魔獣使い① 雪合戦、やってみる?
それから二週間、色々な事があった。
まず、ザッシュが部下の『穴熊』達を引き連れてシータイに移動してきた。
アメリアの挙動不審っぷりったらなかったが、ザッシュはそんなアメリアを見て大らかに笑っていた。完全にアメリアを小動物認定しているような気もするが、これもまた『女見知り』の克服に向けた大いなる一歩だと思いたい。
テイラー領からは支援物資第二弾、大量の小麦を積んだキャラバンが到着した。
同行してきた使者は『王都近郊の情勢が安定しないため、長子アメリアは渡り人ミカと共にサカシータ領に留まるよう』とセオドア直筆のお達しを持参していた。その旨は速やかにサカシータ子爵邸へも届けられた。
荷物の中には私に用意された冬物服も詰め込まれており、お体に気をつけてというホノルからの手紙も出てきた。その晩は、使者や御者達を労って歓迎の宴が催された。
シータイからカリュー、そして子爵邸のある領都を巡業していた山犬夫妻もシータイに戻ってきて、気を利かせた隣町パズータの人々が酒を持ち込み、またしてもドンチャン騒ぎとなった。
今度は私もワインを三杯まで飲ませてもらって、エビーやピッタと一緒になって謎踊りをした。ザコルとアメリアも踊りましょうと手を取ったら、二人とも赤くなりながらも付き合ってくれた。うちの彼氏と妹が最強かわいい。
ザッシュとハコネはそんな私達の様子をまるでハムスターの群れでも見るかのような目で眺めていたが、直後に呑んだくれた山犬に絡まれてワインを浴びるほど飲まされていた。
サモンは以前の失言を謝りたいと山犬に酌を申し出ていたが、そんなもんは忘れた! という山犬から逆にジョッキを押し付けられ、ドボドボとワインを注がれ、あわや一気飲みさせられそうになったところをザコルに止められていた。彼の口からは「何だこの既視感は…」という呟きが聴こえた。
ちなみにタイタはマネジに連れ去られて延々とクダを巻かれていた。
マネジはここ数日カリューで絵師達の面倒を見て、上がったスケッチを印刷屋の同志に出したり、刷り上がったチラシを全国に配布する算段をつけたりと忙しくしていたらしい。マネジは、タイタはこの件の言い出しっぺのくせに一人で私達の日常パートとやらを独占鑑賞していたんだろうと恨み節をカマしていた。
宴会の翌日、エビーは町長屋敷の厨房を借りてアップルパイを五台も焼き、振る舞った要人や林檎農家の人々からもれなくお褒めの言葉をもらった。
そして、内緒すよ、と言ってザコルには幻の六台目をホール丸ごと献上していた。ザコルの語彙が『おいしい』以外消滅したのは言うまでもない。
実際、今までに食べたアップルパイは何だったんだろうと思うくらい、段違いの美味しさだった。
林檎ジャムの方も追加でもう五百瓶を作り、テイラー領からの麦と共にカリューに運んでもらった。
今年の収穫はほぼほぼ終わり、これ以上傷物林檎が手に入る見込みも無くなったのでジャム作りもこれにて終了だ。
シータイでは現在、空前の編み物ブームが訪れ、靴下やマフラーに挑戦する男性が町のあちこちで見られるようになった。
彼らの間では、どこどこのばーさんが伝説の編み師でなどという会話が日常的にされるようになり、集会所や町長屋敷で開かれる編み物クラブは男女問わず人気の催しとなった。
もちろん、カリューから避難中の子供や赤子はみんなモコモコ実装済みだ。帽子にマフラーに手袋、靴下にベスト、お出かけ用のケープまで全員に行き渡った。
避難民全員分のマフラーを編みきったザコルは、編み物上級者のユーカと侍女のハイナからあらゆる編み方を仕込まれ、編み棒とかぎ針の両方を完璧に操れるようになった。
そんな彼の一番新しい作品は、熟練の職人が数ヶ月単位で魂を注ぎ込んだかと見紛うような精緻なレース編みのウールストール。ドレスの上に羽織っても見劣りしない見事な一品に仕上がった。どんだけだよ。
アメリアとタイタは何とかマフラーを一本完成させ、次はかぎ針編みで小さなモチーフを作る練習をしている。
