ニンジャから見たあの日② 破れ鍋に綴じ蓋
ミカのお人好しもついにここまできたか、と俺はため息をつく。いや、あれは潔癖っつうのか…。
「すまない、俺が、余計な事を言い出したせいで…」
タイタが落ち込むサゴシを立ち上がらせる。
「いえ、きっかけにはなったでしょうがサゴシ殿のせいではありません。ミカ殿もそうおっしゃりたくて謝っておられたのでしょう。それにあまりこちらが謝ると、かえってかの方を追い詰める事になります。それだけお優しすぎる方なのですよ、ミカ殿は」
「優しすぎる…そうか、やっぱ謝罪なんてされても困るだけだよな、あー…俺の自己満足だ…」
「自分を責めるんじゃねえよサゴシ。俺らが怒られんだろが。せめてお前には先に話しときゃよかったんだ」
俺は頭を抱えるサゴシを小突いた。
「なあ、どういう事だエビー。ミカさんの生い立ちが過酷だってことしか伝わってこなかったんだが」
「虐げられてねえって、嘘じゃねえの? あの人があんなに動揺するとこ初めて見たし、教師の一件って…」
カッツォとコタも深刻そうな顔だ。
「生い立ちについては、まあ、本人はそう過酷と思ってねえんだよ。一応、祖母さんがまともな人だったのは話聞く限り確かだ。さっきのは多分、拘束される時に大勢の男に囲まれたのを思い出しちまっただけだと思う。…きっと、防衛本能で思い出さねえようにしてたんだ。あの人、実は男性恐怖症だったらしんだよ」
「はっ!? 男性恐怖症!?」
サゴシが余計に青くなる。
「男性恐怖症だと…? 全然そんな風には…」
「見えねえだろ。絶対気取られねえように上手く動いてんだよ。敵に弱みを晒したくねえってのもあるんだろうが、一番はおそらく、周りに気ぃ遣わせたくねえんだ」
ミカは虐げられた事はないと言うが、自分を虐げるのは得意だ。自分さえ我慢すればいいと思っている。心の傷はあっても、基本的には自分の精神を上手く律せる自信があるんだろう。最近は魔力過多のせいでそれが上手くいかない事も多いようだが。
事情を話せるだけ話せという命令なので、俺はミカが子供の時に信頼していた教師に襲われかけ、大人の男に恐怖感を持つようになった話をした。しかし祖母のおかげで未遂に終わり、その後は祖母の献身によって日常生活を送れるまでには乗り越えていること。今は鍛錬により、敵意を持って近づかれれば反撃できるようになったことも。
「で、可哀想、って言葉は絶対禁句だかんな。そのクソエロ教師が親を失った十歳のいたいけなミカさん相手に何度も何度も可哀想にって言って触ってきやがったんだって……っぐあああああ!! 言っててクッソムカついてきた!!」
「落ち着けエビー」
「気持ちは非常に解るが落ち着け」
どうどう、と皆に宥められるがちっとも気が済まない。
「…なあ、異世界ってどう渡るか知ってるか? ザコル殿程じゃないが暗殺や拷問は得意な方だぜ、俺」
「サゴシはもっと落ち着け」
サゴシが青い顔のまま目を据わらせている。…やっぱりザコルと気が合うよな、こいつ。隠密やってると思想が似るんだろうか。
「十歳のミカさんかあ…そりゃあもう教師も道を踏み外すくらいにゃ可愛かったんだろうな。それにしても、可哀想、か…。二人はついうっかりで言っちまった事ねえの?」
カッツォの言葉に、タイタが後悔をにじませながら頷いた。
「実は、俺が不用意にその言葉を使い、ミカ殿を追い詰めてしまった事があります。俺と二人でいたところを曲者に狙われ、拐われかけた折、ご自身の油断が原因だと何度も謝られるものですから、恥ずかしながらこちらもムキになってしまい、お可哀想だ、と…。今思えば、俺ごときがかの方を弱きものと決めつけ、不憫と憐れむなど思い上がりも甚だしい行いで…」
「いや、タイさんの気持ちも解るさ。いきなり知らねえ世界に召喚されるわ、牢に入れられるわ、変な奴らにツケ狙われるわ……元がただの一般人てこと考えたら、誰だって不憫だ気の毒だって思っちまうよ」
コタがタイタの広い背中をポンポンと叩く。
「いいか、これを聞いたからには絶対死んでも言うんじゃねえぞ。ミカさんは毎日立派に楽しく生きてんだかんな!」
