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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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平穏な午後② 推しの無料公開イベがあると聞きまして

すいません、ちょっと何十行かガッと抜けてるとこあったので修正しました。

具体的には「含みのある言い方ですね」の前のあたりです。

 町長屋敷に戻ると、カファとガットの父親、りんご箱職人の一人がそわそわと玄関で私達を待っていた。


 どうやら入浴小屋の調整が終わって完成し、さらには充分な水汲みも済んだらしい。

 庭に案内されていくと、わあーっと拍手で出迎えられた。



 ザーコール! ザーコール!

 と、久しぶりにザコルコールが庭全体に響き渡る。竹で作られた入浴小屋の壁が大扉のように開け放たれ、そこから入ったザコルが大樽を傾ける。ざばあ、と湯船に勢いよく水が入った。大歓声が上がった。


 せーいーじょ! せーいーじょ!

 聖女コールの中、私はその水に思い切り魔法をかける。ぼふん、と湯気が立つとまた大歓声だ。


 さらに二杯、ザコルが大樽を傾けるごとに大歓声。

 水路と掛け湯の加熱もやって大歓声。

 りんご箱職人達が作った風呂蓋で湯船がピッタリと閉じられると、その精度にもまたまた大歓声。


 それを女湯の方でももう一度やった。



「三日ぶりの風呂だああ!」

 今日の一番風呂を譲られた怪我人達が庭に駆けていく。もはや怪我人と言っていいのかも分からないが、元気なのはいい事だ。

 外で並ぶのは寒いからという事で、屋敷の廊下に長い列ができた。



 私達は食堂に案内されて昼食を出されている。少々おやつを食べすぎたせいでお腹はあまり減っていないが、食べられる時に食べておくべきという、元暗部エースのありがたいお言葉に従っておく事にした。


「ミカさん、一番風呂はよかったんすか」

「うん、昨日もアメリアのついでに入らせてもらってるから。今日は君達も順番に入ってね」

「へへ、いつもありがとな、姐さん」

「こうも頻繁に湯に浸かれるなど、ミカ殿のお力なくてはあり得ません。我々にまでお気遣いいただき、ありがとうございます」


 大袈裟だねえ、と笑っていると、いち早く食べ終わったザコルがさっと編み棒と毛糸を取り出した。昨日荷物から消えていた編み物グッズは食堂で保管されていたらしい。


「あれ、毛糸が、増えてる…!?」

 よく見れば元の大袋がパンパンになっているだけでなく、他にも袋が増えている。

「そのようですね、後で誰が持ってきたか聞いておきましょう」

 そう言うと、ザコルは手早く編み棒に毛糸を巻き付け、シャカシャカと物凄いスピードで編み始めた。


 私もささっと残りを口に詰め込むと、手をゆすいで昨日の続きを始める。

 子供向けの靴下は、洗い換えも含め一人二足以上は作ってやりたい。もし材料が充分に手に入るならベストなんかも作ってやれるといい。体温調節に脱ぎ着のしやすいものが喜ばれるはずだ。


「二人とも作業速すぎてどうかしてるわ…」

「ああ。あの境地に至るのはどれだけの研鑽がいるだろう」

 エビーとタイタも自分のやりかけを手に取った。二日経ってしまったのでやり方をもう一度説明してやる。


 しばし無言で編んでいたら、下膳に来たユキが思わずといった様子で私達の作業を覗き込んだ。

「は、速い…!」

 主にザコルの手元から目を離せなくなっている。

「ちょっとびっくりでしょ、暇な人は誰でも見学に来ていいって伝えといて」

「は、はい、承知いたしました」


 ユキは慌てて出て行って、すぐに若い使用人仲間を連れて戻ってきた。ペータの愕然としたような顔には皆で笑った。


 その後、ベテランの使用人達や料理長に庭師、風呂目当てで来た人々まで入れ替わり立ち替わりやって来て、編み物マシンと化した最終兵器を見物していった。マージが影のように来て去っていったのも今回は見逃さなかった。


