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【書籍化】精霊樹の落とし子と飾り紐  作者: 鈴埜


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284/284

284.王都から駆けてきた人

 シャラランと扉の開く音が鳴り、ちょうど手が空いていたシーナはいらっしゃいませとそちらへ向かった。背の高い、黒いフードを目深に被った人だ。


 しかし、シーナよりもっと早くそちらへ飛んでいったものがある。

 ラコだ。

 キラキラと精霊の残滓を空中に残しながら、入ってきた人の頭のあたりにまとわりつくのだ。

 ダメだよ、とか止めてなどと言うわけにはいかない。

 みんなには見えていないのだから。


 しかし、なぜかその人物はラコがいるあたりに手をやり、まるで撫でるがごとく動かした。ラコの場所がわかっている。


 そして、するりと脱いだフードの中から現れた姿に、シーナは声にならない悲鳴をあげる

 同時に、声に出した悲鳴があちこちからあがった。


「シーナ、久しぶりだな」


 その金色のポニーテールにラコがまとわりついていた。


「ジェラルド様!?」

 第一騎士団のトップを務める、金目のジェラルド・ホークショーだ。こんなところにいていいはずの人物ではない。


「き、金目のっ!?」

「美し過ぎる……」

「あああ」

 高身長の美丈夫で貴族で金目。そりゃ声も漏れる。


「どうされたんですか? 何かありましたか?」

 第一騎士団の団長が突然シシリアドにやってきた。何かないわけがない。

 ラコに遅れをとったが、シーナも慌ててそばに駆け寄る。


「シーナ」

「はい」

「フロランタンが欲しいのだ……」


「はい?」

 彼の口からこぼれた言葉があまりに想像していたものとかけ離れていて、シーナは間抜けな表情を止められなかった。




 困ったらとりあえずフェナの屋敷だ。

 シーナはジェラルドと一緒にすぐ店を飛び出した。こんな目立つ人をそのままにはしておけない。有識者にはこの国にいる金目の一人、本来王都にいるはずの人だとバレてしまうだろう。いや、もう門で身分証のやりとりをしている。エドワールには連絡が行っている。ならば領主の屋敷かとも思ったのだが、そうなると明らかにお忍びの彼は困るかもしれない。


 そんなわけでフェナの屋敷なのだ。


「フードをとってはダメですよ?」

「だが、ラコ様が私の髪に触りたいようだ」

「ダメですって! フェナ様のお屋敷に行ったら好きなようにさせてあげてください」


 聖地でも気に入っていたジェラルドのポニーテールの周りを、ラコは楽しそうに泳いでいる。

 しかし、目立ってはだめだとフードを被らせてはいるが、シシリアドで注目を集めるシーナの隣を、かなりの長身の男が立っているという構図は、あっという間に話が広まるだろう。

