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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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平穏な午後① 林檎畑に行ってみよう

 次の日もよく晴れた一日だった。


 あれから雪が降る事もなく、前に降った雪は一部が溶けて地面が露出したり、再凍結してアイスバーン状になったりしている。人がよく通る道などで危なそうなところだけ私が溶かしておいてやった。

 除雪に近い行為だが、範囲が広くないのでザコルも怒らなかった。


 私は昨晩シシから体調に問題はないだろうとの太鼓判をもらっていたので、鍛錬への参加を認めてもらえた。とはいえ今日は少し軽めで済ませたつもりだ。


「ウソつけ。途中で止めなきゃいつまででも弓引き続けてたろ」

「投擲も何十投なさったことか。型のおさらいも」

「もー、ちゃんと途中で止めたでしょ」

「ミカ一人で鍛錬させるのは危険ですね」

「ザコルまで」


 鍛錬後に恒例化した朝食会は、今日は町民主催だった。いつも同志達のご馳走になっていたのでは悪いと、ママ友パパ友連合が言い出した事らしい。

 なので今日はいつものホットドッグではなく、チーズやハムやジャムのサンドイッチだ。バターがたっぷりでとても美味しい。頬張る人々の中には鍛錬の途中で倒れたサゴシの姿もある。


 ちなみに、今日のアメリアはお寝坊である。夜中まで編み物をしていたらしい。熱心で偉いがお姉ちゃんは心配だ。


「例のあの人なんすけど、平民嫌いなんじゃなかったでしたっけ? お嬢がそんな事言って頭抱えてたような」

「そのあたりも、平民出身の先生に裏切られたとか、そういう風に取って拗らせたりしてたのかもねえ。まあ、それにしても『憑き物が落ちた』って表現が当てはまるような感じもするけど」

「ああ、なんて言うかすげー素直にはなりましたよね」

「ふふ、よっぽど教育係が怖いのかもしれないけどね」


 町の方からこの放牧場めがけて慌てて走ってくる二人が見える。慌てているようだが、随分と脚が遅い。あれは…


「灰色コンビ、グレイ兄弟だ」

「えっ、マジすか。よくこの距離で判りますね?」

「だって、全身灰色だし、脚もあり得ないくらい遅いし」

「ああ…」


 長剣の手合わせをしていたザコルとタイタが抜けてくる。ちなみに同志達は投擲の練習に夢中だ。

 私達の前でぜいはあと息を荒らげている二人を、町民達や同志村スタッフ達も興味深そうに伺っている。


「何勝手に屋敷抜け出してきてんの、従僕見習いコンビくん」

「ち、違う! 鍛錬に参加しにきたのだ!」

「はあ? 今日はもう終わったけど」

『へええっ!?』

 がくー、と二人揃って地面に膝をつく。


「ていうか、前に一度見学に来てるでしょ。どうして開始時刻ぐらい把握してないの」

「朝の掃除を終わらせてからなら行ってもいいと言われて、急いでこなしてきたのだ…です…」

 サーマルの変な片言敬語がうつってるな。

「そう、それは偉かったね。じゃあさ、私はまだちょっとだけここにいるし、一緒に体操でもする? 君達なら私達がやってるメニューくらいから始めた方がいいと思うんだよね。あの鬼畜メニューをやりたいなら止めないけど…」

 二人はブンブンと首を振った。そこまでの覚悟はまだないか…。


 今日も足をもつれさせながら牛乳を配るカファを見る。彼はいつも途中で倒れるものの毎日毎日挑戦していて偉い。今日はついに記録が伸びたと言って喜んでいた。せめてあれくらいの根性があればすぐ強くなれるのに。

 ちなみに隠密サゴシは完全にダウンして他のテイラー騎士に面倒見られている。だが惜しかった。あと一セットだった。


「ミカがそれらの面倒を見るんですか…?」

 嫌そうな顔をするザコルに、目の届く場所で教えるからと言って説得する。ボディータッチが必要な場面はエビーがフォローしてくれると言うと、渋々頷いたザコルはタイタを引っ張って戻って行った。