「ミカ様がザコル様や騎士に編み物させてるって噂は本当だったんか…」

「二時間でマフラー五本って、噂についた尾鰭じゃなかったのねえ」

「こんな勢いで編まれていくの見るのはちょっと爽快っつうか、気持ちがいいな」

「一体どうなってんだい、冗談みたいな速さだよ」


 どよどよどよ。


「なあ、もっと毛糸がいるんじゃねえのか。こんなんじゃすぐなくなっちまう」

「亡くなった爺さんのセーターとか、全部ほどいちまったらいいだろう」

「それ、あんたが大事に取っとくって言ったんじゃないのさ。調子がいいねえ」

「でもさ、それくらいしないと間に合わないかもしれないよ。新しく紡ぐより速いもの。どうするんだい」


 どよどよどよ。



 一応、私達は避難民の防寒具を作る目的で編み物をしているのだが、見物人の方はただザコルに編み物をさせたいだけみたいな空気になってきた。

 そこにぞろぞろと現れたのは、ザコルお手製マフラーをしたドーシャとセージ率いる同志団体様だ。そういえば今日は朝からマネジがいない。何か用事でもあったんだろうか。


「推しの無料公開イベがあると聞きまして」


 無料公開イベ…。いつだって無料公開だと思うし勝手に覗…いや見守っているだろうというツッコミは野暮だ。


「しかしどうしても推しに課金したい我らはこれを持参いたしました」


 どさ、どさ、どさ。彼らは背負ってきた大きな布袋をテーブルに乗せる。

 中からは大量の毛糸玉がこぼれ落ちた。


「わあ、色んな色がある! どうしたんですか、これ」

「それぞれの部下を走らせ、パズータやチッカで買い付けて参りました」

「えっ、朝の鍛錬後から今の間に!?」

「いえ、昨日のうちにですぞ! ピッタ達から一昨日の編み物イベの話は聞き及んでおりましたからな!」


 元々本業で手芸用品を扱っているアロマ商会はともかく、他の商会の多くは毛糸など管轄外だろう。走らされた部下の面々には同情を禁じ得ない。


「もう、お兄達はほんとに…。私達を置いて行かないでよ」

 同志御一行の後から同志村女子達も袋を背負ってやってきた。


「わあ、ピッタ達まで。大丈夫なの、そんなに毛糸を…。お金は払うからちゃんと言ってよ」

「ご心配要りませんよミカ様。全部が全部持ち出しってわけじゃありませんから。編み上がった既製品を買い付けるよりも、毛糸の方が断然安く済むんです。避難民の皆様の中には自分でも何かできる事をしたいという方もお見えですし、ご自分達の分だけでも編んでいただいてはどうかと考えまして。町長様のご許可もいただきました」


 という事は、毛糸も支援物資として調達し始めたという事だ。それならばと胸を撫で下ろす。これ以上、一部の個人に負担してもらったのでは格好がつかない。


 私が編んでいた靴下は今五足目が出来上がったところだ。新しい毛糸玉を取ろうとして手をかけたら、同じように毛糸を取ろうとした人と手がぶつかる。昨日の朝、声をかけてくれた年配女性だった。