その場の全員が頷いた。
「しかし今までよくそれでやってこられたな。ザコル殿とはどうなってるんだ、まさかあれもフリなのか?」
黙って話を聴いていたラーゲが口を開く。
「あれは素だ。兄貴…ザコル殿の事は何故か初対面から平気で、そんな男は元の世界にもいなかったって本人は言ってる」
……………………。
何とも言えない空気が流れる。…だろうな、納得できねえだろ、そうだろ。
「いやいや、何でよりによって天下の最終兵器サマがよくて他の男がダメなんだよ。何なら一番危険だろ。変態だし」
コタの言葉にカッツォもラーゲもサゴシまでもが激しく首を縦に振っている。
「それは俺も聞きてえよ。まあ、あの変態はヘタレ過ぎてなああああーんにも進展しねえからある意味安心だけどな」
「ヘタレとか嘘だろ…。あの、とてもじゃねえが貴族のご子息とは思えねえ蛮行の数々は何なんだよ。におい嗅いだり、膝に入れたり、やたらに髪いじくったり…」
「煮林檎独り占めしたり、皿とカトラリーぶん取って食べさせようとしたり、お嬢相手にマジになって威嚇したり、担いで走り去ったり…」
「まあ、よく分からん奇行もあるが、一日十回くらいは『僕のミカ』って言ってるし、アレはもう完全に何か一線越えちゃってる感じだろ」
「一線だけは超えてないけどな、あの変態は変態以前に天然、いや野生なんだ」
「野生…とは」
野生としか言いようがない。理解できない蛮行についてはもはや野生人だから仕方ないと思うことにしている俺だ。
「とにかく。アレでもちょっと前までは照れて逃げ回って大変だったんだ。ほら、今でもミカさんから何かされるとすぐフリーズしてるだろ」
まだ納得いかないのか、カッツォ達はうーんと唸った。
「今はまだ芽生えたばかりの愛情を持て余しておられるのだ。若い頃から孤独を背負い、任務に明け暮れていらした代償だろう」
タイタが慈愛に満ちた微笑みでそっと胸に手を当てる。
「…タイさん、変態まで乙女みたいに扱わんでいいんだぞ」
「はは、確かにザコル殿は初々しい乙女のような一面もお持ちだ。よく見ておられますねカッツォ殿」
「…なんか俺らとは違う景色が見えてるらしいな」
「まあ同志だからな」
「同志じゃ仕方ねえ」
野生人はともかく、同志達の猟犬狂信ムーヴの方には完全に慣れきったらしい。もはや何を聞かされても『同志だから仕方ない』で完結している。
「変態殿の話に戻すぞ。大体、ミカさんと初対面の頃なんてあの人、完全に不審者みたいな格好してただろが。どこをどう見て平気だと思えたんだ。…まあ、最近こそ、服と髪が何とかなったせいか、なんか意外に綺麗な顔してんなって思うようにもなったが」
「ええそうでしょうコタ殿。装いのせいもあるでしょうがミカ殿と出逢われてから不眠が徐々に改善されているとお聞きしております。実際目の下の濃い隈は消えつつありますし顔色も良くなられた。ほぼ無表情だったお顔にも感情が灯りより一層魅力が増していると言わざるを得ません。多くの男女の道を踏み外させたという魔性の面影も感じられるように…」
「はいはい、元美少年の変態の話はもういんだよ。今はミカさんの事情だ」
申し訳ないが話が長くなりそうなので切った。タイタは気を悪くした様子もなく、あっさりオタク語りをやめて頷いた。
「まあ、そんなわけでな、あの頭のネジ飛んだ姉貴様にはどんなに変態でもザコル殿しかいねえんだよ。ちなみに、俺らには最初『男に免疫がない』って説明してた。実際その程度の配慮で充分だったからってな」
実際、ザッシュに庇われて腰を抜かすまでは気づきもしなかった。ザコルでさえその前日に聞いたとか言ってたし、ミカ本人もわざわざ伝えるまでもないと判断していたのだ。
「ミカ殿は、男性恐怖症に関しては現時点であまりご苦労なさっていないのだ。しばらく旅を共にしたエビーや俺ならば最低限の介抱くらいまでは平気だとおっしゃっているし、相手をよく知って信頼できればかなり緩和されるともおっしゃっている」
「そうか、それでタイさんとエビーにこだわるのか。てっきり俺らが信用されていないだけかと思っていたが、そればかりじゃないんだな」