彼らは育ちのレベルが近いせいか、隣で編み物をしていると意外に会話が弾んでいたりする。いつの間にかザコルと私にダンスを教えようという話になっていて、朝の鍛錬の後に小一時間のダンスレッスンが組み込まれるようになった。
そのレッスン会場が集会所なものだから毎回野次馬の数が凄い。もちろん皆勤賞な同志達は、毎回何故か天井に貼りついて観ている。小一時間も貼りつき続けているのは筋力的な意味で本当に凄いと思う。
そんな同志達はさておき、楽器のできる町民が交代で伴奏を務めてくれるのもあって、毎回ちょっとしたコンサートかというくらい盛り上がっている。
拙いダンスを披露する身としては公開処刑イベントでもあるのだが、避難民達からも『気持ちが上向く』と好評で、そんな彼らの手前ザコルもサボれなくなった。図らずもいい感じの慰問イベントになってよかったと思う。
慰問と言えば、竹で作られた入浴小屋ももちろん毎日営業している。
残り湯を利用できる洗濯スペースもメイド達に好評だ。朝方、鍛錬に行く前に軽く温め直しをしてやるのが私のルーチンに加わった。しないでいいと言われてもするのが私である。
前に一度話が出た薪ボイラーに関しては、ザッシュとその部下『穴熊』達が四苦八苦して開発中である。うまくいったらカリューの方でも導入するそうだ。
ちなみに、私達がどうしてまだシータイでのんびり過ごしているのかについてだが。
以前、マージが言ったように、猟犬と氷姫という最大の脅威と餌が領への入り口で留まっている事により、私達を狙う曲者は良くも悪くもこの町より奥に進めないらしい。その方が防衛上都合がいいというのなら、無理して移動する事もないかとずっとご厄介になっている状況だ。
正直、私もここまで長期間の滞在になるとは思っていなかった。
本来ならば一番に挨拶をすべきサカシータ子爵オーレンはまだアカイシの国境から戻っておらず、子爵夫人であるイーリアもまだまだカリューとシータイの復旧、曲者の掃討などのために奔走している状況だ。
子爵邸にいる第二夫人ザラミーアからは歓迎の意を示した手紙と、私達の世話をさせるための補充人員が送られてきた。ザラミーア自身、武闘派であるオーレンとイーリアに代わり普段からほぼ全ての執務を担っているようで、子爵邸を離れられる状況ではないとの事だった。
そりゃ、水害のフォローだけでも大変だろうに、こんなタイミングで伯爵家からの客が来ちゃうわ、その客と護衛が勝手に領外からどしどし支援を呼ぶわで彼女の仕事は増える一方だろう。
…会ったら謝り倒すくらいしかできる事がなくて本当に申し訳ない。
ここを動かない、いや動けない理由は他にもある。一応危険人物であるイアンとザハリはシータイの町長屋敷の地下牢に収容中なので、万が一逃走などした時に二人を確実に制圧できるザコルが屋敷に屯留している意義は高い。
また、ザハリに関しては深緑の猟犬ファンの集いから洗脳班が引き取りにくるという予定もあるので、手配した執行人ことタイタはここで待たないといけない。
恩のある深緑の猟犬ファンの集いメンバー達へのファンサもあるし、従僕見習いに扮した王子も放置する訳にいかず、私と共にいるように言われたアメリアとその御一行もそのままだ。
そんなわけで、領境の小さな町に訳ありVIPが集結するというシュールな状況は続いていた。
◇ ◇ ◇
そんなこんなで、二週間が経った今朝。
私達はすっかり雪で覆われた放牧場を呆然と眺めている。
鍛錬に来ていた人々は関係者を残してほとんどを退避させた。私と共に立っているのは護衛三人とザッシュだ。
イーリアと側近は客人を出迎えており、モリヤとマージは離れたところで衛士と共に控えている。アメリアは念の為町の中に退避してもらった。同志とサゴシは多分藪の中にいる。
「やべえな。冗談みたいな光景って、一体何度目のセリフなんだか」
「ああ…。この領に来てから毎日が冗談のようだ」
エビーとタイタがそんなセリフをずっと繰り返している。
「うーん、この光景には正直ワクワクもしているんですが、あと二ヶ月くらい平和やってたかった気もします」
「同感です」
「おれも同感だが、彼らが無事でよかった」
「それはそうですね」
