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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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魔獣使い③ 大丈夫なのよ、あなたが何者であっても

 何とかミリナを引き留める事に成功してホッとした空気が流れる中、イリヤを交えての第二次雪合戦が始まった。


 今度は平等に人数を分け、ザコルとコマは抜きでの開催だ。私も魔獣達との通訳があるので不参加である。ザッシュはイリヤを見守るようで、審判よろしくコートの脇に立った。



 イーリアがぐるりと魔獣達を見渡す。


「ここに集まった魔獣達の中に、かつてサカシータで喚ばれた者はいないようだな。古株の彼らの行方を知っているか?」

「王都に残った老齢の魔獣の中に数匹いるのと、ナッツという妖精のような子が王妃殿下と一緒にいるのは知っております。老齢の子達は、まずは若い魔獣を先に逃せとばかりに押し出してくれました。彼らもこれから迎えに行くつもりなのでしょう、ミリュー」


 キュキュー!!

 やる気満々のお返事だ。ミリューは軽い調子だが、本来警備が厳重な王宮内の施設に突入する感じの重大ミッションだろう。しかも二十匹強の魔獣が脱走したばかりだ。現場が荒れている事は容易に想像がつく。


「ねえ、ミリューと飛べる子だけで行くつもり? あっちは警戒強めてるかもしれないし、流石に危ないんじゃ」

 キュッキュキュウ、キュルルー。

「ああ、サンド様が先に何とかしてくれてるはず、なるほど。サンド様は脱走させた容疑とか掛けられてないのかな?」

 キュキュウ、キュッキュキュウ。

「あはは、それもそうだ。イアン様もミリナ様もいないんじゃ、後はサンド様にしか魔獣達を御せないんだね。じゃあ誰も逆らえる状況じゃないねえ。サンド様もお強いんだろうし。コマさん、彼女の見解で合ってますか」

 話に加わる気のなさそうなコマに振る。

「まあ、そうだな」

 コマはマージが持ってきた林檎をかじりながら相槌を打った。


 マージは呼びつけたペータとともに居合わせた人全員に林檎を配って回っている。私の手にも乗せてくれた。食べ損ねた朝ごはんの代わりのようだ。お腹が空いていたので私も遠慮なくかじる。

 しゃくっ、もぐもぐ、ごくん。うーん、今日も最高に美味しい。林檎の収穫は終わったが、生林檎もある程度冷暗所で保管するそうなので、しばらくはこの味が楽しめるらしい。ジャムもパイももちろん美味しいが、やっぱり生の林檎は格別である。


「ていうか、ミリナ様が魔獣達のお世話してたのコマさんは知ってましたよね? 何で先に言っといてくれないんですか」


 外部から魔力を補給する必要のあるコマは、魔獣達から魔力をもらうために魔獣達の宿舎に度々侵入していたという話だった。だったら、誰が彼らを世話をしていたのかくらい把握していただろう。


「俺が言わずともミリューが勝手にお前を通じて喋んだろうが。この件に関しちゃ俺より事情通だからな。まあこの通り、奥方は駄犬に並ぶ我が国きっての最終兵器だ。筆頭魔法陣技師サマも解ってて監禁してたんだろ」

「ああ、なるほど…」

「あの外道はまた周到っつうか何つうか、奥方以外の世話係は全員辞めさせちまった。出入りも使用人用の裏口のみっつう徹底ぶりだ。三男とその嫁がコソコソ手伝ってはいたがな。奥方が真の最終兵器だと知るのは俺と三男夫婦と外道くらいしかいねえ」


 イアンは自分よりも魔獣達の心を掌握しているミリナの価値を正しく理解していたという事だ。

 ミリナが変わらず王宮に出仕していたら、何かあった時に魔獣達は自分よりも妻の命令に従ってしまうかもしれない。イアンは王弟や王弟派の評価を気にしていたはずなので、クーデターで混乱中の王宮内では、特に失態につながりそうな要素は排除しておきたかったはずだ。

 加えて、ミリナはかねてよりイーリアから里帰りを勧められていた。もしミリナがもしもイリヤを連れて王都を去ったと知ったら、最愛の世話係を失った魔獣達はどのような行動に出ただろう。魔獣達がミリナを追おうかもしれないし、イアンを『ミリナの主人』と認めなくなるかもしれない。何か起きたとしてもイアン一人では到底対処しきれなくなる。


