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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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医者の秘密② 子供っぽい面もおありなんですねえ

「恐れながら、私はミカ様のお味方をしたくこの話をしたのです。それに、ザコル様の事も、今はそれ程悪く思っている訳ではございません。そこのエビー殿にも言われたように、少し先入観に囚われすぎたと反省していたところです」


 言い訳に思われるかもしれませんが、と幾分か落ち着きを取り戻したシシが脂汗を自分のハンカチで拭った。


「ふうーん、先入観ですか。先生は、王都でザコルの様子をご覧になって、その先入観をお持ちになったという事でお間違いないですか」

「さようにございます」

 慇懃に頭を下げるシシを見つめる。嘘は言っていない、のだろう。


「ザコルが十六でここを出るまでに、あなたと接点を持った覚えがないと言っていたんです。元々は黄緑色の魔力だったはずと言っていたのも、王都で見かけて知っていたって事なんですね」

「正確には、爽やかな若葉や、澄んだ橄欖石のような煌めきだと評していたのは第一王子殿下です。私はザコル様に関して、王宮で遠目に拝見する以上には接しておりません。いやはや、遠目でも嘆かわしく思っておりましたぞ。仮にも子爵子息が、あのダボついた地味な作業服に、その薄汚れたボロ布をまとって、髪を整える事すらせず、とても王宮に参る格好とは…」


 橄欖石、つまりペリドットか。素敵な表現だな。

 私の魔力が混じった後の状態を珍しい緑の柘榴石、つまりグリーンガーネットのようだと評したのは第二王子サーマルだ。話に聞く限りあまり性格は似ていない兄弟のようだが、美的センスは近いものを持っているのかもしれない。


「…しかも他国では歩く火薬庫だの神のいかづちだのと、およそ人につけられるとは思えぬ二つ名を平然と欲しいままにして、これが国の脅威でなく何だというのです。殿下も殿下です。『ザコルはいつだってこの王宮を更地にしてくれるって言うんだ。僕もこんな上物は要らないと思ってたんだよね、素敵でしょう』だなどと。そんな兵器のような男を連れて諸外国に宝探しへ行くと言ったきり何週間も戻られないばかりか、集めてきたガラクタを王宮のみならず地下遺跡にまで溜め込んで。全く、年頃の男児のようなお考えはお捨てになりなさいと、あなた様こそは近代稀に見るような賢王になられるのだと言ってもまるで聞いて下さらない。あれ程ご聡明で素晴らしい魂をお持ちだというのに、全く悪影響な…」


 私も少し反省している。

 第一王子の事はザコルやアメリアの心に巣食う忌々しい虫くらいに思っていたが、彼はザコルの事を政治の駒や兵器としてではなく、魂レベルで正当に評価していてくれたのだ。先入観に囚われているのは私も一緒だな。虫から人くらいには格上げしてやろう。


 ぽんぽん、と肩を叩かれて振り返るとエビーが囁いてきた。

「いいんすか、あのジジイ、また悪口言ってますけど」

「えっ、悪口なんて言ってた? どこら辺が?」

「…………」

 エビーが無言になる。もしかして、王子に悪影響ってところだろうか。

 別に、シシの思う理想の王子像になぞいくらでも悪影響を与えてやればいいと思うので完全にスルーしていた。


「……ミカの感性は、残念ながらかの第一王子殿下に通じるものがありますので」

 ザコルがエビーに首を振ってみせる。シシが目を剥いた。

「何ですと、殿下への侮辱は」

「そうですよ! 何が残念ですか。あのもっさりしたザコルを前にして心から素敵だと言える感性の何と尊い事か。私は第一王子殿下を誤解していたようです。ついさっきまでは会ったら飛礫の一つでもお見舞いしてやろうと思ってましたが、ドングリか雪玉くらいにしておいてやろうと思い始めたところですよ」

「はあ!? ミカ様までそのような世迷い事を」

 世迷い事などではなく本気だ。雪玉くらいなら本気で投げつけたって許されるはず。


「ねえ、タイタなら解ってくれるよね!」

 執行人は大きく頷いた。

「ええ、俺もかのお方は王族であるだけで実質敵かと考えておりましたが、考えを改めねばならないようですね。場合によっては、かのお方にも深緑の猟犬ファンの集いの会員証をご用意すべきではないでしょうか。既にミカ殿と町長殿にお渡しする分を作らせているところですが、第一王子殿下の会員証の素材は何が相応しいでしょう。ちなみにお二人には厳選した深緑の瑪瑙を削り出してお作りする予定で…」

