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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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魔獣使い② 虐げられた世話係は魔獣達に愛されて無双します

「はあー、たのしかったあ! 雪がつめたくってきもちいいー」


 全力を出し切ったイリヤがばたん、と雪に倒れ込む。仕立ての良さそうなコートはとっくの昔に脱ぎ捨てている。


「イリヤ、素晴らしい戦果でしたね。場外から沈めた回数は二十を超えました。次は、無駄に攻撃をくらわないよう反射神経も鍛えましょう」

「はい! 先生!!」


 イリヤはザコルをただ先生と呼び始めた。ドングリ先生も猟犬殿もザコルおじさんもピンと来なかったんだろう。


「ミカさま、一回もあたらなかった! すごいです!」

「ふふ、イリヤくんも雪に慣れてくれば、あの程度すぐ避けられるようになるよ」


 俺らをまとめて『あの程度』扱いすんじゃねーっ! とエビーの声が飛んでくる。まさに負け犬の遠吠えである。


「ミカは避ける事だけに集中していましたね。いい判断でした」

「こっちには大砲が三人もいますからねえ。私一人くらいは自陣に残っていた方が勝ちに行けると思ったんですよ」


 相手の人数が倍以上いて狭いコートを舞台にしている関係上、雪に慣れないイリヤ、的の大きいザッシュ、皆から集中砲火を浴びるザコルは一度も当たらないでいるのが難しい。

 というか、ザコルやザッシュは攻撃されてもダメージが少ないため、普段から避けるよりも受けて払うのが基本の戦闘スタンスなのだ。だがイリヤも含め打撃力は桁外れである。そういう意味では防御に意識を割かせず、陣地内か場外かなど構わずどんどん打ってもらった方が効率がいいと思った。

 例え大砲三人が場外に行っても私さえ当たらなければ負ける事はない。だから私は攻撃に意識を割くのをやめたのだ。


「おれ達三人が場外に出てしまった時のミカ殿のキレは凄まじかったな。相変わらず非常識な姫だ」

「あはは、また非常識って言われちゃった。でも素直に喜んでおきますよ」


 イリヤもザコルもザッシュも雪まみれだ。最後は場外三方向から残党を狙い撃ちして全員片付けた。

 今は、お望み通りサカシータ一族の一撃をくらって倒れた同志達、タイタ、ついでにサゴシも雪の上に倒れている。


 ちなみに、コマは途中で勝手に離脱し、場外から人々の動きを眺め始めた。負け戦はしない主義なのか、はたまたスカウトマンに徹する事にしたのか…。ちなみに、今はキレて突っかかるエビーに正論アドバイスを投げつけている。いちいち感情的になるから無駄な動きが多いんだとか言って。


「イリヤ、身体を冷やすわ。コートを着てちょうだい」

「ええー、まだあついです、母さま」

 雪に寝そべるイリヤをザッシュが軽々抱き上げ、肩に乗せる。

「わっ、たかい…!」

「服が雪で濡れているぞ。冷えるのはあっという間だ。お前はまだ肉が薄いしな」

「早くシュウおじさまみたいに大きくなってムキムキになりたいです! かっこいいもの!」

「ははっ、可愛い事を言う。よりによってあの長兄の所にこんなに素直な子が産まれていようとは。母君の教えがいいのだろう。さあ、そんな賢い母君の言う事を聞け」


 イリヤはザッシュの言い分に納得したか、肩から降ろされると、大人しくミリナが持つコートに袖を通した。


「ありがとうございます、ザッシュ様」

「い、いや、出しゃばってすまない義姉上」


 ザッシュはミリナが近かった事に今更気づいたか、ずざっと後退した。…つくづくフラグクラッシャーだなお兄様。


「僕、僕ね、こんなにたのしいの、うまれてはじめてなんだ母さま! もうお家にはかえりたくない! だってお家はタイクツだし、みんな僕におこっているもの…。でも、でもね、今日はザコル先生がすばらしいっていっぱいほめてくれたよ! あそんでほめられたのもはじめて! 僕、先生やシュウおじさまともっとあそびたい! ミカさまや、みんなとも!」


