54.羽毛布団
これはこれはと商業ギルド長ことイェルムが揉み手をしながら部屋に通してくれた。
温かい香りの良いお茶と、他にも数人の男性、そして高級古着屋さんのヒラウェルが座ってる。
「すぐにお二人の分もお持ちしますね」
シーナとガラに席に座るよう促し、自分もその輪に加わる。
「さてさて、良い商売のお話ができる幸せに感謝いたします。これも大樹様のお導き。そして大樹様に導かれいらっしゃった、シーナさんのおかげですね」
隣に座る仏頂面のガラが怖い。
冬も真っ盛り、十二月に入った。
先日のヒキツェウ狩りからちょうど十日経った。ヒキツェウは、定番の照り焼きと、クリームシチューに化けた。クリームシチューはかなり気に入ってもらえたようだ。コンソメキューブがないからあっさり味ではあるのだが、喜んでもらえてよかった。そんなことをしながら過ごしていると、商業ギルドから呼び出しがあったのだ。
使いという人から、店の休みの時に話し合いをしたいので一度ギルドまで御足労願いたいと。
ガラは美人だ。目鼻立ちがハッキリしていて、アラブ系の美人さんの顔だ。そんな彼女に睨みつけられて、使いの人はものすごく怯えていた。
「商業ギルドに呼びつけられるような用はないと思うんだけど?」
「あの、その、関係あるのはシーナ様で、ガラ様はシーナ様の保護者としてぜひ同伴いただけると……」
「はぁ!?」
今度はシーナが睨みつけられる。美人に凄まれるのは怖い。
「私も、別に何の用もないかなって」
「羽毛布団についての権利のお話でございます」
「あ……」
「いやぁ、やはり他の世界のアイデアは素晴らしいですね。シーナさんは聞かれていますか? 下水道が設置されたのもチキュウ種の方のおかげなのですよ。それ以降はかなり疫病の蔓延が抑えられたとか」
そう、ここ、上水道はないくせに下水道ぽいものはあるのだ。ぽいというのは、ここの下水道、下らないで上る。堆肥にするため近隣の農村めがけて、地下を通ってる配管から、重力無視して排泄物や廃棄物が届くようになっている。ちなみにこの配管作るのは土の精霊を使ったらしい。便利だ。
「シーナさんがチキュウ種と聞いてから、ぜひぜひお話をしたかったのですよ」
にっこにこのイェルム。いや、この場にいるガラとシーナ以外の人間はみんなにこにこだ。
「シーナちゃんごめんねぇ〜私一人で進めるには到底無理な規模の話になっちゃって〜」
ふふふ〜と、いつもの調子でヒラウェルが微笑む。
まあ、布団にするなら布関係はまだ範囲内だろうが、水鳥の羽となると冒険ギルドか、羽根の取り扱いがあるところに話を持ちかけないと難しいだろう。しかし、ここに冒険ギルド長はいない。
「ヒキツェウの羽根は冒険ギルドには話通してるんですか?」
イェルムはにこにこと、少し間をおいた。
話してねぇなぁ。タイミングとこの間のガラの、羽を取ってくれるという呟きで悟った。
「もともと捨てるものですからね。あの羽根は矢羽根には向かない、ふわふわとしたものが多かったですし」
だから毎年羽根つきのまま購入されていたんですよ、と。
「本格的な商売となれば、きちんとお話ししますよ、もちろん」
シーナの正面に座っていた男性が言う。
「あ、こちら私のボスね〜服飾ギルドの長」
ギルドがゴリゴリに関わってきてるのか。
「さてさて、では取引の話です。こちらとしてはアイデア料として一括でシーナさんにお渡ししようかと思っているのですが……」
「その前に、どんな出来のものを、どのくらいの金額で売るつもりなのか。今回のヒキツェウの羽根から何枚分の布団が出来るのか。というか、現物をまず見せてください」
「流石ですねえ。シーナさんは商売に向いておられそうです」
イェルムが言うのと同時に扉が開き、二人がかりで掛け布団が運ばれてきた。
「薄いなぁ」
「そ、そうですか?」
服飾ギルド長がシーナのつぶやきに動揺する。