「えっ、瑪瑙を削り出して作るって事は、会員証の形状ってカメオなの!?」

「まあ、わたくしの分まで会員証を?」

 私とマージの声がかぶる。 


「いえ、瑪瑙を使った会員証をお持ちなのは現在の所ではオリヴァー会長のみですよ。ですが、我々がどう足掻こうとも足元にも及ばぬ知見をお持ちの町長殿や、猟犬殿とは魂の結びつきとでも言えるレベルで異世界から引き寄せられたミカ殿にお渡しするものが、生半可なお品であっていいはずがない。そうここに集まった同志達とも結論づけまして。オリヴァー会長にご許可をいただき、急遽宝石職人を手配いたしました」


 まああ、どうしましょう。とマージが口元を手で押さえる。

「ちょっ、気持ちは嬉しいけど、石から探させたオーダーのカメオなんてすっごい高級品じゃないの!? そんなの…」

「タイタ、僕より先にミカに宝石を贈ろうとは何事ですか」

 そこかよ、とエビーが呟くようにツッコむ。

「これはあくまで会員証でございます。それにザコル殿、あなた様にはミカ殿にお贈りするものと同じ原石から削り出し、氷の意匠を刻み込んだカメオをご用意する予定でございますので、どうぞご容赦を」

「はっ? ちょっ、そ、それは、ミカと揃いのものを、という事ですか、それはう、嬉しい、です、が、恥ずか…しい…ような…」

 セリフが尻すぼみになっていくザコルの背を、エビーがニヤつきながらうりうりと肘でつつく。

 何に仕立てましょう、ブローチでしょうか、それともクラヴァットピンにいたしましょうか、と執事タイタの追撃は続く。


 ははっ、と執務机の方から快活な笑い声が上がる。

「良かったではないかザコル。どうせお前がそれ以上に気の利いたものを贈れるとは思えぬ。流石はオースト国の薔薇と謳われたコメリ夫人の息子だな」

 イーリアは元コメリ子爵夫人と面識があったのか。

「情勢が落ち着き次第、二人でそのカメオを着けて社交界に一石投じてこい。ああ、カメオのみでは格が足りぬか。では私が実家からくすねてきた翠玉でも持っていけ」

「流石はイーリア様、あの深い緑の輝きはきっとミカの白い肌に映えますわね」

「そうだろうそうだろう」

「ちょっ…翠玉って、エメラルド…!? 絶対生半可じゃないやつですよね!? 無理無理無理、私みたいな庶民には過ぎたる飾りです!!」

「何を言うか、石など所詮は石だ。ミカの輝きに勝る石ころなどこの世にあるわけがない。そうだろう?」

「ひょえ…」

「いい加減にミカを口説くのはやめやがりくださいますか義母上!」

 ギャイギャイギャイ。


「ストップ、ストーップ。先生が置いてけぼりにされてますんで!」


 ぴた。

 皆で居た堪れない様子のシシを見る。


「…で、えっと、シシ先生は何で機密をお話しくださったんですっけ」


 コホン、シシが軽く咳払いをする。そしてエビーに軽く会釈すると、再び口を開いた。


「私は、ザコル様とミカ様がこの地にいらっしゃる数日前、第一王子殿下より届いた書面にてこう承っておりました。ザコル様がお連れになる人が、ザコル様の『くびき』となりうるお方ならば、私の知る全てをお話ししていいと。……それから、オースト王家の味方に引き込む必要はないと。これは、私が未だに山の民と繋がりを持っている事をお察しの上でおっしゃったのでしょう。最悪、自治区で匿えと、そのような命であると私は捉えております」