 はしゃいでぴょんぴょん跳ねるイリヤに、ミリナは微笑んだまま涙をこぼした。


「そう…、良かったわね…。本当に、良かった…。あなたは、もう、我慢しなくていいのね、ああ、イリヤ…!」

「母さまもだよ! もうガマンしなくたっていいんだ! ほら、母さまもなかまに入れてくれるよ。だから泣かないで母さま」


 イリヤの言葉にますますミリナは泣き、顔を覆って首を横に振る。そんな彼女にイーリアが駆け寄る。


「ミリナ、なぜ泣く。ミリナはもう私達の家族だ。私に可愛い孫を見せてくれた、大切な義娘だ。例えお前がこの先どのような選択をしようともその事実は一生変わる事はない。だから今だけは私達を頼ってくれ。どうか、愚かな息子のした事の償いをさせてくれ」


 イーリアはミリナの肩をさするように抱いた。


「いいえ、お義母様。夫の堕落を止められなかったのは妻の責任ですわ。もっと、もっと恐れずに彼に向き合うべきでした。何もかも、私の心が弱く何も言い返せないのがいけないのです。マヨ様のように、夫と対等に向き合う強さを持てなかった。そのせいで一族の血を引く大切なこの子にさえ不憫な思いをさせました。妻としても母親としても、サカシータ家に嫁ぐ者として力不足だったとしか」

「ミリナに悪い点などあるものか。かけがえのない妻子を尊重できなかった息子が悪い。息子と、その息子を育てた私達を責めろ」


 イーリアの真摯な言葉は届かず、ミリナは繰り返し首を振るばかりだ。


「いいだろうか、義姉上」

 ザッシュがそろりと挙手する。ミリナは少しだけ顔を持ち上げた。


「その、だな、このイリヤは力を持ちつつも、こんなにもまともに育っているではないか。親やおれが面倒を見た双子は全くまともに育たなかったぞ。あなたの子育ては偉業という他ない。力不足などであるものか」

「シュウ兄様、僕達双子がまともでない事は否定しませんが、別に今貶さなくともよいのでは…?」

 双子の片割れがさりげなく抗議する。

「それくらいイリヤはきちんと育てられていると言いたいのだ。義姉上に訊きたい。この子が桁外れな膂力をこの歳でこれ程までに制御できるようになったのは何故だ。一朝一夕にできるものではあるまい」


 急に子育て論を求められ、ミリナは涙顔のままきょとんとした後、少しだけ考えてから口を開いた。


「そ、それは、まずサンド様がよく屋敷に侵入…いえ、訪れてくださって、この子を連れ出して稽古をつけてくださったのが一つと」

「サンドが…。あいつ、子供の面倒など見られたのだな」


 ザッシュがしかめっ面になる。そういえば、ザッシュとサンドは腹違いで同い年の兄弟だが、性格が合わずしょっちゅう喧嘩していたとイーリアから聞いている。


「シュウおじさま! サンドおじさまはおもしろいんです! いつも変なお面をつけて窓から入ってくるんだ! 父さまには会いたくないからって!」

「ははっ、あいつのふざけ癖は健在だな。お前が楽しめていたのならいいのだ、イリヤ」


 ザッシュは再びイリヤを肩に乗せる。イリヤは嬉しそうにはしゃいだ声を出した。


「それから、マヨ様の勧めでこの子に手芸や工作をさせました。あとは部屋の中に投擲の的を用意し、柔らかいものを投げさせて鍛錬を積ませたり、敢えて室内で剣を持たせ、調度品を壊さないように振らせたり…」


 ザコルも興味深そうに相槌を打つ。


「なるほど、屋内で鍛錬を積んだのはいいアイデアですね。その後の生活もうまくいきそうだ。僕などよく力加減を間違って机や寝台を真っ二つにしたり、振り向いた拍子に家具を吹っ飛ばしたりしていましたから…」

「ああ。お前の寝台は用意しても用意しても塵にするからと、結局床に直に藁を敷いてその上に寝具を乗せていた。ザコル以外の子も同じようなものだったがな…」


 イーリアおかあさまが少々遠い目をしながら子育てを振り返る。…サカシータっ子の育児って本当に大変なんだな…。


「先生、僕もベッドをこわしたよ! ほかにもたくさん。そうするとね、ぼっちゃまはケモノと同じだからオリのお部屋に入りなさいとメイド長が言うんだ。父さまもそうお命じになりましたからって、大人しく入らないとかわりに母さまをオリに入れてしまいますよって。だから、僕はオリでしずかにしていないといけないの」