 結局、二人は私向けのの体操ですらも途中でバテて倒れた。身体も固いし筋力もない。普段パソコンしかいじってないサラリーマン並みの体力だ。

 よろよろと歩くグレイ兄弟に付き添い、雪道をゆっくりと町に戻る。

「まだつかない、門は見えているのに…」

 そんな文句を言われても仕方ない。放牧場が広大なせいで、門は見えていても意外に距離があるのだ。


 彼らはよろめきながらも私とザコルに頭を下げた。

「昨夜は、サモン様と昔馴染みの者を引き会わせてくださったとか。大変お喜びでいらっしゃいましたので、私共からも御礼申し上げます」

「礼には及ばないよ。むしろお世話になったのはこっちだからね。その昔馴染みの人が訳あって町を出て行こうとしたから、サモンくんに止めてもらったんだよ。その人、王族の言う事しか聞かないからさ」

「なんと、そのような高い矜持を持った者だったのですね」

「殿下には遊び相手と聞いていたが、まるで直属の影や近衛のようだな…。よもや、そのような者がこの町に住み着いていたとは」


 グレイ兄弟は昨夜の事をあまり詳しく聞いていないようだった。それ以上話すかどうかは彼らの主人であるサーマルの判断に委ねられるべきなので、シシの素性などを勝手に喋るのは控えておいた。


「殿…いえ、サモン様が、お前達はもっと強くなって私を諌めろと急におっしゃり始めたのです。周りは強者ばかりですからそう思われるのも無理からぬこと。我々も弱いままではサモン様に捨てられてしまうと焦りまして」

「まさか、違うよ。サモンくんはね、自分が偉そうにして怖がらせるから、君達が自分に文句が言えないんじゃないかって言ってたよ。私もよく分かんないけど、彼は彼なりに周りへの態度を反省してるみたい。君達にも気を強く持ってもらって、意見を言ってもらいたいってだけじゃないかな」

 ぱあ、とグレイ兄弟の顔が明るくなった。

「そうだったのか、ああ、殿下はやはりお優しい。私達のために言ってくださったのか」

「この国に帰ってきてからはイライラと乱暴に振る舞われる事が多かったが、本来の殿下らしいお考えが戻ってきたようだ」

 二人はよろめきながらも手を取り合って喜んだ。



 ◇ ◇ ◇



 グレイ兄弟を町長屋敷に送り届けると、私達はその足で町内散歩に出かける事にした。と言っても向かうのは商店などがある方向ではなく、人けのない教会方向だ。


 屋敷の中では、この四人になれるタイミングが少ない。昨日シシから聞いてしまった機密含む昔話は、アメリアやハコネにだって勝手に明かせない部分が多く、彼らを交えては話題にも出せないのだ。

 今なら同志達も訓練直後で同志村に戻っている。外で内緒話するのには絶好のタイミングだった。

 それにしても…。


「憶測は良くないですが、視野には入れてもいいかもしれませんね」

 落ち着いた声音が頭上から降ってくる。独り言に出していただろうか。


「まあ、結局のところ、ここからじゃ何も分からないですけどね。でも、シシ先生も言っていた事ですから」

「あの、それは『呪い』に関するお話でしょうか」

 この四人以外の人間がいるとあまり会話に入ってこないタイタが口を挟む。

「タイタもそう思う? 実際呪いがどういうものかよく分かんないんだけどさ、サモンくんも、そのお母様も、イライラ、乱暴、怒ってばかりって、私が例の香でも嗅いだ時みたいじゃない? もちろん同じ呪いとも限らないけど…」

「確かに似通った症状のように思われますね。王族の方々も魔力は高いのでしょうか?」

 その問いにはザコルが頷く。ザコルは元々、王族のうち三人が異能力保持者だと知っていたようだった。

「シシが王子殿下二人を『同じ色の煌めき』と評していたでしょう。王妃殿下に関しても幼い第一王子殿下が太陽のようだと評していたようですし、少なくとも王妃殿下と王子殿下お二人は人より魔力が高い方かと」

 国王の魔力に関しては話に出なかったが、つむじ風の魔法士でもあるシシより強い異能力を授かった人物だ。何となく半端な魔力量とは考えにくい。


「そー考えると、陛下と王妃殿下は王弟っていうより、呪いから避難してるみたいな見方もできるわけすか。行方知れずの第一王子殿下も」

「でもそうすると、なんでサモンくんを置いてっちゃったのかだけが謎なんだけどねえ。確かに以前の彼なら置いて行きたくもなるような聞かん坊だっただろうけど…。王弟殿下だって国王陛下とご兄弟なわけでしょ、能力は発現してなくとも魔力は高そうだよね。もし、呪いが広範囲に効くようなものだったら…」