「くびき…」


 ザコルのくびき、それはどういう意味なのだろう。枷? それとも手綱? …最終兵器の安全装置みたいな意味だろうか。


 予想通りシシは山の民のスパイでもあった。

 この感じでは王宮にいた頃も度々情報を流していたのだろう。山の民に国盗りの野望などはなさそうだが、情勢を正確に把握しておくのは生存戦略を練る上でも必要な事だ。

 シシは、山の民のトップに私を護るよう働きかけていた。それは、山の民の利になるからというより、第一王子からの密命を踏まえてということだったらしい。


 ただ、それ以前にチッカで私達がチベトと子供達に接触した事や、水害によって山の民の一部と関係が深まったのは偶然だろう。

 その後、巫女だか神子だかに仕立て上げようとしたのはシリルの純粋な発想であり、ラーマを始めとした神官達はそれに乗るような形で自分達の考えを押し通そうとし、そして女衆と対立してしまった。山の民も一枚岩ではないのだろう。結局、シシの働きかけがどこまで影響しているかは分からない。


「これは個人的な先入観であり、また失礼を承知で申し上げますが、たとえ王族の前でも身なりを気になさらないご様子や、ご自身の命をも顧みぬ滅茶苦茶な戦績を耳にするたび、ザコル様はこの世や生というものに一つの執着も持たない、そういうお人なのだと私は解釈しておりました。王子殿下にもそうした破滅主義的な思想を植え付けるのではないかと一時は危惧していたのです」


 あー、それで人に興味なさそうとか言ってたんだな、とエビーが呟く。


「あなた様方が出会ってから数年の間、私は王子殿下の様子に気を配り続けました。だが、あのお方の煌めきはよどむことなく、むしろ生き生きと鮮やかになる一方だった。あなた様方の出会いは、決して悪いものではなかったのだろうと、私は王宮を、殿下のお側を去る決心をしました。これ以上、凝り固まった老いぼれの意見を押し付けても殿下のためにはなるまいと思いましたからな」


 なるほど、ぶっちゃけてしまうとシシは『王子をザコルに取られた』と思っていたわけか。


「王宮を去る際にも、殿下は私にサカシータ領で『彼』を待って欲しい、とお願いにいらした。決して命令ではないと。その彼とはザコル様の事だろうというのは、私にも予測がつきました。殿下は『彼はああしてこの世の何にも興味のない顔をしているけれど、稼いだ金のほとんどを故郷にやっているんだ』ともおっしゃった。最後に行き着く先は必ず故郷のはずだからと、その時に殿下のお言葉を届ける役目をしてほしいのだと、この老いぼれに託してくださった。…まさか、本当に来られるとは。しかもこんな時期に、女性連れで」


 シシは軽くザコルを睨む。

 つまり、かつて自分から王子の隣を奪った男が、政変危機迫る王都で王子を護るわけでもなく、呑気に女連れで里帰りなどしている事実が気に入らないんだろう。しかも可愛い王子にはその味方をしろとまで言われている。


 今までのザコルへの態度は、全て嫉妬による八つ当たりだったということだ。


「それで、サカシータの玄関口であるシータイにずっといらしたんですね」

「さようでございます」

 シシは改めて私と、そしてザコルに一礼した。何となく場の空気が弛緩していく。


「はあ、ザコルってつくづく、色んな人に深く愛されてますよねえ…。人徳ですかねえ」

「ぼ、僕に人徳などあるわけないでしょう。シシの評価が周りの総意ですよ」

 シシの評価とは、この世の何にも執着しない破滅主義者、の事だろうか。

「ふふ、まさか」

 笑いかけたら、ザコルが呻いて後ずさった。

「くそ、やめろその顔…っ、ミカはシシを見習ってもっと僕に厳しい事を言えばいいんです!!」

「ええー、先生はヤキモチで嫌味言ってるだけですよ」

「は? そのようなことは」

「そんなにザコルが羨ましいですか。もっと達観した大人かと思っていましたけど、子供っぽい面もおありなんですねえ、先生」

 私が鼻で笑って見せると「何…」と突っかかりかけたシシが動きを止め、ふー、と息を吐いて落ち着きを取り戻した。

「そういうことに、いたしておきましょう」

 シシは取り繕うようににこりと笑った。



 ◇ ◇ ◇


「あの二人をヤらしく値踏みしてやがったのは忘れてやらねーぞオッサン」


 俺は、その白衣の背中に言いたい事をぶつけてやった。もはや敬語を使ってやる気もない。

 シシは玄関先でこちらを振り返り、ニヤリと笑った。くっそムカつくな…。


「第一王子殿下はあくまで、ザコル様の『くびき』になりそうならば、とお書きになられていたのでね。一時的なものではなく、きちんと上手くいくかどうかも含めて見定める必要があった、と言い訳させていただきましょう」