「いやだわコマちゃんたら、私が最終兵器だなんて。夫だってせいぜい便利な使用人の一人くらいにしか思ってないわよ」

「その呼び方やめろっつっただろが。相変わらず小娘のクセにオバンくせーな」

「ふふふ、いつまでも小娘みたいなあなたに小娘と呼ばれるのは何年経っても慣れないわ」


 そうか、ミリナはコマが何年も見た目が変わらない事を知ってるんだな。コマの体質についてどこまで知っているのかは判らないので突っ込めないが…。

 ザコルの不審者コーデさえも事情を察した上でのほほんと見守っていたようだし、怖がりなようで、意外におおらかというか、懐の広い人のようだ。まあ、そうでもなければこの数の魔獣達の世話を一手に引き受けて『癒されていたのは自分』とか言わないか…。

 何というか、こんな人がお母さんならきっと幸せだろうな。彼女を慕う魔獣達の気持ちもよく解る。


「ミリナ様とコマさんは仲良しなんですねえ。ミリナ様はご自分を小心者とおっしゃいますが、本当の小心者はイアン様の方かもしれないですよ。ねー、コマさん」

「まあ、そうだな」


 イアンはもしかしたら、年々力をつけている息子イリヤの事さえも恐れていたのかもしれない。ミリナを虐げて支配下に置く事で、何とか自分の立場を守っていたのだ。


「あの自信家の夫が小心者ですって? まさかまさか」

「義姉上、長兄はあなたの事もイリヤの事も脅威に思っていたんでしょう。だから脅して閉じ込めていたんですよ。ミカとコマが言いたいのはそういう事です。僕相手にも偉ぶるわりに行動は怯えたリスのようでしたから」


 ザコルが林檎を二口ぐらいで丸飲みすると、マージがサッと新しい林檎を差し出しにくる。

 そういえば、イアンがザコルと地下牢で対峙した時は、初っ端から人質を取ろうとするわ、手当たり次第武器投げつけて逃げてくわ、最後は火薬に火をつけるぞと脅すわで、ビビっているのが丸わかりだった。サーマルを連れて来た時もミリューに乗ってさっさと逃げようとしてたし。不謹慎だが、サカシータ兄弟同士の戦い、少しでもいいから見てみたかったのに…。


「ザコル様を恐れるのは当然でしょう。だって、ミリューと共に前線に立っていた方に、あの享楽的な夫が勝てるわけありませんもの。…ふふ。私ったらそんなリスみたいな人に怯えていたのかしら? どんどん成長しているイリヤはともかく、私の事まで脅威に思っていたなんてなかなか信じられる事ではないですが…、やっぱり一度くらい反抗してみるべきでしたね。サンド様もマヨ様も、味方になると散々言ってくれていたのに…」

「あの兄に一言申してやりたいなら案内しますよ。少しは自分がリスだという自覚が芽生えた頃でしょう」


 長らく地下牢につながれ、イーリアにこってり絞り上げられているイアンだ。虚飾のプライドなどズタズタになった事だろう。


「そうですわね、やはり、一度は会っておかなければ…」

 ミリナはいかにも気が重そうな顔で呟いた。


「ミリナ様、別に無理して会わなくてもいいのでは? しばらくのんびりして落ち着いてからでもいいじゃないですか。この町の医者先生が、この領をくまなく回るといい事がありますって言ってましたよ。古株の魔獣達を救助し終わったら、ミリューに協力してもらって一緒に領内の名所観光にでも行きませんか」


「ミカ様が、私と一緒に? ですが、ザコル様とお二人でなくてよろしいの?」

「私、ミリナ様が好きになっちゃったんですよねえ。もっと交流深めたいなと思って…」

「まあ、まあどうしましょう。そ、そんな可愛らしい顔で言われたら、私」


 ぐい、と後ろから首根っこを掴まれる。

「ザコル様!? そんな乱暴にしたら」

「いいんです義姉上。全くこのクソ姫が…誰彼構わず誘惑するのはやめろ」

「誰彼構わない事はないですよ。ねえ、ミリナ様、その林檎美味しいですよ。食べてみてくださいよ」

「えっ、や、やはりこのまま食べるのかしら…」


 貴族の奥方であるミリナは林檎を丸かじりするのは初めてだったのだろう。しばらくまごついたのちに思い切ってかじりついた。


「んっ、んんーっ!? こんなに美味しい林檎は初めて食べたわ! 果汁が身体に染み渡るようね。しばらく新鮮な果物なんていただいてなかったから余計に美味しく感じるのかも。ありがとう、マージさん」

「我が町の特産をお気に召していただけて光栄ですわ、ミリナ様。今日の夕食は精のつくものにいたしましょう。失礼ですが、随分とお痩せになっているようですし」

「い、いえ、私、食べても肉がつかない方で」


 ミリナが体型を誤魔化すように自分の腕を抱いた。厚着しているから分かりにくいが、確かに痩せている。手首も細い。これは、食事もまともに出されていなかったか…?