「まあ、呪いに関しては完全なる憶測ですから」

「第一王子殿下に事情を聴いたりできないんですか?」

「コマさえ行方を正確に知らないようでは打つ手はありません」

「そういやあの二人、なかなか帰ってこねえなあー…」


 コマとミリューがここを発って丸五日が経とうとしている。

 彼らの最大のイアンの妻であるミリナとその息子を迎えに行くことだ。そのために三男夫婦にも声をかけ、ついでに暗部の拠点にある例の肖像画を持ってきてくれる約束である。ミリューには別の目的もあるようだが。


 ミリナと息子はモラハラ夫イアンの命令によって軟禁されている恐れがある。大勢の監視に晒される母子を屋敷から救い出すのはきっと大変だろう。その上、あれもこれもと欲張っていたら五日程度では終わらないのかもしれない。


「まあ、彼ら強いし心配いらないでしょ。それより、テイラーから支援物資隊がもう一便来る予定なんですよね。そっちは雪とかで止まったりしてないんでしょうか」

「この程度の積雪ならまだ何とかなると思いますよ。アメリアお嬢様によれば、テイラーの馬車というだけでモナ領民にまで歓待されたようですし、足を止めていたら手を貸してくれるでしょう。心配いりません」


 モナ領の人々もツルギ山を守る一族の末裔ということだった。だからこそ同じ山を守る隣領で起きた水害を心から憂い、支援を手助けしたというテイラー伯の縁者を歓迎するのだろう。オースト国における『山派』は領同士の結び付きや仲間意識が相当強い一派のようだ。


「兄貴、物資の中に轢いた小麦粉があったら俺がちょっと貰って使ってもいいすか」

「何で僕に聞くんです。僕の給料を注ぎ込むよう打診はしましたが、お嬢様はセオドア様が僕の給料など使うわけないとおっしゃっていました。なので僕に裁量権はありません」

「そんでも兄貴が呼んだんだから兄貴が責任者だろ。どうせびっくりするくらい大量に来んだろうし、アップルパイの一つや二つ作ったってバチは当たらねえよな」

 エビーがニヤリとする。

「今、アップルパイって言った!? 何なの、エビーは天才なの!?」

「ええいかにもザコル殿がお喜びになりそうです!! エビーはやはり天才だ!!」

「でしょでしょ、兄貴は食べさせ甲斐があっからなあー」

 さっすエビ、さっすエビ、とタイタと二人で小躍りする。

「ちょっ、どうして僕に食べさせようとして作るんですか!? せめてミカやお嬢様のために」

 アップルパイ! アップルパイ!

「止まれ! 僕の周りを回るんじゃない!」


 そう言われたので五周くらいでやめてあげた。

 はああ、とザコルが眉間を揉むので揉んであげようとしたらペシっと手を払われた。


「話は変わりますけど、先生と同じ能力者が見つかったって、あの従僕見習いの事だったんすね。もー、便利に使うことにしますとか冗談が冗談に聞こえねえんすよお」

「いざとなったら本気で便利に使うつもりだよ。まあ、あんなに溺愛してるとは思わなかったからさ、いい人質になってくれたよね」

 姐さんさっすが鬼畜ぅ! とエビーが囃してくる。

「ドーシャさんとセージさんにゃ、シシ先生の事はどう説明したんすか? 追わせたんすよね?」

「彼らはもはや玄人ですから。訊かなくていい事まで訊いてきません。先程、個人的に謝礼も渡しました」

「ふふっ、マフラーだよ」

 ぶっふ、とエビーが吹き出す。

「ははははは!! まさか兄貴の手編みマフラーやったんすか!? 家宝にされちまうぜ!!」

「後で他の同志の分も作ると約束しました。不公平は良くないらしいですからね。鍛錬などで成果を上げた者から順に渡す予定です」


 そんなわけで僕は屋敷に戻ったらマフラー作りの続きをしなくてはなりません、などと大真面目に言うザコルに、エビーは再び吹き出し、腹が捩れるまで笑っていた。




 久しぶりに来た教会には、近所の高齢者数人が礼拝に来ていた。礼拝ついでに教会の掃除や手入れもしているそうだ。

 せっかくなので、礼拝堂内の拭き掃除などをお手伝いする。雑巾用の水を温めてやり、女神像の台座やベンチを綺麗に拭き上げていく。小さな礼拝堂なので、私達四人が加わったらすぐに綺麗になった。