ラーゲが納得したように頷く。
「姉貴はお前らの事は最初から疑ってねえ。お嬢と『長い付き合い』で、団長が信用してるならってな。こっちはプレッシャー半端なかったんだぞ。何かあったら俺らしか介抱できねえんだからな。今回こうやって話した以上、お前らも何かあったらミカさんのフォローしろよ。ミカさんもそのつもりでお前らに話せって言ったんだろうからな」
とはいえあの変態がミカさんの介抱を人に代わるなんてこと滅多にねえがな、という一言は飲み込んだ。ザコルをアテにするような半端な覚悟でいてもらっちゃ困る。今後何があるかなんて誰にも分からない。
この二週間、この場のメンバーは鍛錬やら編み物会やらでミカと一緒に過ごす場面が多かった。個々の性格やテイラー家への忠誠心なども伝わっているはずだ。
もしかしたら、今回ミカ自身からこの話をするつもりでいたのかもしれない。戦局も大きく動きそうなタイミングだ。保険は多いに越したことはない。
「お前もだぞ、サゴシ」
「は? おっ、俺はダメだろ!?」
青い顔のまま俯いていたサゴシが跳ねるように顔を上げた。
「いくらなんだって、あの人を拘束した一人なんだぞ、俺が側にいたり触ったりしたらまた動揺させるに決まってる!!」
「いや、ミカさんはお前に対して動揺してたわけじゃなさそうだったけどな…。それよか、お嬢付きだったオッサンらに囲まれた事の方がよっぽどトラウマになってんじゃねえの」
「ああ、あのババアご指名のな。あの脂ぎったオッサンどもに囲まれて連れてかれるとか、ミカさんでなくても忘れたくなるだろうよ」
つい半年と少し前まで、アメリアの周りは高齢とも言える騎士のみで固められていた。
正直実力という点でも疑問はあったし、十七歳という設定のうら若き伯爵令嬢の側付きには少々不釣り合いな年齢層だった。
「俺ら、同年代の騎士を側に置いて間違いが起きたら困るとか言って、お嬢の部屋の護衛だけはつかせてもらえなかったもんな」
「ああ、マジであのババア共俺らの事害虫扱いしてやがったかんな。ナーの一族でさえメイド扱いで部屋に常駐させてなかった」
「ナーの一族とか言ってっとまた怒られんぞエビー」
そうだ、ハイナ達は今回侍女としてアメリアに同行しているが、元々はメイド以上の立場は与えられてなかった。侍女としてアメリアの側にいたのは、護衛騎士と同様に高齢の女使用人ばかりだったのだ。
侍女っていうのは、主人に寄り添い、その意図を汲んで先周りするなど、ある程度の裁量が許される立場だ。反してメイドは基本的に雑用係で、給仕や寝具の取り替え、衣服の洗濯などの決まった作業や、侍女や主人に命じられた事を粛々とこなすだけの立場。明らかにメイドの方が格下だ。
二十歳前後という年齢にアメリアとの関係、実績を考えたら、ハイナ達はいつでも侍女になっておかしくなかった。ホノルは一応侍女を名乗る事を許されていたが、それでも一番の下っ端扱いだったという。確かあの日も、どうでもいい菓子だか小物だかを託けられて街まで走らされてたって話だ。騎士団長の妻をパシリにするとかマジありえねえ。
アメリアの周りを固めていた『ばあや』ご指名のベテラン達は、ミカが魔獣かもしれないと聞くやいなや、その場にいなかったハコネと俺らにその世話と見張りを押し付けた。ばあやに信頼できる腕の者に見張らせろって託されたらしいのに、あのオッサンらが自分から手を挙げる事はなかった。
そんなあの日の一件以降、あいつらのほぼ全員がアメリアの側付きを外された。元々アメリアがというか『ばあや』が個人的に懇意にしていた奴とか、介護要員として側にいたような奴らばっかりだったし、当たり前っちゃ当たり前だけどな。
「くそっ、あのババアが一番怪しいのくらい、解ってんのに…」
「やめろエビー。一応故人だぞ」
故人だからこそ怪しいんだよ。何せ、あのババアは魔法士だったんだからな。
「エビー。アメリアお嬢様はばあや殿を心から慕っておいでだ。オリヴァー様も姉君様のそんな固い意志こそを歯痒く思われていたが、お嬢様はご自身の大切な時期をもばあや殿の看取りに捧げる覚悟でいらしたのだ。安易な発言はお嬢様のお心を傷つけるだろう。率直な意見は、団長やザコル殿を交えた議論の機会まで取っておくべきだ」
