30.秋の終わり
ここのところ店がやたらと忙しい。索敵の耳飾りもすごい数が出る。お値段は金貨六枚と、銀貨八枚である。これの1割、銀貨六枚と銅貨八枚。日本円そのままではないが、六万八千円が我の手に。一つ売れるごとにである。一度に払うにはきつい金額だと、普通の組み紐を買う冒険者もいたが、懐に余裕があるなら断然耳飾りのほうがコスパがいい。
一気に億万長者にでもなった気持ちだ。いや、割と冗談ではない。もう、軽く二十は売れているのだ。新しい組み紐を開発すると遊んで暮らせるというのは嘘ではなかった。
しかし、六十八万である。高いのにこんなに売れた。新品のシューズを買っていたが、いきなり中古車を買うような話だ。精霊使いというのは、わりと羽振りがよいのだろうか?
ちなみにこの個人へ作る組み紐以外の売り上げはガラのものである。糸もガラが作る。仕事のないときの手慰みだ。今までは魔除けや疲労軽減だったので銀貨一枚、そんなに次々飛ぶように売れるわけではない。店の備品や昼食代にあてられていた。あとは、あまりにも顧客がこなかったときの最低賃金をそこから出してもいた。そうでないと、個人の組み紐を作るより索敵の耳飾りを作る方が実入りが良くなってしまう。
最近は昼食にかける費用がかさんでいたので助かったとガラが喜んでいた。まあでも、索敵の耳飾りもはじめ売れてしまえば同じ人が買うのはずっと先である。単純計算一ヶ月に一度なら、五十倍、四年近く先だ。使用頻度にもよるが、今金がドサッと入ってきているだけである。香辛料お試しをフェナのところで買って、気に入ったものは自費で買い、店においておこうと決心している。
さて、この忙しさである。
兄姉弟子のところにひっきりなしに精霊使いがやってくる。なかには二つ作る人までいる。
で、聞いてみたら、冬になる前に備蓄するため、冒険者たちが総出で狩りをするそうだ。場所は北の山。とても険しいため裾野の方だそうだが、しっかり狩っておかねば、下手したら街に降りてくるそうだ。まず小さな獲物をとり、それらを食料としていた大きな魔物をとる。あとは西の森。毎日肉や素材が運ばれ、保存用の肉として処理されていく。
ここら辺はそこまで寒くはならないので魔物はまた増えるし、冬の間も狩りをするそうだが、この春から増えてきた魔物を一度減らすそうだ。
そして、ある程度終わらせたところでとった肉を使った祭が開かれるらしい。肉はもちろん店に卸されるが、ギルドの分もある程度残しておいて、各ギルド協力のもと祭りが開かれる。
出店も多く、とても賑やからしい。今から楽しみである。
フェナたちはそんな狩猟祭よりひと足早く肉を取りに行ったのだが、どこまで行ったのか、未だ帰ってきたとの連絡がなかった。
そんなわけで、組み紐を編むことができる相手はフェナだけなので、暇なシーナはせっせと一般向けの疲労軽減、身体強化、魔除けの組み紐や耳飾りを作るしかなかった。昼食の手伝いも兄姉弟子は暇がなく、一人で作る。昼は店を閉めていたのが出来なくなったので、手が空いた人から順番に食べられるよう、冷めても問題ないサンドイッチタイプのものを準備して、キッチンのテーブルに置いておいた。あと五日くらいでこれも終わるらしいから、みんなで何とか乗りきるしかない。
と、突然自分の回りにキラキラした緑の光が纏わりついた。
「えっ、何!?」
店内はガヤガヤとそれなりにうるさかったのだが、その現象にシンと静まり返る。
光は耳元で音をならしてきた。
「大物を持ってきたよ、西の門までおいで」
フェナの声だ。
「精霊の便りだ。すごいなぁ!」
客の一人が声をあげた。それを皮切りに、店内は騒然となる。
「何て言ってた?」
ギムルが訊ねてくる。みんなには聞こえないのか。
「フェナ様が、大物を持ってきたから西の門まで来いって」
「昼食の準備は終わったんだろ? なら行ってこい」
ギムルの言葉に他の兄姉弟子もうんうんとうなずく。
「ガラには言っておくから」
彼女は奥の個室で客の相手をしている。
「えっと」
「フェナ様を待たせる方が重罪だよ」
みんなフェナ大好き人間だった。客が早く終わらせろと言い出した。
「俺も西門に行きたい、急いでくれ」
「フェナ様が大物って言うんだから、きっととんでもないものだ!」
「私も、急いで!」
口々に仕事を急かす。
うわぁと思いつつ、お言葉に甘え店から出て西門へ向かう。
西門へは歩いて三十分。だが、小走りなら二十分くらいにまで縮められる。待たせたら飽きたとかでどっかに行ってしまいそうだし、シーナは急ぐことにした。が、途中から人が多すぎでなかなか先へ行けなくなってしまった。門前の大通りが始まる辺りから、人が溢れだしている。それでも小柄な体型を活かして、隙間を縫って進み、門を出たところで背の高いフェナの銀髪と、赤髪のバルの姿が見えたところで、気づいた。
何だこれは?
フェナの横に、こんもりと茶色い山が見える。
かなりでかい山だ。
と、こちらに気づいたフェナが満面の笑みで手を振ってきた。
「シーナ! 大物捕ってきたよ」
周囲の視線がざっと音を立ててこちらを向き、呆然と見上げてるシーナを、バルが迎えに来て引っ張っていく。
「すごいでしょう。ちょっと遠出して、山の主捕ってきちゃった」
語尾にハートマークが飛んでいそうなテンションである。
「ぬ、し?」
「ベーラノガタって言われてる種類。ほら、この間スープに使ってたやつ。あれのでっかいやつよ」
「ベーコン……豚……いのしし……おっ◯とぬしさま……山の主とって、呪われたりしないの!?」
シーナの言葉にその場のだれもがキョトンとした顔をする。
「山の主捕ったら、次の強いやつが山の主になるだけよ?」
大型トラックくらいありそうないのししの尻をペチンと叩いた。
もちろん三人じゃ運べるわけもなく、先ほどシーナにやったような精霊の便りで、冒険ギルド長に、身体強化をかけた人足を要求したそうだ。で、フェナの風の精霊による倍速で大急ぎで帰ってきたらしい。
「血抜きはもう現地でやってきたけど、これからここで解体するんだって。見ていってよ」
こんなもん倉庫に入らねぇからなぁ、と言ったのは冒険ギルド長らしい。
「腹の中から面白いものでてくるし、楽しいよ」
楽しくないよ!!
誤字報告便利すぎて……
人称混濁がけっこうあるので、指摘助かりま〜す。
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