55.人攫い
羽毛布団は快適過ぎて、最近さらに起きれなくなってきた。危険なものだ。
あれ以降は冬の間の暮らしは特筆することなく、フェナの屋敷では組み紐を作るより魔力の動かし方を勉強した。少しずつゆっくりやろうという話になっている。
冬の間の神殿教室は、今日も含めて二回。ニールたち三人も新しい生活へ向けてソワソワし始めている。街から来ている平民の子どもたちも、一月からの仕事の話で話題は持ちきりだった。
基本は親の仕事を継ぐらしい。ノウハウはすでにわかっており、あとは日が経つのを待っているだけだ。
ニールには神殿からある程度の装備を贈るそうだ。こっそりシーナが準備するかと、ローディアスに聞いたところ、そこら辺はきっちり神殿が責任を持ってやるらしい。寄付を頂いておりますからと、笑顔できっぱりお断りされた。ミリアも同じく必要なものは準備してあるそうで、全ては共用であった孤児院の中で、自分の物という道具を与えられたととても嬉しそうにしていた。
ニールとニックは相変わらずちょっとした言い合いをしているが、店にきたら神殿よりも安くて高性能なポーションを売ってやるなどと、彼は彼なりにニールのことを気にかけているのかもしれない。
「シーナ行こう!」
今日も子どもたちが送ってくれる。
四人で手を繋いでいつもの道を進んでいると、大柄な男の足にシアが引っかかり転んだ。
「おっと、すまん」
彼はそう言ってヒョイッとシアを抱える。
「血が出てるな。おい、治癒だ」
「ここじゃ人の邪魔だ、そこの路地前に」
少し道から外れる路地の方へ男たちはシアを抱えていく。
「え、ちょっと」
待ってと追いすがろうとしたら、さらにニールとミリアも抱えられた。
あまりの手際に追いかけるだけでそれ以上の声を上げることが出来ない。子どもたちも戸惑っているまま、路地へと入っていった。
「ちょっと、えっ!」
耳元へ魔力の光が漂う。
『大金貨十枚、すぐに神殿から引き出してもってこい。子どもと引き換えだ。仲間が見張ってるぞ』
ざっと血の気が引く。
これは、誘拐だ。
左耳につけた身体強化の耳飾りに魔力を注ぐと、先へ行く男たちを全力で追いかける。
「伝言は聞いたろ! 従え!」
一番後ろのミリアを抱えた男が振り向きざま叫ぶ。
多分それじゃダメだ。今見失ったら子どもたちは帰ってこない。
神殿で引き出したら待ち合わせの場所に辿り着く前に金を奪われる。誰かに知らせに行ったら彼らは子どもを放り出し街から出ていくだろう。単に放りだしてくれるのならいい。そうでないなら、子どもたちの口を封じたら!
「追い風だ!」
シーナが諦めずに走ってついてくるのを見て、ぶつかってきた男が仲間に叫ぶ。普段通らない、あまり治安の良くない道。住人の姿は殆ど見えない。逃げられたら、子どもたちが帰ってこない!
シーナは鞄の中に手を入れ、それを掴むとありったけの魔力を流した。
衝撃波が周囲を襲う。
男たちは体勢を崩し、倒れ込んだ。家の中からもうめき声が聞こえる。
「くっ、そ、何を!?」
ダメージから回復した男たちがよろよろと起き上がった。手には得物を携えていた。
「何だ今のは!」
「わからん、わからんがまずい気がする」
ゆっくりと近づいてくる彼らに向けて、もう一度握った手の中に魔力を叩き込む。しかし不意打ちでもない二度目はさほど影響は与えなかったようだ。
「単なる組み紐師だろ? 何を」
「……いや、まずい、索敵だ!!」
ほんの少しの魔力で絶大な効果を生み出す索敵の耳飾りに、シーナの魔力を思い切り流したのだ。
「直ぐに人が来るぞ!」
「始末しろ!」
飛びかかってくる男の姿を見ていられずに、目を瞑った。
だが、覚悟していた衝撃は訪れなかった。
「そのまま目を閉じていて」
耳元で囁かれる低い声。どこかで聞いた気がする。金臭い匂いが漂う。ドサッと倒れ込む音と、脇を通り抜ける風。薄っすら目を開くと、金髪の男が二人に囲まれていた。
あの砂糖を届けに来た領主のお付の人だ。
二対一で、しかも一人は専用の組み紐をしている。どう考えても不利な状況に、できることを探す。
物理は無理だ。入る余地がない。
ならば、と組み紐をしている男へ左手を向けた。
「【洗浄】」
大量の水が現れ男を包む。一瞬だが、足留めになる。が、それによって男の意識がこちらへ向いた。瞳が暗く燃えている。
ぐっ、と喉の奥が鳴った。これは、逃げるべきだろうか。じりっと一歩後ずさる。
振り返って逃げようとしたらその間に追いつかれて切られる。
そう思うと、なかなか動けない。
「やれ!」
助けに来てくれた彼を相手している男が、シーナに向かってこようとしている男を後押しした。
振りかぶった剣が光を帯びながらまっすぐこちらへ振り下ろされてくる。
「また逃げないの?」
耳元で囁かれた声に、心の底から安堵が込み上げる。
と思った瞬間眼の前の男の頭が飛んだ。
「ヒィッ゙」
「うちの子に余計な手出だしをしたのは誰かなぁ」
おおお怒ってる!!!!!
フェナの周りに魔力が渦巻いていた。
立っていられずにその場にへなへなと座り込む。
「フェ、フェナ様ぁぁ!! 子供たちに被害がないようにしてぇー!!」
だが、フェナが手を出す前に金髪イケメンが三人目を制圧した。
「シーナ!」
「ヤハトぉぉ! フェナ様怒ってる! 子どもたちがぁぁぁ」
安堵なのか、それともフェナの圧に対する恐怖か、涙が溢れてくる。
「仲間が、ほかにもいるかもぉぉ」
先ほど見張っていると言われたことを思い出し、泣きながら訴えてみると、 フェナが笑顔で上から見下ろしてきた。
「それはとっ捕まえないとだね」
ぐるぐるとフェナの周りの渦がハッキリと視覚化されて、いくつも何かが撃ち出さされる。
「あーあーあーあー」
ヤハトがそれを目で追い、頭を掻いた。
「間違えないでくださいよ」
「しっかりそこらの魔力の残滓があるやつを打つだけだ。足を打てば死なんだろ? 間違えたら治癒をかければいい」
「あーあー」
と言ってシーナを見た。
やめて欲しい。罪悪感に苛まれる。
遠くからたくさんの人の足音がした。
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