85.研鑽は料理人の仕事
しっかり寝たので午後からはクレープ作りだ。
支度をして厨房へ向かった。つい先日まではなかった甘い香りに溢れている。
「今はどのくらい放置したら香りが薄れてサクサク感がなくなるか実験しているんだが」
明らかに数が減っているらしい。
誰かつまみ食いしているな。
「とりあえず今日はクレープを教えますね」
一番大きなフライパンを用意してもらい、分量を計って生地を作った。
「油をケチると上手く広がらないし、剥がれないのできちんとフライパンを熱して、油を表面にしっかり塗っておくのも大切です」
クレープ屋さんは塗ってるように見えなかったけど。あれはいつ見ても神業である。
「薄く広げられれば広げられるほどいいんですけど、そこはまあお任せします」
三枚ほど作ったところで生クリームを泡立ててもらった。きれいな皿を用意してもらい、焼いた生地を広げ、カットしたフルーツを盛り、軽く畳んだところへ生クリームを乗せる。さらにフルーツを盛った。
「見栄えとかは料理人の方に任せますけど、こういった食べ方もあります、といった例ですね。今日はさらにもうひと手間加えたクレープシュゼットを作ります。柑橘ジュースを準備するようお願いしてたんですが……」
フルーツはたくさんあるがジュースが見当たらない。
すると、おもむろにザックスが傍にあったピンクグレープフルーツのような果実を手に取り、ボウルの上で強く握った。
「ほらよ」
ワイルドが過ぎる。
まあ、ジュースがあればいいのだ。
フェナの屋敷で作ったように、カラメルを作って、クレープとジュースを入れて軽く温め、皿に盛る。生クリームを添えて完成だ。
「正直な話、クレープはここからいろいろな工夫がてきます」
とにかくまずは味見をしてもらおう。
「甘いが、香ばしさがあって、少し苦みも? ビレジュースの酸味が美味いなぁ……」
「香ばしさと苦みは、最初に作ったカラメルですね。お砂糖を焦げないところまで火を通すからです」
あ、これ、プリンとか作ったらまた面白いな、と思いついたが心の中にしまっておく。
「クレープ生地に生クリームとフルーツだけでも今までにないデザートとして十分だ」
「ちなみに、最初の方はこうやって折りたためば手に持って食べられます。私の故郷ではクレープ屋として、店が出てたんです。これなら歩きながら食べられますからね」
残ってた三枚目の生地で作った手持ちクレープをバルバトに渡した。
「あ、そうだ。そこにあるのトマトソースですよね? ソーセージ焼いてもらえません? あとチーズと葉物野菜があればいいな」
うんうん唸りながらクレープを食べていた料理人たちが、シーナの言葉に厨房のあちこちに散り、すぐさま言われたものを準備してくれる。
「まず生地を焼いて、フライ返しで生地を剥がすまでは一緒です。生地をひっくり返して、少し火から遠ざけて……」
チーズとを葉っぱを乗せてチーズがとろけてきたらソーセージとトマトソースを乗せて、四つに折って皿へ。
「少し熱いけど、手で持って食べられますよ」
バルバトに渡すと、彼は豪快にかぶりつき、目をカッと見開いた。
「生地が甘いのが、またこれは……」
小さい頃、休日にホットプレートでよく焼いた。ミートソースを塗って食べた。
「クレープ生地を薄く焼くのは、もう練習してもらうしかないですね。生地の粘度を牛乳で伸ばして調節したりして研究して」
その後は、皆が薄く焼く練習をした。
やはり上手い下手はある。バルバトは苦手ですぐ穴を開けたり分厚くなったりしていたが、ザックスが器用に薄くきれいに焼いていた。剥がすのも上手かった。
「この、クレープシュゼットは結婚式の食事会のデザートにいいな。初めてのもので話題にもなるし、クレープ生地だけ先に焼いておいて、仕上げをしたものからどんどん出していけばいい」
バルバトの周りで料理人たちが頷いている。
「コロッケに、シーナソース」
「シーナソース???」
「ああ、名前がないからそう呼んでる。肉につけて食べる例のソースだ。名前をつけないとこのままシーナソースになる」
「それはダメダメダメ! 面倒なことになるじゃないですか。ヤキニクソースにしましょう」
ヤキニク、と意味でなく音を意識して言うと、そのまま音として伝わったようだ。
「ヤキニク、ソースな。わかった。じゃあそれだ。今回の食事会はシーナの作ったものだらけになるなぁ」
「私は料理人でなく、ただの素人ですからね。ここからの味の研鑽は料理人に任せますよ。そして、より美味しいヤキニクソースができたら分けてください」
「わかった。そこもまた領主様と相談する。クレープシュゼットに使うジュースも検討していかないとだな」
やることがたくさんだとウンザリした口調で言うわりには、表情は楽しそうだ。
遅れてきたアルバートにバルバトが色々と説明をし、シーナがもう一度クレープシュゼットを焼いた。
推し活である。
甘いものが好きだと言っていたので是非これも食べていただこう。
「どうですか?」
ワクワクと訊ねると、驚きに目を丸くしたアルバートの表情が蕩けた。
「こんなに美味しいものは食べたことがありません」
こっちまで幸せになれる笑顔だ。
「シーナに会ってから、美味しいものにたくさん出会えて幸せですね」
こちらこそ尊い笑顔をありがとうございます、と返しそうになってギリギリのところで留まる。
「喜んでもらえて私も嬉しいです」
落ち着けマイハート。
「とんでもない功績だが、爵位でももらうか」
バルバトのからかう言葉に、思いっ切り顔をしかめる。
「絶対いらない」
「だが、それほどのことをしていると自覚はしておけ。領主様も、正しい対価を払わねば、価値もわからぬと言われることになる。金がいらないのなら、何か欲しいものは考えておけよ」
それはまた、難しいことを言う。アルバートを見ると、彼も少し困った顔をしていた。
毎日イケメンを拝めるようにでもしてもらうか? などとくだらないことを考えながら、シーナは昨日入り損ねた風呂へと向かった。
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