48.パン革命
バルとともにフェナの屋敷へ行く。温めたままでいたいので、カバンに詰めた瓶を抱えた。瓶と瓶の間には布を詰めている。完璧である。
マフラー帽子、手袋までしていても寒い。風が厳しかった。
「フェナ様は冬の間はずっとお屋敷にいるんですか?」
「いや、狩りにも行く。暇すぎて耐えられないとおっしゃってね。ただ、冬の狩りは流れの冒険者の生命線でもあるから、フェナ様が派手に暴れてはいけないんだ。冬は魔獣の動きも悪くなる。数も少なくなるし、春になったらまた盛大に狩るしね。なにか面白い遊びでもあればいいんだが」
「私の知ってるようなものは、チキュウ種の前乗りしてる人たちが広めてますね」
リバーシとか麻雀とか。トランプは固い紙がなく薄い板で作ったりしたが機能性がイマイチで流行っていない。チェス囲碁将棋もあったようだが、似たような物がすでにあったのでそこまで流行らなかったようだ。
かといって、ボードゲーム、すごろく的なものは印刷技術がないこの世界で売り出すというのは難しい。
「トランプが紙の問題がクリアできてたらもっと流行ったでしょうけど仕方ないですね」
「冬の暇つぶしは割と死活問題だ」
「便利な調理器具でも考えて過ごしましょうか」
「フェナ様自体はそれに参加しない気がする」
確かに〜と笑っているうちに屋敷についた。
お屋敷はどこもとても暖かかった。
本当に使ってない一角は暖めないし、廊下はもちろん寒い。だが、食堂や厨房、広いリビングはしっかりと暖められてすごく快適だ。
「それで? シーナから来たいとか珍しい。何があるの?」
「ソニアさんにパン作りの分量を教えてもらいたいんです!」
フェナがジト目になる。美人のジト目。眼福……と言うには慣れすぎた。そう、美人は三日で飽きる! わけではないが耐性がついた。銀髪の高身長グレイス・ケリーが常に隣にいることに耐性が……やっぱりつかないかもしれない。
「もしかしたら美味しいパンを作れるかもしれないので。まあ、何事も実験です!」
なんか照れてしまってとっとと話を進めることにした。
ソニアは快くパン作りに参加してくれた。
まず材料を準備してもらう。
パン用強力粉、と聞こえてしまう粉は、真っ白ではない。ハイジの憧れた白パンには程遠い。まあ仕方ないのかもしれない。製粉屋が独立してあるのだが、どんな風になってるんだろう。見てみたいなぁと思いつつ、今は眼の前のパンだ。
しかし、分量がかなりアバウトだった。
まあパン屋じゃないからなぁ。
記憶に残っているホームベーカリーの食パンの材料は、水塩砂糖強力粉だったはずだ。あとは水を牛乳に変えたり、バターを入れる時があったりだったはず。全部、はずだで構成されてしまう。記憶の海に溺れる。
「ちょっとバターと砂糖を加えましょう!」
塩はもともと本当に少しだけ材料に入っていたので手を加えるのを止めた。
「あと、お水を牛乳に変更です」
「わかったわ」
大きなボウルで捏ねている間にオーブンを温めその上で湯を沸かす。
さてここで、パン種の登場だ。
軽く混ぜ合わさったところに出来ていたパン種の半分を入れた。残りは冷暗所に移動。再び発酵させている瓶は、今はフェナの腕の中である。また泡が出てきてるので良い感じだ。
パン種を加えてよく混ぜたら、金属の器にいれた。これは先日アクアパッツァを作ったときの器だ。その下に、沸騰したお湯と、同量の水を入れ、さらにもう少し水を加えて、多分四十度弱にしたボウルを準備し、パンの生地の入った器を浮かせ濡れた布巾で覆う。乾燥を防ぐためだ。
「これでしばらく待ちます。お茶でも飲みましょう?」
みんなでリビングに移りお茶にする。
パン作り中はもちろんバルとヤハトもいた。初めての料理はきちんと見て再現出来るよう務めるのがフェナの御付きの役目である。
しかし、色が青い。
なんなんだあのドライフルーツは。どんだけ強いのだ。
「あれはどうなるの?」
「倍くらいに膨らんだら成功なんですけどねー。膨らまなかったら失敗。こちらの世界と私の世界のパンの理が違うのでしょう。諦めます」
お茶といっしょに出されたのはドライフルーツ。お茶請けがなぁ。領主様のパーティーもデザートはフルーツ一択だったし、クッキーを焼いたら喜ばれるかもしれない。
この街のパンは普段食べているもののみだ。ガラに聞いてみたら、ドライフルーツや木の実を加えて焼くものもあるらしいが、ベースはあの固いパン。あとは粉の違いらしい。黒っぽいものと、白っぽいもの。白は周りのもみ殻みたいなやつを丁寧に取り除いた高級品だ。
パスタマシーンの話をしている間に時間が経った。キッチンへぞろぞろと移動する。
「わお!めちゃくちゃ膨らんでる!! やった!」
これは期待できそうだ。
「くっつき防止に粉をまな板に敷いてこのパンを六等分しましょう。一人一つです」
もともと量を作ってはいない。失敗したらもったいないからだ。ガスを抜きつつ六等分してまとめて、またぬるま湯の上で布巾をかけてもう一度発酵待ち。
そして時間を置いたらまだ大きくなっている。
キッチンばさみはないので、包丁で丸パン上部に切れ込みを入れた。あとはオーブンに入れて焦げないよう見張るだけだ。火力調整はできないので、これも運を天に任せるしかない。
焼きの間、フェナは暇をして早々にリビングへ。パスタマシーンを発注する際、何か他に欲しいものはないかと聞かれ考える。
「菜箸が欲しいかなぁ。長い木の棒です。あとはじゃがいもをマッシュするやつとか」
ここのキッチンにはすでにおろし金が作られて置かれていた。
「あのあと何回トンカツしたんですか?」
「ソースがなくなるまで五回くらい?最後の二回はソース制限された」
ヤハトが笑う。
「別に肉代えても美味しいんだけどね。チキンカツとか。タルタルで食べたら美味しいし、魚介でもいける。あの衣をつけるタイプは」
あらあらいいわね、とソニアが熱心に聞き入っていた。ソースの作り方も教えるつもりだ。そしてここで作って分けてもらおうと思っている。
「料理補佐に人が欲しいわって話をしていたのよねぇ。屋敷全般のことも含めて。ほら、私たちもう年寄りでしょう? 屋敷のことは息子がいるからフェナ様もいいとおっしゃってくれたし手伝ってもらうつもりなんだけど」
料理までは手が回らないのよねぇと溜め息をついている。
「お嫁さんとかはいらっしゃらないんですか?」
「息子の嫁は裁縫に才能があるのよー、大きな服飾のお店に雇われているの」
それは喜ばしいことだと話しているうちに、良い匂いがしてきた。
焼き目もいい感じだ。さっそく手で割ってみると明らかに柔らかい。固いパンとは違う。
「毒見いきますっ」
熱いけれどふうふう冷ましながらぱくりといけば、
「柔らかァァァァい!! 美味しいー」
少し甘みがあって、ふんわりフルーツの香りまでする。
出来上がりを察知してキッチンにやってきたフェナも手に取る。
「!!」
みんな頭の上にエクスクラメーションマークが飛び出ていた。
成功だ!
この青ささえなければ。
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ホームベーカリーは本当に便利。
パン生地作ってデニッシュも作ったことありますが、バターの使い方がヤバいです、あれ。