「ああ、イリヤ…」


 ミリナが思い詰めたような顔でイリヤを見る。イリヤが愕然としたように「檻だと…?」と呟いた。


 キュー…。ガウ。ミイー…。キューイ………

 ミリナに呼応するように、ミリューを始めとした魔獣達が悲しげな声を出した。


「ごめんなさいイリヤ、本当にごめんなさい。私のせいで、あなたにたくさん我慢をさせました。何もかも、この母が弱いせいで…! もはやこれ以上、この子の足枷になるわけには参りません。ですからこの子はサカシータ家にお返しし、私はどこか」


 キュルルー、キュルキュル、キュキュッ。キュー、キュキュキュ、キュルウ!


「えっ、は!?」

 突然ミリューが爆弾発言を始めたので私は思わず声を出してしまった。ミリナもハッとして言葉を切る。


 キュルキュルウ、キュキュー。キュキュー、キュキュ!


「ちょっ、待ってミリュー、それ私が訳すの…!? だから私は人間だって何度も…ええー…」


 キュルウキュー、キュルルウ。キューキュキューキュー!! キュキュー…………


「そんな…」

「ミカ、ミリューは何と言っているんです」


 ザコルが私の肩を叩く。皆の注目も集まってしまった。私は頭の中で彼女から聞いた話を整理しながら、重たい口を開く。


「…えっと、ミリューはミリナ様の行く先についていくと言っています。ミリナ様を守るために」

「はっ!?」

 慌てたのはミリナだ。涙もそのままにミリューに駆け寄る。

「何を言い出すのミリュー!! あなたはザコル様に従うためにここへ来たのでしょう!? 私の事は心配いらないわ、一人で何とでも…」


 キュキュ!

 ミリューが私に続きを言うよう急かしてくる。はいはい。


「…ですから、新しいご主人様がいるからミリナ様達を連れてここへ戻ってきたんだそうです。ご主人様とはザコルの事だと思うんですが、イアン様より若くて強くて優しいので、ミリナ様の新しい主人、というか、伴侶に丁度いいと…」


『はあ!?』

 ミリナとザコルが同時に叫ぶ。


「ぶはっ、ミリューてめえ、この駄犬を奥方に充てがうつもりか!? よりによってこの駄犬を!?」

「お前は黙ってろコマ!!」


 コマが腹を抱えてゲラゲラと笑い転げ、ザコルが飛礫を投げつける。その他はどんな反応をしたものかと顔を見合わせている。イリヤは「はんりょってなに?」とザッシュに訊いている。ザッシュは「護衛の一種だ」と適当な事を言っている。


「な、ななななな何を言っているのミリュー!? 私はザコル様よりずっと年上よ!? それに彼にはミカ様というお方が」


「ミリナ様。ミリューは私の事を、ザコルに付き従う魔獣の一匹だとまだ思っているようで。だから私も当然のようにミリナ様の配下に加わるものと考えているようです。…えっと、ミリナ様はどちらに向かわれるおつもりです? ちょっと大所帯になるので、場所の選定が難しいかと思うんですが」


「場所の選定!? ミカ様、私の配下になどとまさか本気でおっしゃっているんですか!?」


「この場では実質、ミリューが最強でしょう。そのミリューを従えるミリナ様はさらに上のお立場という事になりますので、ご意向は無視できません」


 ぶふっ、と小さく吹き出した声がする。エビーが何かに耐えきれなくなったらしい。


「母さま、すごい…! ミリューはこの魔獣たちのリーダーでしょ!? 母さまはもっとつよいってこと!? ぜんぜんよわくないってこと!?」


 イリヤの言葉につられ、その場にいた人間全員が放牧場でのんびりしている魔獣達に目をやる。その数、二十匹強。


 ミリューとザコルを戦わせたらザコルが勝つかもしれないが、あの魔獣達がミリューに加勢したらいくらザコルでも分が悪かろう。そうなるとやはり、この場では実質ミリューが最強だ。


「うーん、まあ、場所は何とでもなりそうですね。この数なら、ミリナ様の采配次第でオースト国全土でも更地にできそうですし」

「全土を更地に!? 私の采配で!? 何がどうなってそんな事に!?」


 ミリナが頭を抱えて悲鳴を上げる。今度はザコルがミリューに駆け寄る。


「ミリュー! 僕の意向は無視ですか!! 僕はミカ以外の」

 キューッキュ!!