 ゴゴゴゴゴゴ…。真後ろから不穏な気が湧き出てくる。


「イーリア様、お怒りがダダ漏れですわ」

 さりげなく私達の会話を聞いていたイーリアがどうにも耐えきれなくなったらしい。

「あの愚息ときたら…! ミリナ以外の世話係を全員辞めさせただと…!? ミリナ! あなたとイリヤは普段何を食べていた!」

「えっ、そ、その、パンとスープは一応毎回、たまにチーズとか…。で、ですが私ったら少食で! いつも全部は食べきれずにイリヤに手伝ってもらっていた程で」

「つまり、最低限の食事しか出されない中で、自分の分をイリヤくんに分けてあげてたって事ですかね」



 イーリアの怒りが爆発した。



 彼女はミリナに謝り倒し、一言二言コマに質問をすると、側近を連れて町中に戻って行った。きっと尋問のお仕事があるんだろう。

 ミリューを始めとした飛行可能な魔獣達は再び空に舞い上がった。とんぼ返りで王都に向かうらしい。コマと一部の魔獣達はここに残るようだ。

 イリヤ達の雪合戦が終わるのを待って、私達も門をくぐって町の中心部へと向かった。



 ◇ ◇ ◇



 ザクザク、サクサク、トコトコ。


 私達の後ろ、横には、自分の足で歩く魔獣達の姿がある。

 私の足元を歩いているのは、狐のような耳と尻尾、黒い毛並みを持ったもふもふ系の子だ。

 どんな戦い方をするのか尋ねたら、ガウガウ、索敵だ、と渋い声で言われた。しびれる。


「コマちゃん。改めまして、私達をお迎えに来てくれてありがとうございました。心配してくれたのよね」

「はん、アンタが利用でもされたらメンドクセーから回収しただけだ」


 茶髪に緑眼がおそろいの二人が並んで歩く。二十センチ近い身長差が相まって、幼い妹と姉のようにも見える。


「ふふ、仲良し。いいなあ。ミリナ様達の話が出た時、ミリューとコマさんが真っ先に迎えに行くって言ったんですよ。愛ですね、愛」

「うるせえぞクソ姫。てめえ、鍛錬怠ってねえだろな。後で確認してやる」

 ギン。

「えっ、嬉しい。今日は鍛錬し足りなかったんですよねえ。よろしくお願いします」

「今、俺は睨んだんだが…? 相変わらずイカれた神経しやがって…」


 微妙な顔をされてしまった。普通に稽古みてくれるのが嬉しかっただけなのに。解せぬ。


「コマちゃんったら、ミカ様に戦い方なんて教えているの? こんなに可愛らしいお嬢様に…」

「単なる暇潰しだ。だがそいつは見た目通りのヤツじゃねえぞ。その内に駄犬も抜かれるかもな」

「そうならないよう努力する」

「はっ、さっきまんまと逃げられかけた奴の台詞か? 何腑抜けてやがんだ阿呆犬め」

 あ、ザコルが苦々しい顔に。

「……事実なので言い訳はしない。鍛錬不足だ」

 いーこいーこしてあげようとしたら睨まれた。なんでだ。


「確かに、先程の追いかけっこは夢でも見ているような速さでしたものね。このお二人にそこまで言わせるだなんて凄いわ。私は戦えませんけれど、このお二人が人並み外れてお強いのは知っています。ミカ様は逸材でいらっしゃるのですね」

「いえ、まだまだ初心者ですよ」

 事実だ。そこまで自惚れる気はない。ザコルにも十秒で捕まっちゃうし。

「姉貴はマジチートだよな…」

「エビー、チートってなあに?」

「反則級に強えって事すよ、イリヤ様」

 エビーはイリヤを肩車しながら歩いている。仲良くなったらしい。


「うーん、ゲームもないこの世界でチートとかいう言葉が正しく翻訳されてくる事が解せない。私の場合、教えてくれる師匠達がチートだからねえ。この領の環境もチートだし、ていうかチートみたいな人、他にもわんさかいるし」