「結局何だよその『くびき』ってやつぁ」

 くびきってのはあれだろ、牛の口に引っかけて荷物を引かせるための木の棒の事だ。また変なもんに例えやがって。


「枷や拘束といった意味で用いているのではありません。どちらかといえば、この世につなぎとめるもの、という意味合いが強いでしょうな。ともすれば安易にご自身の破滅を差し出そうとなさるザコル様には、一番必要なもののはずだ。ただ、私には諸刃の剣のようにも思える。もしもの事があったら、この方はどれだけこの世に絶望するだろうかと」

「フン、縁起でもねえ事言うんじゃねーし。それに、兄貴だっても進歩してんだぜ。前よりゃ視野も広がっただろーしな」


 ザコルの危うさくらいよく分かっている。だが、そんなザコルもこの一ヶ月程で随分と社会性が出てきた。むしろ危ういのはミカの方じゃないかと思うくらいだ。


「君も苦労性ですね。凡人には凡人の苦労がある」

「うっせ、俺だってあの人らの強火ファンだ。いくら凡人でも何しでかすか分かんねーぞ!」

「はは、肝に銘じておきましょう。そうだ、最近この屋敷に来たという、暁色の髪をもった従僕見習いはうまくやっているでしょうか」

「…っ、知ってたのか、オッサン」


 このジジイ、第二王子がここにいる事知ってやがったのかよ。

 いや、山の民の長老チベトはサーマルに会っている。シシが山の民の間諜ってんなら知ってても何もおかしくねえのか。

 …ミカは、一体いつからシシが山の民の間諜だって気付いてたんだ。


「てか、知ってんなら何で会ってやらねーの。オレンジ頭の方だって、子供時分はあんたの世話になってんだろ」

「そうですな。私は、等しく彼らを気にかけてきたつもりだった。だが、彼は私にこうおっしゃったのだ。所詮お前も、兄上だけが可愛いのだろう、と。彼は私の顔を見ても喜びますまい。ですから、元気でおられるのならそれでいいのです」


 にこ、とシシは愛想笑いを浮かべた。


「老い先短えんだ、後悔ねえようにしろよ、オッサン」

「私はまだ五十五だ。あと二十年は生きるつもりだよ。ではまた」

 白衣をひるがえし、暗い雪道をゆく背中は随分と儚いもののように見えた。




 俺はわざと、さむさむ、とおどけたように言いながら執務室に入った。


「お見送りご苦労さま、エビー」

「ただいま戻りましたーって、あれっ、女帝殿と町長様は?」

 さっきまで執務机の椅子にふんぞり返っていたイーリアとその脇に控えていたマージの姿がない。

「イーリア様とマージお姉様は、えっとね、シシ先生を捕獲に行ったよ」

「捕獲!? どういう事すか!?」

 ふへへ、と緊張感のない笑いをするミカに、思わず詰め寄ってしまう。


 ミカによれば、シシは第一王子の命を無事遂行し、しかも山の民の間諜である事までバレたので、このままシータイから行方をくらますつもりだろうという事だった。


「本当はあんまり追い詰めるつもりはなかったんだけどねえ。いなくなるとこの町の患者さんも困るだろうし。でもね、イーリア様が『絶対逃がさん』っておっしゃってたからきっと大丈夫。それに同志の皆さんにもお願いしたし」

 そうミカが言うと、隣にいたザコルが自分の胸ポケットから小さな金属製の筒を取り出した。

「あ、もしかして、それマネジ殿の笛すか」

「はい。この笛の音で駆けつけたドーシャとセージに頼みました。いくらシシが玄人でも、彼らの追跡をそう簡単に振り切れるとは思いませんから。きっと大丈夫でしょう」

「ふふっ、教わった通りに吹いてみたらすぐ窓の外に二人がビタァッて貼り付いてねえ、ザコルまでびっくりしてましたよね」

「ええ、まさかあんな小さな音であんなに早くに来るとは…。全く非常識な」


 なるほど、最初っから追わせるつもりだったのか。よかった、ちょっとでも時間稼ぎしてやって…。

 タイタが俺の肩を叩き、ご苦労だったな、と労いの言葉をかけてくれる。


「エビー、お前の事だから玄関先でシシ殿を引き留めているだろうとミカ殿がおっしゃったのだ。本当に期待通りの時間をかけて帰ってきたな。イーリア様方もきっと余裕を持って待ち伏せられた事だろう」

