56.春の訪れ
子どもたちはずいぶん怖い思いをしただろう。PTSDとかが心配だと言ったが、通じなかった。精霊使いによって、ぼんやりとした状態にさせられていたらしい。どうりであのしっかりした子どもたちがされるがままになっていたわけだ。お陰で子どもには見せてはいけないシーンの数々をぼんやりとしたままやり過ごせたのでよしとする。
索敵の耳飾りの間違った使い方は、えらく怒られるだろうと覚悟していたが、位置がはっきりして良かったよと褒められた。ガラにまで褒められたのだ。
「みんな私に甘すぎません?」
今日は、今年最後の日。神殿にお礼と参拝にきた。ローディアスに子どもたちへと手土産を渡す。
そろそろ市も立ちだすので、余ったハムやベーコンだ。
「殺されるところだったんだから、判断は間違ってなかったでしょ」
「シーナさんが追いかけてくださらなかったら、子どもたちは殺されていたことでしょう。感謝してます」
どちらかと言うと金持ちになってしまったシーナのせいで、子どもたちが巻き込まれているのだが、そこについてはみんな何も言わない。
まあ、怪我程度で済んで良かった。
怪我と言えば、フェナが放った魔力の矢は、六発中五発は当たり、一発は完全に人違いでした。申し訳ない。しっかりフェナによって治癒が施されたらしく、肉屋の親父は自慢しまくっているらしい。ちょうど直前に、やつらにソーセージを売ったそうだ。
ローディアスと分かれ、参拝客の列に交じる。
二年参りのような風習もあるらしく、今日の夜は神殿周りは人でごった返すという。お祭り気分で楽しそうだと思うが、外出の許可は出なかった。
行くならフェナと、と言われてすぐさま断念した。目立ちすぎるのは嫌だ。
参拝は神殿の中の分枝にする。初めて見たときはびっくりした。枝だけのはずのそれは、中央の真っ白な台に青々とした葉をつけ鎮座していた。枝だけになっても枯れずに、ずっとここにある。初めて来たときは気づかなかったが、魔力を感じ、精霊を感じるようになった今では、その枝を取り巻く神々しさに、自然と頭が下がる。
「やあシーナ」
じっと分枝を見つめていると、声を掛けられた。
振り返るとあの金髪イケメンである。
「あ、この間はありがとうございました!」
事後処理など全部お任せしてその場を離れたので、お礼が言えてなかった。あの後はさらに誰かしら一緒に行動するようになり、なかなか自由に行動するのが無理だった。お礼をと話したが、それが仕事だからと余計な場所へ赴くのを止められた。
「いや、無事で良かった。あのときの洗浄も助かったが……危ないからね」
イケメンがぁ、苦笑してるぅ!!
シーナの周りの顔面偏差値の高さよ。ガラといい、フェナといい、この金髪イケメンといい。
キリッとした系じゃないんだこの人。どちらかと言うと庇護欲に駆られるわんこ系。いや、庇護されるのはシーナの方なのだが。
「今度またお礼をさせてください」
シーナの言葉ににこりと笑って去っていく。
立ち去り方すらイケメンであった。
「あ、名前聞くの忘れちゃった」
「領主様のお付の方でしょ?」
「ですねぇ、お砂糖の人です」
「耳に索敵してたわね。精霊使いではないのかしら」
「どうでしょう? 風が得意じゃない精霊使いだと、索敵のピアスはするみたいですし」
ただこの間は精霊を使うことなく剣で戦っていた。
「そのうち何かお礼をしたいですねぇ」
「仕事だからいいでしょ」
「ええーっ」
みんなそこら辺があっさりしてるのだ。お世話になったらお礼はしたい。
「そんなことより、このあと用事があるんでしょ?」
「あ、アンジーとお茶会です」
ヒラウェルのお店でお茶をするのだ。
店に帰って木の実のはちみつ漬けを持参する予定。
「なら急ぎましょう」
ヒラウェルのお店はちょうどお客様が出て行くところだった。
「いらっしゃ〜い」