 ちなみに、いつぞやザコルとタイタが尋問で血まみれにした待機部屋は、マージが手を回して清掃してくれたらしい。そう言えばあの捕虜達はどうなっただろうか。


「ミカ様はお掃除もお上手なのねえ、きっと山神様もお喜びに違いないよ」

「ありがとなあ、ザコル様や、護衛のお二方も。いらねえ家具やゴミまで運んでもらっちまって」


 お礼だと言って、おじいさんの一人が家で作ったという林檎のドライフルーツを紙袋いっぱいくれた。おばあさん達からも持ち寄って食べるつもりだったらしいクッキーを一枚ずつもらった。

 ドライフルーツもクッキーも冬のための備蓄食の一部だろう。そう言って遠慮してみせたが、違うのがいいのかと家に取りに帰ろうとまでしたため、ありがたくいただく事にした。




「ふふっ、昔からお年寄りのご厚意って断れた試しがないんだけど、異世界でも一緒なんだねえ」


 もらったおやつをかじりながら散歩を続ける。ザコルは無言で干しリンゴを咀嚼している。きっと気に入ったんだろう。


「相手がもっと貴人らしけりゃ、渡す方も遠慮しただろーけどな」

「はは、お二人が民に愛されている証拠でございましょう」


 貴人というか王侯貴族は基本的に、知らない平民からもらったものを毒味もなしに口にしてはいけないらしい。まあ、貴族でなくとも気にする人は気にするだろうが、私やザコルは特殊な体質もあってその辺りを気にする必要がないだけだ。


「ミカは、この世界に来て腹も壊していないと言っていましたね。ですが酒には酔っているし、香にも影響を受けている。毒が効かない体質、というわけではなさそうですが」

 ザコルがずっと気になっていたんです、と私に話を振った。

「…うーん、そうですねえ。酒には酔うし記憶も飛ばすんですが、二日酔いによる頭痛や吐き気みたいな、いわゆる『不調』は起こしてない気がします。二日酔いはアルコールによって起こされる脱水症状だとか、脳の炎症だとか言われるので、そこまでになる前に治っちゃうのかもしれないですね」


 ふむ、とザコルが頷く。


「では、毒素そのものを無効化しているわけではない、と?」

「そうかもしれないってだけですけどね。例えば、何かお腹を壊すようなものを食べた時も、増えた細菌が腸炎とかを起こすそばから体が修復されちゃって、結果症状らしい症状につながらないまま排泄でもされてる可能性もあります。だから毒素そのものを分解したり無効化はできないけど、毒素が引き起こす諸症状は片っ端から治癒されちゃうから事実上無効、みたいな感じですかねえ」


 さいきん…ちょうえん…。エビーはよく解らん、という反応だ。

 細菌やウィルスの話になると途端に翻訳チートが仕事しなくなるのは相変わらずだ。


「あの、所々解らない単語もございますが、それは、いわゆる中毒症状は防げないという事ではありませんか。もし毒や酒を摂取した場合は、毒素を薄めつつ、自然に体から抜けるのを待つしかないと」

「うん、その通りかも。タイタは下戸家系だもんね、万が一の対処にも慣れてそうだよね」

「でもさあ、量にさえ気をつけりゃ、酒に関しては楽しく飲んで二日酔いはゼロなんだろ。それってサイコーじゃねえの」

「そうかも!」

「そうかも、ではありません。あなたの場合量が問題なんです。大丈夫大丈夫と言いながら淑女とは思えない量を既に飲んでいるのがミカなんですから。酒は飲んでも軽いのを三杯まで! これ以上は譲りませんから!!」

「わあ、絶対禁止から三杯までオーケーに緩和されてる。ふへへ、優しい」

「こ、ここしばらくは酒の失敗もないですし、ミカにも少しくらいの息抜きは必要かと…」

「息抜きですか。私はこっちの世界に来てから本気で毎日スローライフ気分なんですけど。あ、林檎畑! あれですよね!?」


 目的の場所が目に入り、私は思わず指を差して跳び上がった。



 ◇ ◇ ◇



 遠目には背の低い、森の延長のように見えていた林檎の木の群れ。段々とその全容が目に入ってくる。

 やはり想像した以上に広大だった。位置的には、皆が『西の森側の放牧場』と呼んでいる広場と『西の森』の間が林檎畑のエリアである。しかし林檎畑を手前にしてみると、一体どこまで行ったら西の森が始まるのか、まるで見当のつかない奥行きだ。