放牧場には、ミリューとコマの姿があった。が、それ以外にもたくさんの生き物があちこちで声を上げている。
その数、ざっと二十強。
大きさや形は様々だが、全て魔獣だ。飛べるタイプの者に乗れるだけ乗ってきたという感じで、王都にいたのはこの限りではないらしい。
そして、コマに支えられながらミリューから降りてきたのは、すらりとした長身の女性と小学生くらいに見える男の子だった。
「お義母様…!」
「久しいなミリナ! イリヤもよく来た。赤ん坊の時に会って以来だな。空の旅はどうだった」
「こんにちは、えっと、たかくてすごかったです…。あの…」
「私はイーリア。お前のおばあさまだ。ふふ、ミリナに似て利発そうに育っている。会えるのを楽しみにしていた。歓迎しよう」
あれがイアンの妻子か。
妻のミリナは深みのある茶髪に緑の目、女性としては長身のイーリアと並ぶ背の高さだ。イアンも長身なので、並べばモデルカップルのように絵になった事だろう。まあ、イアンが彼女の隣に並ぶ事が今後あるかは分からないが…。
イリヤは父方というかイーリアに似たらしく金髪碧眼で、将来はイケメン間違いなしの可愛らしい子だ。確か七歳だったか。
イーリアがこちらに視線を寄越す。ザッシュとザコルが目配せし合って歩き出し、私はザコルにくっついて歩き出す。エビーとタイタはその後ろをついてきた。
「義姉上。お久しぶりです」
ザッシュが代表で挨拶しているのだが、ミリナから大分離れたところに立っているため、私達はその中間あたりに立って一礼する。
「十年以上前の婚儀以来かと思いますので改めてご挨拶を。おれは四男のザッシュ。こちらは八男のザコル。それから、テイラー領から我が領に身を寄せられているミカ・ホッター様だ、です」
ここにも片言敬語の人が…。
「………………………………えっ、八男の、ザコル様…!?」
ミリナは、たっぷりタメた後にやっと声を上げた。そして礼を失したと思ったか、慌てて頭を下げた。
「も、申し訳ありません。ザッシュ様、ザコル様。お久しぶりでございます。それから、ミカ・ホッター様。初めまして、イアン・サカシータが妻、ミリナ・サカシータでございます。貴重なる渡り人様と聞き及んでおります。度重なる我が夫の非礼、夫に代わりましてお詫び申し上げます」
えっと、私が発言していいんだろうか。ザコルの方を向いたら頷かれた。
「初めまして、ミリナ様。地球という世界の、日本という国からこちらに喚ばれ、テイラー伯によって保護されましたミカ・ホッタと申します。イアン様の件はミリナ様に謝罪いただくようなことではございません。私は何もされておりませんし…」
どちらかと言えばザコルに謝ってほしい。
私の意を汲んだか、ザコルが一歩前に出る。
「義姉上。兄弟喧嘩のようなものですから。義姉上とイリヤはお気になさらず」
ザコルは七歳のイリヤの手前だからか、イアンの話を軽く切り上げた。
「寛大なお言葉、感謝申し上げます」
ミリナはますます深く頭を下げ、冷たい雪の上に跪いた。
「義姉上、そんなに丁重にしなくていいです。僕には様もいりませんし」
「あ、私もいらないです。ミカと気軽にお呼びいただければ。イリヤさんとも楽しく遊べたら嬉しいです」
「えっ」
イリヤが少し警戒したように一歩下がり、ミリナはさらに縮こまって手を組み合わせた。命乞いだろうか…。
「そ、そんな!! 私なんて既に没落した男爵家の三女に過ぎません!! 救国の英雄となられたザコル様や、渡り人様でもありこの領の恩人ともなられたホッター様におかれましては、軽々しくお口をきいていただけるような身分では」
「おー、姫。例の絵を持ってきてやったぞ」
「は!?」
コマの突然のぶっ込みにザコルが大きな声を出したのでミリナがビクッとする。
「あっちの藪にいるリュウに渡しといたからな。後で見とけよ」
そう言われてみれば同志達がいるらしい藪がザワザワと動いている。動揺を隠しきてれていない。どうやら本物だ。
「流石はコマさん!! 神すぎる!! それからおかえりなさい!! 今日も最ッ高にかわいいー!!」
「うるせえ。事実をいちいち叫ぶんじゃねえ」
キュルルー!
