カリューゲリラ訪問③ 薪乾燥マラソン
シモノにまず案内されたのは、元町長屋敷で今は避難所になっている建物の裏手だった。
屋根とレンガの台だけのシンプルな薪置き場に乾燥中の薪が大量に積まれており、その脇のちょっとした広場…おそらく休耕中の畑か何かには、まだ切っても割ってもいない丸太木が積まれていた。
その長さ数メートルはある太い丸太木を、ザコルがヒョイっと軽く引っ張り出し、地面にドスッと打ち立てた。その瞬間、上に積もっていた雪もドサッと落ちる。
その非常識極まりない光景には、エビーが「うわぁー…」と呟いた以外、誰も言葉を発せずに呆然とするしかなかった。
「こっちの丸太は僕が適当に切り分けておきますから、ミカはそっちに積まれた薪から乾燥を進めてください。これを目の前に貼って」
そう言って渡されたのは『異変を感じたら中止』と書かれた小さな紙切れだった。これを見ながら作業し、翻訳能力が正常に機能しているか確認しろという事らしい。
「ふふっ、ありがとうございます。私も一応持ってきてたんですけどね」
私がカバンから出したのは、私の字で『いつもありがとう』と書いた下に、ザコルの字で『こちらこそ』と書かれた紙切れだった。
魔力不足で翻訳能力がオフになった夜、私がうなされて涙を流さないようザコルが夜通しついていてくれる事になり、感謝のつもりで書いてベッドサイドに置いていた紙だ。翌朝見てみればザコルからの短い返事が書かれていて、私はその初めての手紙を大事に持ち歩いていた。
また不思議そうな顔をしているサゴシには、魔力不足の前兆として翻訳能力がオフになる事をエビーが説明している。
「ミカの補助は私とこちらの女で行おう。男共は全員丸太を割れ」
イーリアの指示で、斧やナタといった道具がありったけ集められる。同志達も藪の中から出てきて道具を手に取った。
カリューの町長屋敷からやってきた女性使用人達が一礼し、私には椅子が差し出される。ザコルがくれた紙切れは、使用人の一人がサッと出してくれた安全ピンで私のコートの袖に留められた。
目の前の台に薪が置かれるので、昨日得た要領で薪の水分を加熱する。熱いのですぐ触らないようにと言えば、使用人達はミトンを持ってきて対応してくれた。手際がいい…。
最初の何本かは男性陣も見物していて、乾燥が進んだ薪を打ちつけて音を鳴らせば、おおーっと歓声が上がった。
「あんなに重たかった生木が、一瞬で…!」
「絶妙な乾燥具合だ」
「これは火持ちがいいぞ」
皆が口々に薪職人みたいな事を言うので笑ってしまった。
「水温変化の魔法を薪の乾燥に応用するとは、あらためてミカの発想には脱帽だな。たとえ同じレベルの魔法士がいたとしても、こうまで能力を使いこなす者は少ないだろう」
「お褒めいただき光栄です。お風呂とジャム以外にも使い道が見つかってよかったです」
昨日の林檎ジャムのように、薪に魔法をかけ終わるとサッと回収され、また新しい薪が台に置かれる。途中で膝掛けやら飲み物やらも出てきた。王様にでもなった気分である。
一方、丸太切り出し班の方は雪の中で汗だくになっていた。山の民が二人がかりで大きなノコギリを引いているかたわら、ザコルは巨大な斧を持ち、まるでニンジンかゴボウでも切るようにスパスパ丸太を切り分けている。振動が地面に伝わって物凄い轟音が辺りに響いており、避難所となっている元町長屋敷からは何だ何だと避難民達が見物にやってきた。
切り分けられた丸太をそれ以外の男性陣が鬼の形相で縦に割りまくり、物凄いスピードで薪が積み上がっていく。私の方は一人で一本ずつちまちまと乾燥させているので薪の山はたまる一方だ。
ただ途中からコツを掴んできて、一本当たり三秒もかかっていた作業が一本一秒もかからなくなった。そのうち三本くらい一緒に乾かせるようになった。薪を台に置いて回収する使用人の手つきも段々と物凄いスピードになってきている。なんて生産性の高い職場だろうか。
見物人は私の方にもやってきて、励ましや感謝の言葉をかけてくれる。絶え間なく話しかけられるので、ザコルに渡されたメモを見なくとも翻訳能力が機能しているかよく分かった。
途中、十五分の昼休憩を挟みつつ作業を続け、最後の一本に魔法をかけ終わると、周りから大きな歓声が上がった。