 私はそう言ってミリナ方を見る。さっきから彼女の肩に乗っているリスみたいなウサギみたいな白い魔獣がめちゃくちゃこっちを見てくる。手を振ってみたら鼻で笑われた。ミイミイ、ママを守るぼくらだって強いんだぞ、みたいな事を言っている。


「しびれるわあ…」

「この子は何を話しているのかしら…。失礼な事を言っていませんかミカ様」

 私と白い魔獣のやりとりに気づいたミリナが気遣ってくる。

「いいえ、ちっとも。ミリナ様を守る騎士様ですから、私の方こそ敬わないといけません」

 そう伝えれば、白い魔獣はぐんと胸を張るようにしてみせた。

「まあ、得意げねえ、ミイ。騎士様ですって」

「ミイさん、とおっしゃるんですね。ミイ様や、ミイ殿の方がいいでしょうか?」

 ミイミイ、ミイミイ!

 お前は仰々しい呼び方や喋り方をするな! ミリューもミカは仲間だと言った!

「えっ、そう? あの、彼、敬称や敬語ははいらないらしいのでやめます。ミイ、ありがとう、よろしくね」

 ミイ!

 よろしくしてやろう!


 なかなか社交的というか、洒落が通じそうな子だ。そんなミイの言葉はミリューに比べたら幾分か文章になっていて解りやすい。魔獣の中でもその辺りは個人差があるのだろう。


「町の人達が見てますねえ」

「あの微かな気配にお気づきとは流石ですねミカ殿」

 タイタが褒めてくれる。

「ど、どちらから見られているのかしら?」

「不安に思われる必要はありませんよミリナ様。みんなただ、魔獣達を近くで見たくてうずうずしてるだけだと思います。ミリューとはもう先に交流してますしね。和やかなものでしたよ」


 気配の方向に笑顔で手を振ったら、数人が後頭を掻きながら姿を現した。


「気配消したつもりだってのに…ミカ様には敵わねえなあ」

「はは、落ち着いたら紹介してくれよ。みんな待ちきれねえってソワソワしてっからよう」

「ですって、ミリナ様」


 話を振られると思ってなかったらしいミリナがビクッとする。


「そ、そ、そうですね、この子達も喜ぶ、と思いますっ」

「おお、この細っこい姉ちゃんが魔獣らを率いてんのか、すげえなあ、この数従えてっとは」

 年嵩の男性が感心している。

「し、従えているだなんてとてもとても…。この子達はただ、私にとっては家族同然なんです」

「ああ、絆があんだな。力だけで従えてんじゃねえなら、余計に得難いこった」

「ここまで懐くなんざ、余程時間と情をかけて世話した証拠だ。ああ、なかなかできる事じゃねえ」

「…っ」

 ミリナが言葉を詰まらせる。


 いわゆる年長組のおじさん達は、当然のようにミリナと魔獣達の関係性を理解してくれる。心なしか魔獣達も嬉しそうだ。


「シータイは特に騎士団を引退した年長者が多く住んでいるからな。このように魔獣に詳しい者も多いと思うぞ義姉上」

 あねうえ? と、ザッシュの言葉におじさん達の表情が変わる。

「そうなのですね、ザッシュ様。皆さん、魔獣達の事で相談させていただく事もあるかもしれません。どうぞよろしくお願い致します。あ、私、イアン・サカシータの妻、ミリナ・サカシータでございます。どうぞお見知りおきを」

「ひゃ、イアン様の奥方でしたか。申し訳ありません、部下の戦闘員かなんかかと…。軽口叩いちまって」

「いいえ、こちらこそ名乗りが遅れ申し訳ありません。夫がご迷惑をお掛けしたと聞き及んでおりますわ」

「いやあ、俺らは何も何も。ザコル様に絡んでのされたとしか聞いてませんで……いや、そっか、まさか奥方が魔獣をこんだけ懐かせてんのか。イアン様こそ『魔獣係』で出仕してたんだろうに、一体、王都で何やってたんだ…?」

