな…。質問に答えるか答えないかの反応だけでも察せてしまう事は多い。機密を多く抱えている彼だからこそ、むやみやたらと有責事項を増やしてやりたくはない。
テイラー家の闇というか真意についてはそれ以上察するなと釘を刺された気もするが。
「それから飛行できる大型の魔獣とは大体顔見知りです。ミリューについて王都へ戻ってしまったので今はいませんが」
「顔見知り…そうですか。うん、向こうはザコルを相当アテにしてたんでしょうねえ…」
ザコルは多分、というか確実に、大型魔獣でも難なく従えられる程には強い。少なくとも一対一や二対一、いや三対一や五対一くらいでも負けるような実力ではない。
ミリナの味方にするとしたらこれ程心強く、そして味方にならないならこれ程脅威に感じる戦力を持った人間は他にいないだろう。一緒に戦った事のある魔獣達なら尚更よく分かっているはずだ。それもあってミリナの伴侶にしたがっていたのだ。
「ミカの事もアテにしていると思いますよ。あなたは翻訳ができる上、強大な魔力保持者ですから」
「どうでしょうね…。そういえば、人間と話のできる魔獣っていないんですか?」
「王妃殿下について行ったという、ナッツという花の精のような魔獣ならば少しは話せたはずです。ただ他の魔獣と一緒にいる事は少ないので、ミカのように人間との橋渡しをする事はなかったかと」
「そうですか…。責任重大ですねえ…」
「別にミカが責任を負う必要はないんですよ」
「そうは言いましても、私が恭順の姿勢を見せていないと彼らこの地に留まってくれないのでは? 翻訳能力だって、私がどちらかに嘘を吹き込んだりする可能性だってあるわけなので紙一重です。万が一危険人物認定されたらミリナ様を連れて他の地へ行ってしまうかも。そんな事になったら倒れるのは当のミリナ様ですよ。イリヤくんも落ち着けませんし、イーリア様も悲しみます」
サカシータ一族であるザコルやザッシュ、テイラー家の騎士の手綱を握っていると思われている私も確実に脅威認定されている。
彼らはミリナを遇してもらうつもりでここについてきたはずなのに、既に違うワケあり人間が遇されて居座っているのでは警戒されて当然だ。私をまだ魔獣の一匹だと勘違いしている子も多いが、かえって勘違いさせたままの方が上手くいったかもしれない。
「とはいえ騙すのはどう考えても悪手な気がする。うん、頑張ろう」
顔を上げ、ぺちんと頬を叩く。引き締まっていこう。
「おい、あんま思い詰めんなよ姐さん。兄貴の言う通り、姐さんの責任てわけじゃねえんだぞ」
私はエビーの言葉に首を横に振った。
「ここで上手く立ち回れないと後悔するのは私自身だから」
「お人好し」
「何とでも言いたまえ。こちらにはお世話になってる身なんだから、自分なりのケジメみたいなものだよ」
私は、ふう、と息を吐いて目の前のスープにスプーンを入れる。
「ミカ殿。気分転換に俺を尋問してはいかがでしょう」
「えっ?」
「えっ?」
……………………。
スプーンを持ったままサゴシと数秒間見つめあってしまった。今、お茶でもどうですかみたいなノリで尋問を勧められたような…。
「しませんか? 尋問」
たたみ掛けられた。
「…あー…えっと、うん、そうだね。尋問てほどの事じゃないけど、いくつか質問させてもらってもいいかな」
「はい。何なりと」
…どうしよう、私はまた変な扉を叩いてしまったのだろうか。
何か悟りでも開いたような顔のサゴシを見て、私は安堵したような、ますますどっと疲れたような気分になった。
つづく