◇ ◇ ◇
薪割り作業でヘトヘトになって倒れた町長シモノに代わり、町の商店街の方から来た年配男性が次の薪置き場に案内してくれている。
「あの、別に抱っこで運んでもらわなくていいんですけど? 男性陣の方がずっと体力使ってましたよね?」
何故か私を縦抱きで運んでいる人に話しかける。
横や後ろを見ると、足元が若干おぼついていないエビーとサゴシに、爽やかに汗を拭うタイタがついてきていた。エビーはもうツッコむ気力もないらしい。
「…ミカが何時間もひたすら働いているのを見たら、何となく不安になって。すみませんが、運ばせてもらえませんか」
「ザコルがそれで安心するなら…。私としては、座りっぱなしだったのでちょっとは歩きたいです」
そう言うと、渋々といった感じで雪道に降ろされた。抱っこのまま商店街に入るのはちょっと恥ずかしかったのでありがたい。
山の民は城壁や水路の修繕を手伝うと言うので別れた。
イーリアのもとにも影っぽい人が何か報告にきて、直後、急用ができたと告げ影とともにどこかに行ってしまった。曲者か中田でも出現したんだろう。
商店街の方にある公共の薪置き場では、町民達が手伝ってくれる手筈だと年配男性は話した。そちらには切り出されていない丸太棒などはないので、男性陣もいくらか休憩できるだろう。
商店街の入り口には、ザッシュが仁王立ちで待ち構えていた。
「よく来たな、ミカ殿」
「ザッシュお兄様!」
ザッシュにサゴシを紹介する。サゴシはあの深緑の猟犬の兄だという大男相手に緊張しきりだった。
「町の者が喜んでいたぞ。あのような量のジャムなどいつの間に用意した。あの戦からそう日も経ってないのに」
「そりゃ、みんながそれこそ戦争かっていうような勢いで林檎剥いてカットしてくれたんですよ。私は流れ作業で魔法をかけただけです。木べらしか持たせてもらえないし、楽すぎて申し訳ないくらいで」
「楽なもんかよ! 千二百瓶だぞ千二百瓶!! 姐さんは木べらしか持たねえくらいで丁度いいんだ!」
ちょっとは回復したらしいエビーがツッコんでくる。タイタも同感だとばかりに頷いている。
「もー、みんな大袈裟。一昨日も昨日も、林檎ジャムにかけた時間なんて一日平均三時間くらいしかないじゃん。バイトだってもっと働くでしょ。あんなのスローライフだってスローライフ」
「ばいと? いや、マジで何言ってんのか分かんねえすけど」
エビーは怪訝な顔をした。
スローライフという言葉は通じるようだが、バイトは通じないようだ。時給による雇用体系が存在していないのかもしれない。
「ジャム以外にも風呂と芋と編み物と薪もあっただろ。昨日は本当にさっさと寝たんだろうな」
「昨日はすぐ寝たよ。荷物見たら、毛糸も裁縫道具も文房具に本まで抜かれてるんだもん。相変わらず周到なんだから」
せっかくなのでティスとジョーが取り寄せてくれた薬草図鑑でも読もうかと思っていたのに。
使用人に聞いたら、夜は金庫で預かりますとすげなく言われた。まあ、高価なものでもあるので仕方ない。
気がつくと、私とエビーのやりとりをザッシュとサゴシが微妙な顔で見つめていた。
「…ふむ、周りの苦労が忍ばれるな。さて、薪の乾燥をするとの事だが、どうするんだ。さっきまで元町長屋敷の方からやたらに轟音が響いていたが、そんなに激しい作業なのか」
「いえ、あれはザコルが丸太木を巨大斧でサクサク切り分けてた音です。私の作業なんてほぼ無音ですよ」
ザッシュがザコルの方をちら、と見て頷く。
「なるほどな。お前達は二人揃っておかしい。さあ、ここからは俺が案内しよう」
おかしいとは何だとプンスカしてみせると、ザッシュに小動物でも眺めるような顔で笑われた。
ザッシュが町民のために作った、サイフォンの原理を応用した噴水施設が見えてくる。
「あれが凍りついてしまってな、朝はここに呼ばれていたのだ」
「もう直りました? 直ってないなら私が魔法で溶かしますよ」
「いや、割にすぐ直った。真冬はどうせ完全に凍ってしまうが、浸水の片付けもまだある。もう少し働いてもらわねば困るからな」
ザッシュの言う通り、噴水はちょろちょろと水を吹き出している。
「冷たそうですねえ…ちべたっ」
