82.花嫁の支度
さてそれじゃあそろそろ暇乞いをしてクッキーでも教えに行こうかと思っていたら、そういえば、と次の話題を提供された。
シーナを逃がすつもりはないらしい。
「その耳飾りは組み紐ではないわよね?」
「そうですね、これは素糸だけで作った可愛いだけの耳飾りです!」
ぐっ、この雰囲気は知っている。側仕えたちの呆れたオーラをひしひしと感じる。
たがマリーアンヌは違った。目をキラキラとさせていた。
「形がお花みたいになってて、垂れてる糸が揺れると可愛いわ」
「ありがとうございます。宝石を使った高価なものはできないので、苦肉の策です。クズ石をこのふさふさ部分につけて、キラキラと反射させても可愛いかなぁと試行錯誤してるんですけど、周囲からの評判はイマイチですね」
「あら、どうして? 可愛いのに」
「耳飾りの組み紐を生み出した張本人が、耳飾りの組み紐をしていないんですよ」
もったいないと言われる。でも、シーナは洗浄と魔除けがあれば生きていけると最近気づいてしまった。身体強化を使うほどの運動量はないから、むしろ使うと筋肉が落ちる。
「私にも作ってくれない?」
「構いませんが、今していらっしゃる耳飾りのほうがずっと素敵に思えますけど」
キラッキラしてお高そうである。
「その日の気分で付け替えるの。キラキラの宝石もいいけど、お花のフサフサも可愛い日があるわ」
同志! と抱きつくわけにはいかないお相手なので笑顔を返すだけに留める。
「同じデザインで良いですか? 何色がマリーアンヌ様の髪色や肌の色には似合うでしょうかね」
後半は側仕えへの質問だ。
すると一人が下がっていって、何やら束を抱えて持ってきた。
糸の見本の山だ。
食事をしていたテーブルを離れ、最初の応接室へと移動する。
「花嫁衣装の残りなの。これで選ぶのが早いわね」
ウキウキとあれでもないこれでもないと糸を合わせるそれは、年頃の女の子だった。
最終的には鮮やかな緑色を選んで、その糸がまた奥から運ばれてきた。結構な量だ。
「使わないものだからこの糸はあげるわ。」
「それでは、帰ったらなるべく早く作って届けるようにします」
「ここで作ればいいんじゃない?」
「丸台がありませんし、耳飾りの金具も作らなければなりませんので」
「道具が必要なのね」
理解いただけて良かった。
「じゃあ、シーナの故郷の結婚式はどんな風にするのか教えて?」
「結婚式ですか?」
「ええ」
友人の結婚式に二回ほど出たことがある。どちらも素敵な式だった。
「一般的にですが、式と、披露宴に分かれています。式で愛を誓い、夫婦になることを表明します」
「あら、それは一緒ね。神殿で契約を結ぶのよ」
輿に乗って屋敷まで移動してくるらしい。平地ならば馬車などに乗ることも多いが、シシリアドでは難しいだろう。
「次に披露宴ですね。まあお食事会です」
ブーケトスとか言い出したら面倒なことになりそうなので黙っておく。
「あなたの故郷とそう変わらないのねえ」
「互いの親族や友人にお披露目するのが目的ですからね。テーブルの花やナフキンなどを好きな色に統一したりして、個性を出すことが多いです」
「あら、それは素敵ね。ここのお屋敷はどこもかしこも青と白で少し寒々しい感じがすると思わない? もう少し温かみのある色合いでもいいと思うのよ。エドワール様にお願いして壁の色を塗り替えてもらおうかとも思ってるの」
語るマリーアンヌの後ろで側仕えたちが困った様子で目を伏せている。
ここの側仕え、顔に出過ぎじゃなかろうか? それともシーナ相手だから気を抜いているのか?
「マリーアンヌ様、このお屋敷が青と白なのには意味があると思いますよ」
「意味?」
「シシリアドはこれからどんどん暑くなり日差しが厳しくなっていきます」
ターコイズブルーと白の屋敷はかなり涼しげだ。
「黒は熱を吸収し、白は反射します。外壁が白いことによって夏の暑さはかなり和らぎます。また、目からの情報は大切です。白と青は日中を涼しく過ごす助けになります。それに、この青にマリーアンヌ様の御髪はとても映えると思います」
「私の髪が?」
「はい。夕焼けの色ですよね。昼の突き抜ける青と、夕焼け色の対比が素敵だと思います」
「そう、かしら」
「白と青の中にあるマリーアンヌ様の美しい姿は、きっと皆様の目に浮き上るように焼き付けられますよ」
それでなくても結婚式の衣装などの準備で忙しくなるのに、屋敷の色を塗り替えるなどと言い出したら大変だ。
「白と青に合う、好きな色のお花なんかを飾ったりして、マリーアンヌ様らしさを演出してはいかがですか? テーブルクロスに気を使うのもいいかもしれませんね」
シーナの提案にマリーアンヌは頷いた。
「そうね、それはいいかもしれない」
「花嫁衣装や小物との対比を考えたり、趣味の良さの見せ所ですね」
主の髪色に合う緑の糸を選ぶ手際などを考えたら、これくらいの仕事を与えたほうが良い暇つぶしになるだろう。
「私の故郷は夏暑く、さらに蒸すのですが、冬は底冷えする寒さとなります。けれど、建物を季節ごとに変えることはできませんから、夏の暑さに対応するよう建てて、冬は室内を温めてしのいでいました。なかなかどちらにも対応することは難しいです。シシリアドも、夏の暑さに対応するよう建てられておりますから、冬は絨毯の色を考えたり、温かみのある色の布を飾ったりしてて目からの情報を更新することで少しは過ごしやすくなると思いますよ」
北からやってきたマリーアンヌだ。そこら辺も違うだろう。言いたいことに気づいた側仕えがシーナの言葉に頷く。
「ディーラベルは冬を暖かく過ごせるように全てを作り上げていましたから、生活が真逆なのですよ、マリーアンヌ様。我々はこちらの暮らしに慣れていかねばなりませんね」
その後は会場に合うテーブルクロスの色をあれでもないこれでもないと楽しく話し合った。
クッキー作りはできずに終わる。
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主を抑えて抑えてしすぎると爆発するのが怖い側仕えたち。今は隠れていないといけないからなおさらで、シーナで暇つぶしをしてもらっているところ。