「俺が喧嘩売るとこまでお見通しかよ…。マジやべーなうちの姫は」

「本当に喧嘩売ったんだねエビー。もう絶対先走らないとか言ってなかった?」


 ひや、と冷気の幻覚を見た気がして俺は慌てて誤魔化した。

 マジでおっかなくて最高なんだよな、うちの姫は。


 マネジの笛はいつ借りて吹き方まで教わってたんだろう。鍛錬中か、まさか、戦のさなかか。

 ここまで来ると、カリューで再び魔力を枯渇させかけたのさえ、今夜シシを呼ぶための布石だったんじゃないかと思えてくる。

 緊急時でもなければ日中の診察になるし、日中ならこちらから診療所へ赴く方が自然だ。当然、人の出入りや時間制限もあって、先程のような長話や内緒話はできない。

 イーリアに対しても『想定の範囲内』だとか堂々と言い放ってやがったもんな。

 そうなると、ジャム作りと並行して、ザコルに『無理強い』してでも魔力を貯めさせてたのだって…。


「エビー、何やら過大評価の気配がするんだけど、偶然重なった事まで私の功績に入れないでよね? ていうか、今日の内緒話は報告書に残しちゃダメだからね?」

「わ、解ってますって! 機密でしょ機密。ウチの王家はともかく、ツルギ王朝まで敵に回す勇気はねーすよ」

 あ、とミカは何か思いついたように拳を叩いた。

「それなんだけどさー、私ってツルギ山周りの歴史だけはほとんど知らないんだよねえ。オースト王家としちゃ旧王朝の歴史を書物に残す気なんかないんだろうから私が読んだ事なくて当たり前なんだろうけど。知ってる限りでいいから講義をお願いできないかな、エビー」


 出たよ、何でよりによって俺みたいな庶民にツルギ王朝の歴史の講義なんかさせるつもりなんだ。意味わかんねー。


「僕に聞けば充分なのでは?」

「もちろんザコルの話も聞きますけど、ザコルはツルギ山連合出身の人でしょ。完全圏外の、しかも王侯貴族じゃないエビーの視点って興味深くないですか。こういうのって色んな立場の人から話聞いた方がいい気がするんですよねえ。だから王都出身のタイタや地方貴族出身のアメリアにも聞こうと思ってます。そういう外聞も含めて正確に知ってこそ山神様への信仰も深められそうな気もするし」

「…っ、だから、どうして宗旨替えしようとするんですか!? こっちには嫁ぎ先に合わせるだなんて風習はありませんよ!?」

「ええー、それこそ私の自由じゃないですか。私は勝手に自国の風習を守って宗旨替えを検討しているだけなので気にしないでください」

「…っ、ぐうう」


 また変な事でザコルを動揺させてんな…。宗教の話ひとつでイチャつけるなんてある意味才能だ。


「素晴らしい。ミカ殿はザコル殿のために信じる神さえ変えようとのお考えなのですね。何というお覚悟か…!」

「泣くなよ執行人殿は。山神様に入信すんなら巫女引き受けたらよかったっしょ」


 俺はからかったつもりだった。つもりだったんだ。


「何言ってんの、にわか信者がいきなりそんな地位について許されると思ってんの。まずは座学で理解を深め、実地で十年以上は修行して、それから」

「いやガチすぎんだろ!? 何目指す気なんすか!? 長老様の跡でも継ぐ気すか!?」

「ええー、仏教でも教えの厳しいとこならそれくらいは」

「ミカは出家でもするつもりですか。ただの信者にそんな過酷な修行が必要なわけないでしょうが」

「ああ、それもそうですね。ちょっと視野が狭くなってました」

「急に視野狭まりすぎだろ…」


 ザコルの事になるといつもちょっと知能が低下するんだよな、この人。

 視野だって、いつも鳥かってくらいの広さ持ってるくせによ。



 イーリアの側近に担がれたシシと、その保護者か付添人として呼び出されたらしいラーマが執務室へやってきたのは、その半刻ほど後のことだった。



つづく

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