噴水の水を触ったら案の定冷たかった。直に氷を触っているかのような水温だ。
「あまり触っていると凍傷になるぞ」
「ひえー、凍傷。今、雪国の過酷さを実感しちゃいました。これは大変ですね。薪の後で時間があったら皆にお湯を」
じろ、隣を歩く人に睨まれる。
「ミカは今回、薪の乾燥だけにしておいてください。さっきの薪だけでも何万本加熱したと思っているんですか。この上お湯なんて」
「いいじゃないですか、今日は充電池の人もいるんだし」
「僕を使うのは緊急時のみです! 無茶を前提にするならもう協力しませんからね!」
「ええー」
「おい、ザコルを使うとはどういう」
ザッシュには魔力譲渡の話をしていなかっただろうか。治癒能力に比べればそこまで隠す程の事ではないが、この場にはサゴシもいるので、また説明すると言って納得してもらった。
商店街を進んでいくと、カリュー町民達が集まってガヤガヤとしている場所があった。
「ミカ様だ!」
「ザコル様も! お待ちしてましたよ!」
わっと町民達に囲まれる。
「シケた薪を集めろって聞いたんですが…」
彼らが案内してくれたのは、一つの空き店舗だった。
空き店舗の外には、薪を積んだ荷車がたくさん停まっている。店舗の中には椅子とテーブルが用意されており、先程と同じように薪の乾燥に集中できる環境が整っていた。
「すごい、バッチリですね。じゃあ、薪を三本ずつテーブルに乗せて流してってもらえませんか。乾燥した直後は熱いので、ミトンか手袋を着用してください」
流れ作業の補助をお願いすると、町民達はよしきたと配置につく。
最初に加熱した薪を打ち付けてみせると、その軽やかな音にここでも歓声が沸いた。
「よおーし、最後! むむー」
シュワッ、薪から蒸気が抜けてパチっとヒビが入る。町民達が拍手で完遂を祝ってくれた。
「次、次はどこですか! やばい、もうあんまり時間がない!」
時刻的にはもう二時を過ぎたくらいか。モタモタしていると夕方になってしまう。
「次はサギラ領側の広場だ。あっちにも薪と木材の置き場が」
「よし、走って行きましょう!」
私は勢いよく立ち上がる。
「待って、これ、おやつにどうぞ!」
町民の一人が山で摘んだらしい何かの実を練り込んだクッキーを手渡してくれる。ああ、この人は確かタキの妹、ミワの叔母だ。
「はひはほう!!」
私はそのクッキーを口に突っ込んでお礼を言うと、空き店舗を飛び出した。
詰めかけた町民達が「ありがとう!」「頑張れー」などと声援を送ってくれる。某二十四時間番組でマラソンをする芸能人にでもなった気分だ。
「おい、行儀が悪いぞミカ殿!」
「待て姉貴!! 速えって!!」
「ははっ、流石はミカ殿です! 淑女としてはまさに冗談のような速さだ! どこまでもお供いたしましょう!」
「マジかよ、マジで何なんだよあの脚の速さ…!! 冗談じゃねえぞマジで一体どこ目指してんだよ氷姫様はあああー!!」
みんな思い思いの事を叫びながらついてくる。
商店街を出てすぐにザコルに捕まって抱き上げられた。そして私の足の速さなどとは比べ物にならない速度で走り出す。
「ちょ、ま、待ちやがれ変態いいいいぃぃー…」
エビーの叫びがあっという間に遠ざかった。
まるでバイクかスポーツカーにでも乗っているようなスピードで広い馬車道を走り抜けていく。
ズザアアッ、私を抱いたままのザコルが派手にスライディングし、巨大鎚が飾られている広場に到着する。
「うひょおお!! お待ち申し上げておりましたあ!!」
同志が歓迎の舞かというような動きで出迎えてくれる。
「ここにあった丸太は何とか全て切り分けておきましたゆえ!」
そう言われて見ると、大量の薪があちこちに散らばっており、それをカリューに屯留する兵士達が拾い集めているところだった。
兵士も同志も汗だくだ。同志達は午前中の作業が終わるや否やこちらに移動し、丸太木を薪にする作業を進めてくれていたようだ。よく見ると、深緑色の外套を羽織った見慣れない人物が二人程混じっている。もしかしなくともサギラ領から来た貿易商の同志だろう。
「時間がないので、とりあえず片っ端から魔法かけていきます! 適当に並べてくれますか!」