 プイッ。

「…ミリュー?」


「えっと、ザコルの意見は聞いてないらしいです」

「何故!? 僕だって仲間じゃないんですか!? いや、僕はミリューにとって一体何なんですか!?」

「ミリナ様への供物かと」

「供物!?」


 ザッシュがイリヤを肩に乗せたまま私の側に立った。


「あー、おれとおれの配下である特殊部隊『穴熊』は、当分の間ミカ殿の手駒になるよう命じられている。ミカ殿が義姉上の配下に加わるのならば、おれ達もそれに倣う他あるまい。ザコルを伴侶にするのは正直おすすめできないが…」

「ザッシュ様まで何をおっしゃるの!? ご冗談でしょう!?」


 エビーとタイタとサゴシも私の元にやってくる。


「俺ら、テイラー伯セオドア様から直々に命をうけた氷姫護衛隊なんで。ミカさんがそちらのご夫人について行くってんならまあ、俺らもついて行くしかないす…ね…っ、ぶふぉっ、供物…っ」

「笑うなエビー!! 僕は誰の供物にもならない!! こっちを向けミリュー!! 僕はミカがいいんだ!! ミカでなくては伴侶など要らない!!」


 今の台詞でタイタがゴフッと何かを吐いて膝から崩れ落ち、サゴシがオロオロしている。

 あっちの方でもザコルの熱烈な台詞にもんどり打ってる同志達がいるが、今回は心頭滅却にてスルーさせていただく。


「どうどう、ザコル。ミリナ様、供物を受け入れるかどうかはともかくとして、この場にはあなた以上に影響力というか発言権を持った方はいらっしゃいません。どうか我々にご意向をお聞かせください」


 イーリアに目配せすると、ふむ、と納得したように頷いた。


「そうだな、どうやら酷い思い違いをしていたようだ。我々を頼れなどと思い上がりも甚だしい発言を詫びよう、ミリナ、いや、ミリナ殿。どうか我が領を滞在先の候補に加えていただけないだろうか。あなたとそのご子息、そしてミリューを始めとした魔獣一団をもてなしたい。ぜひともご一考お願い申し上げる」

「やややややめてくださいませお義母様! ミカ様も! 皆々様も! やめてやめて一斉に跪かないで!! どうしてこんな事に!?」


 …うん、皆に頭下げられてテンパってる自分を見ている気になってきた。非常に気の毒だがあと一押しだ。


「どうしてとは…。イアン様に代わり、王宮で彼ら魔獣達の世話を一手に引き受けてきたのはミリナ様なのでしょう。その長年の功績には敬意を払って然るべきです」

「えっ」


 ミリナが驚いたように目を見開く。どうして王宮での事なんかを私が知っているのか、という顔だ。どうしても何も、魔獣達がおしゃべりなのでどうしても耳に入ってくるだけだ。


「それは本当か、ミカ」

「ええ、イーリア様。先程から彼らは一様にミリナ様の事をママとか母さんなどと呼んで慕っているようですし、のんびりしているようで私達を監視しています。私達がミリナ様とミリナ様の子に危害を加えないか心配しているんでしょうね。ミリューを始め、元々イアン様ではなく、ミリナ様にこそ忠誠を誓っていた子ばかりのようで」


