38.領主様
直ぐ側で今の今まで話していたはずのイェルムが、もう領主の歩く方まで移動していた。素早すぎるだろう。
「しゃあねぇ、俺もご挨拶に行ってくるとするわ」
ビェルスクはさすがに冒険ギルドの長なので、今回の祝賀会の中心でもある。
ガングルムを見上げると、彼は首を振った。
「俺は途中で軽くでいいんだよ。それよりも冒険者様たちに組み紐の具合でも聞いてくるわ」
やっとおっさん三人から解放されたので、すっかりカラになったグラスを新しいのに替えに行く。まあ、果実酒かな。
「酔っ払うなよ。また担いでかれるぞ」
「この格好でそれは避けたいなぁ」
ここの酒が体質的に合わないなどない限り、この程度ではふらつくことすらしないだろう。それなりに強いし、グラスがお上品仕様なので酔うような量が入っていない。
「何か美味しいのあった?」
「ドライフルーツの砂糖まぶしは美味いよ」
「ぇー、デザートそんなのしかないのー?」
割とソーセージやハムなどはいろいろな種類が作られている。魔物の肉なのだと思うがかなり美味しいと思う。中に入れてる香辛料なども絶妙だ。
しかし他のところになると一気にレベルが下がるのだ。デザートも然り。小さなパンの欠片にジャムとフルーツを乗せたものはあった。ただ、パンは、もちろん固いゴリゴリのやつだ。
結局フルーツでしかない。
「パンも固いだけだもんなあ。本で読んだことあるけど、天然酵母そんなに簡単に行くのかな? デニッシュとか食べたいわぁ」
「デニッシュ?」
「パンの種類? かな。色々あったけど、私パン屋じゃないからねぇ。専門知識はないの。あーでも、小麦粉と砂糖とバターが2:1:1と、少量の牛乳で簡単クッキーとかあったなぁ」
「クッキー?」
「うん。今度フェナ様の家で試してみるよ」
「手伝う」
壁際でボソボソと話していたら、フェナがこちらへやってきた。
領主様を従えて。
慌てて酒のグラスを近くのテーブルへ置いた。
静かに頭を下げる。
ここ、貴族に対しては頭を下げるのは普通らしい。だが、他は謝罪をするときだけだ。しかも全面的に己の非を認めたときだけ。【青の疾風】のメンバーが頭を下げていたのは、それなりのことだった。
ついつい日本人の性で、何をするにも会釈をしてしまうシーナはよく注意される。しかし長年染み付いた癖はなかなか抜けない。
「あなたがシーナだね。顔を上げてくれ」
言われて視線を上げる。領主はまだかなり若いと見える。とはいっても四十後半といったところだろう。かなり色の薄い金髪だった。領主様というだけあり、布地が我々庶民とは段違いで良いものだった。映画や海外ドラマとかで見た十九世紀イギリスって感じのお貴族様な衣装だ。
「大樹様に導かれ、この世界で生きることになり、日々の生活もなかなか辛いこともあっただろう。そんな中、あのような素晴らしい発見まで。私もこのシシリアドの領主として嬉しく思う」
「皆様に助けていただき日々暮らしていけております。幸運にも新しい組み紐を発見することができて、私も嬉しく思っています」
謙遜しすぎず、皆様のおかげですよーとラッキーアピール。
「すでに王都の組み紐ギルドにも連絡が行き広がってきているようだ。そのうち世界中に索敵の耳飾りが広まるだろう。友人からいくつか連絡も入ってる。私も自慢しておいたよ」
「光栄です」
「何か欲しいものはないのか?」
んん!? 欲しいもの? 鼻高々になるくらいしか領主様に貢献できていないのだが、これはその鼻高々がたいそう満足いったってことか? 自慢したと言っていたし。いやでも、ううう。
「お言葉だけで十分です」
これで、これで正解?
チラリと、フェナといっしょに来ていたバルを見る。それはあかん!! みたいな顔にはなっていない。
「ならば、なにか布でも届けよう」
あら、ほんとにあげたいやつか。えー、布もらっても仕立てられないよ。
「あ、それなら……お砂糖が」
つい本音を漏らしてしまった。
「砂糖?」
領主様もびっくり顔だ。
「とてもお高いので」
「ふ、はははは、よい。わかった。では砂糖を届けよう。女子供は甘いものが好きだからな」
お料理に使うんですけどね。作りたいものがあって作ったのだが、買い置きしていた砂糖を使い切ってガラに怒られたところだ。
「有難うございます。とても嬉しいです」
ニッコニコでお礼をいうと、傍に控えていた人に指示していた。彼は武器を持っている。領主の護衛なのだろう。
「あとで手配をしてそなたがしっかりと送り届けよ」
「はっ!」
仕事の出来そうなイケメンが胸に手を当て敬礼する。金髪碧眼というやつだ。顔覚えておこう。いやしかし、フェナ様には敵わないけど十分なイケメンである。眼福眼福。
「ではこのあとも楽しみなさい」
そう言ってお付きを従え次の人の輪に向かった。
残ったフェナはニヤニヤしている。
「砂糖って何よ。布のほうが良かったんじゃない? こういった場所に出られる服の一つでも仕立てたらいいのに」
「こんな場所二度と来ることないですよ。今回は索敵の耳飾りがあったから呼ばれたみたいですし。それより砂糖使い切っちゃったからほんとに欲しかったんです」
「へえ、何を作ったの?」
「フェナ様のお肉を美味しく食べるための物ですよ。でも、成功しているかはちょっとまだわからないです。熟成中なので」
「それは、……楽しみだ」
「成功してることを祈っててください。サラッと目に止まったのを覚えていただけで、実際作ったことはないんですよー」
料理人だったわけではない。たんに、作り方をスマホで眺めるのが好きだっただけだ。そういった物がたくさんある。
天然酵母もその一つだ。でも、お砂糖をくれるというなら試してみたい。そのためには本来のパンの分量も知らねばならぬ。パン屋に聞いたら教えてくれるのだろうか。
「やることたくさん過ぎる」
「組み紐作り忘れんなよ」
ヤハトはいつも一言多い。
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ちゃっかりお砂糖もらっちゃいました。