「ミカ様、あたしも編んでいいかい。子供の靴下だろう。あの子達、いつまでも寒そうだものね」

「えっ、いいんですか、ありがとうございます! ていうか毛糸代受け取ってくださいよ!!」

「いやねえ、そんなのいらないに決まってるじゃないか」


 そんな女性に倣うように、編み物に心得のある人が次々に毛糸を手に取る。元々そのつもりでやってきたのか、編み棒やかぎ針を持参の人もいる。

 食堂は人で溢れかえり、使用人達が椅子やベンチを運び入れた。他の空室も開放され、その日の午後は把握できないくらいの人数が夕方まで編み物をしてくれた。



 ◇ ◇ ◇



 私を含む町の女性達が編んだものは、靴下が四十足以上に、手袋や帽子もいくつかという結果になった。

 他の部屋では、工程を手分けして子供のベストを十着以上作ったとかいう物凄い成果が報告された。家内制手工業ェ…。


「お姉様も皆様も本当にお手が速いのですもの。しかもこんなに美しい仕上がりで…。わたくし、お隣で作業するのが恥ずかしくなりました」

 いつの間にか加わったアメリアと侍女四人衆もふう、と手を止めた。

「アメリ様はそれが初めての作品なんでしょう、上出来よお」

「もう少しで折り返しってところかしら、頑張ったわねえ」

 年配女性達は完全に孫を見る目だ。

「ご自分で着けられるの? それとも贈り物になさるのかしら」

「まあ、そんな、贈り物だなんて。でも、もしどなたかに差し上げるのなら……もう一度やり直したい、ですわ」

 アメリアは糸の力加減が偏って、幅がまちまちになったマフラーを残念そうに、しかし愛おしげに撫でた。

「まあいじらしい!」

「その程度の歪みなんてご愛嬌よお! その方が気持ちも伝わるに決まってるわ」

 みんな可愛いアメリアに夢中だ。



 少し離れた机の前には男達が集まっている。ずっと無言で編み続けていた一人の男が編み棒を置いたところだった。

 彼の前に積まれたマフラーは、既に十本以上になっていた。


「兄貴はやべえ。自分でも編んでるからホンット実感すっけどマジやべえ」

「俺などまだ首を一周できるほども編めておりませんのに…!」

「この緻密かつ均一な編み目…! とても人の手で作られたものとは思えませぬ!」

「アロマ商会本店に長年いらしているような常連様にだってここまでの手練れはおりません!」

「まさに何をなさっても最終兵器でいらっしゃるんですね!」


 テイラー騎士と同志だけでなく、カファを含む部下の男性スタッフの姿もちらほら見える。


「大袈裟です。僕は彼女らのように複雑な編み方はまだできませんし、ただ単純に編む作業が得意というだけですので」

『謙虚ぉぉぉー!!』


 男達が暑苦しく叫ぶ。ちなみに、ザコルの方は一欠片の自慢心さえなく心の底から先程のセリフを言っている。



「シュール極まりないですね…」

「うん。やらせておいて何だけどほんとシュールだねえ」

 ピッタが呆れ半分で呟くので同意した。


「明日はメリヤス編みとリブ編みも教えてみようかなあ。あの分ならベストやセーターも一瞬で編めそう」

「ふふ、そうですね。猟犬様なら一度見ただけで習得なさいますし、どんな仕上がりになるか楽しみです」

「かぎ針編みにも挑戦してほしいですわ! モチーフをたくさん作っていただいて、ストールやブランケットに仕上げるのはどうかしら」

「それは名案ね!」

「普通なら何週間もかけて編むような一品が、きっと一瞬で…!」

 同志村女子とアメリアの侍女達が編み物マシンの活用について議論を始めた。



「執行人殿は手先の訓練を兼ねて編み物をなさっているとか。何というか意外な鍛錬法ですね」

 カファがタイタに話を振っている。

「はは、俺は投擲などでもよく力加減を間違いますから。編み物は繊細な力加減を養うのにうってつけだとミカ殿とザコル殿がご提案くださったのです」

「おお、何も武器を持つばかりが鍛錬ではないのですな! 私めもあまり器用な方ではありませぬゆえ、編み物の鍛錬に挑戦してみたいですぞ!」

 ドーシャが言い出すと、我も我もと他の同志達も手を挙げ始めた。あの人数の初心者を教えるのは骨が折れそうだ。



 編み物をしてくれたご婦人方は、明日も来られそうなら来ると約束して解散していった。

 同志達もマイ編み棒を調達すると言って張り切っている。

 そんなわけで、明日も午後から編み物クラブ開催決定だ。



 ◇ ◇ ◇



 夕飯後、エビーとタイタを風呂に行かせてのんびりしていると、ハコネが訪ねてきた。

 ちなみにアメリアも現在入浴中だ。私は例によって屋敷の湯船に湯を張るついでに自分の体を流している。


「……ナチュラルにホッター殿の髪を拭いているな」

「何か問題が?」

「いや」


 私達は今日もマージの執務室を借りている。

 ハコネには、シシが元宮廷医師であった事、第二王子とも面識があり、王子二人の世話係に相当する立場だった事を話した。国王と王子二人の魔力視認の能力に関してはまだ伏せておくべきだとザコルが言うので、明かせる範囲での報告だ。