「ミリューもおかえり! たくさんお友達を連れてきたねえ、後で紹介してよ」
キュルキュル!
「そっかあ、よかったね、ミリナ様とイリヤくんが無事で。サンド様とマヨ様は来てないの?」
キュルウ…。
「そっか、そっか。色々あるんだね」
キュルキュル! キュルキュルー、キュルウウ!!
「あはは、大変だったんだねえ。うんうん、後でいっぱい話聞くよ」
「えっ、もしや、ミリューと会話を…!?」
遅れて状況を理解したらしいミリナが驚いて腰を浮かす。やっと目が合った。
「ミリナ様、改めましてミカです。私は元の世界では完全なる庶民の出ですから、あまり堅苦しくしないでくださった方がこちらとしても過ごしやすいです。それから翻訳能力が魔獣にも適用されるようで、少なくともこの子とは意思疎通できます。もし彼女と話したい事があれば通訳できますから、何なりとおっしゃってくださいね。で、ザコルは立ち直ってください」
「あれを見られるなんて…もう終わりだ…!」
orz、というアスキーアートそっくりの体勢で膝をつくザコルの姿に、ミリナは首を傾げた。
「………………あの絵ですか? よく描けていましたのに。あの絶世の美少年がドレスを着たらまさにあんな感じに…」
「義姉上は黙っていてください!!」
「ひっ」
ミリナが再びビクッとした。
「あ、義姉上、申し訳…」
ビクッとしたミリナ以上に青ざめたザコルの背をポンポンと撫でる。
「ちょっと、大声には気をつけてくださいよ。すいませんね、女装の姿絵はどうしても隠しておきたかったらしくて。あ、私は『あの絶世の美少年が』のあたりを詳しくお聞きしたいです。ぜひ後で」
「聞くんじゃない!! 一生忘れていてください!!」
「無理に決まってるじゃないですか。一生忘れませんよ。リュウせんせーい!!」
「まっ、待て!! 走るな…!」
雪に手をついているザコルを振り切って藪に突進する。
「ミ、ミミミカ様! どうぞ!!」
リュウから姿絵らしい額を受け取り、より速度を上げて放牧場を走り出す。雪は充分に積もってしっかり踏み固められてもいるので、走っても新雪の時程の危険はない。というか雪にはもう慣れた。
「は、はああああああ!? 何これ超可愛い…!! 何これ何これ何これー!!」
「姉貴!! 俺にも見せろ!!」
「俺にもお見せください!! 後生でございますからあ!!」
ほい、と並走してきたエビーに渡し、エビーも絵を見てうわあああと叫んだ後にタイタにパスする。タイタから叫びにならない叫びが聴こえたあたりで、私は二人とは違う方向に走り出す。
「ぐっ、くそっ、ミカアァァァ!!」
恐ろしい速さで追いついたザコルの腕をサッと避ける。もう少し時間稼ぎしておきたい。
あの絵と私、ザコルがどちらを先に追いかけるか賭けだったが、どうやら私の勝ちだ。二手に分かれてよかった。
「タイタ!! 見たらマネジさんに渡してえ!!」
「かしこまりましたあああ!!」
「タイタアアァァァ!!」
真後ろから魔王の咆哮が聴こえる。が、この程度の威嚇は私にもタイタにも同志達にもご褒美でしかない。
ザコルの腕を再びかわし、低身で雪をさらに踏み込む。
…しかし三秒後、私は呆気なく捕まった。ジタバタしたらガッチリ縦抱きでホールドされた。
「あー、捕まっちゃったー。仕方ない…」
「やめろ! 耳を食もうとするな!!」
よしよし、十秒くらいは稼げたか。そろそろ簡単に捕まらないくらいの距離に絵は運ばれただろう。
「はあ、何アレ超可愛かった…! 今も可愛いですけど!」
「やめろ、いーこいーこするな」
「ぶふぅっ、ザコルの口からいーこいーこって」
「うぐっ、ミカが何度もねだるから口調がうつったじゃないですか!」