「そんな……っ」

 キュキュー、キュルル、キュルウ…

 ミリューが補足を交えて語り始める。私はカバンの中から適当な紙と鉛筆を取り出し、メモを取りながら彼女の言葉を訳していった。


「…ミリュー、彼女は、召喚時は幼体で、体も小さく力も弱かったそうですね。そんなか弱いミリューにさえ、イアン様は服従させるための暴力を振るった。そして世話は、当時王宮仕事の補佐として連れてきていた妻に丸投げした。ミリナ様はそんな夫に代わり、弱ったミリューを手当てし、名をつけ、寝床と食べ物、そして自身の魔力を分け与え、それはもう献身的に世話をしてくれたんだそうです。幼体だった彼女をここまでに育て上げたのは、他ならぬミリナ様なのだとミリューは言っています」


 ミリューの言葉は単語の羅列に近く、文章の形式に則っていない。だがこちらの言う事は正確に理解している。訳はこれで合っているかとミリューを見上げれば、彼女は満足そうに「キュッ!」と鳴いた。


「あのミカ様、私、確かにミリューの世話はしておりましたが、魔力を分け与えていたような覚えは…。魔法士でもありませんし」

「あ、魔力はミリューが勝手に食べていたそうです。魔法士でなくとも人は一定の魔力を有するものだと専門家の方にも聞いています。ミリューの一族の幼体は、親の魔力を乳のように摂取して育つんだそうですよ。まさしくミリナ様はミリューの親代わりだったわけですね。他の魔獣達もミリナ様には少なからず恩義があると主張しています」


 私が目線を向けると、魔獣達が一斉に声を上げた。そうだそうだ、ミリナ母さんは僕らの家族だ、とかそんな事を言っている。


「そんな、あなた達まで…。ああ、もしかして不安に思っているのね? 大丈夫よ、この地の方々はきちんと世話してくださるわ。元々ただの素人だった私なんていなくとも」


 ミリナがそうこぼせば、魔獣達は否定するようにより一層騒ぎ始めた。ミリナは慌てて彼らを宥め始める。


「全くあの愚息めが…! ミリナを王宮に出仕させていたとは聞いていないぞ! 自分の仕事を妻に肩代わりさせていたとは。あいつ自身は一体何をしていたというのだ!! ザコル! お前は知っていたのか!?」

「…義姉上が王宮で魔獣の世話をしていたとは知りませんでした。イアン兄様は……噂に聞いた限りではあちこちのパーティや集まりに出席していたようです。毎度、義姉上以外の女性を連れて…」

「はああ!? 何故その場で拘束しない!!」

「ちょっ、僕に掴みかからないでください義母上! 僕は噂でしか知りませんから! サンド兄様にでも聞いてください!」

「義母上、ザコルに聞いても無駄だ。先日聞いた話によれば、こいつも本来イアン兄が出るはずの戦にまで駆り出されていたそうじゃないか。義姉上もザコルもあの兄の被害者だ」


 おかあさまから理不尽に絡まれる八男を四男が助け出す。


「…えーと、ミリューは見ての通り大きく強く育ったようですから、召喚時には見向きもしなかったイアン様も彼女を利用するようになりました。パーティで見せ物にされたりとか。まあ、ミリューも思う事はあったようですが、イアン様がミリナ様の伴侶であったからこそ『主人』として指示に従っていたようです。先日、より条件のいい『主人』を見つけたからって見限られてしまいましたが…」


 ちら、ザコルの方を見ると眉間に皺を寄せていた。ムスくれている。私がこの話題を口にするのが気にいらないんだろう。


「ミカ様、どうかミリューに話をさせてくださいませ! 通訳はなくとも構いませんので…!」

「はい、もちろんです」


 ミリナは目に幾分か光を宿し、キッと顔を上げた。


「ミリュー、あなたの気持ちは嬉しいわ。ザコル様はもちろん素晴らしい方よ。でも、彼には、ほら、心に決めた方がおられるわ。私、横恋慕の趣味はないのよ」


 キュキュー…。

 残念だ、本当にいらないのかって言ってる。


「ふふ、残念、って言いたいのね。あなたとは娘同然の付き合いだもの、言葉は解らなくとも気持ちくらいは察せるのよ。…あなたも、私を親代わりと思っていたくれたのね。本当に嬉しいわミリュー」


 キュウ。


「最近は王宮にも顔を出せなかったわね。寂しい思いをさせたかしら。何だかんだと理由をつけて屋敷に居させられていたのだけれど、それがイリヤを脅すためだとは気付けなかったのよ。イリヤは力は強くとも優しい子なのに。母親を人質にしてまで脅す必要なんて一つもないのに…っ」