 予想以上にそれは早かったようで、屋敷に着く前にバルとヤハトがやってきて驚く。


「なんだ、団長様じゃん!」

 配慮もへったくれもない言葉に、シーナはもう苦笑いをするしかない。


「お久しぶりです」

 バルはしっかりかしこまって挨拶をするが、ジェラルドは気にした様子はなくそのまま歩き続けた。


「フェアリーナはどうだ?」

「元気にお過ごしです」

「相変わらずですよ。暇だーって狩りに行って帰ってきたところです」


 そうか、とフードから見える瞳を細めている。

 やがて見えた屋敷の手前でバルが銀色のカードのようなものを渡した。屋敷に入る許可証の魔導具だ。


 もうすぐお昼時だったので、フェナは食堂の椅子でふんぞり返っていた。


「普通は先に連絡を寄越すものだろう?」

 どの口が、と思ったがシーナは賢明にも何も言わず黙っていた。


「すまない。ちょうど仕事の手が空いたのだ。これを逃すとまたしばらく王都を離れることが難しそうでな」

 バルとヤハトが厨房へ向かおうとするので、シーナもその後に続いた。が、フェナに止められた。


「お前は座りなさい。ジェラルドが会いに来たのはシーナなのだろう?」

 それはとても語弊がある言い方だ。


「たぶん、私に会いに来たわけではないと思いますよ」

 シーナのその言葉にフェナは眉を器用に上げた。


「私はシーナに会いに来たのだが?」

 フェナに進められた席に着いているジェラルドが首を傾げる。

 じろりとこちらを見てくるが、言葉が足りていない。


「では、お会いできたのでさようなら?」

 そこまで言われて気づいたようだ。ハッとした顔をして、さらにしょんぼりと困った表情になる。


「シーナ、私は、忘れられないのだ」

「ふふ、まるで愛の告白だな。いいぞ、もっとやれ」

「フェナ様、余計なことは言わなくていいです!」

「ここ数週間、寝ても覚めてもフロランタンのことで頭がいっぱいなのだ……レシピが欲しい」

「レシピはホイホイあげていいものではないのですが……」

 王族に金で売ったからなおのこと教えられるものではなくなった。


「しかし、私はあれなしではもう生きられぬのだ」

 綺麗な顔をして言っていることが、スーパーでだだをこねている子ども並みで笑いそうになる。


「王族からクッキーはいただけるのでしょう?」

「フロランタンの方が美味しい」

「結構色々なタイプのクッキーを作ったとお手紙をいただきましたけど」

「フロランタンの美味さには敵わない」

 まったく揺るがないジェラルドに、フェナは笑いを堪えている。そんなフェナをジェラルドがじろりと睨んでいるところに、昼食が運ばれてきた。


「パスタか」

「今日は魚と青菜のクリームパスタだな。私の好物だ」

「フェアリーナが羨ましい」

 優雅にとても素早く食べる姿は、初めてパスタを作ったときのフェナのようだった。

 テーブルマナーが完璧な人たちがスピードを出すと、それはもう瞬く間に皿が空になるのだ。所作がきれいな分、無駄な動きがなく魔法のように姿を消す。


 と、そこへ人がやってきた。


「アル!」

 走って来たのだろう。息せき切ったアルバートが騎士の正装で現れた。


 シーナをちらりとみやるが、目的はやはりジェラルドだった。


「お久しぶりです、ジェラルド様」

 そこから長々と貴族のやりとりを始めようとして、フェナに止められた。


「私の屋敷で面倒なことはしないでくれ。ほら、座りなさい。ちなみにジェラルドの用事は国政に関わったり緊急的なものではないから安心しなさい」

 フェナの言葉にアルバートの緊張が緩む。だがそうなると、それはそれで気になるらしく、今度はシーナを見てくるのだ。

 ガラの店にやってきたというのは聞いているのだろう。


 だが、イメージ的にどうなのだ?

 菓子が食べたいがために王都から駆けてくる騎士団長は。


 シーナは一応本人に気を遣って言いよどんだのだが、ジェラルドはまったく恥じる様子もなく言い放った。


「フロランタンが欲しくてな」

 禁断症状が出ている。


「フロランタン……あの、ナッツがクッキーに載っている?」

「そう、そのフロランタンだ。アルバートは知っているのか」

 じっと見つめられて、アルバートはふいと目をそらしていた。


 アルバートも甘い物は好きだ。

 フロランタンはフェナが狩りに行くときに持っていきたいと言うのでよく作る。そのとき自分の家にも少し持ち帰るのだ。この間も食べたばかりだった。


「シーナ……今からでも私の養子に」

「王族から除籍するなんてことになったら揉めるだろう諦めろ。うちのキッチンを使っていいから作ってやれ」

「定期的に人をこちらへ寄越すしかないか」

「それは迷惑だ」

 あまりにきっぱり断るので、ジェラルドがこの世の終わりのような顔をしていた。


「あれがなくてはもう、働けぬ」

 大げさなことを言うとシーナは呆れたが、ジェラルドは両手で顔を覆うほどに絶望していた。


「気持ちはわかるがな。森の中を何日も行くような狩りにクッキーやフロランタンがあると、すさんだ心が豊かになるのだ」

「魔物を相手にするだけマシではないか。日々書類と向き合っていると、フロランタンの甘さに救われるのだ。クッキー部分はバターがたっぷり使われ、さっくりとした舌触りが心地よい。その上にある甘いねっとりとしたとろける砂糖はその中に数種類のナッツを内包し、香ばしさと仄かな苦みのようなものを感じられる。この二層構造が食感の複雑さを生み出し、噛みしめるたびに絡まり合って今までにないハーモニーを生み出すのだ」


 突然語り出すジェラルドに、アルバートは目を白黒させていた。

 戦場では鬼神のごとく働く凄い人なのだと、憧れを混ぜ込み語っていたので、その尊敬に値する人物が今、お菓子を語っている姿のギャップが飲み込めないのだろう。


「諦めろ、シーナは私のものだ」

 勝者の笑みを浮かべてフェナが言うと、アルバートがハッとした顔でこちらを見るので軽く首を振っておいた。


「シーナが王都にいてくれればいいのだが」

 フロランタンのために今の平和な生活が脅かされようとしているのか。


「ダメですよ」

 と言ったのはアルバートだった。

「シーナはシシリアドに住むと決めたのですから! あと、フェナ様にも渡しません」

「アルは本当に嫉妬深いなあ」

「なんと言われようともダメです」

 少し怒ったような表情のアルバートにシーナは必死ににやけるのを我慢した。


「ならば、定期的に私にフロランタンが手に入るよう手配しなさい」

 金目の高位貴族による命令にアルバートは少し視線をさまよわせる。


「そうですね……、シーナ、確か、王都のお屋敷でフロランタンを作ったよね?」

「あ、そういえば。手伝っていただいて作ったね」

「ならこうしましょう。エドワール様に許可をいただく必要はありますが」


 王都のエドワールの屋敷の使用人が作り方をしっかり覚えていたので、材料費と光熱費、使用人たちの給金というほとんど原価そのままで、定期的にジェラルドがフロランタンを買うということで決まった。そのうちの半分を王家に献上することで、クッキーのレシピについて目をつぶってもらおうという作戦だ。

 月に何枚としっかり個数を決めさせてもらう。何度か協議を重ねた結果、二十枚になった。それ以上は絶対渡さない。

 半分は王家に渡すので、毎日食べていたら足りなくなる。


 後日、副官の方から丁寧なお手紙をもらった。

 シーナは読めないのでアルバートに読んでもらう。


「フロランタンの書き置きを残しただけで消えてしまったジェラルド様に、当日は大変な騒ぎだったらしいよ」

「副官さんに、別途お見舞いを送らないとだめかもね。それにしても、アルが機転を利かせてくれたから本当に助かったよ」

 毎月フロランタンを無心にくるジェラルドなんて、想像しただけでも怖い。周りへの影響がとんでもないことになる。


「シーナがとられたら困るから」

 ちょっとはにかんで見せるアルバートに、シーナは久しぶりに尊死しそうになった。


ブックマーク、評価、いいね、感想、ありがとうございます。

誤字脱字報告も助かります。


執務室の書置きに、『ふろらんたん』とだけあったとかなかったとか。


シーナの二巻が発売されました!

ぜひぜひ読んでいただきたいです♪

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