87.訃報
六月になった。梅雨はなく、雨季もない。シシリアドはわりあい乾いた土地だった。
夏になり日差しが強くなると、冷たい物が欲しくなる。フェナの屋敷では連日アイスクリームが作られているらしい。ヤハトの腕が上がったという。上げざるをえなかったが正解ではないだろうか。
日本のように湿度はないから不快指数はそこまで高くはない。
軽い水不足になるらしく、そうなると水の精霊石が活躍する。
森の向こうに大きな湖があるらしく、領主所有の水の精霊石を大量に携えて、冒険者たちが湖に向かう。網にたくさんの精霊石をいれて、暫く湖につけておけば、たっぷり水分を含んだ水の精霊石が出来上がる。それを持ち帰り、山の麓にある浄化装置に注げば、たくさんの飲水が出来上がるというわけだ。
さらにそこから精霊石に再び水を取り込んで、水売りが街で売る。水の値段は驚くほど安い。鉄貨で樽いっぱいの水が得られる。買う金がないという者たちには、井戸に最後流し込む水でしのいでもらうらしい。水の精霊石の扱いだけ厳しいが、公共事業というわけだ。
外がざわつき、水売りだと聞こえてきたので、手の空いていたシーナは鉄貨を持って外に出た。力のない小さな子どもたちでもできる仕事なので、職につく前の子どものいい小遣い稼ぎになるらしい。
十人くらいの子どもに、兵士が一人ついてくる。
「お水をお願いします」
小さな女の子が駆け寄ってくる。
「はいこれ、お願いします」
鉄貨を渡すと少女はそれを兵士に渡し、シーナの後をついて店の奥までやってくる。
親指の爪くらいの小さな水の石を瓶の縁のくぼみに置く。水の石を使うので、家庭の水瓶にはみなこのくぼみがあった。
「あ、いいよ私がやるから」
水の精霊石に軽く魔力を通すと勢いよく水が出てきた。
「今日は暑いね。大盛況じゃない?」
「昨日のほうがお水が切れてるおうちが多かったみたい。昨日よりは少ないよ」
溢れる前にもう一度魔力を通すと水が止まった。
「ありがとう、またよろしくね」
コップ一杯の水をわたすと、少女の表情が明るくなる。頰を赤くして疲れていた顔をしていたので少し心配になったのだ。あっという間に飲み干すと、手を振って店を出ていった。兵士や他の子どもたちは待っていないので追いつかなければならない。
水瓶に腐敗防止のヒラ石というシーナからしたら謎の石を入れて、瓶の蓋を閉じた。
そろそろ昼御飯の準備でもするかと思っていると、何やら店の方が騒がしい。
顔を覗かせるとガラも個室から出てきた。お客も一緒だったから一応組み紐は編み終わったのだろう。
「ガラ! ベラージ翁が」
数区画先の、わりと、行き来のある組み紐師のセガナだ。
兄姉弟子はもちろん、その場の客たちもセガナの言葉にざわつく。
頭の上でハテナマークを飛ばしているのはシーナだけだった。
「組み紐は最後まで編みなさい、それが終わったら今日はもう店を閉めて」
客を取っていなかった者はすぐに自分の道具を片付けだす。
手を止めかけていた者もすごい勢いで仕事を終わらせにかかる。
「ギムル! ラムガと買い物に。シーナ、何か大勢で食べられるような料理はない? 手掴みで、一つ一つ持って食べられるようなやつ」
「えー、いつものパンとかじゃなく?」
「外で食べられるような物で」
マヨネーズ禁止令が出た。
「えー、えー、油たくさん使っていいなら唐揚げ。油がたくさん飛んで後始末が大変だからフェナ様のお屋敷でやりたいくらいだけど」
「それ採用。シーナはギムルに送ってもらってフェナ様のお屋敷に。唐揚げの材料は?」
「鶏肉と塩コショウ、ゼガ、チカの実漬け。あと油」
「ギムルは今の材料を買ってフェナ様のお屋敷に届けて」
「わかりました。シーナ帽子を持って来い」