「今日はお招きありがとうございます」
手土産を渡すと覗き込んで、あら美味しそうと奥へ引っ込んだ。シーナは席に勝手に座る。
アンジーもやってきた。
「シーナあんた、大変だったね」
「大変だったよぉー」
肝が冷えまくった。前半と後半の冷え方の違いはあったが。
「外からの阿呆だねぇ、シシリアドの人間がシーナに手を出すはずがないからね」
茶器とともに奥からヒラウェルが現れた。
「索敵の耳飾りの効果すごかったわね。うちの店まで届いてきたわ。何事かと思った」
「シーナだから許されたけど、他の人間があんな使い方したら大目玉だわ」
アンジーが笑う。
「ん、やっぱり怒られるよね? 普通」
「そりゃあねぇ。滅茶苦茶怒られるし、なんならシシリアドから追い出されるかも?」
「えっ!? じゃあなんで……」
ヒラウェルが淹れたお茶を一口飲んで、アンジーがため息を付く。
「ガラもあんたに甘いからなぁ。あのさ、シーナだから許されたの。なんでかわかる?」
「えーと、税金たくさん納めてるから?」
「ハズレ」
「落とし子だから?」
「関係ない。ガラも、神殿も、バルさんたちだって、シーナに激甘だと思わない?」
「お、思う」
頼んだら、いや、頼まずとも送り迎えは当たり前。特に冬はどこに行くにも誰かが着いてきてくれた。
「神殿教室の送り迎えに孤児を使うなんて普通しないから。それだけあんたは守られてたの。なんででしょう?」
「わ、わからん……お金関係でも落とし子関係でもない私の重要性がわからん」
本当にわからない。
「シシリアドの人間はあんたに絶対手を出さない。なぜなら、フェナ様が、シーナを【私のおもちゃ】と公言したから」
ギーレに会ったときだ。
「【金持ちの常識知らずの未婚娘】が、うろちょろしていたら次から次へと男が群がる。でもシシリアドにおいてそうならないのは、シシリアドが逃したくない【フェナ様のおもちゃ】だからなの。シシリアドは、フェナ様という強い冒険者をこの街から出て行かせたくはないわけ。これは前に説明したでしょ? あの性格だから、退屈だとか、なんか面白くないことがあったとかで、ふつーーーーーーにふらっとここを離れてしまう可能性があるのよ。でも、おもちゃがいたらそうはならない。しばらくはね」
「つまり、フェナ様のおかげで私はシシリアドにいられると……」
「そのポジション、大切にしなさいよ。ひっきりなしに金狙いの男がうろちょろしてるなんて、ほんっと、面倒よ。街から流れの冒険者が消えれば、あなたの安全は確保されるだろうし、気をつけないといけないのは基本冬の間ね。他の時期は流れの冒険者もさほど入ってこないし、入ってきたらすぐ街の兵士に伝達されてあんたに関わりを持とうとするかとか、すっっごく見張られるから大丈夫」
大丈夫、なのだろうかこれは……。プライバシーとは。
「アンジーの言い方はものすごく直接的だけど、まあそれだけじゃないわよ。私はシーナとこれからもこうやってお茶したいから、身の回りには気をつけてほしいなぁ」
「ひ、ヒラウェルぅ〜」
「そして何か服飾関係でいいアイデアがあったらポロッと漏らしてほしいわぁ」
金やぁぁぁ!!
「あ、そういえば、羽毛布団とやらを作ったらしいじゃない!!」
「毎年一枚もらえるから、今度の冬の分はアンジーにあげるよ〜」
「冬の夜がすごく快適になるわよぉ。ぬくぬくで朝起きるのが嫌になる」
今くれと言われたがそれは無理なのである。
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気持ちではここで一段落です。
章分けしないのかという話もあったんですが、章ごとのボリュームがどうもイマイチハッキリしないと言うか、行きあたりばったり書きたいものを書いてるので、ちょっと難しいと言うか。
シーナが許される理由。




