62.ステレオタイプ
「組み紐を作ってもらいたいんだが」
シャラランと軽やかな入店音とは真逆のダミ声が響く。
横暴な冒険者のステレオタイプ。
ガラは接客中で、ギムルが前に出た。
「イラッシャイマセ」
ガチガチである。いやまあ、気持ちはわかる。圧がすごいのだ。街なかだと言うのに大剣持っているし、目つきが悪すぎる。世紀末が似合う。むしろ世紀末からやってきた。
「色見本はお持ちですか? もう店頭の色見本と色合わせはお済みでしょうか?」
必死に防波堤になろうとしてるギムルを部屋の隅から応援する。
だが、他の客にもこれはよくない。
みな目を合わせないようにと顔を伏せている。
「おう、シーナに作ってもらいたいんだが?」
「シーナですか? シーナはまだ店頭に色見本を置いてはいませんが」
正論で返すギムル。
不正解です。
「あ゛ぁ゙? 組み紐師の色見本がないなんてわけがないだろう」
まあそれも当然。
「シーナはまだ半人前にもなっておらず、専用の組み紐を作ることは出来ません」
お引き取りをと言いかけるが世紀末冒険者がそれを飲むはずはない。
「俺がシーナに作らせると言ってるんだから作らせるんだよ、いいからシーナを出せ!」
声量に、皆が震え上がる。
声を大きくして相手を萎縮させるタイプだ。
仕方ない、ガラはまだ作業の途中だろう、これ以上怒鳴らせていたら、他の客の組み紐の品質にも関わってきそうだ。
「大きな声を出すのはやめてください。迷惑です」
「あ゛ぁ゙? 俺が迷惑だったのか?」
すぐ側にいた客に聞く。
「違います。私に迷惑だからやめてください」
ピタリと男がシーナに視線を合わせる。
「お前に迷惑だと?」
「はい。耳が痛くなります。部屋の空間に対して声の大きさを調整できないのは四才五才の幼児くらいまでです。大声で威嚇して相手を萎縮させようとしている魂胆はミエミエですので無駄です。やめてください」
ちなみにここまで大きく出られるのは指に嵌っている魔導具のおかげだ。なんかされても、全部反射する。
「お前、俺が誰だかわかってるのか?」
「知りませんよ。名乗りもしてませんよね? シシリアドで組み紐師にこんな態度をする人は見たことありませんから、新しく街に来た方ですか?」
まったく動じないシーナに彼は訝しげな顔をしたあと気づく。
「お前がシーナか」
「そうですよ。名無しさん」
「俺の組み紐を作れ」
シーナはわざとらしく深々とため息を付く。
「先ほどの説明を聞いてらっしゃらなかったのですか? 私はまだ色寄せも満足にできないんですよ。左手首の組み紐を見ましたが、五色ですよね。二色が限度です。使い物にならない組み紐しかできませんよ。それで、お名前は?」
ふうん、とシーナをジロジロと見てからやっと名乗る。
「俺はゴールドランク、五の雫のダーバルクだ。金はいらねえから練習台になってやるよ」
「はぁ!? 金貰わないと割に合わないし。糸だってただじゃない。営業妨害すれすれなんだよね」
「んだとぉ!? さっきから生意気なことばっかり言いやがって」
「すぐ大声出す。大声で威嚇しないと勝てないタイプか」
「おまえっ!」
ほーれ、殴れ殴れ、魔導具の性能を試す良い機会だ! と相手の次の一手を待つが、そこは経験豊富な冒険者か? シーナの余裕さに警戒をしているのかそこまででやめる。
「組み紐を作れないならちょっと付き合え」
「なぜ?」
流れが変わってきた。
「飯食いに行くから奢ってやるって言ってるんだよ」
兄姉弟子がざわっと沸き立つ。
これはいけない。完全に編んでる組み紐の品質に関わる。姉弟子が今にも手を離して立ち上がりそうになっている。
こいつを早く追い出さねばならない!
「奢り?」
「もちろんだ」
「シーナ!」
ギムルが厳しい声を出すが、ダーバルクに睨まれ、うっと言葉を詰まらせる。
「お酒も飲む」
「子どもが飲めるのか?」
「こう見えて年齢は重ねております。店指定していい?」
「構わねぇよ」
「帰りきちんと送ってね」
「もちろんだ」
「七の鐘がなったらお開き、すぐ店まで送る。お代は全部そちら持ち。店は門から入って割とすぐにある『火の精霊の竃』」
「いいぜ」
「ちょっと行ってきます。師匠に伝えておいてください」
「シーナ……」
姉弟子が心配そうに声を漏らす。
「大丈夫ですよ。七の鐘が鳴ったところで無事に私を店に送り届けられなければその日のうちにシシリアド中に知れ渡るんですから、約束を守れない男なんだというレッテルを貼られて、恥ずかしくて表を歩けませんよねぇ、ダーバルクさん」
「お、おう」
なにせシーナの噂が街を回る速さは凄まじい。
正直営業妨害が過ぎるし、ここで帰らせても定住するなら何度も来る。女性としてシーナをどうこうしようという気はないだろう。さっきからスキンシップする気がないし、彼が好みそうな美人がよそに山ほどいる。単にシーナの噂を聞きつけ、ちょっとちょっかい出してみようと思っただけだとみた。大衆の目があるところで話でも聞いてみたら満足する、かもしれない。しないかもしれない。そこはわからないが、店に留まらせるのは、原因のシーナが居た堪れなかった。迷惑をかけすぎている。
外に出ると世紀末のお供が三人いた。
「飯食いに行くぞ」
「そのチビは?」
モヒカンA(本当にモヒカンではない)が訊ねる。
「シーナだ」
「え、子どもだったのか!?」
モヒカンBが驚く。本当に失礼だ。やはり年齢プレートを持つべきか。
「もう二十四だよ」
「「「「え?」」」」
驚きすぎだよ!
「お酒も好き!」
「おう、いいな。今夜は飲むぞ」
「七の鐘までだけどね」
「もちろん七の鐘までだ。七の鐘が鳴ったら店まで送ってくのを覚えとけよ、お前ら」
三人は顔を見合わせてる。
「そうそう。ダーバルクさんが酔いつぶれたら送るのはあなたたちの役目だからね!」
「は? 樽で飲んでも俺は酔わねぇぞ」
「ほんとー? じゃあ勝負だね」
よし、本気出しちゃうぞ。
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本文に、
【暴君】キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!って入れてたんですが、さすがにさすがなのでやめました。
でも、ステレオタイプキタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!って言うのがシーナの素直な気持ちです。