口を挟む暇がなく、そのまま外へと連れ出される。ラムガが後ろからすぐ追いかけると怒鳴っていた。
「ねえギムル、何が起きてるの?」
一人だけ良くわからずに事が進んでて困る。
「あ、ああ。そうだな、すまん。ガラも慌ててるんだ。みんなも。さっきベラージ翁って言ってたろ? ベラージ翁は、組み紐師の重鎮だったんだ。シシリアドで一番歳を重ねた腕の良い組み紐師だ。百歳を越えた高齢で、もう客商売はしていなかったけど、彼の発言は重かったし、街の一等地であるギルド広場に家がある。あのあたりで店でなく家を構えてるのはベラージ翁くらいだよ」
それが、春先から体調を崩し気味だったらしい。結婚はしておらず親類などもいない。独り身の独り暮らしで、通いの家政婦が世話をしていたそうだ。
「そろそろ危ないという話になっててね。さっきので亡くなったとわかったんだ」
「ここで百歳越えはすごいんですよね?」
「そうだな。落とし子以外で百歳を超えることはなかなかないね。で、みんながどうしてバタバタしているかと言うと、ベラージ翁のような長生きをして、街に貢献してきた人がなくなると、盛大な葬儀が執り行われるんだ。さらに魔力量も多く百歳を越えると、雫葬になる。フェナ様が面倒くさいと言い出さなければフェナ様がするんじゃないかなぁ?」
「しずくそう……」
「人は長く生きると精霊に寄るからね。闇に引きずり込まれないように、きちんと世界樹様に還さないといけないんだ」
なんか色々あって頭が追いつかない。まあとにかく葬儀がされるのはわかった。
「それでなんでご飯を作るんですか?」
「今回亡くなったのが組み紐師だし、ガラも世話になってたから。親族がいないし仕切るのは組み紐ギルドだろうけど、ガラも対外的に雫葬を支援しているところを見せつけておきたいんだ」
「見せつける……?」
プライドみたいなものだろうか?
「もちろん金も出すだろうけどさ、儀式の終わったあとには家の前、この場合はギルド広場あたりで食事が提供されるんだ。飯目当てにシシリアド中の人が来るから大騒ぎになるぞ。親しい人は家の中に入るけど」
大往生のあとの精進落としのようなものか。
「ギムル、ガラの意図を正しく把握したい。私の料理はどういったものが喜ばれて、ガラの望む結果になるの?」
「えっと、そうだな、マヨはまずいが、うん、目新しくてみんなが知らない旨い料理を見せつけてやれば、ガラは素晴らしい貢献をしたと思われるし、そう思われたがっている。料理はテーブルごとに今回は組み紐師の店の名が張り出されているだろうし、フェナ様のお屋敷はギルド通りから近いし、近所の子どもたちを使ってどんどん料理を運んでもらう。儀式は夕暮れ時から始まるから、テーブルを準備するのはそれまでの間」
「つまり、ベラージ翁の追悼とは言えども、店を構えた組み紐師どうしの意地の張り合いだと」
シーナのストレートな言い方にギムルは苦笑した。
「まあ、言ってしまえばそうだな」
「料理の変更をします! ただ、ヤハトが手伝ってくれるかでまた内容が変わるので、それを確認するのを待ってくれる?」
「あ、ああ。構わない」
今はまだ昼前だ。六時間あればなんとかなる。唐揚げも揚げたらいいが、どっちかと言うとあれはすぐ真似される。それよりも真似できない見たことのないもののほうが良いだろう。あと、揚げパンの砂糖まぶしも作る。これはすでにパスタマシーンができた頃、ヤハトが食べてみたいと言うので作った。
方針が決まり、フェナのお屋敷に近づくと、人だかりの中にアルバートの姿を見つけた。
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