 たわわに実のついた木が見える。とはいえ収穫を終えた品種もあるようで、葉や実がほとんどついていない木の集団もある。

 赤く熟した実のそばに寄ってみると、葉や実に雪が積もっていた痕跡がある。その雪を払いながら、踏み台に腰掛けて林檎の収穫をする男性の姿が目に入った。

 昨日会った夫妻とは別の人だが、屋敷に傷物林檎を運んでくれた一人なので面識はある。多分、あの夫妻の息子だ。


「おや、ミカ様にザコル様。珍しいですね、お暇ができたんですか」

「はい。一度林檎畑を見てみたくって、勝手に来ちゃいました。お仕事の邪魔はしませんから、見学していってもいいですか」

「もちろんです。いくらでもどうぞ」

 にこやかにそう言ってくれる男性に、私達は四人揃って礼を言った。


 とりあえず、どこまで林檎畑が続いているか気になるので、奥へ奥へと進んでいく。

 木は間隔をそこそこ広く取って植えられており、全ての木にしっかりと日光が当たるようになっている。木の形も収穫がしやすいようにか、低く横に広がる樹形に整えられていた。

 だから普通の森のように暗くはない。足元には落ちた林檎や雪以外の障害物もないし、頭上に広がるのは冠雪した巨大な山々と青空。散歩をするのには絶好のロケーションだった。


「雪をかぶった林檎ってかわいいね」

「凍みちまうと傷むって聞いた事ありますけど、雪が積もっても平気なんすかね」


 おおーい、と昨日会った林檎農家夫妻の夫の方が駆けてくる。息子に私達が来ていると聞いたんだろう。

 彼は畑を先導しながら、そこに植わっている林檎について生き生きと語ってくれた。


 収穫した時点で凍っていると傷むが、木になった状態ならば雪にあたっても傷まず元通りになるんだとか。

 だから冬場の収穫は今日のように気温の高い日に行って、凍っていないかをよく確かめてから刈り取る必要があるんだとか。

 そして、雪に当たった林檎はむしろ甘く美味しくなるんだとか。


 一通り語り尽くしたおじさんが、雪をかぶった林檎の中から特によく熟れたものを厳選して収穫してくれる。

 それぞれ手渡されたものをせーのでかじると、よく冷えた果汁がジュワッと口に広がった。


「おっ、おいしいいー!! 何これー!? 語彙消失ー!!」

「やべえ、うますぎる。これ食ったらもう他で林檎食えねえよ旦那ァ…!」

「採れたての果実とはこんなにも美味なのですね! 本来、丹精込めて育て上げられた農家の方だけが知る至高の味わいでございましょう。貴重な機会をいただき、誠にありがとうございます」

