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45.我慢と努力

 もうすぐ十月が終わる。本格的な冬に入るのだ。十一月からは五日休んで五日店を開ける。すでに店の前に告知をしてある。

 その休みの期間に神殿教室があるのでちょうどよい。

 フェナからの呼び出しはフェナの気分なのでまた別物だ。

 ちなみに今日もフェナからの呼び出しを食らった。先日の肉の塊が保存食に変身したらしいので、どれが欲しいか見に来いとのことだ。ガラがとても喜んで、迎えに来たヤハトにシーナをよろしくと送り出してくれた。

 前から思っていたが、ガラは結構現金だ。

「シーナ、余所見しない」

 人の通りが普段の倍くらいに増えている。みんな冬の装いに変わっている。シーナも手袋はしていないが、帽子とマフラーはつけてきた。グレーのコートだけじゃやっぱり気分が上がらない。ヤハトも暖かそうな上着を着ていた。

「ねえヤハト、ヤハトの洋服とかはフェナ様が、買ってくれるの? それとも狩りの報酬をわけておいたりするの?」

「フェナ様は金勘定まったくしないから、バルがぜーんぶ管理してる。必要なものは、いつの間にかバルが用意してる! 欲しいものかあれば言えば買ってくれるし。どっか買い食いしたいときは小遣いくれるし」

「お母さんだぁ」

「バルがいなかったらあの屋敷大変」

 シシシとヤハトは笑う。

 人の通りがさらに多くなりとうとうヤハトはシーナの手を取って進みだした。ここを抜ければわりと人の通りはマシになる。ちょうど大通りと大通りが交差する場所なのだ。冬支度ラストスパートで買い出しの人でごった返している。

 と、眼の前のヤハトが右から来た男にぶつかられた。繋いでいた手が離れる。

「小せえのがチョロチョロしてるな」

 はぁぁぁ? である。完全にぶつかりにきといて、当たり屋が何言ってるんだろう。腕が折れたとか言ったら完全にアレだ。巻き込まれるのが嫌な人が窮屈ながらもキレイに避けて行くものだから、ぽっかりシーナたちの周囲に空間ができていた。

「ヤハト、大丈夫?」

 たぶん位置的にシーナを巻き込まないために倒れるところまで行ってしまったのだと思う。

「ん、平気」

 手を差し伸べる間もなくすっと立ち上がったヤハトは無表情だった。たぶん、怒ってる。

「怪我がないなら行こう?」

「うん」

 阿呆を相手にするのは阿呆である。

 我々はフェナの屋敷に最短で行かねばならぬのだ。

「ぶつかっておいて謝りもしないのか?」

 こちらの態度が気に入らず、怒鳴る男。

 伸ばされた手はシーナの肩に届く手前で、ヤハトの剣に止められていた。あと少しあちらの反応が遅ければ指が落ちていたかもしれない。

「邪魔」

 もちろんヤハトの動きはシーナには見えなかった。

 固まる男をそのままに、ヤハトがシーナの手を取り引っ張る。固まっていたシーナも慌てて一緒に動き出した。

「ごめん、俺も見かけがまだ子どもだから、あーゆう変なのに絡まれる。冬の時期の送り迎えはバルのほうがいいかも」

 少し進んで人ごみがやっと解消された。もうすぐ貴族の屋敷の区画である。

 ヤハトは落ち込んでいるのが丸わかりだった。が、シーナにとってはそんなのまったく関係なかった。

「え、すごい、ヤハト今のなに? え、いつの間に剣抜いてたの? ほんとに、全然何にも、まったく見えなかった! え、めっちゃかっこいいじゃん! ヤハトすごい!!」

 大興奮である。なんなら、彼の周りの空気が動いたことすら感じられなかったのだ。

「今まであーゆうの見たことなかったもん。それで魔法まで使うんでしょ? えーすごっ! かっこよっ!!」

「もういいって!」

「えーでも、ほんとにすごかったから」

 フェナの屋敷の門をくぐり、玄関へ向かう。そこでバルに会った。

「やあシーナ。ヤハト? どうした、顔が赤いが、風邪でも引いたか」

 表情を曇らせ彼が聞くと。もういいからと叫んで先に走っていってしまった。

 照れ屋さんである。

 バルが事態の説明を求めていた。

「変なのに絡まれたけど、ヤハトがカッコよく撃退しました。その後私が興奮しすぎて褒めすぎちゃった」

 たはははは、みたいな感じで報告したが、バルの表情は曇ったままだった。

 そのまま連れられて裏庭へ行き、地下の貯蔵庫へ降りていく。

「流れの冒険者だろうな。シシリアドの人間なら、ヤハトがフェナ様の弟子だと知っているから」

 まあそうだろう。そして、フェナの弟子にちょっかいをかけるような輩はいないのだ。

「しばらく送り迎えは俺のほうがいいかもな」

「いや、大丈夫ですよ! ぶつかってきたのは向こうだし、最初はヤハトもそのまま黙って相手をせずに立ち去ろうとしたんですから」

 それでも手を出してきたのはあちらだ。完全に喧嘩を売ってきたのは向こうなのだ。

 ここでヤハトの代わりにバルがという話になったら、彼のプライドと言うか立場というか、あの我慢してくれた努力が台無しになってしまう気がした。

「ヤハトが送り迎えしてくれれば安心です」

 必死に言葉を並べるシーナに、バルが笑みをこぼす。

「さ、私はどれを貰えるんですか!」

 ズラッと並んだハムやソーセージやベーコンたちを前に、バルが一つずつ味の説明をしてくれた。ガラから、これがあるのならぜひ欲しいと言われていたソーセージの種類を伝え、貰えるものは根こそぎもらった。数と種類をメモしたバルは、もう少しして本格的に冬が始まり、道を行き交う人が少なくなったら届けると請負ってくれた。


 貯蔵庫から出ると、今度はうろついてるフェナに会った。

「フェナ様、ヤハトを知りませんか?」

「でてったわよ、なんか、ムカつくから始末してくるって」

「ええっ?」

「たぶん、シーナがいたから我慢してたんだろうな。ヤハトが行くと毎回こうなりそうだから、やはり俺が送り迎えしたほうがいいね」

「対人の実践になるからいいんじゃない? 人間相手の手加減の仕方覚えるでしょ。別に流れの冒険者の一人や二人消えたって問題ないわよ」

 我慢と努力が台無しだよ!

 




ブックマーク、評価、いいねをしていただけると嬉しいです。


照れたヤハトの八つ当たり。

すでに相手には追跡の種を仕込んであったので最短で事を済ませました。

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