9.組み紐ピアス
半年くらいたっているので、少しおともだちもいます。
あわじ玉の疲労軽減ピアスはビックリするほど売れた。というのも、フェナが大層気に入ったからだ。糸に付与せず、紋様に付与となったから、色違いを作れた。そうしたら、三つも買って、毎日服に合わせて色を変えている。稀代の精霊使いが愛用しているピアス(しかも可愛い)ということで、作った端から売れていった。
シーナは悟った。
「つまり、フェナ様はファッションリーダーなのよ」
「ファッションリーダー?」
今日は月に二回しかないお休みの日。シーナは行きつけの糸屋に来ていた。
基本付与は店でやる。これも、本来は自分で作った方が魔力が馴染みやすい。シーナはまだ手伝いをするレベルだ。
糸自体に付与があるものもたまにあるが、ほとんどが何もかかっていない素糸と呼ばれる状態だ。素糸の在庫をこのアンジーの店で買っていた。
「またはインフルエンサー。流行り物を爆発的に広める人のことよ」
「確かに、フェナ様はいつもきれいな服を着てるわよね」
私たちは三着くらいを着回す。しかも中古を買う。新品なんてビックリするほど高い。給料一ヶ月分どころではないのだ。毎日洗濯が出来ないのがとっっっても不満なのだが、仕方ない。洗浄の組み紐を貰っているのでそれで毎日身綺麗にしているつもりだ。しかしそれはあくまで普段着である。
森であったときのフェナはまあそれなりに森の中に入る格好をしていた。ブーツにパンツスタイルで、袖のゆったりした服だった。生地の色も至って普通の暗めの目立たない色だ。
しかし街中のフェナは違う。高そうな毛皮のショールだとか、裾をヒラヒラさせたものを腰に巻いたり、暑い時期はキラキラした石をあしらったサンダルでうろうろしていた。
フェナの周りは常にキラキラしている。
他の組み紐師の店もこの流行りを一過性のものかどうか、それともこの先長く続くか探っている状態だ。組み紐師の最初の反応はガラのものと同じだった。これは、組み紐師の仕事ではない。それでも流行りだしているのは事実だった。手首につける組み紐の本数には限度があるし、何本もぶら下げられるのは魔力の使い方に長けた者ばかりだ。普通に暮らしていると、着けても簡単な魔除け程度。シーナも右に洗浄、左に魔除けを着けていた。だが、耳にも組み紐のピアスをつけられるとなると話しは変わってくる。今右耳につけているのは魔除けの組み紐ピアスだ。試しに作ってみたら問題なく機能している。一般市民は使って消耗しないと新しいものは買わないので、新しい魔除けの組み紐を買いにきた人に薦めてみようと思っている。
だが、同じ形ばかりでは芸がないし、これで終わってしまう。
そこで新しく考えたのが、淡路むすびのピアスだ。
淡路むすびは、結婚式のご祝儀袋によくある、二度と起きてほしくないというパターンのとき使われる、一般的な結び方だ。輪が真ん中で三つくらい複雑に組み合わさってみえるようになっているあれだ。
それを縦にして、先っぽにまた石をつけたら可愛くできた。形だけは。淡路玉よりは紐を丸めることはないので、よいと思うのだが実際付与をしてみないとまた意味をなしていないなどと言われそうで怖い。
「アンジーは、どんな効果のある組み紐がほしい?」
「疲労軽減、魔除け以外で?」
「うん」
「そうねー、あなたが今腕にしてる洗浄は、けっこう使う頻度も高いし助かるかなぁ。体や洋服の洗浄の重要性は、落とし子がもたらした知恵なのよ」
公衆衛生の改善は、疫病の発生を抑える。身綺麗にしていることの大切さを切に説いたそうだ。
毎日風呂に入ることが当然であったシーナは、過去の落とし子に深く感謝する。
「他に欲しいなと思うものは……あー、点火は冒険者には重宝されるんじゃない?」
「点火かぁ」
「街の暮らしでなく、冒険者に必要なものという観点で付与を考えるのもいいかもね」
「でも、街の外をうろついたことないからなかなか思い付かないなぁ」
冒険者の組み紐は、魔除けのようなひとつの意味を持つ付与をつけるよりは、水の魔法を使いやすくする、などといった、使いたい精霊の力を強くするものが多い。オーダーメイド品はほぼみんなそのタイプの物だ。
街へ来た時以来、外には出ていない。素材の採集に、兄姉弟子たちがよく行っているので聞いてみるか?
「フェナ様に聞いてみたら?」
「あの人は、自由人過ぎるからなぁ」
自分のやりたいことしかしないタイプの人。
だが、そのフェナのせいで大変な人を知っていた。
「考えてくれそうな人を思い出したわ」