タイタに肩をポンと叩かれる。気持ちが昂るとすぐ軽口叩いちまうのは俺の悪い癖だ。
「…はい、そうすよね、すいませんタイさん。…………てかもー、タイさんってマジ大人ああ!! 俺やっぱタイさんの方が姐さんの相手に相応しいと思うんすよおその方がもっともっと安心できるってえええ!!」
悪い癖だとは思うのだが、特に反省しねえとこがガキなんだろうな、俺って。
「またそれか、それだけはあり得ないと何度言ったら」
しがみつく俺を迷惑そうな顔で剥がそうとするタイタ。
…この人、人心に疎かったんじゃなかったっけ。いや、本当はそんな事なかったのか。ミカが毎日少しずつ自信をつけさせて、無意識に眠らせてた部分を揺り起こしてやったんだ。
ザコル、アメリア、タイタ、ザッシュ、そしてきっと、俺も…。
ミカを中心に、皆が少しずつ変わっていく。
変わる事が必ずいい事とは言えないが、ミカはその人が変わりたいと思っている方向にさりげなく誘導してくれている気がする。常に人の幸せばかり考え続けている真性のお人好し。それがミカなのだ。
「…ひぐっ、だって俺え、姐さんにはほんと、幸せになってほしんだよお……タイさんは思わねえのかよお……」
「いや、それはもちろん、俺も同じ気持ちだが…」
「エビーはどうした、突然泣くなよ、情緒不安定か」
「だってよお、あの人、自分のためには生きられねえのかってくらい人の事しか考えてねえんだよ…! 今もそうだ、誰かを悩ませるくらいなら自分の弱みなんていくらでも晒しちまえる人なんだ。だからサゴシ、てめえ姐さんの気遣い無駄にすんじゃねえぞ。これからも気合い入れて仕えろバカ!!」
「あだっ、何すんだエビー!」
まだミカの側を離れるべきかどうかで思い悩むサゴシの額に、俺はドングリを投げつけた。
「サゴシ殿。ミカ殿はどうやら『距離を置かれると凹む』そうなのです。サゴシ殿がかの方のためにと身を引けば、ミカ殿はきっと大いに凹まれる事でしょう。それはサゴシ殿とて本意でないのでは?」
「……それは、そうですけど…」
トントン、扉がノックされる。
ミイ!
「イリヤ様とザッシュ様ですね。今開けましょう、ミイ殿」
タイタが頭上にいる魔獣に声をかけ、扉へと足を向ける。
……………………。
「……………あの魔獣殿の存在、すっかり忘れてたぜ…」
タイタが長身なせいで頭上に目がいかなかったせいもあるだろうが、俺は自分の間抜けぶりに頭を抱えるしかなかった。
◇ ◇ ◇
ミイミイ、ミイミイ!
「そう、エビーはまた泣いてたの。うんうん。…えっ、タイタを私の相手に? ふーん、まだ諦めてなかったんだねえ。タイちゃんにも選ぶ権利があるって何度言ったら解ってもらえるのかな」
「すんません!! ついつい本音が…あだっ!!」
ドングリがエビーの額に命中する。
「次は口を縫い付ける。僕は傷の縫合もそこそこ得意なんだ。変な膿が出る口など塞いだ方がいいだろう?」
「このクッソ変態天然サイコ魔王が!! 口から膿出してんのはどっちだ!!」
ギャイギャイギャイ。うん、通常運転だ。
ミイミイ…。
私にお願いされたからと律儀に騎士達の様子を報告してくれていたミイが、ちらっとサゴシを振り返り見た。
「ミイ、ありがとうね。サゴちゃんは……悩ませてごめんね?」
「あ、あなたはもう謝らないでください! そもそも俺が謝っていたんですから!」
サゴシは私から目一杯距離を取り、部屋の隅から動こうとしない。
「うん、謝ってごめん」
「話聞いてましたか…」
脱力したような呟きが聴こえる。
「…何があったか知らんが、ミカ殿はまた過呼吸でも起こしたか?」
厠、にしては長らく席を外していたザッシュが心配そうに私の顔色を伺った。
ザッシュと共に戻ってきたイリヤは疲れたのか、ザッシュの腕の中ですやすやと寝息を立てている。すぐにでもミリナを見舞おうと思っていたが、もう少し休ませてからの方がよさそうだ。