「チキュウではもっと分厚かったのですか?」
「そうですね。この三倍くらいのやつが標準かなぁ」
薄手の羽毛布団といった感じだ。まあでも、ゼロからの羽毛布団だし、これだけでもかなり違う気がする。
「使ってみましたか?」
「ええ! 本当にこれは、暖かくて素晴らしいものでした。冬の寒さが、これ一枚あるだけでかなり違います。羽根が偏らないようブロック状に縫い合わせる方式にしましたが、これはまた何年もかけて研究をしていきたいと思っております」
羽毛にも限りがあるので数を作りたいのだろう。羽毛は偏るので区切ったものを縫い合わせるのは良いアイデアだと思う。
「羽根の洗浄は?」
「今回は急ぎでしたので、洗浄の組み紐で念入りに。虫でも湧いたら大変ですから」
「それが正解でしょうね」
洗浄の組み紐本当に便利。
「今回の羽毛からは、約五十枚作れました。鳥系の魔物はいることはいるのですが、水鳥の羽毛がいいという理論にも納得がいっておりますし、基本このヒキツェウの羽毛で作るようにしていきたいですね。つまり冬のこの時期に取れるものだけです。個数限定の商品となりますし、お値段は大金貨二枚くらい……」
「たっっかっ!!」
「しかし、今年はもう五十枚しか作れませんし……」
「暴利が過ぎん?」
「初めての商品ですから……」
「こんなの一つ分解したら中身バレて真似されますけど」
「もちろん、商品登録はしますよ?」
「え、こんなものも商品登録できるの? 単なる布団の発展系でしょう?」
「新しい商品というのはそれだけ価値が高いということなのですよ。ギルドとして登録しますから、期限は三十年ですね」
三十年間、一つ売れれば金貨二枚。取りすぎだろう。
いや、今年が高いだけで、来年からは他の水鳥の羽毛布団も出て値段が下落するかもしれない。渡り鳥としてシシリアドにくる前に、ヒキツェウ鳥は全部狩られる可能性も出てきた。
「羽毛を得るのに、冒険ギルドにも支払いがありますし、価値を考えればこれくらいが妥当かと。あとはシーナさんへの支払です。こちらとしてはこれくらいを考えておりますが」
トレイに大金貨が五枚並んでいる。
五百万。
「今まで聞いてた話からするとだいぶ安く感じるけれど?」
初めて口を出すガラ。それはたしかにそうなのだ。
「いえいえ、シーナさんも気づいておられたでしょう? 高く売れるのは今シーズンだけなのですよ。羽毛はヒキツェウ以外からも採れる。つまり値段はぐっと下がっていくでしょう」
イェルムの言う通りだ。
貴族にいきわたれば需要は減る。へたれるから、買い替えとかで一定数はでそうだが、それでも鳥の羽毛の確保さえできればある程度は出るし、そのうち温かさが違うとかでブランド化しそうだ。
「私のアイデア料として、現物支給を要求します。初年度の今年だけ二枚、来年からは一枚。必要ないときは翌年に持ち越します」
「現物を、ですか?」
「はい」
そうすればへたれてきたら新しいのをもらって、古いのを売ればいい。毎年新しくふわふわの羽毛布団が手に入る。
ふむ。と、イェルムは、頭の中で計算をしているようだ。
「もちろん、三十年の期間限定でいいですよ。最大三十一枚分です。どうせなら新作のモニターとして使ってくれても構いません。チキュウ産のと比べた使い心地をお答えしますし」
「ふむふむふむ。……いいでしょう。商談成立です」
服飾ギルド長が少し焦ったようにイェルムの名を呼ぶ。
しかしそれを彼は制した。
「シーナさんとの縁が出来たと喜ぶべきです。新しい商売の風を吹かせてくれた大樹様の落とし子です。ぜひこれからもよろしくお願いします」
始終仏頂面だったガラも、届けられた羽毛布団は大いに気に入ったようで、二人は温かい冬を過ごすこととなった。
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