53.冬の風物詩
神殿教室の日から二日後、朝早くから外が騒がしかった。誰かが何か叫んでいる。未だに鐘で起きられないシーナは、それでもこの騒がしさに布団の中でモゾモゾと動き始めた。
そこへノックもなしにガラが扉を開ける。
「シーナ! 起きなさい! 面白いもの見に行くわよ!! 温石温め直すから出して!」
「面白いもの?」
「精霊使いの魔法見たいでしょ?」
「それは見たい!」
布団からガバっと起き上がる。
よくわからないが、早く早くとせっつかれて温石を差し出し、手早く着替えた。防寒具を抱えて一階へ降りる。
ガラは、コンロに火の精霊石を置いて、その上で湯を沸かしながら石を温めている。
「とても寒いから、中に着られるものは全部着ていきなさい」
そう言って温まった石を袋へ入れて渡される。慌てて部屋に戻り靴下を重ねたり地球産肌着をもう一枚着たりする。
ガラが淹れてくれたお茶を飲んで出陣だ。
「毎年のことだから私はまあいいけど、シーナは楽しめると思って」
何が見られるかは教えてくれない。
道中、かなりの人が道から現れ合流する。みんなガッツリ着膨れしていた。
やがて騒がしさが一段と増す。人の声ではない。キェーキェーと鳴く何かだ。海に近づけば近づくほどその騒々しさに耳を抑えたくなるほどだった。隣りにいるのに怒鳴るように会話をしなければならない。
周りには子供連れが多かった。
「冬は暇だからね! みんな娯楽に飢えてるのよ!」
ガラはシーナの腕を掴むと人混みをスイスイと回避してさらに港の方へ進んだ。
「よお! シーナ!」
冒険ギルド長のビェルスクが手を振る。
それは許可証だ。人の道が少し割れて、前へ出ることを許された。
港へ降りる階段には人がいない。一般人が入れる場所が決まっているのだろう。そのかわり、海沿いにはたくさんの冒険者がいた。遠くに銀髪が見える。フェナだ。バルの姿もそばに見えるが、ヤハトは身長問題により発見できず。
「見に来たか。もうすぐ始まるぞ」
楽しそうに笑う。
「鳥ですよね?」
階段を降り始めた辺りから、海の異変に気付いた。普段は青い海が、一面真っ白に染まっているのだ。キェーキェーと鳴くそれらは、一体どれだけの数がいるのかもはや数えることも出来なかった。
「ヒキツェウ鳥っていうんだよ。冬になると北から降りてくる。魔物だ。魚を根こそぎやってくれるから、始末しないといけないんだ」
渡り鳥みたいなものか。
「この時期シシリアドに留まる冒険者の義務だな。これに参加するのは強制だ。なにせ人手がいる」
ビェルスクが大声でシーナに説明をしてくれていると、ドォンドォンと太鼓のような音がした。
「さあ始まるぞ」
ぐわんと渦のような魔力を感じたと思ったら、あたりの空気がさらに寒さを増した。そして、港にいる精霊使いからキラキラと光る魔力の塊が空に一度舞い上がったと思ったら、海へと叩きつけられる。
「ひやっ」
腹のあたりにある温石を中心に体を縮こまらせる。
すると変化は港側から始まった。小さくパキパキと音が始まり、次第にそれは大きくなる。共にヒキツェウ鳥の鳴き声も大きくなった。白い鳥の隙間から見えていた海の青が消え、一面の白となったのだ。つまり、海が凍っている。上からの圧もあったせいか、ほとんどの鳥たちが宙を舞うことなく氷に飲み込まれた。
「塩水だからこれを維持するのは大変なんだ。あとは時間との勝負だな」
おおおおと、地鳴りのような雄叫びが聞こえたと思ったら、冒険者が一斉に海へと走り出した。
港から海へはかなりの段差があるが、それも考慮されていたのか、水がせり上がり、緩やかな坂道となっている。冒険者たちはその坂道を下って行くのだ。
もちろん、滑る。
「おっ! 犠牲者が出た」
嬉しそうなビェルスクの声。
氷の上を、ましてや坂道を転ばずに降りていくのは、なかなかに技術のいることなのだ。
そして海一面が血に染まる。
「ヒェェェェ!!」
魔物の血の色は案外普通に赤でした。
「スプラッタぁ……」
「そういやシーナは解体からも逃げてたなぁ」
不思議と血の匂いがこちらに来ないので、映画を見ている気分ではあるが、かなりのスプラッタホラー状態だ。
「ヒキツェウの肉はまあまあいけるからな、全部回収して売ることになる。小さいから個人売りだ」
「もちろんうちも買って帰るわ。今夜は鶏肉料理よ」
ガラが嬉しそうに言う。
「ほら、冒険者見習いの奴らが、皆が始末したヒキツェウを回収して港に持ってくるんだ。海を凍らせていない精霊使いは空に逃げたやつを追撃してる。役割分担だな。まあ、そんなのお構いなしもいるが」
フェナです。
多分海を凍らせる役なのだろう。港から海へは降りていないのにさっきから赤い光が飛ぶたびに空を飛んでるヒキツェウが落ちてる。
ほんとは自分も狩りに行きたいんだろうなぁ。けれど、難易度の高い海を凍らせる役を命じられてるから仕方なく港にいるとみた。
白かった海が赤く染まり、港に鳥が運ばれてくる。
一時間ほどしたあたりで、海がざわつき始めた。ドンドンドンと太鼓が打ち鳴らされると冒険者たちが大騒ぎしながら海から帰って来る。両手にはたくさんのヒキツェウ鳥を抱えていた。やがて沖の方から、白さが消えてくる。狩りの終わりの合図だろう。
たしかに寒かったが、それ以上に面白い光景だった。冒険者が転ぶ転ぶ。
ちなみにこれで怪我をした場合はギルド持ちで治療してもらえるらしい。
海が完全に溶けたところで、船が出た。回収しきれなかった鳥を掬いに行くらしい。
「それじゃあ私たちもお肉買っていきましょう」
山積みになったヒキツェウ鳥のところへ向かう。そんなに大きくないのだ。羽根をむしられたら、クリスマスに店頭に並ぶ鶏の丸焼きの二倍くらいの大きさだ。オーブンがあれば丸焼き美味しいんだろうなぁと思う。
「あら今年は羽をとったのを売ってくれるのね。大変だから助かるわ」
売り場の横で冒険者見習いの子どもたちが!無心にバリバリ羽をむしって袋に詰めていた。鳥は一羽銅貨二枚だ。冬の食料追加なので嬉しい。
シーナも一羽、首を掴んで持って帰る。我ながら染まってきたなぁと思った。
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