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76.マリーアンヌ

  クレープも受けが良さそうなので、領主にまた連絡をして行く日を決めようと話していたら、フェナが腕を軽く振った。

「連絡なんて、これでいい」

 赤いキラキラが飛んでいくと、一時間もしないうちにアルバートがやってきた。

 普通、貴族への謁見は時間がかかるものなのでは? と素直に漏らしたら、フェナが笑う。

「エドワールは昔から即行動の男だ。そこは気に入っている」

 フェナより絶対年上で、領主と、分家の立場なのに偉そうな言い回しに、どれだけフェナの故郷の格が上なのかと思ったが、単にフェナがそこら辺ふっ飛ばしてやりたいようにやってるという方がありそうだなと思い直す。

「まあ、行ってきます」

「困ったら、全部ぶん投げて来たらいいよ」

「そんなことしませんよ!」

 入口でがたがたしていてアルバートを待たせている。

「すみません、遅くなりました」

「いや、早い連絡をありがとう」

 にこやかな笑顔が反則である。冒険者風の装いの中にも品があるし、何より顔面偏差値が相変わらずの天井突き抜けで素晴らしい。

 連日会えるのはなかなかに気分が上がる。

 フェナの屋敷からは本当にすぐで、再び応接室に通される。言われてた通り、待たされることなく、領主ことエドワールがすぐに部屋に来た。

「素早い対応に感謝する」

 それはあなたの方でしょうという本音は隠して、いいえと流す。そしてすぐ本題だ。

「クッキーのレシピは大丈夫です。ただ、この間のプレーンなものだけでなく、フェナ様の、奥様の領地の茶葉を使った紅茶のクッキーの方が良いと思います」

 紅茶のクッキー、とエドワールがつぶやいているが、シーナはそのまま続けた。

「あとは、領主様の意図として、他領の妬みなどをさらなる強みで一蹴したいというなら、クッキーはお茶請けとしてでしかありませんので、新しいデザートを提案できますし、お料理にも少し、アイデアを投じることはできます」

 それはぜひにと話はまとまり、後日料理を教える約束をした。対価はまた考えることにする。

 帰り支度をして、アルバートに促され部屋を出たところで、黄色というよりはオレンジ色の髪に、青い瞳の可愛らしい女性に行きあった。アルバートが壁際に身を寄せる。つまり、格上の人。シーナもすぐさまそれにならい道を開けた。

「あら、こちらの女性は?」

 まだ少女のそれに聞こえるような、可愛らしい声の問いかけに、アルバートが答えるより、部屋から出てきたエドワールが答える。

「彼女が噂のシーナだよ」

「あらまあ! はじめましてシーナさん。私はマリーアンヌよ」

「実はこっそりもう来ていてね。新しい妻となる人だ。本当はもう少し先、再来月辺りに来てもらうつもりだったのだが、そこまで待てないと、ね」

 結婚式は八月だと聞いていたし、領主の新しいお嫁さんが来たなんて話は誰からも聞いていなかった。

 そんなことより、そんなことよりだ。

 マリーアンヌが若すぎる!

 シーナより若い。これはどう見ても十代だろう。

「領主様……おいくつでしたっけ?」

 遠回しなシーナの質問で言いたいことは察したのだろう少し慌てた様子で言葉を紡ぐ。

「いや、まあ、政略結婚だからね」

 いろんな小説で何度も読んだ節回しだ。

 娘ほど年の違う相手と。

 ギルティ!! と叫びたいほどだ。アルバートとのほうがまだ年が釣り合うだろう。シーナの感覚では犯罪の域としか思えない。

「まあ! わたくしは以前からお慕い申し上げていたはずですけれど?」

 頬を膨らませるマリーアンヌに、今度はそちらへ言い訳を始める。

「もちろんそなたの気持ちは嬉しいよ。ただシーナは我々貴族の感覚とは違うだろ? 彼女が戸惑っているからね」

 今、惑っているのはエドワールなのだが。

 息子と結婚のほうがいいだろう、と言いたいのを我慢する。

落とし子(ドゥーモ)のシーナです。この度はおめでとうございます。こんなに若くて可愛らしくてお綺麗な方とは聞いておらず、挨拶が遅れました」

「シーナ、含みが多いように思える」

 エドワールが苦笑しながら口を挟む。

「シーナが結婚式に美味しいデザートを提案してくれるらしい。楽しみにするといい」

「まあ素敵! シーナの羽毛布団は、ディーラベルなどの北の領地では引っ張りだこよ。私がこちらに嫁ぐと言う話になった途端お友だちがたくさん増えたわ。アイデアが素晴らしいわよね。デザートも楽しみ」

「結婚式のパーティーに出すとなれば何度も練習することになるでしょうし、ぜひ味見してください」

「そうなったら、しばらくこちらに滞在してくれるんでしょう? 料理人に教えてもらわないといけないものね! たくさんお話しましょう。ねえ、あなたの故郷の結婚式ってどんなものなのかしら」

 滞在? となっているシーナをよそに、エドワールとマリーアンヌは二人で盛り上がっている。

「料理人たちがきちんと覚えられるまで、指導してもらわないといけないしな。そうだな、客室を用意させておこう」

 面倒事が積み重なってきている気がして、アルバートに助けを求めるが、彼は気まずい顔をして目を合わせてくれない。

「えー、私そろそろ帰らなくては……」

 水を差すようで悪いが、これ以上話をさせていては危険だ。

「そうですね。私が店までお送りします。さ、行きますよ、シーナ」

「はい! それでは失礼いたします」

 高貴な人より先に退出するのは失礼かもしれないが、アルバートが促したのだ。ここは乗るしかない。

 二人でその場から逃げ出した。

「近日中にまた迎えに行くと思うが、泊まる準備をしておいたほうがよさそうだね」

「ですねぇ……領主様はわりと気さくな方だと認識しているのですが、マリーアンヌ様はどうですか?」

「領主様以上に気さくな方なので、不敬だ何だということはないよ。ただ、気さくすぎてシーナが対応に困ることはあるかもしれないね。そのときは……領主様に相談してくれ」

「この件に関してはアルバートさんでは対応しきれないと……」

「すまない。まだ正式に婚姻関係を結んでいないというところもあるのだ」

 また忙しくなりそうだなと、内心ため息を付いた。

ブックマーク、評価、いいねをしていただけると嬉しいです。


落とし子のシーナと名乗ることで多少の不敬は回避できる!! はず。

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