 イアンの放蕩が一瞬でバレた。



「魔法陣技師って、魔獣係って呼ばれてるんですね」

「はい。領内ではそうですね。かつてうちから巻き上げた魔獣のお守りをする役目、という認識の名残です」

 ザコルが簡潔に教えてくれる。


 かつてこの領から王都に行った魔獣達の事を、ミリナは『老齢の』と表現していた。やはり魔獣にも寿命はあるのだろう。ここにいる魔獣達は、ある程度世代交代が進んだ後の若い魔獣達という事だ。


「ミリナ様。この子達って、みんなイアン様が喚んだんでしょうか?」

「いえ、サンド様が喚んだ子もいますよ。…あ、もちろんその子達のお世話はサンド様が主になさってました。彼らには、サンド様が私とイリヤをサカシータまで無事送り届けるようにと指示してくださってここにいてくれています。このゴウもそうなんですよ」


 そう言ってミリナが指したのは私の足元にいる黒狐風の魔獣だった。尻尾が三尾あって瞳は鮮やかな赤。魔獣というより物怪、妖狐といった印象だ。


 ガウガウ、ガウガウガウガウ。


「…あの、ミカ様、ゴウは何と?」

 ミリナが遠慮がちに訊いてくる。

 私を通訳として使うのにまだ抵抗というか、申し訳なさが先に立つようだ。

「…えっと、サンド様が主である事に相違ない。が、ミリナ殿にも多大なるご恩がある。命に代えてもお護りする所存、だそうです」

「堅っ。本当にそんな話しぶりなんすか、そちらの狐殿は」

「うん。硬派っていうか、ミリューと違ってきっちりかっちり話すから、一瞬戸惑っちゃった」

 ミリナがころころと笑う。

「ゴウったら、口ぶりまでそんな風なのね? 私が思い描いていたイメージとぴったりで驚いてしまうわ。そうなんです、この子は本当に義理堅くて真面目な子なんですよ。主従は一緒にいると性格が似るものなのね」


 ガウガウ!


「主の志は我が志である、だって…」

「……おい、本当にあのふざけた奴の従か? 義姉上まで、この礼儀正しい魔獣とサンドが似ているなどと」

 ガウガウガウ!

「あ…、もしや怒らせたか、すまないゴウ殿」

 ゴウがザッシュに噛み付くように吠えるので、ザッシュがゴウの傍らに跪いた。

「貴殿の主人を侮辱する意図はないのだ。おれはザッシュ。サンドとは一ヶ月違いで産まれた腹違いの弟だ。子供時分を思い返しても、とても貴殿のように硬派な印象はなかったのでな。しかし根が真面目な奴だという事は理解している」


 ガウ。ガウガウ。ガウ、ガウガウ。


「えーと、貴殿、主と年子の弟君か、某を見ると弟を思い出すとよく主が話していた。こちらこそ失礼した、だそうです」

「……そうか、なんと話の解る御仁だろう。ヘタな人間より言葉が通じるではないか…。しかし、おれにまで似ているなどとは、ますますゴウ殿に申し訳ない」

「ふふふっ、確かに、サンド様よりザッシュ様の方がゴウに似ているかもしれませんね。という事は、サンド様とザッシュ様は似たもの兄弟という事なのかしら」

「やめてくれ義姉上。お互いによく解っている事だが、性格は真逆だぞ」

「僕ね、サンドおじさまもシュウおじさまも、やさしくてかっこいいからだいすきです」

 イリヤが屈託のない笑顔で言った。

「そうかそうか、嬉しい事を言ってくれる。おれも、こんなに可愛らしく有望な甥がいて誇らしいぞ。おれの肩に来るかイリヤ」

 イリヤがエビーの肩からザッシュの肩へ移動していく。

「可愛がっていただけて嬉しいわね、イリヤ」

「はい母さま。きょう一日で、だいすきな人がたーっくさんできました! 先生もミカさまも、どーし? の人たちも、エビーもタイタもサゴシも。みーんなだいすき!」


 ガサガサ、ドサッ。何か近くの木から落ちた音がする。


「あ、落ちたのサゴちゃんだわ。意外」

「なっ、何ですかそのサゴちゃんって! 天使様に天使様みたいな事言われたら落ちるに決まってるでしょう!!」

 どうやらサゴシはショタ…いや、小さい子が好きなようだ。

「今、非常に嫌な勘違いをされた気が…。貴族のお子様って、みんなオリヴァー様みたいな腹黒…いえ、ませてるものだと思ってたんですが違うんですね」

 訂正、ショタなら何でもいいわけではないらしい。腹黒美少年は管轄外か。


「はは、確かにオリヴァー様は恐ろしいお方ですから」

「タイタも恐ろしいと思ってるんだねえ…」

「あ、いえ、我らが同志の間ではよく、褒め言葉で『会長は恐ろしいお方』と表現するのです。決して本心から恐ろしいと考えているわけではありません。しかしそんなオリヴァー様も、いざ推しであるザコル殿を目の前にすればまるで子供のような振る舞いをなさってしまうのですよ。主ながら可愛らしい面をお持ちだ」