くだらない事を言い合いながら元の場所に戻ると、イーリアがミリナに手を差し伸べて立たせている所だった。ザッシュは眉間を揉んでいる。
「お前達…。俺の前で鬱陶しい真似をするなとあれほど」
「だったらシュウ兄様も捕獲に協力してください。全く、自分を囮にするとは小賢しい真似を…」
そんな小賢しい私に一生転がされたいとか言っていた人はどこの誰だ。
息を切らしたエビーとタイタが戻ってくる。
「はあ、はあっ、その最終兵器相手に十秒も稼げるなんて、流石は姉貴だぜ」
びっ、親指を立てて労われる。
「はは、我々では追いつくのも必死になってきました。ミカ殿の成長速度こそまさに冗談の域ですね」
「お前達、覚えておけよ…!」
「ふは、そんな親切設計の殺気怖くねえしー……あべっ、雪投げてくんな!」
「うるさい、今日という今日こそ雪に埋めてやる。春まで出てくるな」
「俺も入れてください!!」
ザコルが私を放り出すように降ろし、ザコル対エビタイで雪合戦を始める。
魔獣達が何事かとガウガウ、ミイミイとそれぞれ鳴いている。ミリューが一声鳴くとふんふんと頷いて静かになった。なんて行儀のいい子達だろう。…私達の方がよっぽど野生動物っぽい気がする。
「ミカ、相変わらずの駿足だな」
「お褒めに預かり光栄ですイーリア様」
私とイーリアはそのまま笑い合った。おかあさまは今日も心が広い。
戸惑うミリナにも笑顔を向け、心なしかそわそわとしているイリヤには腰を落として声をかけた。
「雪合戦、やってみる?」
私がザコル達を指差すと、イリヤは彼らと私の顔と足元の雪とをせわしなく見比べた。
「この、ゆき? で、あのあそびを? で、でも、僕が入ったら…だれか、ケガをする…かも…」
「そ、そうですわ、ミカ様。この子は本当に力が強くて」
ミリナも怖々としながらも止めようとする。
イリヤの力が強すぎて悩みが尽きない、とミリナが手紙に綴っていたのはイーリアから聞いている。イリヤ本人も気にしているのだろう。誰かが怪我をすれば、傷つくのは相手だけでなく、この優しそうな子の心も傷ついてしまうのかも。だが。
「まあまあ、安心してください。ここにはつよーい大人しかいないですから。イリヤくん、遠慮はいらないよ。みんな君に一発でやられる程ヤワじゃないからね、思いっ切り投げておいで。さ、私の手袋貸すからどうぞ。ザコル! イリヤくんが加勢してくれますよー」
「来なさい。説明します」
「は、はい!」
有無を言わさぬドングリ先生…今は雪玉先生か? のもとに、イリヤが荷物を置いて駆け出す。
自分の力の強さを気にして尻込みしているようだが、ザコル自身には怯んでいないようだ。むしろ、あの碧眼に宿るのは『期待』だろうか。
ザコルは、少し大きい私の革手袋をモタモタとつけるイリヤを手伝ってやり、その手の平の上に雪玉を乗せた。
「こうして雪を軽く握って玉にし、相手に投げます。当てたら勝ち、それだけです。特にあの金髪は敵なので頭を狙ってください」
「俺だけ敵認定すんな馬鹿兄貴ぃー!」
エビーは悪態をつきつつも、よっしゃ来い! と構えた。その瞬間、
チュンッ
「…はへ……」
間一髪で直撃を免れたエビーの頬から耳にかけて、雪が線のようになってこびりついている。
イリヤから放たれた雪玉は、まるでライフルのように真っ直ぐ飛んで藪に突き刺さった。遠くでサゴシの悲鳴が聞こえた気がする。そういえばサゴシも金髪だったな…。
「素晴らしい。力もコントロールも抜群ですね。流石は我が一族の子だ」
「え、えと…。そんなことないです…。えっと、ザコル、おじさま…」
ぎこちなく目をそらすイリヤ。そんな照れた反応も可愛らしい。
「僕には丁寧にしなくていいですよ。この町の子供達は僕をザコルや猟犬やドングリ先生などと気軽に呼んでいます。君も好きに呼んでください」
