43.高級古着
おばあちゃまとアンジーの値引き交渉は熾烈だった。シーナはただ見守るしかできなかった。アンジーのお陰でかなりの数を買ったのに、銀貨三枚以下にしてもらえた。剛腕のアンジー。
支払いだけして、荷物は後で届けてもらうことにした。別料金だが、次のところを見に行くのでお願いする。アンジーの休みは今日しかないのだ。
おすすめされたのはまた少し離れたところだ。大通り沿いだし昼間でもあるので安全だ。ただ、日が暮れる前には帰りたいので少し急ぐ。日の落ち方もだんだんと早くなってきた。
カランと入口のドアのベルが鳴ると、店員がすぐに寄ってくる。
「いらっしゃいませ、あら、アンジーじゃない。なあに? うちの商品買ってくれるの?」
「私じゃないわ、今日はシーナのコートを見に来たの」
その時シーナは、今までとの格の違いにビビっていた。
まず、商品の陳列の仕方が違う。全てハンガーに掛かってきちんとぶら下がっている。古着特有の匂いがしない。どれもこれも新品のように見える。
「あ、アンジー、私のお金でコレ買えるの!?」
「あらあらあら〜こう見えてもみんな古着だから、金貨二枚あればどれでも買えるわよ〜」
笑いながら、お嬢さんに合うのはここらへんかしらと、慣れた手つきでひょいひょいと十着ほど抱えて、眼の前のハンガーラックにかけた。
「今年の冬のコートでしょ? 来年の成長分を見て、少し大きめにする?」
「あ、いえ。もう十分大人なのでこれ以上背は伸びません」
ここの食生活なら横に太ることも難しそうだ。
「あらそうなの? 落とし子って年齢不詳な子多いわよね〜。じゃあこれとこれは外して、こっちを加えてかな。さあどうぞ」
暗めの色から鮮やかな色まで。形はそう変わらない。くるぶしか、ふくらはぎくらいまであるロングコートでエリは小さめ。フードの付いているものもある。持っているズボンの色と合わせるなら、何にでも合うグレーとかなんだろうが、冬の寒空にグレーはなぁとも思う。もう少し華やかでもいいか、しかし、汚れが目立つのは困る。
「悩むわよねぇ。わかるわー。基本一着ですもんねぇ」
店員のお姉さんがウンウンと頷いている。
アンジーは傍観を決め込んでいた。
「んんん、これで……」
結局グレーにした。
「まあ、さっき買ったものを考えるとその色よねー。臙脂もいいけど、ちょっと合わない色もあるし」
「なんか、悔しいけどコレになってしまう」
「シーナの故郷だと、こーゆうときどうするの?」
「二つ買う、かな。いや、毎年買って増やしていく感じかな? 衣類も安いの。ここの感覚でいうと、新品が銀貨で買える」
「やっす!」
「下着なんて鉄貨で買える……」
「やばっ!」
「明るめの色のマフラーとか買おうかなぁ」
それはいいじゃないとアンジーの同意を得られたと思ったらすぐさまお姉さんが色の合うマフラーを持ってきた。ついでに帽子と手袋も。
「おしゃれを追求する同志は嬉しいわぁ。ここの住民おしゃれより実を取るのよ〜」
肌触りのいい臙脂に刺繍の入ったマフラーを選ぶ。同じセットの帽子と手袋もついてきた。
「全部で金貨二枚と銀貨一枚ね!」
せっかくだから着ていくことにする。
「いいじゃない、似合ってる。ねえ、ヒラウェル、お茶でも出してよ」
「買い物一切してない子が図々しいわぁ」
そう言いながらも彼女はお茶を入れてくれた。三人で座っておしゃべりが始まる。
「シーナはあと何を買わないといけないの?」
「わかんない」
「でしょうねぇ。今度ガラに聞いてみよ」
「いつもすまないねぇ」
なんだかんだと世話を焼いてくれるアンジーには感謝してもし足りない。
「布団類は大丈夫なの?」
ヒラウェルに尋ねられて頷く。
「うっすいペラペラのを何枚も準備してくれてる」
「悪意のある言い方」
「羽毛布団恋しい〜」
「羽毛布団?」
「んーと、水鳥の羽根をむしってたくさん詰めた掛け布団。とても暖かいの」
「シーナちゃんは故郷ではお貴族様なの?」
「いえ、わりと標準装備です」
「聞けば聞くほど生活水準が高そうよねぇ〜でも、水鳥か。ふぅん。今度ちょっと作れないか聞いてみようかしら」
本当に布切れか、綿の詰まったぺろぺろの掛け布団しかない。何枚も重ねるので重い。
「商品になったらシーナに発案分回しなさいよ」
アンジーのわりと本気の声に、あれ、またやらかしたか? と思った。でも、羽毛布団はほんとにできたら嬉しいのでいい。
「もちろーん。えー、シーナちゃん他には他には? その可愛い耳飾りも新しいやつなの? 下の方糸垂れ流しになってるけど」
この間からしている梅結びふさふさ耳飾りのことだ。
「これ、何の魔力も通ってない素糸で編んだ、完全に可愛いだけのやつよ」
「完全に可愛いだけのやつです!」
「えー、組み紐ギルド長怒りそー。でも可愛いからいいよね〜わかるー」
ここに来て可愛いの同志爆誕である。
「みんなわかってくれないんですよぉ〜!! ヒラウェルさんが初めてです。もしよかったら作りますよ! かわいいだけの耳飾り!」
「右手の魔除けの組み紐が切れたら耳飾りの買うからいいやー」
結局実利であった。
「組み紐の数は決まってるからねぇ。仕方ないのよ」
「そんなことより冬支度。食べ物系は?」
ふくれっ面のシーナを無視してアンジーは話を進める。
「食べ物は師匠に言われたものを粛々と作る作業中。量は任せきり」
「まあ、そこら辺はガラが考えるよね〜」
「師匠には頼り切りだから何かお礼をしたいけど思いつかずに今に至る。コートとかいきなり渡されても困るよね?」
「そうだなぁ。ガラああ見えて倹約家だし物持ち良いし、コートは要らないかもね」
難しい。冬に使えるものとかがあればと思ったのだが。
「うーん、そうねぇ。こんなのは?」
ヒラウェルが席を立ち、奥から布を持ってきた。細い毛糸で編まれている。
「ひざ掛けよ。寒かったら寝るとき重ねられるし、これかなり暖かいのよ。魔羊の毛だから」
肌触りがすごくいい。フリースのような手触りだ。色も落ち着いた黄色で茶色の模様が入っている。可愛かった。
「これ、いいです! 買います!」
「金貨一枚になります」
「たっかっ! いや、でも買います」
「毎度あり〜」
まいどありって、自動翻訳機よ、どんなセリフなのだ。
ブックマーク有難うございます。
金貨=10万円
銀貨=一万円
銅貨=千円
くらいのゆるい通貨感覚でやっております。