「…いや、子供だからねオリヴァー。子供が子供のように振る舞ってるの普通だからね?」

 思わず突っ込んでしまった。

「…僕はやはり、オリヴァー様のごく限られた一面しか見られていないようだな…」

 ザコルは眉間に皺を寄せて呟いている。


 確かにオリヴァーは飛び抜けて賢いし、少々計算高い所があるのも分かっている。が、少なくとも私やザコルの前では年相応か、それより幼い子供のような振る舞いもしていたように思うが、あれは猫被りや演技でもなく、推しを目の前にして知能が低下している状態だったという事なのだろうか…。


「いいんすよオリヴァー様は。あれこそチート級のバケモンっす。手紙に思わせぶりな暗号仕込んでくる子供なんて他にいませんて」

「ねえねえエビー、そのオリヴァーさまって、貴族の子なの?」

「ええ、イリヤ様。テイラー伯爵子息で十歳のお子すよ。これから行くお屋敷には、オリヴァー様のお姉さんで、テイラー家のご令嬢も滞在してますから。話を聞いてみたらいいすよ」


 そう勧められたイリヤは少し考えるように押し黙り、少しして母親であるミリナの顔を伺った。


「ねえ、母さま、僕、おはなししてもいいのかな…。父さまが、おまえはケモノとおなじだから、ニンゲンになれるまで、ほかの貴族の子とは、会うなしゃべるなって…」

 またイアンか。あのモラハラはつくづく余計な事しか言わんな…。周りも同じ事を考えたらしく眉を寄せた。

 しかしミリナは穏やかな表情を崩さず、大丈夫よ、と笑った。

「あなたは産まれた時からずっと人間よイリヤ。この母様が一番よく知っています。でも、あなたがあなたであれば、何者だったとしても私は愛したに違いないわ」


 ミイがミリナの肩から私の肩、エビーの頭を経由し、ザッシュの上にいるイリヤの肩にぴょーんと飛び乗った。そしてイリヤの頬にすりすりと身体を寄せた。


「あはは、くすぐったいよ。かわいいね」

 モフモフと美少年の破壊力すごい。サゴシをチラ見したら顔面が溶けかけていた。大丈夫だろうか…。

「ミイはあなたを励ましたいみたいだわ。イリヤはどうかしら。もしその魔獣の子があなたと話したいと言ったら、嫌?」

「イヤなわけないよ! おはなししたいにきまってる! だって、やさしい子だもの!」

「そうよね、良かったわ。優しい気持ちがあれば、ケモノもニンゲンも関係なくお話しして仲良くなれるのよ。だから大丈夫なのよ、あなたが何者であっても。ね?」

「そっかあ…」


 少年は納得したように笑う。ミイを始めとした魔獣達はミリナを誇らしげに見上げた。


「イリヤ。あなたは力は強くとも充分優しくて思いやりのある子だから、話す事を恐れなくていいのよ。きちんと話をすれば、あなたの優しさに気づく人も増える。…とはいえ、今回はお相手のご身分が高いわ。マナーとして、きちんとご挨拶をしてお許しをいただいてからにしましょう。お話しさせていただけるといいわね」