「あの医者殿がまさかな…。何となく、ザコル殿への当たりがキツい気がしたのは気のせいではなかったのか」

「ええ、僕にはやはり『個人的な先入観』があったそうですよ。ですが、彼はまだ理性的で、柔軟に物事を考えられる方かと。僕への当たりで言えばかなりマシな方ですので」

「理性的…? すっごいモンペ発言してましたけど?」

「こっちも相当だったでしょうが。全く、マージはともかく、ミカは何目線なんですか。当てつけでいじめられたサモンが気の毒だったでしょう」

「ザコルこそ何目線なんですか! トンチキに同情しすぎです!」


 まあまあ、とハコネが私達を宥める。


「変な事で喧嘩するんじゃない。確かにザコル殿があの方を庇っている状況は不思議極まりないが……ホッター殿は一体殿下に何を……いや、聞くのはよそう。それで、殿下は以前の性格が変化しつつあるとの事だが」


 ザコルは、サーマルが『憑き物が落ちた』ような状態になっている事を具体例を交えて話した。


「平民嫌い、は確かに前は顕著だった。平民がどうのというよりは、王族至上主義だったというべきか。その平民の医者殿を庇い、エビーにも親しげに話していたのだな? それは確かに大きな変化かもしれないな。昨今の度を越した躾が原因というわけでもなさそうなのか」


 度をこした躾とはメリーの厳しすぎる調教のことである。マージはもっと厳しくする予定だったらしいが。


「躾は確かにサモンにとって厳しいものにはなっていますが、それでもまだ数日の事で、成果が出るような段階ではないかと。むしろあそこまで急激に厳しくされたら反発を強めてもおかしくないはずですが、サモンはここに来た時よりも前向きに取り組んでいるようです。その様子を見る限り嘘をついているような感じもしません。シシにもこの屋敷での事を新鮮な体験でもしたかのように語っていました。…今なら、あの第一王子殿下の弟君だと言われても納得できそうです。それくらいの変化は感じています」

「第一王子殿下とは長い付き合いの貴殿がそこまで言うか。お嬢様が聞いたらむしろ反発なさりそうだな」


 その言い回しから察するに、ハコネはアメリアの出生の秘密についてちゃんと知っているようだ。と同時に私達がそれをアメリアから聞いた事も把握しているらしい。


 つまり、第一王子を兄として慕い、第二王子をストーカーとして避けている彼女なら、第二王子が兄に似ているなどと言われて反発しないわけはない、と言っている。


「兄上である第一王子殿下についても、城を空けて遊んでいるとか朴念仁だとか言って嫌っていた素振りがありましたが、昔仲睦まじかった頃の事や、その自由な人柄を好ましく思っていた事を思い出したと話していました。どうして自分が兄を嫌っていたのか、どうして兄に関する感情を忘れていたのかと頭を抱える場面もありました。僕が言うのも何ですが、サモンはあまり器用な人ではありません。同情はしませんが、何らかの手段で記憶や思考の操作をされていた可能性はあるかと。シシもそこに思い至ったはずです」


 ふむ、とハコネは考える素振りをする。


「医者殿は例の香に関して、呪いの可能性を示唆していたな。まあ、殿下に関しては単純な洗脳というセンもあるだろうが」

「そうですね。僕達の間でも話しましたが、もし広範囲に及ぶ呪いがあると仮定するなら、国王夫妻や第一王子殿下が王宮から『退避』している事情も少し見方が変わってくるかと。…ただし、あくまでも仮定、可能性の話です。仮定の中でも、呪いなどは一番現実的でない筋ですから」


 ザコルは私の髪に丁寧に櫛を入れながら淡々と語る。

 ハコネは大人しく髪を梳かれている私の方に視線を移した。


「ホッター殿はどう思う」

「基本的に、ザコルが語った通りかと思いますよ」

「そうか。忌憚のない意見も聞きたいと思ったのだが」

「……何を言わせたいのか判りませんが、情報の少ない中で、穿った意見を出すのはよくないでしょう。私は特に、サモンくん以外の王族はお姿を見たことさえありませんし」


 ザコルが櫛を持つ手を止める。


「含みのある言い方ですね、ミカ」

「いえ、ただの事実ですよ。この状況では、どうしても目の前の子に肩入れしてしまいますから。ザコルもそうでしょう?」


 む、とザコルはしばらく考えてから口を開く。


「……なるほど。ミカは、サモン以外の王族に対して、等しく不信感があると、そう言いたいわけですか」


 その問いには無言で返す。


 執務を長年放棄している国王や、現在進行形で民を弾圧している王弟は論外として。

 ザコルやコマやアメリアと『長い付き合い』である第一王子や、アメリアの意志と安全を考慮しそれこそ『実の子以上に』彼女を気にかけていそうな現王妃。私は別に、彼らを悪し様に言う事で、大切な人を無駄に傷つけたいと思っているわけではない。