 ミリナはザッシュの肩に乗るイリヤを見上げる。イリヤは「ひとじちってなに?」とザッシュに訊いている。ザッシュはイリヤの気を逸らすためか、高い高いを始めた。イリヤも大喜びだ。……ザッシュは軽く投げているつもりなんだろうが、イリヤの身体は地上四メートルくらいの高さまで飛んでいる。危ないな…。


「でもね、私がもっと毅然として使用人や護衛にまで舐められないでいたなら、夫にももっと本気で反抗していたなら、優しいイリヤに我慢などさせなくて済んだかもしれないわ。だから、これは私の戦いだったのよ。私が彼と向き合わなかったせいでイリヤにも、ミリュー達にさえも皺寄せがいってしまった。何もかも彼から逃げていた私が悪かったの。会いに行けなかった事で、あなたにまで心配をさせてしまったわ。本当にごめんなさい、ミリュー」


 キュキュー、キュウウ?

 なぜ謝るのかと聞いている。それは私も聞きたい。ミリナ達母子の状況は決してミリナのせいではない。虐げられている人は自分が悪いと思い込むって本当だったんだ…。

 あと、ミリューは会えなくて心配していたというより、ただミリナに新しい供物をあげたいだけだ。もはや母の日感覚である。微妙にすれ違っている気がするが、あまり私の主観で口を挟むのは良くない気もする。


「夫は私を愛していなかったと思うけれど、私が勝手な行動をしたり、反抗するのは嫌った。これ以上嫌われては、余計にイリヤの状況を悪くすると思い込んでいたの。どこかでまだ、イリヤの父親として期待する気持ちがあったのかもしれないわ。イリヤが教養と自制心を持って振る舞えるようになれば、夫も素晴らしい息子を持ったと、大事にしてくれるだろうって、私……」


 キュキュウ! キュルルウ! キュウキュウキュウ!!

「ミリュー?」

 何かを捲し立てるミリューに、ミリナが首をかしげる。


「…えっと、申し訳ありませんが口を挟ませていただきます。要約すると、妻も息子も支配し利用する事しか考えてないような輩は捨ててしまえとか言ってます。非常に同感です。でも、だからといってザコルを供物にはさせないよ? ミリュー」


 私がザコルの左腕をキュッと抱くと、ミリナは私ではなくザコルの方を見てクスッと笑った。

 あ、これは多分、自然な笑顔だ。…良かった、少しは気持ちがほぐれてきたのかもしれない。


「ザコル様ったら、そんなお顔もなさるのね。婚儀でお会いした時は、表情は一つも動かずまさしくお人形のようでしたのに」

「…義姉上は、僕の王都での姿を見た事くらいあるでしょう。もうずっと人形ではありませんし、むしろ不審者同然だったはずですが?」


 もっさりヘアー、灰黒の謎服、ザコルお気に入りの不審者コーデだ。

 シシによればその格好のまま王宮をも出入りしていたらしいので、かなり多くの人間に目撃されていたはずだ。


「ええ、遠目にお見かけするのみでしたが、いつも同じ格好で歩いておられましたよね。でも、あの格好は若い時分の美貌を隠すためだったのでしょう。サンド様もよくザコル様が昼夜構わず襲われているって心配なさっていましたもの。自衛のためには仕方ないと私は思っておりました。そんなザコル様が髪を切られてスッキリとした服装でいらしたから、先程は別人かと驚いたのです。流石に今はあの線の細い美少年ではなくなったとはいえ、長年の在り方を変えるのは勇気のいる事だったでしょう。私はこの通り小心者ですから、尊敬いたしますわ」


