44.色見本
ここは危険なお店だ。
普段触れられないようないい商品が奥からぞろぞろ出てくるのだ。しかもお茶が美味しいし、居心地が良い。ついつい話し込んでしまう。
「しかし、ここまで成長途中に見られるとは想定外です」
「いつまでも若々しいってことでしょ〜? いいじゃない。あと百年くらいはそのままの姿ってことよ〜」
「ひゃ? え?」
「落とし子は成長しきったところで外見が止まるの。つまり一番体力があるころね。外見がまた変化しだして、年を取り始めて、だいたい十年くらいで亡くなるらしいわよ。私も聞いた話だけど」
えっ、アンジー先生それ初耳です。こわっ! だって年取り始めたら死ぬまでのカウントダウンてことだよね!?
「それはそれで恐怖な気がする……」
「まあ、考え方によってはねぇ。シーナちゃん、お化粧したらもう少し大人に見られるわよ」
「一度始めたら百年ずっとですよね? 化粧品高いから」
「まあ、そうよねぇ」
「首から二十四歳ですって札をぶら下げて歩くしか!!」
「ばかー! そんなことしたら面倒くさい男どもがぞろぞろ寄ってくるわよ」
そんなわけ、と笑い飛ばしたら、二人は顔を見合わせて深いため息をついた。
「あのねえ、シーナ。あなたがお金あるのは、組み紐師なら当然知っているし、冒険者ならなおさら知ってるのよ。結婚適齢期であると知れたら、男がぞろぞろ列をなすわよ」
「えええ……」
いやしかし、言われてみればたしかにそうでしかないのだ。
「モテ期?」
「あんたの金狙いの阿呆どもが押し寄せてくるの! そういえば、色見本作った?」
色見本は自分の魔力の種類、それぞれの力の具合を示す道具だ。精霊使いはみな、自分の色見本を持っている。店頭に並べられたその店にいる組み紐師の色見本と見比べて、より近い魔力の色を持つ組み紐師を探すのだ。
だいたい自分の糸を持つと、見習い卒業。新人として色見本を作り店頭に置く。
だが、シーナはまだ作っていなかった。
「でしょうねぇ。どんなに色が合ってなくてもシーナを指名してくるバカの相手をすることになりそうだもの。もしかしたらこの冬はやめておくのかもしれないわね」
「色が合わない私の組み紐なんて作ってどうするの?」
「あら、出会いとしては上々でしょう? 組み紐作ってる間なんて世間話するくらいしかないんだから」
なんてこったである。
「新人の組み紐なんてかなり格安なんだから、作ったあと捨てたっていいからシーナと関われる機会を増やそうとする、金目当ての男なんてわんさかでてくるわよ」
索敵の耳飾りの弊害がこんなところに。経験を積めと言われたのにそれができないのか。
「まあ、信頼できる知り合いの精霊使いにほとんどお金をもらわないような状態で作らせてもらったりして経験を積むしかないのかもね」
「なんてこったい」
「索敵の耳飾りの分で、余裕で生きていけるでしょ〜? 別に頑張って組み紐師にならなくてもいいんじゃない?」
「百年無職とか暇すぎません!? それに組み紐を編むこと自体は好きなんです、けっこう」
「なら、少し事態が落ち着くまでは我慢かもねぇ〜。ふぁーいとっ」
組み紐師として一人前になる道は遠い。
店に帰ってガラにひざ掛けを渡すととても喜んでもらえた。そして、コートと小物を褒められた。
「帽子も買っておくように言うの忘れていたのよ。色もあってていいじゃない」
ごきげんなガラ。聞くなら今かもしれない。
「師匠、私の色見本ってまだ作らないんですか?」
「あー、この冬は色見本なしで、信用できる、シーナの色にまだ近い精霊使いに直接頼んで練習させてもらおうかと思ってるの」
「やっぱり、索敵の耳飾りのせいですか?」
「あら、アンジーと話したの?」
「はい……」
「あなたが索敵の耳飾りを作ったってことは十分すぎるほどの広まっているし、少し噂話に耳を傾ければそれが落とし子だってこともバレるからねえ。冬は流れの冒険者が多いから、トラブルも増えるの。今年の冬はゆっくりしましょう。流れの冒険者がまた北に帰ったあとかな、色見本を外に出すとしたら」
「お願いします」
「さ、気を落としてる暇はないわよ。あなたには夕飯作りという仕事が残ってるの」
すっかりこの家の厨房を任されている。とはいえ、基本は昼しっかり食べて夜はわりと簡単に終わらせる。ガッツリ食べているのはフェナの屋敷でくらいだ。
昼のスープを温め直し、ソーセージを焼く。薄切りのパンに野菜と挟んで食べるだけだ。
「フェナ様がこの街に来てから、実力のある冒険者が増えたんですか?」
「そうねぇ、ああ、この間話したんでしょ? ギーレたち。彼らもあとからきて定住したわね。他にも何組か。名前の売れてないやつらならもっと、ね。やっぱり安心感が違うのよ。定期的に狩りをしてくれるから、これだけ近くに深い森があっても魔物暴走が起こる率がぐんと減るし」
「魔物暴走?」
「魔物の量が増えて、一定数を超えると爆発的に倍増していくの。仕組みはよくわからないけどね。そうすると街を襲うのよ。冒険者が増えればそれだけ魔物を狩ってくれるから、一定数より下回っていられるのよ。森は資源が豊富だからありがたい一方そういった危険も孕んでいるの」
魔物のシステムは奥が深い。
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自覚の薄い金持ちは危険