「はい。僕、きらわれないように、ちゃんとごあいさつする。ものもこわさないように、気をつけて…」

「イリヤ、アメリアお嬢様ならばきっと君と話したがるでしょう。物は壊さないように僕らが見ています。緊張しなくても大丈夫ですよ」

「はい! ありがとうございます、ザコル先生」

「お前の母上はやはり賢いな。そんな母上の血を継ぐお前ならばきっと大丈夫だ」

「はい! ありがとうございます、シュウおじさま」


 ザコルとザッシュの表情が柔らかい。私もそうだ。

 ミリナの言葉はイリヤと魔獣達に向けられたものだが、人外や悪魔などとと呼ばれた事のある大人の心にもじんわりと染み入った。




 イリヤが皆の肩を一周半くらいする頃、ミリナの歩調に合わせてのんびり歩いていた私達は町長屋敷へと着いた。


「ミカお姉様…!!」

 玄関先で待っていたらしいアメリアが侍女や騎士と共に駆け出してくる。

「ああ、ご無事で良かったですわ。敵襲ではないとは聞きましたが、心配で心配で」

「ただいま、アメリア。早速になっちゃいますが紹介しますね」


 アメリアにミリナとイリヤ、そして魔獣達を紹介する。

 今ここにいるのは、飛べる翼を持たない、狐やリス、鹿のような小中モフモフ系の魔獣ばかりだ。飛べなくても大きな者は飛べるものに乗ってついていった。

 見た目は愛らしい彼らに囲まれるミリナは、森で暮らす心優しき魔女のようにも見える。


「初めまして。サカシータ子爵が長男、イリヤ・サカシータの妻、ミリナ・サカシータと申します」

「そっ、その子で、サカシータ子爵の孫、イリヤ・サカシータともうします!」

「初めまして。わたくしはテイラー伯爵が長女、アメリア・テイラーでございますわ。どうぞお楽になさって」


 私はきょろきょろと辺りを見回す。


「コマを探していますか? あいつなら途中でどこかに消えましたよ。おそらく診療所でしょう」

 ザコルが察して教えてくれる。

「やっぱり…。アメリアにもあの国宝級の美少女っぽいのを見せたかったのに」

「あんなもの、お嬢様の視界になど入れなくていいんです」

 残念だがまたの機会を楽しみにしよう。どうせコマも今夜この屋敷に泊まるはずだ。


「ザコル、ザコル。あなたにこんなに可愛らしい甥子さんがいたとは聞いておりませんわ! 魔獣達も愛らしいし、ミリナ様にとても懐いているのね、素敵だわ。ミリナ様とイリヤさんを編み物のお部屋にお通ししてもいいと思うかしら。まだマージさんがお戻りでないのよ。イーリア様はお戻りだけれど、すぐに地下のお部屋へ行ってしまわれたし…」


 安定のコミュ強令嬢、早速ミリナ、イリヤの母子に興味を持ってくれた。


 彼女の言う編み物の部屋とは、元食堂の事だ。あちこちに毛糸が山のように積んであり、食堂としての面影は皆無である。編み物クラブでいろんな人が出入りするので、ほぼ公共スペースにも成り果てている。一応茶を飲むくらいはできるし、アメリアも公共スペースなら自分が案内しても問題になりにくいと考えたのだろう。

 ちなみに細かい所だが、アメリアは普段マージを様付けで呼んでいる。が、貴族であるミリナとイリヤの手前、マージさんと呼び方を変えた。敬称や名乗りって本当にややこしい。


 ザコルがアメリアに一礼する。

「お嬢様のお好きなように。何か温かいものを出してもらいましょう」

 蜂蜜牛乳かな。ふふ。


「魔獣達はどうする義姉上」

 ザッシュが目をやった先には、絶対ミリナから離れんぞと言わんばかりに凄む魔獣達の姿があった。

「ど…どうしましょう。一応、この子達は、普通の動物と違ってノミや病原などは持ちませんが…」

「ああ、それならば一旦室内に入れてもらおう。部屋に入りきらなければまた考えるとして、今、使用人を呼んで足を拭かせる。人間も魔獣も雪まみれだからな」


 ザッシュはそう言うと、屋敷の前で控えていたペータに事付け始めた。ミリナは魔獣達に声をかけて一列に並ばせている。

 その隙にシャッとアメリアが私の側に寄る。


「お姉様、ザッシュ様はミリナ様が平気でいらっしゃるのかしら。あのように線の細い貴婦人でいらっしゃるのに」

 コソコソ。内緒話だ。

「ふふ。アメリアはどうしてこんなに可愛いんですかねえ」

「ち、違いますのよ! ただの確認ですわ! お席の配置にも影響しますから!」

 アメリアの言う通り、いつの間にか『女見知り』のザッシュがミリナに慣れている。距離感も適正の範囲になった。

「おそらくですけど、ミリナ様はあの通り魔獣達に慕われているでしょう? ザッシュお兄様が手出ししようものなら即袋叩きです。だからこそ、お兄様もミリナ様を『強者』と認識したんじゃないでしょうか」