「ドングリ先生、ってなんですか?」
「先日まではドングリを使って投擲の練習をさせていたので、その名残です。さあ、雪合戦の続きといきましょう。あの藪にも敵は多数潜んでいますし、あそこの毛糸の帽子を被ったクソコマという者も攻撃していいです」
「センスの欠片もねえ呼び名つけてんじゃねえぞ犬。そのガキは俺がもらう。お前を抜く最強の工作員に育てあげてやろう」
「やはり目をつけていたか。子供を拐かしたらサカシータ一族が地の果てまで追うぞ。…さあ、あの日の手合わせの続きだコマ。同志共、お前達も覚悟しろ」
ひょおお、と奇声がして藪からドーシャが生える。彼に続き、雪合戦に参加したい男達がどんどん湧いて出てくる。
「ちょっ、もう潜まないんですか!? 俺だけ置いていかないで…!」
サゴシまで出てきた。顔周りは雪まみれだ。どこかに絵を隠してきたらしいマネジも戻ってきた。
ちょいちょい、ザコルが手招きしてくれる。私も仲間に入っていいらしい。
「うげ、姐さんもそっちに入んのかよ」
「手加減したら承知しないよエビー!」
「はいはい、分かってますって」
エビーが手際よく雪玉を握り始める。
「い、いいのだろうか、あちらはザコル殿もいるとはいえ、三人で…」
「タイさん、さっきの玉見たっしょ。姐さんの身のこなしも。油断したらやられんのはこっちだ」
タイタも迷いを見せつつ雪玉を用意し始めた。
「ではおれはイリヤの組に加勢しよう」
ザッシュが悠々と歩いてきて私達の後ろにつく。
「おれの事も好きに呼べイリヤ」
「はい、ザッシュ、おじさま」
「あーっ、ザッシュの旦那までそっち行ったら勝ち目ねえだろがーっ」
「情けない事を言うな、エビー殿。何せこちらは半分が女子供だ。見てみろ、そちらは大の男が十三人にコマ殿もいるだろうが」
「うっ、確かに」
エビーが振り返れば、同志十人がやる気に満ちた顔で雪玉を大量生産している。サゴシも何となく流されて雪を集めて握っている。コマは同志達の作った雪玉を手先で弄んでいる。
ポン、とマネジがエビーの肩を叩く。
「エビー様、僕らもいますから。簡単には負けませんよ」
「マネジさあん…! 頼りになるう!!」
ゲシッ、とコマがエビーのブーツに蹴りを入れる。
「金髪てめえ足引っ張んなよ。助けは期待すんな」
「ってて、脛蹴んないでくださいよコマさん! 今日もめっちゃ可愛いすね!!」
「はん、当然だろがボケ」
マネジとコマは初対面のはずだが、今は目の前の戦いに集中するようだ。マネジの実力を知れば引き抜き魔のコマが間違いなく勧誘を始めるだろう。
「おひょおお、サカシータ一族のスリーショットと雪を交え合う!! 激レア中の激レアシチュですぞおお!!」
「もはやご褒美が多すぎて失神寸前だがここに立っている自分を褒めたい…!!」
「雪を真正面で受けたい気持ちが強すぎる…!!」
「ちょっ、わざと当たりに行くのはナシすからね!? 分かってんすか!?」
イーリアの側近達が慣れた様子で私達の間と周りにラインを引き、角に目印として剣をポールのように突き立てた。即席の雪合戦コートの出来上がりだ。
「雪に当たったら相手陣地の場外に出る、場外から敵に当てたら自分の陣地に戻れる。陣地に一人もいなくなったら負け、イリヤくんにはやりながら説明していきます。その時はタイムを出します。いいですね!」
おおー!!
と、元気な返事が返ってくる。実は雪合戦の公式ルールをよく知らなかったので、ドッチボールのルールを取り入れている。コートも真四角の陣地を二つ並べただけだ。まあ、分かりやすくていいだろう。
かくして、屈強なる男十三人と美少女っぽい人対、スーパーサカシータ人三人に私という不思議な組み合わせで、壮絶なる試合が幕を開けた。
つづく