 現時点では、彼らの行動に不可解な点が多く、疑念を取り去る事ができない。それだけの事だ。

 とはいえ、無言は肯定も同じ。後ろの人の反応が気になる。流石にムッとしただろうか……


「……ああ。だから僕はミカが好きなんだ」

「ほぇ!?」


 思わず振り返ってソファの背もたれから身を浮かす。ザコルの手から私の髪がするんと落ちた。


「やはりあなたは素晴らしい。シシはミカが僕を盲信していると言いましたが、決してそんな事はない。ミカ、あなたは、正直どうかしているというくらい僕の味方をするくせに、冷静に物事を俯瞰する目は決して手放さないんです」


 どこか恍惚とした表情でこっちを見るのはやめてほしい。私は思わず手の平を向けて顔をガードした。


「そ、そんなの、ザコルやハコネ兄さんだって一緒でしょう! 身内を大事にするのと、真実を追うのはまた別なんですから…」


 大体、今そんな大層な事を言っただろうか? 何か言ってやってくれとハコネの顔を伺ったが、はて、と小首を傾げられた。


「いや。俺は自分で言うのも何だが、身内を贔屓目に見る癖が抜けないというか、情に流されやすい方だぞ。自覚はあって律してもいるが。確かに、ホッター殿は激情型とも言えるような熱さを見せる事もあるが、そのくせどこか冷めた目で全てを見透かしているところがある」


 うんうん、とザコルが満足そうに頷く。


「ええ、流されているようで全てを転がしている、というタイタの言は的を射ているように感じます。僕はセオドア様の駒ですが、ミカに転がされる駒でもありたいんですよね、一生」

「片っ端から変な扉を開けるのはやめろ。それ以上拗らせてどうする」


 むう、と私は口をつぐんで座り直す。変態の趣味には付き合っていられない。


「ミカ、ミカ。少し第一王子殿下に厳しい事を言ってくれませんか。あの変態が疑われているところが見たいので」

「何のプレイなんですか!? あなたが嫌な気分になるかと思って黙ってるのに!!」


 つぐんだ口は不条理発言によってすぐこじ開けられた。


「そんな忖度はいりません。僕はあの変態に雇い主以上の情は持ち合わせていませんので」

「そうですか…」


 はあ、と溜め息が漏れる。再びハコネの顔を伺ったら、明らかに同情した目で見られた。





「一つ、彼自身が長らく姿をくらませている事。一つ、王弟殿下の横暴を許している事。一つ、可愛がっていたらしい弟を放置している事。一つ、サモンくんが『父も母も城の者も、叔父さえもが』第一王子殿下を褒め称えていると証言している事。特に、最後のはおかしいですよ。クーデターを起こして王位を簒奪しようという人が、どうして他の王位継承候補を褒め称えるんですか。それから、城を空けていたのには様々な事情があるとしても、その事情を理解しない人に陰口くらい叩かれて然るべきです。彼は何せ王太子、国王の次に動向が注目される人なんですから。特に社交界での義務を積極的に果たしていないのに、多くの人に無条件で評価されているのはおかしいはず」


 うんうん、とザコルが隣で瞳を輝かせながら聴いている。調子が狂う…。


「それでもまあ臣下の皆さんには建前というものがあるでしょう。サモンくんには見抜けなかった可能性もあります。ですが、少なくとも継母の王妃殿下や、引きこもりの国王陛下は完全に彼の虜なんですよね。ついでに言うと王妃殿下は、第一王子殿下や例のあの子のことは気にかけている様子なのに、実子のサモンくんにだけネグレクト気味だっていうのは変です。特に外的要因がないなら、亡くなった人に変な遠慮をしているか歪んでるかのどっちかでしょうが…。ただ例え精神的な問題だとしても、それを周りに悟らせる程浅はかな人物にはどうしても思えないんですよね…」


 第一王子には、ザコルという切り札を存分に使い、諸外国の弱みを力づくでもぎ取っていた疑惑もある。もちろん、ただの考古学オタクで過激な蒐集家というだけの可能性もあるが、やっている事はただの戦争屋だ。