「いえ、起こしかけただけですよ。お風呂を沸かしたら落ち着きましたし、もう大丈夫です。さっきは、召喚直後に拘束された時の事で、少し、思い出した事があって」
「拘束…なるほど。それは確かに、あなたには酷だったろう。記憶に蓋をする程の事があって、そこに触れたのだな」
ちら、とザッシュがサゴシに目をやった。サゴシはバッと頭を下げる。
「お兄様、サゴちゃんを睨まないでください。私が勝手に思い出しただけですよ。隠密としてそこにいたらしい彼も、部屋に控えていた騎士達も、職務に従ってアメリアから私を離そうとしただけで、しかもただ連行されて部屋に収容されただけですから。それにサゴシに至っては、なんか黒装束の人がいたな、くらいの印象しかないんですよね。一瞬の事で男か女か判別する暇もなく」
ほらみろ、とエビーがサゴシに声をかけている。
「それより、その後に囲んできた騎士の方々がなんていうか、いえ、失礼なのは重々承知の上なんですけど……。えっと、全員が全員、嫌な上司の顔にそっくりだったことを思い出しまして……」
………………。
皆がきょとんとした顔で黙る。
「全員が嫌な上司……上司? アメリア嬢の部屋付き護衛だろう、若い騎士ではないのか?」
「いえ、みんな四十代後半から五十代って感じでしたよ。何ていうか、見事に部署から追い出した元上司似のオンパレードで、あの一瞬思い出したくもない思い出が走馬灯のように」
あれは本当にびっくりした。全員明らかに日本人じゃない顔立ちなのに全員似てるなんて。脳がおかしくなっていたとしか思えない。実際、恐怖か過労でおかしくなっていた可能性はある。
「追い出した? とはまさか、ミカ殿自らが手を下したのか?」
「まさか。自らではないですよ。ただ、彼ら自身が社内でやらかしたパワハラセクハラ横領不倫なんかの証拠をきっちり揃えて、関係各所に提出して差し上げただけです。提出先はそれぞれ、一番ダメージの大きそうなところに。みんな遠くまでよく飛びました。そんな顔ぶれが一斉に飛びかかってきたものだから、ついに化けて出られたのかと思いましたよね」
もはや男性恐怖症がどうとかいう以前の問題だった。衝撃すぎて記憶に蓋をしていたくらいだ。異世界に喚ばれたら自分が飛ばした上司に取り囲まれましたとかハード展開すぎる。いっそホラーだ。
「まあ、自業自得と言いますか、何でもかんでもきっちり十倍返しにしてきたツケといえばそれまでなんですが…」
ぶっ…! と何人かが一斉に吹き出した。
「ふはっ、流石は僕のミカだ」
「やはり異世界でもミカ殿はミカ殿だな」
「姐さんマジでサイッコー!!」
「いやあ、大の男をボコボコにして叩き出す祖母にしてこの孫ありだな」
「ああ、血は争えねえんだな。 あのオッサンどもにも『異世界の嫌な上司そっくり』って聞かせてやりてえわ」
パチパチパチ。タイタとラーゲには無言で拍手された。
そうかそうかみんな私の性格が悪いのがそんなに嬉しいか。この感じでは、どうやらあの中年の騎士達に思うところもあるようだが。
「ちょっと。うちのばーちゃんとは一緒にしないでくれるかな。性格が似たのは認めるけど、私は物理では叩いてないよ物理では」
「ええ、今のミカならともかく、あのしなびた芋のようなミカに物理攻撃は無理だったでしょうね」
「ふーん、しなびた…」
「すみません何も言っていませんその目で見るのはやめてくださいせめて物理でお願いします!!」
ザコルがタイタの後ろにシュッと隠れた。
「…うん、なんか大丈夫そうだな。ていうか、この変態最終兵器サマを転がせるのはミカさんしかいねえって気がしてきたぞ」
「そうかもな。破れ鍋に綴じ蓋ってやつだ」
「誰が破れ鍋だ!!」
タイタの後ろから抗議している最終兵器を皆が生温かい目で見つめる。誰が綴じ蓋だ。
「ええ、ええ。この世界中どこを探しても、ミカ殿以上に強さ逞しさに確かな審美眼を兼ね備えたお方はいらっしゃらないでしょう。やはり我らが猟犬殿を幸せへと導いてくださるのは異世界より舞い降りし氷姫様しかあり得ません!」
その言葉というか叫びに、猟犬殿がどこか不安そうな顔で執行人の後ろからそろりと出てくる。