「…なるほど、ザコルがよく、ミカお姉様に自衛の手段があるのが喜ばしい事のように言うのと似たような…」

 ちら。

「…何ですかお嬢様。僕はあの兄程には拗らせていませんが?」

「ザッシュ様は女性にお優しいだけですもの。拗らせているだなんて言い方は失礼ですわ」

「…………」

 ザコルの顔に『どうして僕が叱られているのか解せない』と書いてある。


「…コホン、お嬢様、ハコネはどうしたんですか」

「イーリア様にお貸ししました。状況はよく分かりませんでしたが、よき夫の立場から話をしてほしいのだとか」

 同世代の既婚男性代表として、イアンの尋問、もとい説教要員として連れていかれたらしい。


「なるほど。あの善良なハコネの説教が、あの自分本位の権化のような長兄の胸にどこまで届くか…」

「後で団長が怒り狂ってそうすねえ…」

「そうだな、愛妻家の団長には心労がたまる事だろう。貴族の中ではままある話とはいえ」

「タイさん、ヨソの貴族ってそんな酷い人ばっかりなんですか」

「はいサゴシ殿。流石にここまで人道にもとる方は少ないですが、愛のない政略結婚が基本ですので。高位貴族の男性程、配偶者を顧みない方が多い印象です。ただ、その場合は女性側も自由になさっておられる場合が多いですね」

「うえー…」

「その理屈で言ったらうちは関係ないでしょう。田舎子爵な上、長兄に至っては爵位すら継いでいませんし」

 コソコソコソコソ。


 くいくい。ザコルのマントが引っ張られ、内緒話をしていた大人達がハッと振り返る。今、気配も足音も無かったような…。


「ねえ先生、父さまはどこにいるんですか? この町にいるとききました」

「イリヤ、君の父上は現在反省中なんです」

「はんせいちゅう?」

 イリヤが首をかしげる。

「何と説明したものか……ええと、弟である僕をいじめましたし、君や君の母上にも酷い事を言ったり閉じ込めたりしましたので、君のおばあさまに叱られている所です」

「父さまも叱られるの? 僕みたいに? 父さまはまちがっていたってこと?」

「ええ。間違いだらけです」

「まちがいだらけ…」


 そんな間違いだらけの父の言う事に従ってきたイリヤは少し俯いた。


「君や母上は何も間違っていませんので安心してください。とりあえず、悪い父上はしばらく反省部屋に入れられているので自由には会えませんが、元気にはしています。落ち着いたら出して雪玉の的にでもしましょう」

「ちょちょちょ」

 小さい子に何させようとしてんだとサゴシが止めに入ろうとする。

「先生やさしい! 父さまにいじめられたのに、雪がっせんのなかまに入れてあげるんですね!」

 天使…!! サゴシが崩れ落ちる。大丈夫だろうか…。

「はい。僕は優しいので仲間に入れてやります」

 こっちはこっちで子供の父親だとか関係なしに雪玉の集中砲火を浴びせる気だ。大丈夫ではないと思う。


「くふふっ。僕が父さまに当てられたら、ほめてくれるかなあ…」

 イリヤはまだあの父親に期待しているんだろうか…。いや、まだ七歳だし実の父なのだから当然か。

「はい。褒めさせますので大丈夫です」

 こっちは手段など選ばない気だ。


「事実、君の投擲の腕は大人も顔負けレベルですから。これを褒めないというのなら目が節穴だという事なので医者にかからせます。あのジジ…いえ、この町の医者ならば間違いなく君の味方をするので何も心配はありません」


 確かにあの王子贔屓のシシなら、第一王子と同じ金髪碧眼、しかも健気な美少年であるイリヤの味方をしてくれそうだ。イアンには悪感情がありそうだったので、余計とこの母子には同情してくれるだろう。


「ふしあな…。よく、わかんなかったけど、おいしゃさまって僕、はじめて会います。いつもおいそがしくて僕のお家には来られないみたいなんだ。だから、母さまがおカゼをひいたりおケガをしたときは、僕ががんばってかんびょうするんだよ。僕、父さまのかんびょうもがんばりますね。ここはやさしい町だから、おいしゃさまもきっと僕をほめてくれると思う!」


「来なさい、イリヤ」


 ザコルが両手を差し出すと、イリヤは迷わず懐に飛び込んだ。

 ザコルはスッと抱き上げて優しく抱きしめ、いーこいーこと後頭部を撫でた。




つづく

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