「よせやい、そんなに褒めんなよ。ザコル様はどうだ、おい、ザコル様よう」

 無反応なザコルが気になったか、おじさんが感想を急かす。


 ザコルは、エビーや私に脇をつつかれてもマイペースに咀嚼し、ごくんと飲み込んだ。そして、

「おいしい…」

 と、空を見上げて一言だけ呟いた。


「あ、語彙がなくなってる。これ、相当美味しい時の反応ですよ。私も見るのはこれが二回目です」

 私がそう教えてあげると、おじさんは「そうかそうか」と満足げに笑って頬を掻いた。



 ◇ ◇ ◇



 歩いても歩いてもちっとも林檎畑が終わらないので、森との境目を確かめるのはやめた。このままでは昼までに町長屋敷に戻れなくなる。走っても護衛に怒られるし。

 林檎農家の親子にお礼を言って屋敷方面に足を向けると、放牧場の一角で鍛錬らしい事をしている女性達が目に入った。


「あれ? 彼女達、こんなところで」


 女性達が私達に気づいて色めき立つ。ザコルの名だけでなく私の名も呼んでくれるので、せっかくだしと近寄ってみる。


「…ミカ、別に放って立ち去ってもいいんですよ」

「いえ、あっちはあんなに好意的なのに、無視なんてしたら後味悪くなるじゃないですか」

「お人好しすねえ…」


 女性達は、元ザハリファンの一団だった。


「ミカ様、今日も凛々しくていらっしゃいますね!」

「あれからまた腕を上げられたとか」

「冬の装いもお似合いです!」

 きゃあきゃあきゃあ。

 私はあっという間に囲まれ、褒めちぎられまくった。…ちょっと居た堪れない。


「ザコル様もご機嫌麗しゅう!」

 ザコルにも声がかかる。


「…………どうも」


 ザコルはそうそっけなく言って、彼女らに囲まれる私をそっと自分の方へと引き戻した。

 途端、きゃーっ、と彼女らは盛り上がった。


「あーん、今日もミカ様しか眼中にないわあ!」

「その独占欲にもっともっとあてられたい…!」

「今日もザコル様がミカ様のお髪を結われたのよね、編み込みが芸術的だもの」

「毎朝甲斐甲斐しくお髪を結われているなんて、想像しただけで目眩がしそう…!」


 きゃあきゃあきゃあきゃあきゃあきゃあ。


 何か不安な気持ちになったらしいザコルが私をさらに引き寄せると、彼女らはさらにきゃー!! と盛り上がった。





「何か、思ってたのと違う…」

「…っすねえ」


 私はそう呟きながら遠ざかる彼女らに手を振った。先の戦で彼女らと共闘したエビーもひらひらと手を振っている。


「あれは、カプ推しですね! 間違いありません」

 タイタがグッと拳を握って力強く言った。

「耳がキーンとする…」

 ザコルは耳をさすっている。


「まあ、横恋慕的な雰囲気はいっこもなさそうでよかったじゃねえすか。何なら、姉貴を粗末に扱ったら評価が急降下しそうな予感すらあるっつうか…」

「うん、それは私も同じじゃないかな。何となく、ザコル以外の人と疑われる振る舞いでもしようものなら、逆上させるまでありそうだよ。違った意味で怖い…」


 思わず自分の腕を抱いたら、ザコルが肩を引き寄せてさすってくれた。


「彼女らに忖度するつもりはありませんが、僕がミカの側を離れるなんてもう絶対にありえませんから。心配はいりません」

「素晴らしいお覚悟です! ああ、お二人の愛よ永遠なれ…!!」

 元祖カプ厨がポエムを紡ぎ始めた。


 たまに忘れかけるが、同志達も私達を勝手に推しカプ認定して毎日覗きを繰り返すヤバい団体だ。出会った頃のタイタを思い出して少しだけ気持ちが重たくなる。ああ、これは、プレッシャー…。


「…兄貴は姉貴以外にはマジで有象無象見る目しかしねえんでまだいいすけど、ミカさんは割と男との絡みが多いんで距離感とか気ぃつけてくださいよ。この領出身の変態はなまじ腕が立つから厄介だ」

「うん、そうだね…」


 確かに、思想は違えど第二のメリーを生み出しかねない。彼女らだって本気になったら私を一時拐うくらいわけはなさそうだ。


「エビー、ミカが悪いかのように言うな。距離感なんてむしろミカが一番気にしている事だ」

 ザコルがエビーを睨む。

「あ、すいません、ミカさん。そうでしたね…」

「ううん、大丈夫だよ。私も気取られないようにするあまり、いっそ距離が近く見えるように演技しちゃうとこあるから。やりすぎないように気をつけるね」

 そう素直にぶっちゃけたら、エビーはさらに申し訳なさそうな顔になった。

 ザコルはタイタのことも睨む。

「タイタも、あまり重圧をかけるような事を言うな。……ミカに、これ以上背負わせないでくれ」

「も、申し訳ありません。思わず調子に乗った振る舞いを…。そうでした、俺は風紀を乱さない役回りをと自分で宣言したというのに」

 タイタまでシュンとしてしまった。


 どこまでも優しい彼らに、私はにこ、と笑顔を作る。

「エビーが心配してくれるのも、タイタが私達を応援してくれるのも私は素直に嬉しいよ。ザコルも心配してくれてありがとうございます。私、あなたとの関係そのものを重く感じているわけじゃありませんからね」


 腕を組んでもいいですか、と私が言うと、ザコルはそっと左腕を差し出してくれた。

 私はその腕にギュッとしがみついた。




つづく

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