 そんな『宝探し』の報酬が高いのだって当然だろう。特に城壁崩しなどはザコルか魔獣くらいにしかできないパワープレーである事に加え、ありとあらゆる国家機密にも触れてもいるはず。ザコルやコマが交わした機密保持の契約は相当厳しい条件なんじゃないだろうか。そんなリスクをバンバン負うのだから、報酬が高くなくては割に合わない。

 そうまでして集めたガラクタの管理も、結局生半可な人には任せられないからザコルやコマの手も借りるしかなかったのだろう。見る人が見なければ分からないものもあるだろうとはいえ、話通りなら国宝に相当する物品であるはずなのだから。


「第一王子殿下め…。ザコルが何でもできるからってこき使いよってからに。全く、考えれば考えるほど信用ならない人ですよ」

「素晴らしい。一生信用しなくていいです。ミカ、抱きしめても?」

「だめです。あなたはお風呂に入ってください」


 むう、とザコルが口を尖らせる。ぐう、そんな顔したって負けてやらないぞ。


「何でいちいち清拭や入浴を渋るんですか。入れる時に入った方がいいに決まってるでしょう」

 水気を嫌がるなんて犬みたいだ。

「犬で悪かったですね。何でと言われても面倒くさいんです。ミカに脅されでもしないと入る気になりません」

「つまり脅せと…。じゃあ、今日は嗅ぐのは禁止で…」

「入ります!!」

「ちょっろ。ちょろすぎじゃないですか。脅した意味ありました?」


 うーん、とハコネが自分の存在を主張するように唸った。


「俺は、何を見せられているんだろうな…」

 騎士団長は遠い目をしていた。



 ◇ ◇ ◇



「ハコネの前では取り繕う必要がなくて楽です」


 廊下を歩きながら変態魔王がそう呟く。


「少しは取り繕ってくれないか…。ホッター殿、何度も聞くようだが、この変態は旅の間ずっとこの調子だったのか?」

「うーん、波はありますが、変態というか天然? な言動はちょくちょくしてましたね。特に、魔の森を抜けたあたりからは毎日」

「そうか…。貴殿の心の広さは隣国の国土をもゆうに超えそうだな」

「ええ、ミカはちょっとおかしいのかというくらい僕に対して心が広いんです」

 ちら。

「はいはい、そんな顔したって罵りませんからね。勝手に調子に乗っててください」

「そんな…! そろそろ僕に制裁を加えてもいい頃合いでは!?」

「訳の分かんない事言って私を煽らないでください」


 廊下の向こうからホカホカと湯気を立てる金髪と赤髪の青年二人が歩いてくる。


「おおーい、イチャついてんなあ。あんまり団長困らせんなよ」

「はは、ザコル殿の調子が完全に戻られたようで何よりです」


 エビーとタイタの慣れた様子に、ハコネは再びうーんと唸った。


「やはりこれが通常運転か…」

「団長、午後は尋問の続きしてたんでしょ。何か成果ありました?」


 確かに、編み物クラブにハコネの姿はなかった。カッツォ達が編み物に苦戦しながらアメリアの近くを固めていただけだ。


「新たに牢に入るのが二人増えた。だが、これ以上は叩いても出んだろう。相互監視は続けさせるがここらで打ち止めだ」


 あまり叩いては、叩かれていない『幼馴染グループ』への反感も出る。形だけでも公平にという事で、カッツォ達三人組やサゴシ、侍女の四人も尋問という名の面談は受けているようだが。


「俺らはいらねーんすか、面談」

「エビーの言う通りです団長。俺達にも平等に尋問の機会を」

「お前達は既に、化け物級の尋問官二人の面談を通過している」


 化け物級の尋問官二人の面談とは…………ふたり?