「…………まさかとは思うが、同志に召喚魔法陣に詳しい者がいたりしないだろうな」
「それは、あり得ないかと。召喚はあなた様というより、ご長兄のイアン様の印象が強かったもので。かの方の真似事をする同志がいたとは考えにくいですね」
「あの長兄は以前からお前達に敵視されているのか?」
「もちろんです。あなた様に暴言を吐かれる人物が我々の敵でなくて誰を敵と呼びましょう」
「…長兄とはこれまで公衆の面前で言い合った覚えは正直ない…ので、いつ僕が暴言を吐かれた現場に居合わせていたのかが気になる…気にはなるが。ファンの集いが一連の召喚事件に関わっていないとお前が言うのならとりあえずそれでいい」
はあ…、とザコルは息を吐き、部屋の隅にいるサゴシの方に視線をやった。
「サゴシ。君は、第二騎士団の所属ではないんですね。第三騎士団でもなく?」
第三騎士団、そんなのがいたとは初耳だ。
「は、はい。俺は、独立した隠密だけの部隊に所属しています。配置換えになったのは一年程前のことで、まだまだ下っ端ですが」
「そうでしたか。ハコネの指示下にいるので第二騎士団付きかと勘違いをしていました」
「お嬢様がサカシータ領を目指されるようなので至急追ってハコネ第二騎士団長の指揮下に入れと、セオドア・テイラー伯からの直命によって動いています」
ふむ、とザコルが頷く。
「一応確認ですが、君はどこまで話していい事になっていますか」
「味方相手にという事であれば、上から特に話すなと言われた事柄はありません。といいますか、直属の上司とは話す機会がないまま出立となりましたので…。主からの直命状も、急ぎだという事でオリヴァー様が代理で部屋まで届けにいらっしゃって」
にや、ザコルが口角をわずかに上げる。
「後で、少し話をしましょうか。皆で夕食をとりながらでも」
「皆で夕食を…? しかし…」
サゴシが私の方をちらっと見る。
「よっこらせ、と」
私は椅子から立った。
「ミカ、その掛け声は淑女らしくないのでは」
ザコルも立ち上がり、こきこきと肩を鳴らしてみせる。
「そういうザコルは、貴公子らしくしようとか思った事もなさそうですよね」
私達はそう言い合って、同時にサゴシへと照準を合わせた。
「…っ!?」
サゴシが身じろぎする。本能的にか、サッと窓や扉などの出入り口に視線が走る。
私はそれとなく窓への進行方向に立った。
「!?」
サゴシが扉の方に首を振ると、既にザコルが立っていた。
私は一歩サゴシの方に歩み寄る。
「サゴちゃん、ごめんね」
「こっ、今度は何の謝罪ですか!?」
サゴシがジリッと退がって壁に背を付ける。
「うーん、この後、根掘り葉掘り、喋りたくない事まで喋らせるかもしれない事に対しての謝罪かなあ」
ほんの少しだけ圧を込めてそう言えば、サゴシの口からは「ひぇ…」という声が漏れ出た。
「おい、まさかとは思うが、その者の尋問をミカ殿本人にさせる気か」
ザッシュが問えば、ザコルが頷いた。
「ミカには尋問の才もありますからね。ですが、物理は僕が担当します」
「そうか、ならばいい」
「ザッシュ殿ォ!?」
さっきまで仲良くイリヤの面倒を見ていた相手にあっさり見捨てられ、サゴシがさらに顔色をなくす。
「じゃあ、移動しよっか。地下の方がいいかな? 逃げられても困るし」
「ま、待って待って待っっって!! そんなところに連れていかなくとも逃げませんから!! 俺はただ、あなたのために離れた方がいいかと考えただけで」
「ふふっ、君にはもう、私から逃げるとか離れるとかいう選択肢自体無くなっちゃったんだよ。だから、ごめんね? せめてそんな事考えられないようにしてあげるから」
私はゆっくりと彼に歩み寄る。ザコルもジリジリと距離を詰めている。
「待ってって言ってるじゃないですか!! 何でも話しますってば!! それが贖罪になるのなら何でも…!!」
ぴた、と足を止める。サゴシまであと一メートルもなかった。
「そう。言質は取ったよ、サゴちゃん。これからもよろしくね?」
にこ。
「ひいぇぇ…!」
なぜだろう、微笑んだだけなのに悲鳴をあげられてしまった。
つづく