 私は感動した。なんてよく解ってくださる義姉様だろう。この人はザコルの数少ない理解者の一人だったのだ。

 だからこそミリューもこの二人をくっつけたがるのかもしれない。あげないけど。


 ザコルはちら、と私の方を見てコホンと咳払いした。


「僕にはもう筋肉とミカがあるからいいんです。それから、あの灰黒の作業服でも妙な趣味のファンが湧いていたようなので、もはや格好は関係ないかとも思っています」

「モテる男は言う事が違うぜ」

「うるさいエビー」

 雪玉が飛ぶ。

「ちょっと、妙な趣味とは何ですか。もっさりしたザコルもちゃんと素敵でしたよ。たまには灰黒の謎服も着てくださいね。同志達と、私へのご褒美で」

「う、うるさい! さっきまで僕を供物扱いしていたくせに!! も、もう離れろ!」

 ぐいぐい、照れてる。可愛い。可愛いが過ぎる。


 キュキュー、キュー、キュキュウ。キュー、キュルル、キュルウ。

 魔獣、人間、繁殖、不可。ザコル、ミリナ、渡す。


「…ミリューはまた訳しづらい事を…。だからミリュー、私は魔獣じゃないから! 人間だからいーの! ふっ、増えるかどうかは分かんないけど!」

「増える…? ミカが?」

 ザコルが怪訝な顔になるが、ここで繁殖について説明するわけにもいかない。


「ふふふっ、ミリューったら。ミカ様はどう見たって私達と同じ人間でしょう。ミリュー、このお二人に会わせてくれてありがとう。私ね、このお二人が大好きになったわ。だからこそ、お二人にはいつまでも仲良しでいていただきたいの。伴侶でなくとも、お知り合いになれただけで充分嬉しいわ」


 キュウー…キュキュ。

 あまり納得していなさそうだが、とりあえずミリナが喜んでいるようなので諦める、と言っている。


「…何かすみませんミリナ様。まあ、この話さておき、ミリナ様が魔獣達から一手に慕われ、言わば従えてしまっている事実は変わりません。ミリナ様がここを去るとなれば民族大移動の大騒ぎです。なのでやはりご意向は聞いておきたいのですが」

「そんな…。わ、私……そう、ただ世話好きなだけなんですよ! 大体、可愛くて真っ直ぐな彼らに癒されていたのは私の方ですから。面倒を見るのはちっとも苦じゃなくて、いっそお節介を押し付けていた程で…。それで多少の恩を感じてもらえてはいるのかもしれませんが、彼らを納得させるような武力はとても持ち合わせておりません。全く、従えているなどとは」


 まごまごとするミリナ。自分が魔獣達の母としてトップに君臨しているという事実は未だに信じられないらしい。

 私のようなラノベ脳からすると『虐げられた世話係は魔獣達に愛されて無双します』みたいなタイトルしか思い浮かばないまであるのだが。今のミリナなら本気で国中を蹂躙できそうなので、ぜひとも自信を持ってもらいたい。


「ふむ。召喚時に拳で語り合うなどという伝統のせいで誤解が広まっているが、魔獣が人に付き従う理由は決して腕っぷしだけではないぞ。それは私達年長者は経験則から知っている。彼らは深い愛をも持ち合わせる。…だからこそ、王都へ召し上げられる際には思い切り反抗してくれたのだ。我々と彼らの間には確かな愛があった。一方的にこちらへ喚び、気持ちを弄んだ我々には、本来語る資格のない愛だがな」


 イーリアは寂しそうに目を伏せる。そしてミリナに対して騎士風の礼で頭を下げた。


「改めてお願い申し上げる。愛と勤勉の魔獣使い、ミリナ殿。どうか我が領に滞在してくれないか。私達に機会をくれ。あなたにもう一度信頼してもらえるよう努力したいのだ。もちろんイアンの事は見放して構わないが、幼いイリヤと母親を引き離す事だけはしたくないし、私も可愛い義娘に未練がある。貴殿の察する通り、我が領には魔獣への対応を心得た者も多いぞ。どうだ、魔獣使い殿」


 ミリナがキュッと唇を引き結ぶ。


「…もったいない、お言葉ですわお義母様…。私、本当にここにいさせていただいていいのでしょうか」

「もちろんいいに決まっているだろう。領をあげての歓待に相応しい客人であり、大切な家族だ。よく帰ってきたな、ミリナ」


 ミリナが再び泣き出し、イーリアがそれを抱きしめる。

 誰かがパチパチと手を叩き始めると、拍手は次第に大きくなっていった。



つづく

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