「えっ、今『化け物級の尋問官』に私も入れました!? 何で!?」

 思わずハコネに詰め寄ろうとすると、ザコルがサッと私の腰を持って自分の方に引き戻した。

「そこの、我が国きっての最強工作員に『一生転がされたい』と願われるような者が化け物級でなくて何だ。そいつは変態だが、実力のない相手に期待などしない」


 がびーん、そんな…。


「確かに、ミカは尋問の才能もあります。ですが見ているこっちが再起不能になりそうですから、基本はしなくて大丈夫です」

「基本も何も、一生しなくていいんだかんな姐さん。付き添う方は玉がいくつあっても足りねえわ」

「下品な発言は控えろエビー。ミカ殿、手を汚すのは我々の役目ですから。御自ら穢れを生み出す必要はございません」


「いや、再起不能とか玉とか穢れを生み出すとか何!? 大体、普通尋問は手とか汚れないと思うんだけど!? それ尋問じゃなくて拷問でしょ!?」


 ははは、確かにー。と笑い合う男達。私が何か反論しても、生温かい反応を返されるだけだった。




 行き渋るザコルを適当に脅して風呂に向かわせる。一応彼がすぐにでも駆けつけられる距離にいないといけないので、入浴小屋が見える場所で待機する。外よりは断然マシだが、廊下も冷える。エビーがホットミルクの入ったマグを貰ってきて渡してくれた。


「変態魔王、マジで完全復活すねえ。姐さんの荒療治が効いたな」

「荒療治って程じゃ…。寝る前に魔力をちょっとずつ貯めさせてただけだよ。リハビリもしくはリスクヘッジと呼びたまえ」


 タイタの反応が気になって顔を伺うと、にっこりと笑顔を返された。


「昨日は補給もつつがなく行えたようで何よりでございました。……以前からあったザコル殿の目の下の隈が、徐々に薄くなって、今ではほとんど気にならなくなったように思います。やはり、あなた様は我らが推しの救世主なのですよ、ミカ殿」


 穏やかな表情からは、深い慈しみの感情しか読み取れない。良かった、過激派の風紀番長が出てこなくて。


 長らく一方通行ではあっただろうが、タイタもやはり、長年ザコルの幸せを祈ってきた一人なのだと実感する。


「今日はやけに執行人モード強めじゃねえすか、タイさん」


 それは私も思っていた。昨日ぐらいから風紀番長より応援番長が存在を主張している。


「そうだろうか。ここ数日お二人が穏やかに過ごされている様子を間近に見ていたせいか、少々浮かれているのかもしれないな。もちろん戦闘や鍛錬をするお姿も素晴らしいのだが、日常パート万歳というか、推しの新たな一面が毎分毎秒発掘されていて心の猟犬アルバムはもうパンク寸前というか。ふとした時に山を見上げる凪いだ表情も、『おいしい』と呟かれた時の満足げなお顔も、あの女性達に向ける完全なる有象無象を見る目も、ミカ殿にこれ以上背負わせるなとおっしゃった時の切なげな表情も…! ああ、自然体の推しからしか得られない栄養素がある…!! 今日もこの世界に生きてくださりありがとうございます深緑の猟犬殿!!」


 ぶは、とエビーが牛乳を吹く。私の護衛に付き合ってくれているハコネは眉間を揉み出した。


「お前らが変態の集まりだという事がよく解った」

「ちょ、何で俺まで入れるんすか!? 俺はツッコミ担当すよ!!」

「俺を変態に数えてくださるとは! 光栄です!」

「タイちゃん、変態は褒め言葉じゃないよ」


 通りすがったペータとユキが何かを噛み殺したような顔で会釈して通り過ぎる。

 今日も一日平和だった。





 すうー………。


「吸いすぎじゃないですかね」


 私は髪に顔をうずめている人に声をかける。かれこれ四十分くらいになるだろうか。流石に長いしもう飽きた。


「言いつけ通り風呂に入ったんですから、昨日より吸ってもいいはずです」

「どういう理屈で…」

「吸える時に吸っておくべきかと」

「私は物資か…? じゃあ、私もザコルを愛でていいでしょうか。愛でられる時に愛でておくべきですよね」


 ずざ。


「ぼ、僕に愛でるところなんてありません!!」

「ええー、いっぱいあるのに。じゃあ、お願い聞いてくださいよ」

「お、お願い…?」

「ぎゅってして、いーこいーこしてください。そしたら許してあげます」

「許す…? 分かりました」


 何を許すというのか自分で言っておいてよく分からないが、ザコルが素直に私を抱きしめ、後頭部を撫でてくれたので色々とどうでもよくなった。

 抱きつくように回した手で、彼の背中も撫でる。


 まだ照れは残っているようだが、幾分か穏やかに触れ合えるようになった事に、私は幸せを感じていた。




つづぬ

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