そう叫ぶと、兵士の数人が麻袋のようなものを雪の上にじゃんじゃん広げ、その上に薪をはしごのように並べてくれる。私はその端から魔法を順繰りにかけていった。
「ええい、三本ずつでもめんどくさい、こうしてこうしてこうだ!!」
薪を十本くらい同じ場所に集め、同時に魔法をかけてみる。
……うーん、ちょっと乾燥が足りない気もするが…
「はあ、はあ……あちっ、こんなもんでも充分だぞ姐さん。全くこの野生児どもめ…」
息を切らしながら、まだ熱い薪を持ち上げてみせたエビーが太鼓判をくれる。最高の薪ではないが、そこそこの薪には仕上がっているらしい。
「そう、じゃあここからは十本ずつやっちゃう! えーいっ」
次、カリューに来られるのがいつになるか分からない以上、質より量を取るべきだ。とにかく一本でも多くまともな薪にしてやらねばならない。
魔法をかけ終わった薪を、ザコルとエビーとタイタとサゴシが拾い集めて保存用の棚へと運んでいく。今日だけで何十本の丸太木を捌いたか分からない同志達は雪の上に倒れ込んでいる。兵士達はそんな同志達に水や手拭いを渡して回っていた。
「ふはは、絶景かな…」
「我が人生に、一遍の悔いなし…!」
彼らは倒れ込んだまま、まるでケーキを切り分けたかように一部が消失した城壁を見上げている。
「何だ、あれ…」
サゴシがつられたように城壁を見上げ、しばし呆然とした。
「おい、ボサッとしてんなよサゴシ! あと一時間もすりゃ日が陰る!!」
エビーが焦ったように薪を抱えて叫ぶ。
「あ、ああ…。それなら、馬達をここに連れてきておいた方がいいんじゃないか」
「ならばその役はおれが引き受けよう」
「えっ、あ」
サゴシが止める間も無く、ザッシュが雪道を物凄い勢いで走り出す。
「速…。サカシータ一族、半端ねえー…」
「いいから動けてめえ」
再び呆然と呟くサゴシの脳天に、エビーのチョップが突き刺さった。
「ミカ、ミカ」
ザコルに肩を叩かれる。
薪は残り百本もあるかないかだが、時間的にはすぐにでも出発しないとシータイに着く前に夜がやってきてしまう。
ヒヒン、とクリナの声が聴こえて振り返れば、彼女はザクザクと足踏みをしていた。早くしろと急かしているようだ。
「〜〜〜、〜〜。ミカ」
今日はここまでです。言葉は解らなくとも、不思議と彼の言いたい事は解った。
こくこく、と頷いてみせると、私をヒョイと抱き上げてクリナに飛び乗った。
うわあ、と周りから驚きとも心配ともしれない声が上がる。
「センタス! センタース! ミカ〜〜!!」
いつの間にか、広場にはカリュー町民が集まっていた。私は笑顔で彼らに手を振った。
「ミカ〜〜、ザコル、〜〜〜〜」
馬の脇にやってきたザッシュが何事か声をかけてくれる。また近々シータイに行くとでも言っているんだろう。
「センタス、ザッシュ…」
しまった、敬称の発音までは分からないのに呼びかけてしまった。急に呼び捨てにされたザッシュは一瞬きょとんとしたが、すぐにニカッと笑った。
「〜〜、ザッシュ、〜〜〜」
別にザッシュでいいぞ、そんな事を言ったんだろう。
ザコルが手綱を引き、クリナの腹を軽く蹴る。クリナは並足で歩き出した。
馬車道沿いに、多くの町民達が並んで私達を見送ってくれる。その列は朝通ったカリューの城門をくぐるまで続いた。
「センタース、ミカ〜〜、ザコル〜〜」
「〜〜〜〜〜!!」
あいにくセンタス…『ありがとう』しか聴き取れないが、皆が感謝や労いのの言葉を叫んでいるのは明らかだった。
城門を出てすぐのところに待機していたイーリアと小隊、そして山の民の荷馬車も私達を囲むようにして動き出す。
「センタスーっ!」
私達は城門の上にもあふれた人々に手を振り、カリューを後にした。
◇ ◇ ◇
「ミカ」
耳元で囁かれたかと思ったら、首元のマフラーをサッと頭にかけられ、ぐいっと首を回された。そのまま数秒間口付けられる。
辺りは薄暗くなってきているし角度的に気づく人もほとんどいないだろうが、羞恥に顔が熱くなるのが分かった。
「ぷは」
「言葉は解りますか」
「はい。ふへへ、バレましたか」
照れ隠しに笑って顔を前に向ける。そしてマフラーを着け直して顔をうずめた。
「やっぱりな…。『ありがとう』の発音おかしかったぞ、姉貴」
「だよねえ、ザッシュお兄様の事も呼び捨てにしちゃった。変に思われたかな」
