74.領主様のお願い
朝一の推しの訪問はなかなか心臓に悪い。久しぶりの推し襲来だったのもある。
「申し訳ないが、少しお時間をいただきたい」
店を開ける準備が整ったあたりで、アルバートがやってきた。ガラを見ると、頷いている。今日は知り合いの精霊使いに頼んでの組み紐練習もないし、フェナも狩りに出ているので呼び出されることはない。
「それでは準備をしてきますね」
「服装はそのままで構わない」
「わかりました」
もう上着を着ていくような時期でもない。五月に入り、半袖にしたいような暑い日も出てきている。
部屋に戻りつばの大きい帽子を被った。
「今日も尊いわー」
驚きはしたが、久しぶりの推しはいいものだ。
しかし何の用だろう。
まったく身に覚えがなかったが、それはすぐに明かされた。
「申し訳ない」
突然の謝罪に戸惑う。
完全にハテナ状態のシーナに、アルバートはすぐさま続けた。
「実は、早々に領主様にクッキーがバレていたんだが……」
びっくりするほど美味しかったので、大事に食べていたら、メイドに見つかり、領主に知られたらしい。ただ、シーナが内緒にしてくれと言っていたので、意向は汲んでくれていたそうだ。
「だが、少しそうも言ってられない事情ができてね。あとは、領主様から話を聞いてくれ」
普段ならめんどくさぁと思うところだが、推しのイケメンからのお願いだと面倒くさいがぶっ飛ぶのが不思議なところだ。
久しぶりの領主様のお屋敷は、以前より警備の人の数が増えているような気がした。
応接室に通され、座って待っていると、領主はすぐに現れた。
「急に呼び出してすまなかったね」
一度立ち上がったシーナだが、促されて再び座る。
「お久しぶりです」
「元気そうで何よりだ」
「おかげさまで」
そこへ一度退出していたアルバートが、茶器を運んできてお茶を入れた。
「さて、今日はお願いがあってきたんだ。以前アルバートへお礼に渡したくっきーとやらなんだが、あのレシピをいただけないだろうか」
まあ面と向かってそう言われれば断るすべはなくなるのだ。相手は貴族様である。シーナの世界の基準でも、貴族に逆らってはいけない。
「もちろんお礼はするし、私の方でも広める気はない。というのもだね、実は、この度再婚することになった」
「おめでとうございます」
「うむ。もともと、フェナ様がいらっしゃってから、シシリアドの価値が上がっていてね。そこへ君の存在だ。索敵の耳飾りの件もだが、それより羽毛布団がね……」
先日作った羽毛布団を、国王に献上したところ、それはもうたいそう喜ばれたそうだ。そして羽毛布団を自慢した。王が褒めるものならばぜひとも自分も欲しいとなり、今回作った分はすべて売れてしまったらしい。
王の覚えがめでたく、貴族がこぞって欲しがる。今年は五十枚。大金貨二枚。大儲けだったろう。
ちなみに五十枚をそのまま信じているわけではない。たぶんもう少し多めに作れてると思っている。商売人なら試作品の分は入れないだろうし、やりかねん。
「どこもかしこも、シシリアドと繋がりを求める。縁を結びたがる。となるとやることは一つだ」
縁談がこれでもかと舞い込んできた。
「領主様へ、ですか? 御子息ではなく」
「そりゃぁ、現領主は私だからね。もちろんこのまま息子に継がせるつもりだが、周囲からしたら自分の血筋が領主になる可能性の高い方を選びたがるんだよ。思い通りにいかなくても、次は息子の嫁を斡旋すればいいだけだ」
「手数は多い方が良いってやつですね」
「その通り。まあそんなわけで圧がすごくてね。で、まあそれならばと親戚筋から新しく嫁に来てもらうことにしたんだ。君も先日会ったそうじゃないか。キャスリーンに」
「キャスリーン様が、新しいお嫁さん?」
「いやいや、彼女の夫君は健在だよ。彼女の住んでる土地の領主とは親戚でね。その娘が来ることになった。聞いてるかな? フェナ様の家に仕えているのがキャスリーンたち。フェナ様の家は分家で、本家がその領主だ。かなり北の方にあって、ディーラベル領という」
「こっそり教えてもらいました」
お茶の産地でもあると。
「シシリアドと縁を結びたがるところには、フェナ様との縁も狙っているところが多くてね。親戚だし、もともとフェナ様の生家があるディーラベルなら、新しい面倒事も起きにくいとなったんだ」
そして最初の話に戻って来る。
「再婚だからそこまで派手にするわけではないのだが、最低限の招待客を招いて結婚式のパーティーをする。その時に、……まあ私の見栄でもあるが、クッキーを出したいんだ。あれは今までにない茶菓子だから、招待客も驚くだろう。妬みや嫉妬がかなりすごいことになってきているんだ。フェナ様のお陰で少し調子に乗っているところに、シーナのお陰でさらに、ってね。これは我が領の立ち位置がずっと中庸であったせいでもあるんだ。追いつけそうな距離にあるものが少し抜きん出ると、逃がすまいと足を引っ張る」
それは、わかる気がする。手の届かない距離にあれば気にならないが、自分と同等と思っていたものが先に行こうとするのは許せないってやつだ。
「当日は陛下は流石にいらっしゃらないが、王族の方がいらしてくれる。女性なんだ。女性は甘いものが好きだからね。かなり覚えが良くなるだろう」
そして一歩どころか十歩先を行く。
「領主様はクッキー食べたのですか?」
「一枚だけね。それ以上はアルがくれなかった」
「あの時点で三枚しか残っていなかったでしょう!」
「君にもらったから分けたくないと言われた」
「ああもう! そうです。あれは私が頂いたクッキーです。男のくせに甘いものが好きです。誰にも渡したくはありませんでしたっ」
推しが照れている。
尊みが深い。
領主は推しに感謝しなければならないだろう。クッキーのレシピを渡すことにかなり傾いた。
「んー、クッキーはわかりました。レシピをお教えします。ただ、ちょっとフェナ様にも相談していいですか?」
「フェナ様と何か約束事をしているのなら、無理強いはしないよ」
「そうですね、少し、相談したいです。たぶんクッキー自体は問題ないと思いますが」
どうせなら、と思うがバランスがわからない。
「ならば彼女が帰ってきたらまた話をするとしよう」
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推し再登場。