「そんなん気にするようなお兄様じゃねえよ。魔力が枯渇しそうだったって聞いたら怒るかもしんねえけどな」
「えっ、魔力が枯渇!?」
エビーの言葉に、サゴシが声を上げる。
「ミカ殿は流石、隠すのもお上手だ。恥ずかしながら、俺も先程までお言葉を失っている事に気付けませんでした。やはり、短時間の滞在ではミカ殿も無茶をしがちになりますね。ザコル殿のご協力は必須なようだ」
「ザコル殿のご協力…?」
後で話せたら話してやるよ、と言うエビーに、サゴシは怪訝な顔のまま頷いた。
「ああー、百本くらい残しちゃったなあ…」
「百本くらいなら何とでもなります。もっと細かく割って暖炉の近くにでも置いておけばそこそこ乾きますし、あの百本は冬の間に使い切らない可能性もありますし」
「なるほど」
それならいいが…。細い薪でも火付けなどには使えるのだろうし、何とかなるというのならそれでよしとしよう。
「同志の皆さんは?」
「ついてきてますよ」
サゴシが藪の方を見遣る。
「ふふっ、あんなに薪を割ってくれた後に走って帰れるなんて。まさに冗談みたいな体力ってやつだねえ」
「冗談みたいなのは氷姫様…ミカ殿ですよ! 何ですかあの脚の速さ!! 現役の騎士が置いて行かれるなんて!!」
サゴシが噛み付くようにツッコんでくる。
「まさか。三人だってちゃんとついてきてたじゃない。それに走り続けてたらそのうち追いつかれると思うよ。ねえ、エビー」
「ほお、そりゃ嫌味すか」
「嫌味じゃないよ。流石にそこまで自分を過信してないからね。体力ではまだまだ現役騎士を超える程じゃない。精進あるのみだね!」
「姉貴はこれ以上精進なさるんじゃねえし! どこの世に現役騎士を目指す姫がいるってんだ! 精進すんのは俺らだっての!!」
現役騎士どころか大国の騎士団長にまで登り詰めた伯爵令嬢イーリア姫という例もあると思うが…。
「精進は必要だなエビー。明日から走り込みを増やし、また、瞬発力の向上にも全力を注ごうじゃないか」
「そりゃ名案すねタイさん。これ以上出し抜かれてたまるかってんの!」
頷きあうエビーとタイタ。要領の良さが売りだったチャラ男が随分と脳筋に…。
「なあ、俺も明日の鍛錬ってやつに参加したいんだが、いいと思うか、エビー」
「いいんじゃねえの。一応団長に確認取れよ」
明日はサゴシも参加してくれるのか。それは楽しみだ。
「サゴシくん、今日は付き合ってくれてありがとう。うまく説明できない事ばかりでごめんね」
「い、いえ。こちらこそあまりお役に立てず」
「ううん、いきなり大量の薪割りさせられたり、町内マラソンする事になったり、昨日着いたばっかりだってのに大変だったよね。でも、いてくれて助かったよ。君はこれからも私達と行動を共にするのかな」
「それは、団長の采配次第になるかと。もし足手まといになりそうならおっしゃってください」
サゴシは嫌味でも卑下でもなく、ただ純粋な瞳でそう言った。
「足手まといになるとは考えてないよ。とりあえず、城壁をご覧になった感想だけは聞きたいかな」
「城壁…城壁ですよね、あれ、何かサクッとフォーク入れた巨大なケーキにしか見えませんでしたけど」
「そう! 私もケーキみたいだと思ったんだ! あれねえ、ザコルが巨大鎚でスパーンスパーンと二ヶ所切れ込み入れてぶち抜いたんだって。どう思う? あり得なさすぎてザッシュお兄様も白目だったよ」
「巨大鎚って、あれですよね? 広場に飾られてた、どう見ても大人二人分以上の重さがありそうな、あのひしゃげた鎚…。あの、猟犬殿って、暗部で隠密や斥候の任務を主にしておられたんですよね? どうして重戦士みたいな真似事を」
「…僕は、基本的に来た依頼は断りませんので」
「そういう問題ですか!? 何か今日もお一人であの丸太ん棒を持ち上げてませんでした!? どういう膂力なさってるんですか!?」
「ははっ、サゴシ殿はいい反応をなさる。最近では皆驚かなくなってきましたからね」
久しぶりに初見の人の感想を聞けるとあって、私とタイタはずっと大はしゃぎだった。
シータイには、真っ暗闇になる一歩手前くらいで何とか着く事ができ、心配していた人々から大いに出迎えられた。
つづく




